20 考察と帰還
一行は日が昇りきる前に聖地を出発した。行きと同じく、帰りもダレイオスによる魔術を駆使した快適な旅が提供された。ただダレイオスだけに負担をかけないように、馬車内に冷風を送る係は時間制での持ち回りになった。ペトラはその仕事ができないので馬の管理担当になり、全員に役割が与えられることになった。冒険者の基本は協力なのだ。
特に急ぐ理由も無いのでゆったりと歩みを進めつつ、一行は今回の一連の事件を整理をしていた。
「考えなければならないのは『七色の魔物』と“死人”という者達についてね。この二つが関係している可能性はあると思うかしら?」
ヴェロニカの問いにダレイオスとヘルマンは考え込む。
「そうだな……。ヨーゼフは『七色の魔物』のことは知らないようだったが、あいつは“主”とやらのことも禄に知らない末端の人間だ。単純にあいつが『七色の魔物』のことを知らされていないだけで、“死人”と魔物の間につながりがある、という線も十分にあり得る。正直、なんとも言えないな」
「俺も同意見だな。だが、『七色の魔物』が立て続けに二匹も現れたのは偶然じゃあないだろう。“死人”かどうかはともかく、何者かの思惑があるに違いない」
ヘルマンの言葉にヴェロニカが頷く。これまでの歴史の中で『七色の魔物』が出現したという話は聞いたことがない。しかし、それが立て続けに二匹だ。人為的なものであると考えるのが普通だろう。
そこで、ヴェロニカは聞いておかなければならない重要なことを一つ思い出した。
「そういえばアレシャちゃんは初めて見たときに『七色の魔物』って判別がついてたわよね。それどころか出会う前に感づいていたように見えたわ。障壁への対処法も知っていたし……あれはどうして?」
不意に極めて痛いところを突かれ、ダレイオスの顔がこわばる。どうにか誤魔化さなければと思ったアレシャがなんとか助け船を出す。
『ダレイオスさん、ここはわたしのお父さんの名前を使おう!こう、実は昔討伐したことがあって、わたしもその場にいた、みたいな感じで』
「そ、それで上手くいくのか……?あー、実はだな。私の父が冒険者をやっていてな。昔討伐したことがあったんだ。それで、私も偶然そこに居合わせた、のだ」
誤魔化せたか、とダレイオスは様子を窺うが、二人の顔は明らかに納得していなかった。馬車の御者台にいるペトラもダレイオスへ胡散臭そうな顔を向けていた。さっぱり上手くいっていない。
ヴェロニカがダレイオスに指をつきつけ、反論をかます。
「……討伐したって言うけど、あんなの討伐してたら商会に報告してるに決まってるでしょ。ごまかさないの」
「ぬぅっ、……おい、無理だぞこれは」
『大丈夫だって。わたしのお父さんの名前を出せば分かってもらえると思う』
アレシャの父の名前。以前夜中に二人で語り合ったときに聞いた名前をダレイオスは思い出し、不思議に思いながらも、その名を口にする。
「私の父の名前はアレクセイっていうんだが……」
「「えっ!」」
その名を聞いた瞬間、ヴェロニカとヘルマンが目を丸くした。ダレイオスはその反応に少したじろぐが、ヴェロニカが逃がさんとばかりに詰め寄った。
「あ、アレクセイってあの『勇勝』のアレクセイ!?あなた、あの人の娘なの!?」
「あ、ああ。一応……」
「なるほど、あの人の娘だっていうなら、お前の無鉄砲さもわからなくないな。直接会ったことはないが、噂はよく聞いている」
ヘルマンは納得したように頷く。ダレイオスは状況が飲み込めなかったが、以前聞いたアレシャの父親の話を思い起こす。確かそのときアレシャは、「商会からある程度独立した、ギルドの存在を最大限利用して自由にやっており、商会との関わりは薄かった」と言っていた。それでダレイオスも納得する。商会とあまりよろしくやっていない、アレシャのような無鉄砲な正確の人間がわざわざ魔物の討伐を商会へ報告するかと言われれば、まあ報告するだろうが、報告しなかったとしても納得はできる。ヴェロニカとヘルマンも同じような考えに行き着いたようで、これ以上追求してくることはなかった。無事に危機は乗り越えた。
それを踏まえた上で、ヴェロニカは腕を組んで胸を強調する。いや、考え込む。
「でも過去に出現した例があるなら、『七色の魔物』は自然発生したものなのか、人の手で作られたものなのか分からないわね。まあ、それを送り込んできたのは人の手によるものだと思うけど」
『ホントは過去に出現してないんだけど……。そうなると、あれは人の手によって作られた魔物……。そう言えば、“合成獣”っていうのがあるって本で読んだっけ』
「では、そっちの線で考え行くべきだな」
ダレイオスの相づちはアレシャに対してのものだ。つまり、『七色の魔物』は人工的に作られたものだという線が有力だということだ。ただ、“何者か”によって送り込まれたものだという点はヴェロニカの考えと一致していた。
しかし、ヘルマンがそこで話し合いに待ったをかける。
「『七色の魔物』が現れたのはたった二回だ。そのどちらも人里離れた場所に出現している。仮に他の場所にも出現していても、情報が集まるには時間がかかるだろう。ヤツに関する考察はここまでにしよう」
その意見は最もだった。というわけで話題は次へ。死人に関することだ。
「判明しているのは、“死人”とは『冥界術式』という禁術によって死んだ後、魔術によって蘇った人間のこと。そしてそれはヨーゼフが言った“組織”という言葉から、それなりの数いると推測できる」
「その組織の全員が“死人”かどうかは分からないけどね。“主”という人物が何らかの目的のために“死人”を生み出し続けている……ということかしら」
「私は目にしていないが、ヨーゼフが死んだことも気になる。”死人”についての情報を話したことがトリガーとなる呪いの類いか、実はあいつは監視されていて、私たちに捕まったことで殺されたか……。今考えつくのはそのくらいか」
ヨーゼフの死についてダレイオスが挙げた可能性を三人は考察してみる。
「前者に関しては、俺は呪いに詳しくないんで何とも言えない。だが、“死人”というものについて話したことがトリガーになったというのは弱い気がする。あいつはその前に『冥界術式』やら“主”やら重要そうなことをベラベラと話していたからな。口封じというならその時に死んでいただろう」
「後者は……たぶん無いわね。口封じなら私たちを殺すべきじゃない?ヨーゼフを殺して私たちは放置っていうのはおかしいわ」
「どちらも最もな意見だな。じゃあ、私には分からん」
ダレイオスは思考を放り投げた。
代わりにヴェロニカとヘルマンが頭をひねるが、それらしい可能性は出てこなかった。腕を組んでうなり続ける三人に、馬車の御者台にいるペトラが一つの案を出した。
「考えるのもいいけど、今は情報が足りないんでしょ?あたしは精霊が憑いているかどうかで“死人”かどうか判別できるわ。これからの旅の中でもし“死人”を見つけたら、ふん縛って情報をはかせるってことでいいんじゃないかしら」
「だが、エルフはそれなりの数いるわけだが、“死人”を見たなんて話聞いたことが無いぞ。そう簡単に出会うもんじゃないんじゃないか?」
「だから“会ったら”でいいじゃないってことよ。それに目撃証言がないっていうのも、そもそも道ばたを歩いている人が死んでいるだなんて誰も思わないんだから、無くて当然なんじゃないの?」
あまりにもザックリとした案ではあった。しかし結局はそれしかないかということになり、見つけたらふん縛るの線でいくことに決まったところで話し合いは終わった。
帰路について六日目。
ペトラが聖地へ向かっている大勢の人間を見つけた。『七色の魔物』のために編成された討伐隊に違いない。一行が隊の先頭に立つ男の元へ馬車を走らせ呼びかけると、男も彼らに気づいた。一度隊を止めると、アレシャ達に近づいてくる。
「そっちにいるのは『魔劇』のヴェロニカか。ということは、君たちは報告に来た冒険者が言っていた者たちではないか?無事だったのか、よかった。聖地まで向かったと聞いたのだが、話を聞かせてもらえないだろうか」
「はい、大丈夫ですよ。えっと、もう魔物は討伐しましたんで、帰りながら話しませんか?」
ペトラから衝撃的な報告がよせられて男は狼狽えるが、一応の証明として持ち帰っていた魔物の鱗や角を見せると信じてくれた。事後調査のために隊の内の何名かを聖地に向かわせ、残りの討伐隊員とアレシャ達は共にメイリスの街へと引き返す。男には『七色の魔物』は無事討伐したという話を適当に誤魔化しつつ伝えた。誤魔化したというのは勿論“死人”についてのことだ。ペトラによればこの討伐隊の中に“死人”はいないらしいが、無闇に広めるような話ではない。ということで、“死人”に関してはメイリスの商会の支部長に直接話をしようと決めていたのだ。
それでも、その説明で男は満足したようで特に詮索されることもなかった。道中魔物の襲撃を受けつつも四日後、一行は無事メイリスの街に帰り着いた。
到着したのはもう日も暮れる頃だったので、四人は前と同じ宿をとってさっさと休むことにする。快適な旅だったとはいえ、色々ありすぎた。疲れは溜まりに溜まっているのだ。女性陣プラス『魔王』は、大浴場で久方ぶりの風呂に浸かりリフレッシュすることにした。
肩まで湯に浸かったヴェロニカが大きく伸びをする。
「うあぁ〜っ!きっもちいいわね……。やっぱり、依頼達成後のお風呂は最高だわ。特に今回は水浴びもろくにできなかったから余計気持ちいいわね」
「ほんとよ。あの眼鏡がいなけりゃ問題なかったんだけど」
「まあまあ。ヘルマンさんもなんか色々頑張ってるみたいだから、そっとしておこうよ」
『ああ。あいつは頑張って自制しているぞ。私も生身の体があったらどうだったか……』
そうは言うものの、ダレイオスも落ち着いたものだ。短期間で女体に対する耐性がついたらしい。ペトラもまた落ち着いたものだった。湯船に浮かぶ、そう、浮かんでいるヴェロニカの母性の象徴を見ても、食ってかかったりしなくなった。憎々しげな視線は向けているが。これも旅の中で二人の間に信頼関係が生まれたということだろう。
そんなわけで三人は特に騒ぎもせずにゆったりとした時を過ごす。そこでヴェロニカがふと思いだし、話題をふる。
「あ、そういえば。さっき少しだけ商会に立ち寄ったんだけど、面白い話を聞いたわよ」
「面白い話?なんですか?」
アレシャがヴェロニカに尋ねれば、よくぞ聞いてくれたとばかりにその問いに答える。
「実は、現ハンター商会会長であるランドルフさんがこの街の支部の査察に来ているらしいわよ。アレシャちゃんは会ってみたかったりするんじゃない?」
「アレシャが?なんでよ」
ペトラは不思議そうな顔をしているがアレシャの反応はヴェロニカの期待通り、嬉しさを顔全体で表現していた。更に首をひねるペトラにアレシャが説明する。
「ランドルフさんは現役のSランク冒険者。そして、わたしのお父さんの相棒だった人なの。『勇勝』のアレクセイと『鉄血』のランドルフのコンビは結構有名だったんだよ?わたしも小さい頃、ランドルフさんには色々とお世話になったんだ。もうしばらく会ってないんだけど、久しぶりに会いたいな……」
それにペトラは驚きを見せる。この少女は強い上に商会のトップにコネまであるのか、と。驚くポイントが違う。明日は商会へ行くのだから会えるかな、なんてワクワクを表しながらアレシャは話すが、ダレイオスはそこへ冷静に口を挟んだ。
『お前の父親の相棒……か。いや、待てよ。それならその男は昔のアレシャのことを知っているのだろう?魔術を使えないはずのお前が魔術を操って魔物を倒したなんて話が知れたら、私のことがばれてしまうんじゃないか?』
「…………あっ」
アレシャの浸かっているお湯が急速に冷めていった。
19話に、投稿の際に抜けていた禁術に関する会話を追加しました。(4/19)




