1 少女は好奇心で生きている
「……そして『英雄』アレクサンドロスは『魔王』ダレイオスを見事打ち倒し、『魔王』に支配されていた土地の民は『英雄』の厚い寵愛の元で長い繁栄を……。うう、やっぱりどれもこれも『英雄』の話ばっかりかあ……」
白い髪をかき乱しながら唸る少女はもう三日も図書館に入り浸っていた。
調べ物の内容は、この世界の人間なら誰もが知っている『英雄』と『魔王』についての物語だ。母親が幼い子どもに語り聞かせる話の定番である。
ただ、これは作り話ではなく大昔に実際にあった出来事であり、現在にも数多くの歴史書が残っていた。
そして彼女が今いるのは『英雄』が治めていた国が首都、アレクサンドリアにある図書館だ。世界最古の図書館として名高い場所であり、『英雄』について調べるにはこれ以上無い場所である。
だのに、彼女の調べ物は難航していた。低いうなり声をあげて周りの人から白い目を向けられるほどに難航していた。
なぜか。少女が知りたいのは『英雄』ではなく『魔王』についてだったからだ。
巨大な身体に漆黒の肌を持つ魔物の王と伝えられる『魔王』だが、それ以上の情報を彼女は知らなかった。幼い頃に聞いた話にも『魔王』の話はほとんどなかった。子どもへ悪について事細かに伝えるわけはないのだから、それは当然である。しかし、こうやって大きな図書館で歴史書を読みあさっても、『魔王』に関する詳しい記述は見つからなかったのだ。『魔王』が治めていたアルケメアという国のことも、どこにどれだけの領土を持っていたか程度しか書かれていない。
「なんでなんだ……!ここなら絶対にあると思ったのに!寧ろここにないならもう何処にもないじゃないの!」
少女が叫ぶ。周りからの視線が研いだナイフのように鋭い。ここは図書館、お静かに。
「わたしが強かったらペルセポリス遺跡まで調査に行けるんだけど……。いや。無理か。あそこに行って無事な人間なんて人間じゃない。はぁ、まあしょうがないかなあ。でもなあ、態々ここまで来たわけだし諦めきれないよなあ」
少女の独り言は止まらない。周りの視線が処刑人の如く少女を突き刺す。ここは図書館、お静かに。
しかし、少女はそれに一切気づかない。少女は好奇心で生きているような人間だった。熱中すると周りが見えなくなってしまうのが彼女の悪い癖である。
本を広げては悪態をついて投げ捨てる少女に向かって歩く一つの影。図書館の司書である。ついに少女を追い出そうと動いたのだ。逆に何故今まで放置していたのか。
図書館の司書らしく静かに怒りを露わにするに少女はペコペコ頭を下げながら謝る。しかし効果は無い。他の利用者の冷たい視線にどっぷり浸かりつつ図書館から放り出されてしまった。
「はあ……。これからどうしようかなぁ……。もうあんまりお金無いし何か仕事しないとダメか……。接客業でいいとこ探そうかな」
少女は今後の予定を考えつつ街の通りを歩く。
少女は十五歳の誕生日と共に家を出て旅に出た。理由は単純だ。自分の好奇心を満たしたかったから。
少女の父親は有名な冒険者だった。世界にはどんな街があるのか、どんな人がいるのか、どんな物があるのか。幼い頃から父のそんな話を聞いて育ち、大きくなったら自分も冒険者になって世界を回るというのが少女の夢だったのだ。
しかし、少女は冒険者にはならなかった。その勇気が出せなかった。冒険者として名をはせていた少女の父親が死んだことが原因だ。少女にとって強くてかっこよくて誰にも負けないヒーローだった父親が死んだことで、少女には冒険者が怖い物に思えてしまった。それでも世界を見て回りたいという夢は捨てきれなかった。少女は好奇心で生きているのだから。
結果、妥協点として各地でお金を稼ぎながら旅することを始めたのだ。その生活もすでに一年が経過していた。最初は苦労も多かった旅も今では手馴れたものである。
彼女がこのアレクサンドリアを訪れたのも、その好奇心を満たすためだ。子どものころから知っている『英雄』と『魔王』の物語。それに登場する『魔王』について詳しく知りたいと思ったのだ。成果はなかったようだが。
少女が自分の思うように事が運ばずにふてくされていると、その目に何かを待つ人の群れが映る。何が来るのか気になったので近寄ってみると、丁度街の入り口から一つの集団が入ってくるところだった。その集団の荷物に描かれたマークは少女にも見覚えがある。この街にある巨大な魔導研究所、ムセイオンのマークだ。
「毎度すげえよなぁ。ペルセポリス遺跡なんて行って帰ってくるだけでも命がけだろ?」
「ああ。しかも今回はかなりの大荷物だぞ。こんなこと今までなかったんじゃないか?もしかしたら、『英雄』の宝剣がついに見つかったのかもしれないぜ!」
「ペルセポリス……『英雄』……うええええっ!」
不意に少女の耳に飛び込んできたその会話は、彼女にとってこの上ない朗報だった。
ペルセポリス遺跡。かつて『魔王』が治めていた国の都があった場所だ。そこ一帯は常に高濃度の魔素が放出されており、その原因の調査のために昔から幾度も調査団が送られている。ただ、その魔素の影響により凶悪な魔物が多数生息しており、行くだけでも相当なリスクを伴うので頻繁に調査へ向かうことはできないのだ。
しかし、その調査隊が少女がアレクサンドリアに滞在している僅かな期間を狙い澄ましたように帰ってきた。少女はその偶然に運命を感じずにはいられない。恋のような感情が胸を打ち少女を駆り立てる。
なんとしても遺跡から持ち帰ってきたものを見てみたい。そう思った。
思っただけではなかった。
その日の深夜、少女はムセイオンの巨大な門の前でうろうろしていた。
実は昼間もここを訪れていたのだが、いわゆる関係者以外立ち入り禁止というわけで中へ入れなかった。だったら忍び込むしかないと思い立ち、夜中になってからここ再びやってきたのだ。
しかし、そんな行き当たりばったりで侵入できる研究施設があるわけがない。少女は敷地内に入ることすらできずにいた。
「これは、困った。どうしようかな……。どうしよう。どうしましょう」
ブツブツ呟きながらムセイオンの周りを囲む鉄柵に沿って歩き始める。
時刻はすでに深夜。非常に怪しい。しかも潜入に必要だと思ったのか、形から入るタイプなのか、昼間に商店で買った黒いマントを羽織っている。怪しいなんてもんじゃない。警備に見つかれば一瞬で御用だ。
そんなことを気にも留めず、尚もうろうろしていると少女は一つの金属音を耳にした。カランという何かが地面に落ちたような音。気になってそこへ行ってみれば、鉄柵の一部が綺麗な切り口で切断されていた。
自分以外の侵入者がいる。少女はそう確信した。そして、これはまたとないチャンスでもあるとも思った。
少女はそこから敷地内へと飛び込んだ。
ムセイオンの敷地内には小さな林があるのだが、そこの木々も鉄柵と同じような切り口で切断され通り道ができていた。隠れて侵入するということをしない大胆な人だな、と少女は思うも、これ幸いとばかりにそれを利用させてもらう。
しかし、少女は不思議に思っていた。ムセイオンの外壁はムセイオンの研究成果そのものだ。レンガ一つ一つに魔術による加工が施され、高い防御力を誇ることで有名である。それを打ち崩すことは難しい。
つまり、正面以外に侵入する道はないのだ。容易なことではない。
そもそも自分はどうするつもりだったのかなどとは聞いてはいけない。
だが、その考えも杞憂に終わることとなった。
少女が林を抜けると、ムセイオンの外壁がこれまでと同じように綺麗に切り出されていたのだ。
さすがの少女もこれには動揺せざるを得なかった。
この壁を破れる人間など、名の知れた冒険者か大国の大物武官にしかいない。
少女はここで始めて身の危険を感じた。この侵入者は圧倒的な力を持っている。うっかり鉢合わせたりしてしまったら、そのまま切り捨てられるかもしれない。
今ならまだ引き返すことができた。
ここまでは運命だなんだと言って好奇心のままに行動してきたが、冷静になってみれば重要施設に忍び込むなどあまりに危険なことだった。侵入者に会わなくとも、重要施設に不法侵入しているのだ。捕まればどうなるかわからない。それに気づいてしまえばこれ以上先にすすむことはできなかった。
しかし、少女は建物の中へと潜り込んだ。それが好奇心によるものかは少女にも分からなかった。だが間違いなく理性による行動では無い。ただ、自分の胸を打つ感情に任せて少女は壁の穴をくぐる。
『侵入者を捕捉!侵入者は現在、戦術魔術塔三階にいる模様!直ちに向かうように!』
建物の中にはけたたましい警報音と魔術通信の声が響いていた。もう一人の侵入者はすでに見つかっているらしい。意図せず少女のための囮を買ってでてくれたようだ。このチャンスを逃さぬように少女は予定どおり探し物をする。そして見つけた。地下への階段だ。少女はニンマリと笑みを浮かべてそれを駆け下りる。
ムセイオンは戦術魔術塔と汎用魔術塔の二つの巨大な塔から成る。それぞれ、魔術を戦いに用いるための研究と日常の便利な技術として用いるための研究をしているのだ。ただ、それとは別に地下研究施設というのも存在している。そこは二つの塔には属さないその他の研究を行っており、ペルセポリス遺跡の研究はそこで行われているだろうと少女はあたりをつけていたのだ。ここだけ計画的である。
階段を下った地下はほとんど明かりがない大きな通路になっていた。通路の両側には多くの扉があり、その全てにその部屋で行っている研究の内容が書かれた札がかかっている。
「新種魔獣に関する研究……。オルガヌム大森林の生態系についての……。魔力と血縁の関係及び魔力と遺伝について……。ないなあ」
少女はそれを一つ一つ確認しながら進んで行く。深夜だからなのか上の階の侵入者に人を取られているからなのか、人影は全くなかった。ツワモノ侵入者と鉢会うこともなさそうなので、割と気楽に探索していた。帰りのことはあまり考えていない。
そして通路の終わりが見えてきたとき、それを発見した。『ペルセポリス遺跡の魔素及び出土した遺物の研究』と書かれた札がかけられた一際大きな扉だ。そして一際厳重な鍵がかけられた扉であった。素人目にも強力な魔術でかけられた鍵を開くことなど少女にはとてもできない。少女は魔術をろくに使うことができないのだ。
「ダメかぁ……。やっぱあそこで引き返しとけばよかったかなぁ。なんかいけそうな気がしたんだけど……」
ぼやきながらそっと扉の魔法陣に触れてみる。
その瞬間、どろりと溶けるように魔法陣が消滅した。強固な鍵があっという間にである。
少女は思わず驚きの声をあげて飛びのいた。慌てて口を塞いで周囲を確認するが、人の影はない。胸をなで下ろし、少女は扉に手を触れる。
「うわ、ほんとに開いてる。わたしなんかした?なんでだろ……。スイッチでも押したのかな。もしくは上の階でなんかあったか……。まぁ、いっか。無事開いたわけだし」
何が起きたかもう少し気にするべきだろう。だが、ここまで来たら少女に退く意思などなかった。
重厚な音とともに扉が開く。
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