3 彼女が語る十年の記憶
「わたし自身の強化は、他の被験者とそう変わりなかった。けど、その時なんだよ。わたしにミネーの魂が宿ったのは。持っている力は今と比べれば随分と弱かったけどね」
『ん?どういうことだ……?』
ダレイオスの訝しむ声がアレシャの頭の中に響く。アレシャもまた同様に難しい表情で頭を捻っていた。ルフィナは宣言通り一から話しているはずなのだが、これまでミネーに関する話題は一切なかった。にも関わらず、余りに唐突にその名が飛び出した。
『確かにミネーは、ルーグの研究がきっかけで自分が目覚めたと言っていた。だが、どこからミネーの魂が介入してきたんだ?』
「だよね……。ルーグが注入した魔力が原因?」
「アレシャが何を疑問に思っているのかは分かるよ。ペトラちゃんも同じだろう?」
「は、はい……」
ルフィナはそのような疑問を持たれることは既に想定済みであった。
彼女自身も、ミネーが宿った当初はワケが分からず混乱の極地にあった。しかしミネーから聞かされた話によって、その謎は解けたのだ。険しい表情の少女二人に彼女はそう語る。
「その話の内容は?」
「その時聞かされたことは多くは無い。彼女自身の名前と、彼女が大昔に生きていた人間の魂であるということだ。あとは、その謎の答え。彼女がどうしてわたしに宿ったのかだが、彼女は元々わたしの中で眠っていたんだ」
「……えっ、えっと、それってつまり——」
『ルフィナはずっと、眠ったままのミネーの魂を宿し続けていた、ということか?』
予想していなかった答えにアレシャもダレイオスも絶句してしまう。次いで、数多の疑問が二人の脳内を駆け巡った。
いつ、どこで、どうして。どのような経緯でミネーの魂がルフィナの身へ届いたのか。謎の回答を聞いているはずなのに、疑問は逆にふくれあがってしまった。
『思えば、ミネーの魂がどのようにして千九百年もの時を超えたのか、私は知らない。ミネーは私の国を滅ぼした後、いったいどうなったのだ……?』
「確かに……。ミネーついては分からない事の方が多いよね」
アレシャは腕を組んで唸り始める。ペトラに至っては思考がストップして目を回していた。そんな二人を話へ引き戻そうと思ったのか、ランドルフが大きく手を叩いた。
「それについては、また別の機会だ。今はルフィナの話を聞いちまおう。いいか?」
「あ、うん。そうだね。ごめん、お姉ちゃん」
「構わないよ。それで、それからの話だが、わたしはルーグに酷く気に入られ、彼に仕えることになった。徐々に元の力を取り戻していくミネーの能力を借りて、どんな仕事も完璧にこなした。結果、皇帝近衛師団の副団長を任されるまでになった。気分は良かったよ。家を出てから自分の弱さを何度も思い知らされてきたからね。……今思えば、そんなの強さでも何でもなかったんだが、当時のわたしは舞い上がっていた。だからそれを手放したくなくて、どんな仕事でも引き受けた」
「……ごめんね、ルフィナ。本当に。辛い思いをさせて……」
話していく内に表情に影が差し始めてしまったルフィナを見て、フェオドラが絞り出すように謝罪の言葉を口にする。部屋の空気も幾らか落ち込んでしまった。しかし、それを聞いたルフィナはすぐに顔を上げて笑顔を作ってみせる。
「母さんのせいじゃないよ。すまない、変な空気にしてしまったね。続きを話そう。ミネーが十分に力を取り戻してデカン帝国でも十分な地位を確保できた頃——今から二、三年前ほど前か。彼女はついに自分の目的を口にした。『『魔王』ダレイオスが欲しい』と。わたしは当然驚いたが、話を聞く内にそれが冗談でも何でも無いと納得できるようになった。力を借りているという負い目もあって、それに協力することにした」
「そのとき、ペルセポリス遺跡にダレイオスさんの眠るガントレットを取りに行ったの?」
「そうだよ。けど、残念ながら目的のモノは手に入らなかった。その時のミネーの怒りは恐ろしかったよ」
『丁度ブケファロスが持ち出した後だったのだな。改めて聞くと危なかった』
ダレイオスが深く息を吐き出す。今、彼が肉体の所有権を握っていれば、冷や汗をだらだらと流していたことだろう。話を聞く全員が同じように胸をなで下ろしている中、ルフィナの話は続く。
「それでミネーは代わりにあるモノを持ち帰った。モノと言うか、何と言うか……」
「ハッキリしねえな。何なんだ?」
「王宮の高台だよ。螺旋階段の上にある石造りのソコを丸ごと切り取って持って帰ったんだ。転移魔術が使えるミネーだからこそ可能なことだったが、あの時は正気を疑ったよ。いや、元々正気じゃなかったな。何でも、『『魔王』の臭いの染みついた場所だから』だそうだ」
「そいつはまた何とも、笑えない話だな」
ランドルフが困った末の感想を漏らす。その表情は紛う事なきどん引きである。アレシャもペトラもフェオドラもだいたい同じ表情だ。ただ一人、当事者であるはずのダレイオスだけが冷静に記憶を思い返していた。
『そう言えば、いつだかオズワルドの家でペルセポリスの王宮の地図を見せて貰ったことがあったな。その時、あったはずの高台が無い事と地下通路が新たに作られていることを私は指摘した。後者は“死人”が掘ったものだと判明していたが……そうか、そういうことだったのか……』
「あぁ、そんな事もあったね……。何にしてもどん引き案件であるのは変わらないけど」
『そうだな。確かにあの高台は気に入った場所だったが、まさかそんな奇行に出るとは……』
予想していなかった事実の出現で緊張していた雰囲気が少しばかり緩んでしまった。仕切り直そうと、ランドルフがルフィナに話を振る。
「で、ダレイオスの獲得に失敗したミネーは“死人”を動かしたんだったな」
「そう。いざという時に自由に動かせる手駒として用意していた彼らを投入したんだ。ルーグに『『魔王』が復活した』と情報を流したのもこの時だ」
「ルーグを焚きつけ、『英雄』になるという野心を抱かせ行動させる。そうすれば『魔王』の復活を世間に大々的に知らせることができる、というところか」
「さすがランドルフおじさん。そんなところだよ。表に出ることを避けたいミネーに代わって、わたしは色々行動した。ある時まではね」
「ある時?」
アレシャがオウム返しで問い、ルフィナは頷く。
「ファーティマの街。そこで『冥界術式』の研究をしていた“死人”アングイス。彼が『魔王』の宿主の情報を持って帰ってきた時だよ。その情報を元に調べてみれば、それは紛れもない、わたしの可愛い妹だった。自分のしている事へ対する疑念が、その時始めて湧いた。しかしその疑念は、ミネーにとっては邪魔でしか無い」
「それで、ミネーに洗脳された……」
「そういうことだ。それ以来わたしは『魔王』ダレイオスを妹の仇として強く憎むようになった。ミネーにも一層協力的になった。……『魔王』もこの話を聞いているんだろう?軽い言葉かもしれないが、すまなかった。ここでわたしがミネーの洗脳にかからなければ……」
『気に病むことはない。私の極めて優秀な臣下ですら、洗脳を避けられなかった。あの女の力は気概だけでどうにかなるようなものではない』
「気にするなってさ」
「そうか。そう言って貰えるなら何よりだ」
ルフィナは謝罪のために下げていた頭を上げ、小さく微笑む。しかし、洗脳される前からルフィナは『魔王』を捕らえるために積極的に行動していた。その後ろめたさもあり、ルフィナはもう一度頭を下げる。ダレイオスもその心の内を察し、真っ直ぐに謝罪を受け入れた。
そうして彼女は再度話を進めようとするが、それから先はアレシャたちがよく知っていることばかりだった。“死人”の事件の展開と解決、ルーグの謀略とその結末。
重要な点を掻い摘まんで取り上げながら、ルフィナはようやく自分の経験した十年を話し終えた。
「以上だよ。話忘れは無いと思うけれど、何か聞きたいことはあるかな?」
「わたしはもうお腹いっぱいだけど……」
「あたしもよ……」
濃厚な話であっただけに、二人の少女にどっと疲労が押し寄せて来ていた。ガクリと項垂れている。フェオドラも少しばかり疲れている様子だが、特に質問はないようだ。しかしそこにランドルフが手を挙げる。
「一つ聞きたい。セインツ・シルヴィアの『黄金の魔物』襲来事件についてだ。それに関する話が無かったが、あれはミネーの仕業に間違いないのか?」
『ん、そうだな。失念していた』
ランドルフの問いによってダレイオスもその事件を思い出す。かつて、超重要都市であるセインツ・シルヴィア、及びその玄関口であるガザの街を『黄金の魔物』が襲撃したという事件があったのだ。
誰かの手によるものと思われるその事件は、“死人”の黒幕——後にミネーと判明する者の仕業で有るとされている。ならルフィナはそれに関して何か知っているはずだ。未だ真相が明らかになっていない事件で有るため、是非とも聞いておきたいことであった。そんな期待を込めてランドルフは問うたのだが、ルフィナは首を横に振った。
「残念ながら、わたしはその件については知らないんだ。おそらくミネーにとってわたしに知られたくないことらしい。それに関することはすっぽり頭から抜けてしまっている。後に聞いてみても、答えてはくれなかった。もしかすると、他にも幾つかそういったことがあるかもしれない……」
「なるほどねえ。宿主すら信用してねえってか。まあミネーの仕業ってことには間違いなさそうだな。ありがとう」
新たな事実は判明しなかったものの、今ある情報の裏付けにはなった。今はそれで十分だと、ランドルフは礼を言う。
それ以上他に誰も質問は無いようだ。今度こそルフィナの語りは区切りとなった。さすがに長く話しすぎたのか、ルフィナはゆっくりとベッドに横になる。
「すまない、少し疲れたみたいだ」
「そ、そうだよね!起きたばっかりなのに、ごめん」
「わたしが望んで話したんだ。別にいいよ。けど、少し眠ろうと思う。大丈夫、もう何日も眠ったりはしないから」
冗談めかした言葉だが、ルフィナが話を打ち切るつもりならこの部屋に長居するのも迷惑だろう。ランドルフとペトラは軽く視線を交わすと、ルフィナの身体を労る言葉を一言かけて部屋を出て行った。アレシャとフェオドラもそれに続こうとする。
「ま、待って……」
しかし、ルフィナに呼び止められてしまった。足を止めてその声へ問いかける。
「どうしたの、お姉ちゃん」
「いや、その……」
「今更遠慮することなんて無いのよ。何でも言って?」
母と妹が優しく言葉をかける。しかしルフィナは毛布を顔まで引っ張り上げて言いにくそうにしていた。それでも躊躇いがちに、自分の願いを口にする。
「その、眠るまででいいから、できたら一緒にいて欲しいかな、って……。その、一緒に居るんだっていう実感が、欲しいんだよ……」
それを聞いたアレシャとフェオドラは思わず顔を見合わせてしまう。
しかし二人はどちらからともなく椅子を引っ張ってくると、ベッドの横に置いて腰掛けた。
「……いいのかい?」
「別に断る理由も無いし。寧ろ、わたしもお姉ちゃんと一緒にいたいし」
「お母さんも同じよ。イヤなわけがないんだから」
「……二人とも、ありがとう」
耳を赤くしながらルフィナがボソリと呟く。それでも家族の耳にはバッチリ捉えられてしまったようで、母と娘は照れくさそうに頬を掻いた。
「それじゃあ、ワガママついでにお願いがあるんだけど、お母さんの紅茶が飲みたいな。自分で淹れても、どうしても同じ味にならなくて……」
「任せておきなさい。とびっきり美味しいのを淹れてあげるわ。……今度、教えてあげるわね」
「あ、わたしもわたしも!」
「じゃあアレシャもね。決まり」
とぽとぽとカップに透き通った紅色が注がれる音が聞こえると、柔らかな紅茶の香りが漂い始める。そして三人の母娘は、その思い出の味を存分に堪能する。
それは十年前では当たり前だったはずの光景。三人が望んで止まなかった光景。どこにでもありふれた、しかし紛れもなく幸福に満ちた光景であった。




