110 奇怪な独白
現れた四人目。ルーグに仕える最強の近衛、『剣帝ハドリアヌス』ナラシンハ。ダレイオスにとっては初めて会う相手だが、彼の放つ強者の気迫には思わず驚嘆する。
「なるほど、アレが。戦いに身を投じる者として手合わせ願いたいものだが、どうやらあの男の目的は私では無いようだな」
ダレイオスがナラシンハの視線を追う。その先には、ゆっくりと身を起こすルーグの姿があった。ミネーから強烈な一撃を貰ったものの、まだ動くことができるだけの気力はあるようだ。それでも息はかなり荒いが。
ナラシンハはそんな主へと歩み寄っていく。
「ナラシンハ、斬れ!ルフィナが私を裏切ったのだ。無論、そこの『魔王』も逃がすな。だが、とどめは私が刺す。殺してはならんぞ!」
「……主がそれを求めるならば、私はそれに従うまで。だが、今の私はあなたに仕える身では無い」
「何を馬鹿なことを……」
「馬鹿な話などでは無い、ルーグ。今ここにいる私は、お前のかつての友、ナラシンハだ。一人の友としてお前に問わねばならぬ事があるのだ。言わずとも分かるだろう」
声を張り上げるルーグにナラシンハがそう冷静に答えると、ルーグはその瞳に驚きの色を浮かべる。ナラシンハの返しが予想外で仕方がなかったという様子だ。
そんな二人のやりとりを見つめていたミネーは口元を隠しつつ、ニヤニヤと笑う。そしてルーグへ、まるで命令するかのような口ぶりで言った。
「さあ、こいつが求める通り、ルーグという男の真実を話せ。それがお前に与えられた役割だ」
「……貴様、妙だとは思っていたが、ルフィナでは無いのか?纏っている気が、あいつのものとは余りに違いすぎる」
「そんなことは今どうでもよろしい。傷が痛んで話し辛いのか?ならば、ほら」
ミネーが手に魔力を集め、ルーグへ向けて放り投げる。それがルーグの胸に溶け込んで淡い光を放つや否や、苦痛に顔をゆがめていたルーグの表情が和らいでいった。
「どうだ、楽になっただろう。これで思う存分話せるはずだ。お前に全てを話させるために、こうして周囲から隔絶した結界まで張ったのだ。……さあ」
ミネーは低い声でルーグに話すように強要する。ナラシンハはミネーの事を怪訝な表情で見つめながらも、ルーグに話して貰うという目的は同じであるので、口を出すこと無く静かにルーグへ視線を向ける。
だが、ダレイオスはミネーのそのような行動を不可解に思っていた。ミネーはルフィナを通してルーグの側にずっと仕えていた。ルーグの思惑も全て知っていることだろう。なら、ルーグに態々話させる必要など何処にもなかった。
他の大勢にルーグの口から真実を聞かせるというのであれば、世論を正しく修正しようとしているのだと想像できる。だが、ミネーは結界で外からの干渉の一切を遮断し、この場にいる四人だけに真実を知らせようとしている。その理由が皆目見当つかず、ダレイオスはミネーに更なる注意を払う。
そんなダレイオスの視線に気づいているのか、いないのか。ミネーはルーグへ向けて尚も告白を迫っていた。
ルーグは険しい表情で頑として口を開こうとはしなかったのだが、彼の冷静な判断能力は、この状況の打破を不可能だと断定した。得体の知れぬルフィナらしき女。『魔王』。そして最強の『剣帝』。認めたくは無かったが、自分が抵抗したとしても勝てる見込みはゼロだと結論づけざるをえなかった。
ルーグは手近な岩へ腰を下ろすと、手にしていた聖槍を地面に突き立てる。大きく息を吐き出し、一瞬の沈黙。そして、彼は口を開いた。
「お前に友と呼ばれたのは、いつ以来だったか。私が王になって以来であるから、十五年以上経っているのか」
「そうだな。お前や私といった、当時の体制に不満を持っていた者たちによる軍事クーデター。そうして空いた玉座に、当時の軍事最高官であったお前が座った。あのときのお前の活躍ぶりは、今も私の脳裏に焼き付いている。だからこそ、私は友人ではなく忠実な臣下として、お前に仕えようと思ったのだ」
ナラシンハは昔の記憶を思い起こしながら語る。しかし残念ながら、ナラシンハがしたいのは昔話ではなかった。彼は次いで、ルーグに更なる問いを投げかける。
「ルーグ、改めて聞かせて貰う。ロマノフ王の告げた言葉は、お前が罪無き者を貶めるような人間だというのは、真なのか?」
真っ直ぐに問うナラシンハ。ルーグはそれにすぐに答える事はできない。だが多少躊躇いはしたものの、ルーグはナラシンハへ言葉を返す。
「無知な人々を、光をもって導く。力を持った人間の定めだ。その目的を達するために糧のなった者がいるのも、事実だ」
正直に、ではなかったが、ルーグは確かに認めた。自分が全て仕組んだものであると認めた。
だが、ダレイオスはその物言いが非常に気に食わない。自分が特別な人間であると信じて止まない。特別であるならば、特別で無い人間をどうしても構わない。ルーグの態度はそう言いたげだった。
「ならば、さっさと話すんだな。お前が企てた全てを」
「『魔王』風情に強要されるのは気に食わんが、話してやろう。全てな」
少し離れた場所で睨むダレイオスに視線を送りながら、ルーグはそう言い返す。そして彼は言葉の通り、躊躇いなく話し始めた。
「私がやらねばならぬと決心したのは、この聖なる槍を手にした時だ。遠征中、敵軍に追われ行き場を失った私の前に現れた、一つの遺跡。その最奥にひっそりと、この『ブリューナク』は眠っていた。これこそ天命だと思った。与えられたこの力を、正しく使わねばならないと」
「……思えば、お前がその槍を手にしてからだったな。当時の政権の打倒を口にするようになったのは」
「そうだ。私が使命を成すには、世界に対して影響出来るような権威が必要だった。そのためには、腐敗していたデカン帝国政権を手にするのが一番だと考えたのだ。クーデターの準備資金を得るため、この槍を使って組織を立ち上げもした。その甲斐あって、クーデターは無事に成功した」
“準備資金を得るための組織”というのはおそらく、アンブラのことであるのだろうとダレイオスは思う。彼らの術はルーグの槍の力だとクリームヒルデが言っていた。そしてアンブラの暗殺商売の相手は、ほとんどが貴族階級の人間である。間違いないと思ってよさそうだ。ただ、クーデターの準備資金のために作った組織というのに、未だアンブラが存在しているのは、単純に暗殺ビジネスとしての側面もあったのだろう。ナラシンハに少しでも隠そうとするルーグの話し方は相変わらず気に食わなかったが、ダレイオスは話の腰を折るよりも先に進めることをとった。
「そして王位についたお前だが、最初の内はそれほど大きな力を持っていなかったと聞く。だが五年後、今から十年前。お前は皇帝近衛師団を立ち上げ、高い武力を掲げて周辺諸国を切り取っていった。なぜそれほどの軍事力を手にできたのか、お前が行っていた研究について話して貰おうか」
「よく知っているな。根拠があるかのような口ぶりだが」
「当然だ」
ダレイオスは頷く。その瞳には静かな怒りの火が燃えていた。ナラシンハはその様子に疑問を持ち、ルーグに再度問う。
「近衛師団の団員は、全てお前が選出した人間たちだ。どれも優秀な能力を持った者たちだったが、そこに何かあるのか?」
「……ああ、そうだ。この『魔王』の言う通り、彼らは皆私の研究成果だ。人間が生まれ持つ魔力量は一定だが、その上限を引き上げて多量の魔力を流し込む。それによって身体的、魔術的両側面からの強化を謀るという研究だ。つまり近衛師団は、人の手によって戦闘能力を向上させられた人間の集団ということになる。ナラシンハと、ルフィナを除いてな」
「そんな研究が……」
ナラシンハは純粋な驚きを見せる。だが彼は知らないのだ。その研究の裏に、ルーグに利用された哀れな少女の存在がいることを。それを知るアレシャは平然と語るルーグに憤る。
『その研究のために、サーラちゃんは十年も眠らされた……。自分は特別だとかワケの分からない免罪符で罪の無い女の子を襲うなんて、馬鹿にしてるよ。サーラちゃんもヘルマンさんも、アルノーさんも、どれだけ辛い思いをしたか……!』
「ああ、私も同意見だ。だが、今は抑えてくれ」
『うん、分かってる。……ダレイオスさんが気になるのは、ルーグの話した研究内容でしょ?』
「そうだ。今の話は、これまで私たちが立ててきた推測と違っている。真偽を確かめたい」
ダレイオスの推論。それは、ルーグの行っていた研究は“精神生命体を作り出す”という内容である、というものだ。しかし、今のルーグの話に精神生命体の存在など微塵も顔を出さなかった。半ば確信を持っていた推論であるだけに、ダレイオスは聞いておかねばならなかった。
「ルーグ。お前は“精神性生命体”というものを知っているか?」
「精神……?何だそれは」
「知らないか?」
「……貴様が何を言いたいのかは分からぬが、まるで知らんな」
ダレイオスは相手の心理を察することに長けているわけではない。だが、彼にはルーグが嘘を吐いているようには見えなかった。これはやはり、自分の推測が間違っていたということなのだろうか。
ダレイオスがそのように考えていると、近くで眺めていたミネーがくすくすと笑った。
「貴方様の考えていたことは大方推測がつきますが、間違ってはいないですよ。ルーグの研究によって、精神生命体イシュタルが生まれたと考えていたのでしょう?それは正しいです。ルーグの研究によって、イシュタルと私が目覚めたのは間違いありませんから」
含みのある言葉。しかしミネーはそれ以上語ろうとしなかった。今はルーグの話を黙って聞けと言うことなのだろう。同じ空間に苛立たせる相手が二人もいることを鬱陶しく思いつつ、ダレイオスはその通りにするしか無かった。
「……知らないならいい。だが、お前が謀った策にはルフィナの存在が不可欠だったはずだ。それについても話して貰いたい」
ダレイオスがそのように言うと、ルーグは小さく舌打ちした。彼が気にしていたのは、ナラシンハの視線だ。ルフィナの名が出た途端、ナラシンハのルーグを見る視線が僅かに鋭さを増したのだ。
十年前にルフィナを拾ったのは他ならぬナラシンハだ。それ以来、彼はルフィナの事を気に掛けている。ルーグがルフィナの事を利用していたと知れば、彼は怒りの情を見せるかもしれない。ルーグはそれを避けたかったのだが、ダレイオスはそんな事は知らないし、ルーグの思惑などどうでもよかった。
そしてルーグは最早、問いに対しての回答を拒否することもできない。語るしか無かった。
「ルフィナは、並々ならぬ魔力を持っていた。その才能に目をつけ、私は彼女を近衛師団員と同じ実験の被験者とした。結果、彼女には極めて特異な力が目覚めた。我が研究の最高の成功例、それが彼女だ」
「彼女は素晴らしい魔術の才は私も認めるところであるが……お前は、その能力を利用したのか」
「私は彼女の助力に対して、地位と相応の待遇を与えた。利用という言葉は相応しくない」
「確かに、そうではあるな。それで、彼女には何をさせた」
「ルフィナはこの十年、皇帝近衛師団の一員として私に尽くしてきた。だが彼女は数年前に突如新たな力を開花させたのだ。それは、洗脳の能力だった。既にデカン帝国は世界へ影響するだけの力を持っていたが、私は己が使命を果たすために更なる飛躍が必要だと考えていた。彼女の力があればそれが叶うと、そう思った。そして丁度その時、ルフィナは私にとって素晴らしく有益な情報をもってきたのだ」
その情報が何か、聞かずとも察せられた。ルーグが此度の一連の事件を起こす動機となる情報は一つだ。
「彼女は、『魔王』が現世に蘇ったこと。そして、その正体を私へ明かしたのだ。
それを聞いたとき、思い立ったのだ。私は『英雄』となるべく選ばれたのだと」
そうしてルーグが話し始めたこと。それは先のアルカディーの告白の内容とそう変わらぬものであった。
『魔王』を貶め、悪の再来として世界へ知らしめる。そこに『英雄』らしい様々な演出と友に自分が『魔王』の討伐を宣言し、成し遂げる。それによって、自分が新たな時代の『英雄』となる。ルーグはいかに素晴らしい計画かを雄弁に語った。
「だが、忌々しき『魔王』がそれを阻止した。要となるルフィナも、どうにもおかしい。全くふざけた状況だ。こうして自ら計画の全てを告げているなど、ワケがわからん」
ルーグの投げやりに呟くと、額に手を当てて唸る。ダレイオスもナラシンハも、『ワケが分からない』ということには同意するところであった。一人の人間に場の空気を完全に支配されたこの状況は、奇特と言う他なかった。ダレイオスとナラシンハは揃ってその人物を見やるが、彼女は変わらず笑みを浮かべているだけだった。
「ご苦労様。興味深い話だった。さて、一通りの事実が判明したところで問いたい」




