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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
201/227

112 終戦

 強固な結界で外界と隔絶された空間。そこで対峙するのは、心から楽しくて仕方が無いという笑みのミネーと、おぞましいものを見る目のダレイオスだった。

 彼女が語った目的、ダレイオスを王とする統一王国の建国。ダレイオスは当然そんな事は望んでおらず、ミネーの思考がまるで理解できなかった。


「私の国を滅ぼしたお前が、今度は私を王にして国を建てるというのか。何の冗談だ?馬鹿にするのもいい加減にしろ」

「ふふ、昔話はまたの機会にいたしましょう。ですが冗談を言っているつもりはありませんよ。こうやって結界で囲ったのも、貴方様を王へ据えるための措置ですから」

「……どういうことだ?」


 もはや尋ねることに躊躇は無い。とにかく情報を得るためにダレイオスは無知をさらけ出す。今のミネーは機嫌が良いようにダレイオスには見えた。今なら聞く事には答えてくれると踏んだのだ。その予測に違わず、ミネーは饒舌に語り始める。


「わらわは先に言った通り、ナラシンハが欲しかった。しかし、奴の精神は強固で簡単には洗脳できそうにもない。だからわらわは、ルーグに真実を語らせ、心に動揺が生まれたところを洗脳しようと考えたのです。その策はルーグが妙な気を起こしたせいで上手くいきませんでしたが。それでもルーグの死を利用することでナラシンハを洗脳することができたわけですが。……ただ、ルーグに真実を語らせる場面で、その真実を他の雑兵どもに聞かれるわけにはいかなかったのです」

「何故だ」

「わらわの理想は、力で支配する王国です。その王たる貴方様には、今のような悪の象徴たる『魔王』像こそ相応しい。ルーグの語る真実が他の者の耳に入れば、ルーグは悪であるというこが世間的な認識になってしまう。そうなれば敵対していた貴方様は正義となります。それは好ましくない。だから、わらわはこうして結界を張ったのですよ」


 不可解であった結界の理由。それは底抜けに利己的なものであった。彼女はダレイオスを愛しているとの言葉を幾度も口にしている。しかし、それは愛などでは無い。自分の気に入った物を所有していたいという欲求。それのためには、他のものがどうなろうと構わない。玩具が欲しいと駄々をこねる子どものそれと大差ないようにダレイオスには思われた。厄介なのは、その子どもが並大抵でない力を有しているということだった。

 こいつは、この場で止めねばならない。ダレイオスはそう思う。


「ミネー、改めて言っておく。私はお前の求めるような王になる気は無い。ここで引導を渡してくれる」

「強気な発言ですが、それは叶いませんよ。私は一通りの目的は全て遂げました。手早く退散させていただきます」


 ミネーがそう言って手に魔力を集め始める。結界を解いて離脱するつもりのようだ。そうはさせまいとダレイオスは地を蹴る。ルフィナの身体である以上、荒事にはできないが、とにかく逃げられないように拘束しなくてはならない。素早くミネーへ近づき、結界で彼女を囲おうとする。

 だが、彼の前にナラシンハが立ちふさがった。剣を横に薙いでダレイオスを真っ二つにしようとする。咄嗟にガントレットで防いだが、腕に鈍痛が残るほどの激しい衝撃にまたしても吹き飛ばされた。呻きながらも立ち上がろうとするが、二度もなぎ払われたせいで腕が折れてしまっているらしく、痛みに顔をゆがめる。そうしている内に、ミネーの手に魔力が満ちてしまった。一帯に波動が広がり、障壁が頂点から崩れ墜ち始める。


「さあ、これで一度お別れですね、ダレイオス様。最後に一つプレゼントを。その白髪のお嬢さんへね」

『え、わたし?』


 ミネーに話を振られてアレシャは驚く。そして、警戒の色を見せる。プレゼントなんて素敵なものが貰えるとは微塵も思っていない様子だ。だが、ミネーの言うそれはアレシャにとって正しい意味でのプレゼントであった。


「わらわは約束は守る人間でな。わらわにこの身体が必要なくなったときは、大人しく身体から出て行くという契約を、この身体の持ち主と交わしていたのだ。だからここで、その約束を果たしてやろうと思ってな」


 そうしてミネーが懐から一つの球体を取り出した。緑色の美しい光を放つそれは、見ているだけで生命の息吹を感じるようであった。


「それは……?」

「ルーグがわらわにすがりついて欲していた、エルフの大樹から吸収した生命エネルギーを球状に結晶化させたものだ。ルーグはこれを用いて、近衛師団を強化したのと同じ要領で自身を強化しようと考えたのだ。事実わらわは、そのようにルーグを口説いて、生命エネルギーを集めさせたのだからな。だが、わらわの目的はそんな事では無い。生命エネルギーという生物の根源エネルギーを用いて、新たな肉体を形成すること。それこそ、生命エネルギーを集めた本当の目的だ」


 球体の光が一層強くなる。直視することもままならない閃光が辺りを照らしつけた。ダレイオスは光に目をすぼめるが、程なくして収まる。だが、ダレイオスは目を開くことに拒否感を覚えていた。目を開けてしまえば、そこに彼女がいる気がしたからだ。だが、それは予感でも何でも無い。ダレイオスが認識するまでもなく、彼女は確かにそこにいた。

 地面に倒れるルフィナ。その傍らには、つい先ほどまでこの場にはいなかったはずの、もう一人の人間が佇んでいた。

 美しい青い髪。海のような深い瑠璃色の瞳。背はすらりと高く、一糸まとわぬその姿は一種の芸術品のようであった。

 ゆっくりと目を開いたダレイオスは、その芸術品を悪魔の像であるかのように強く強く睨みつける。


「ミネー……」

「ああ、やはり自分の肉体という物は素晴らしい。このような欠陥品の肉体ではどうしても窮屈でしたから」

『お姉ちゃん!』


 アレシャは地に倒れる姉の身体に視線を向け、不安から声を上げる。だが、ミネーが約束を守ると言った通り、ルフィナはただ眠っているだけのように見えた。

 ただ、身体からミネーの魂が抜け出しただけ。ミネーの魂は形成された新たな肉体を依り代にしていた。しかし新たな肉体と言うが、その姿は千九百年前の容姿と全く同じものだった。ダレイオスが憎んだ女、ミネー。その姿を正確に形作っていた。


「なるほど、これでお前も完全復活というわけだ。ルフィナと分離したことで、殴りやすくなった。よし、今ぶん殴ってやるから、少し待っていろ」

「あら、ダレイオス様。先ほど言ったことをお忘れになったわけではないでしょう?わらわは退散させていただきます。また後ほど、全てを奪いに参上させていただきますわ」

「そうは、いくか……!」


 ダレイオスは立ち上がり、ミネーへと走る。だが、踏みだす足に力強さは無い。痛みが大分効いていきていた。ナラシンハが再び無言で立ちはだかり、ダレイオスを剣で殴り飛ばす。


「くそッ、待て!」

「わらわから離れたくないお気持ちは分かりますが、再会までそうお時間は頂きません。ご心配なく、わらわも貴方様を愛しておりますわ。それでは、ごきげんよう」


 ミネー、そしてナラシンハの足元に魔法陣が開く。幾度となく見た、転移魔法陣。その光を浴び、二人はそこには元から誰もいなかったかのように、跡形も無く消え去った。


「……くそぉっ!」


 ダレイオスが拳を地面に叩きつける。ガントレットの乾いた金属音がその場に響く。丁度そこでミネーの張っていた結界が完全に崩れ去り、再び戦場の空気がダレイオスを包んでいった。現実に強く引き戻されるような、まるで今までの出来事が夢であったかのような、奇妙な感覚を得る。本当に夢であればよかったのに。腕に残る痛みを感じながらダレイオスがそう思ってしまうのは、無理からぬことであるかもしれない。ミネーの語った常軌を逸した目的は、ダレイオスにそれだけの衝撃を与えていった。


『ダレイオスさん……大丈夫?』

「私は、問題ない。それよりルフィナだ。身体は交代してやるから、早く」

『う、うん。わかった』


 ダレイオスの言葉の通りにアレシャは駆け出し、地に伏すルフィナを抱え起こす。先ほど遠目に見た通り、ルフィナはただ眠っているだけのようだ。アレシャはほっと胸をなで下ろす。


「アレシャ!ルフィナ!」


 そこに二人を呼ぶ声が響く。アレシャがその声の方へ視線を向けると、見知った顔が心配そうな表情を浮かべて慌てて駆けよってくるところだった。


「ランドルフおじさん、やっぱり無事だったんだね。ルーグにやられたりしたんじゃないかと思ったんだけど」

「俺があんな奴にやられるかよ。けど、ルーグにまんまと逃げられちまってな。慌てて追いかけてきたんだが、そしたら馬鹿みたいに固い結界が張られてて手が出せなかったんだよ。けど、無事みたいで良かった。ルフィナも大丈夫なのか?」


 ランドルフがルフィナに視線を落とす。しっかりと息をしているのは明らかなので、別人の魂からは解放されたのかどうかが聞きたいのだろう。そう察したアレシャが頷いてみせると、ランドルフは見るからにホッとした様子で胸をなで下ろした。


「そうか、そりゃよかった。ホントによかった。詳しい事はまた聞かせてくれ。っと、それだけじゃなかったな。ルーグはどうした?ここへ来ただろう」

「えっと、それは……」


 アレシャはすぐには答えられなかった。ルーグの死を伝えることに抵抗などは無いのだが、いったいどこからどう話せばいいものかと考えてしまったのだ。とりあえず、彼の死体は近くに倒れているはずだと思い、アレシャは視線を周囲に巡らせる。だが——


「あれ、いない……」


 ルーグの死体はどこにも見当たらなかったのだ。ただ、それらしい血痕だけが残っている。ルーグの死自体は、紛れもない真実だ。前のように死んだふりをしているわけではない。死体だけがその場から消えていた。


『もしかすると、ミネーの仕業かもしれんな』

「え?」

『言っていただろう、私を正義にするわけにはいかないと。そのためには、ルーグには『英雄』のままでいてもらった方が有り難い。そうなると、ルーグが死んだという事実は隠しておきたい。ルーグの死の目撃者は、今や私とお前だけだ。死体さえなければ、ルーグは信じる者にとっては『英雄』のままだ』

「なるほど……。確かにそれくらいやりそう」


 そう納得するアレシャだったが、ランドルフが不思議そうに見つめていたので、とりあえずルーグが死んだという事実だけを簡潔に説明した。それを聞いたランドルフは「そうか」と一言返すだけだった。


「そうだ、今度はわたしが色々聞きたいんだけど、戦いはどうなったの?皆は無事?」

「それなら心配いらねえよ。ほら、丁度来た」


 ランドルフが空を指さす。遠目でも分かる、白く美しい一つの影がその方向からゆっくりと迫ってきていた。アレシャとルフィナの姿を捉えるとゆっくりと下降し、砂煙を上げて地面に降り立つ。それと同時に、その巨体の背中から人が飛び降りた。


「アレシャ!ルフィナ!」

「お母さん!」


 その影は、白龍スヴェートと姉妹の母親フェオドラだった。今にも泣きそうな表情で娘の元へ飛び込む。


「よかったわ、無事で。こんな大規模な戦闘ですもの。どうなってもおかしくないと思っていたけれど……」

「ダレイオスさんがいるんだから、大丈夫だって。それより、ほら」

「うん、そうね。……十年ぶりね、綺麗になったわ」


 目を閉じて深く呼吸を繰り返すルフィナの頬をフェオドラは優しく撫でる。それがくすぐったいのか、小さく身じろぎした。その反応は昔を思い出させるもので、フェオドラも自然と笑顔がこぼれてしまう。しかし、ぽつぽつと、ルフィナの頬に滴が落ち始めた。


「……ごめんね、ルフィナ。お母さん、何も気づいてあげられなくて。それだけじゃないわ、お母さんの娘だったから、あなたは十年も辛い目にあってきたのよね」

「……お母さん?」


 アレシャが母の顔をのぞき込む。フェオドラは何とか笑って見せようとするが、拭っても拭っても流れ落ちる自責と後悔は止められなかった。


「アレシャ、あなたにも、話さなきゃいけないわね。話すなら、今しか無い。そう思うの。ねえ、ランドルフ」

「……そうだな。ずっと先延ばしにしてきたが、それがいい」


 フェオドラの不意の呼びかけに、ランドルフは神妙に頷く。アレシャは二人の言葉の意味の見当すらつかない。だが、その言葉のアレシャはほのかな不安を感じる。ただ、その話をするのは今ではなさそうだ。その不安が問題となるのは、まだ少し先だろう。アレシャは、何も見なかったことにした。ダレイオスもその感情の機微に気づいたが、何も言うことはなかった。


「……あのー、もういいかしら?」


 そこに恐る恐るとかけられた一つの声。三人がそちらへ振り向くと、スヴェートの背から一人の少女が下りてきた。金髪長耳少女。ズバリ、ペトラであった。彼女もフェオドラと一緒にスヴェートに乗ってやって来たのだが、目の前の感動の再会のせいで出てくるタイミングを逃してしまっていたらしい。


「ペトラ!無事だったんだね!」

「そりゃあ当然でしょ。なんてったって『剣帝ネルウァ』の弟子なんだから。…。 まあ死にかけたけど。いや、そうじゃなくて、あたしが事後報告係になったから。戦の詳しい話、聞きたいでしょ?」


 ペトラは少しおどけてみせながら、アレシャの元へ駆けよる。親友の姿を見てアレシャも先の不安は消え去ったようで、ルフィナをフェオドラに任せてペトラの話を聞くことにした。


「でも、事後報告?もう戦いは終わったの?」

「そ。全ての戦闘が終了したわけじゃ無いけど、連合軍に撤退指示が出されたわ。ルーグも『イナンナ』もナラシンハも行方不明だってことで、タイタスさんがその指示を出したみたい。直に渓谷から後退していくわ。こっちの兵士たちには後追いはしないように言ってあるけど、それで良かったわよね?」

「うん。別に兵士に恨みがあるわけじゃないし。皆は無事なんだよね?」

「全員無事よ。まだ戦闘中みたいだけど、連合軍を追い立ててるはず。連合軍には戦闘の意志はないし、すぐに終わるわ。壁の中で落ち合う予定になってるから、あたしたちは先に行って待ってましょう」

「そっか、分かった」


 ペトラの言葉にアレシャは胸をなで下ろしつつ頷いた。ペトラから聞いた報告を聞く限り、悪い話題はなさそうだ。アレシャのあずかり知らぬところでの仲間たちの活躍によって戦は終わりを迎えていた。多くの血が流れる事にはなったが、終戦は素直に喜ばしいことであった。


「アレシャ、乗ってちょうだい。ルフィナを支えておいて」

「わかった」


 スヴェートに乗っていたフェオドラが呼びかけ、アレシャは眠っている姉を抱えてその後ろに跨がる。ペトラもそれに続いて白龍の背に跨がった。ランドルフは後処理の手伝いに回るようだ。ふわりと浮上したスヴェートを見送ると、彼は未だ剣戟の聞こえる戦場へと駆け戻っていった。

 壁の内側へと飛びつつ、アレシャはアウザー渓谷の全体を上空から見下ろす。苦しい戦いだった。それでも辛くも勝利をもぎ取った。世界を巻き込もうとした計画を相手に、誰も失うことなく勝利した。紛れもない、勝利だった。

 ただ、この戦の黒幕であるルーグは既にこの世にいない。罪を償わせる道も存在していなかった。安心の次にやってきたのは、激しい徒労感であった。感慨というものも湧いてこない。それが、アレシャが初めて体験した戦というものだった。得るものなど何も無い。

 しかし今回に限っては、アレシャには大きな収穫があった。自分の腕の中で静かに寝息を立てる姉の顔。それを見ていると、アレシャは心から純粋に「よかった」と勝利を喜ぶことができた。

明日の投稿で第二部終了です

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