19 夜の語らい
『あ、起きた起きた。ダレイオスさんっていつもこんな全力試合なの?いつか体壊すんじゃないの?』
「う……アレシャ、か……。この体はお前のものだろう、全く……」
ダレイオスは毛布で作られた簡易ベッドで目を覚ます。むくりと起き上がると、すぐ横にペトラが突っ伏して寝息をたてていた。
「……ん……あっ、アレシャ!目を覚ましたのね!よかったぁ……」
ペトラはダレイオスが目覚めたことに気づき、ほっと平たい胸をなで下ろす。ペトラのその声を聞いたヴェロニカとヘルマンもすぐに二人の元へ駆け寄り、ほっとした顔をみせる。かなり心配していたようだ。
ダレイオスは素直に謝罪を述べる。
「すまない、な。また倒れてしまったようだな。だが、ただの魔力切れだ。そんなに心配しなくていい。……それより、私が意識を失ってからのことを教えてくれ」
「……魔力切れって、もっと自分を大切にしなさいよ……」
ペトラは呆れてしまうが、これなら大丈夫そうだとも思った。なので、ダレイオスの質問に答えることにする。
「ええっとね、ここは聖地よ。もう夜中だけど。火事の消火はヴェロニカとヘルマンがやってくれたわ。ヨーゼフは身ぐるみ剥いでふん縛っておいたんだけど……」
「どうした?」
「……死んだわ。まあ元々生きていたとは言えないかもしれないけどね。尋問している途中で急に苦しみだと思ったら、ピクリとも動かなくなったのよ。どうしたのかと思ったら、いきなり肉体も砂みたいになって消えたわ。正直、死んだのかどうかもよくわからないのだけれど」
『何それ……呪いとか?よく分からないや』
ダレイオスもよく分からないという顔をするが、よく分からないことよりも気になることがある。
「尋問したのか?何か情報は得られたか?」
「一つだけな。禁術によって死に、蘇った者達は自分たちのことを“死人”と呼んでいるらしい。何か心あたりはないか?」
”死人”。読んで字の如く、死んだ人間のことを表す言葉だ。特に代わった名称でもなく、ダレイオスにも当然心当たりはなかった。首を横に振ると、ヘルマンは残念そうな顔をした。どうやら、ヨーゼフに関わる手がかりはほとんど無いようだ。そこで報告を終えると、間髪入れずにヴェロニカが満面の笑みとともにダレイオスを抱きしめる。
「それよりそれより!あの魔術はなんなのよおおお!ホントにいつもいつも新しい世界を見せてくれちゃうんだからあ!それも含めて、色々聞かせて頂戴ね!」
興奮を抑えきれないヴェロニカの勢いにダレイオスが少し辟易としていると、ヘルマンもその話に興味を持ったようだ。
「俺も気になる。どうやってあの結界を破ったんだ?ペトラに聞いても『アレシャに聞け』としか言わんのだ。あとヴェロニカさんから離れろ」
「わ、私から近寄ってるわけではないのだが……まあとにかく話をしよう」
ダレイオスはヴェロニカを引きはがすと、近くに置いてあったガントレットを手に取った。
「と言っても、特別なことは何もしていないんだが。このガントレットは全て“アダマント”でできている、と言えばわかるヤツもいるんじゃないか?」
『あ、アダマント!本で読んだけど、ものっすごく希少な金属なんじゃなかったっけ?』
「アダマント、だと?それは驚いたな。だが、それならば結界に亀裂が入ったのも納得だ」
一人頷くヘルマンだが、ヴェロニカとペトラはいまいちピンと来ていないようなのでダレイオスが説明することにする。
「アダマントはこの世の全ての物質の中で最高の魔力伝導性を持っていると言われている。結界というのは魔力を絶えず循環させ続けることで、その形を保っているんだが、それにアダマントを触れさせたとき、巡っている魔力がアダマントの方へ流れていくことになる。簡単に言うと、結界を構成している魔力を吸収するんだ。そして、魔力を失った結界の強度は落ち、亀裂が入るというわけだ」
二人はダレイオスの説明に「なるほど」と頷く。だが、アレシャはまだ気になることがあるようだ。
『はい、質問!でも、強度が落ちたところで結界は存在しているわけでしょ?何でペトラは魔術が使えたんですか!』
「ふむ、いい質問だな。ペトラ、話してやれ」
「ん?え、何を?」
「……ああっと、なぜお前は結界内で魔術を使えたのかということだ」
ダレイオスはアレシャの声が自分以外には聞こえていないことを忘れていたらしい。そろそろ慣れてもいい頃だろうに。少し首をかしげながらも、ペトラはダレイオスの説明の続きを請け負う。
「じゃあ、話すわよ。アレシャには前に話したんだけど、精霊魔術は周りの精霊の力を借りて発動するから、発動する力の大元はあたしじゃなくて精霊なのよ。だから、あたしは結界の外の精霊の力で魔術を発動したわけ。それだと結界の効果は及ばないってわけよ!……まあ、それに気づいたのはアレシャだったんだけどね」
「へええ、凄いじゃないペトラちゃん!じゃあ、ピンチを回避できたのはあなたのおかげね」
ヴェロニカはペトラの頭をワシワシとなでるが、ペトラは浮かない顔だ。ダレイオスがどうしたのかと尋ねれば、その理由をこぼしはじめる。
「……今回のピンチってさ。ヨーゼフと初めて会ったときにあいつが異常だってことにあたしが気づいていれば、そもそも起きなかったわけでしょ?」
「まあ、そうだが……」
「でしょ?なんかあたしって全然役に立ててないなって思って。……もしかして、あたしっていらなかったり……」
『バカ言わないでよ』
ペトラの弱音をバッサリと切り捨てたのはアレシャだった。普段よりいくらか強い語調で続ける。
『ペトラがいてくれたから、わたしはあの試験を乗り切れたんだし!ペトラがいないと、わたしは楽しくないし!それに、もしまたあの結界に囚われたとき、ペトラ無しじゃどうしようもないんだし!だいたい役に立たないって言うんならわたしの方が数段役に立たないし!いらないとか、そんなこと言わないでよ……』
それはアレシャの心からの思いだった。だが、この声はペトラには届かないのだ。そのとき、アレシャの元から一匹の精霊がペトラのもとに飛んでいった。どこか好奇心の強そうな精霊だったが、それは少し怒りながらも笑ってペトラの肩を叩いた。それを見たペトラは、なぜか心が楽になっていくのを感じていた。
「お前がいらないわけがないだろう。二度とそんなことを言うんじゃない」
「そうよ、ペトラちゃんの精霊魔術、とっても綺麗だったわよ」
「俺はお前のことはまだよく知らないが、十分に有能な人物だと思っている」
次いで三人がそれぞれの言葉をペトラに送る。それを聞いたペトラは晴れやかに笑った。
いい感じになったところで、話し合いを切り上げようとすると、ヴェロニカが待ったをかけた。
「まだ禁術を払ったあの美しい白い魔法陣の話を聞いていないんだけど?私としてはそっちがメインなのよ。さあ、どうなの!」
「いや、どうなのと言われても……対冥界術式の魔術だとしか」
ダレイオスのその言葉を聞いた途端、ヘルマンがダレイオスの肩に掴みかかった。ダレイオスは何事かと思うが、ヘルマンは極めて真剣な顔で尋ねる。
「その術は誰かに教わったのか?知っているのはお前だけか?」
「あ、ああ。私が長い年月をかけて理論を組み上げた私オリジナルの術だ。私しか知らない」
「そう、か。……やはりお前についてきて正解だったようだ」
そしてダレイオスから手を離したヘルマンは珍しく笑顔を浮かべていた。ダレイオスはどうしたのか聞いてみようとしたが、ヴェロニカに捕まって遮られてしまった。教えて教えてと懇願するヴェロニカをダレイオスは「お前には無理だ」と一蹴し、その夜の話し合いは今度こそそこで終わった。
翌朝、アレシャたちは折角来たのだから聖地を見て回ることにした。森の一部は焼けてしまったが、その程度ではその美しさが損なわれることはなかった。白を基調とした建造物を眺めながら聖地の中心へ向けて歩いて行くと、突然視界が開ける。そこにあったのはどこまでも澄み切った泉だ。そして、その中央には太陽の光を受けて白光を放つ巨大な建造物がたたずんでいた。それが聖地アルバンダートの誇る、アリア教の大聖堂だ。水面に映りこむ大聖堂の姿は神秘的な魅力を感じさせる。
それを見たアレシャは口をぱっかりと開け、ただ感激の言葉を口にするしかできなかった。
「うっわあ〜!すごいなぁ……。すごいなぁ!なんかこう、あっけに取られるって感じだね」
「そうね……。泉が太陽の光を反射しててとっても綺麗。この瞬間だけは日差しが強くてよかったと思うわ……」
アレシャとペトラは二人並んで大聖堂を眺めていた。それはもはや、何をすることもなくただただ見つめてしまう美しさだった。
『どうだ?父が言っていたのと比べて』
「お父さんは『白くて綺麗だったぞ!』ぐらいしか言わなかったんだけどね……。でも、それから自分で情報を集めて、想像していたのよりもずっと素敵。わたし、冒険者になってよかった」
『そうか。それなら、私も協力した甲斐があったというものだ』
ダレイオスは嬉しそうに笑う。アレシャもそれにつられて笑った。横にいるペトラも笑顔を浮かべている。いつの間にかヴェロニカとヘルマンも隣に立っていた。
四人は並んで、しばらくその光景を眺めていた。
投稿の際に抜けてしまっていた、禁術に関する会話を追加しました。(4/19)




