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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
197/227

108 姉を思う妹の気持ち

「——そこからはまるで先の見えない生活だった。各地を放浪して、強くなるための足がかりを探した。そして見つけたのが、デカン帝国だった。国に所属して成り上がる、というのが権力を手に入れる最も分かりやすく簡単な道だと思ったんだ。結果ルーグに拾われて、デカン帝国の中でも有数の地位を手に入れることができた。そして今、わたしはここにいる。ミネーという魂を宿すことで、確かな強さを手に入れたわたしがな」


 十年前の記憶を語るルフィナはそう締めくくる。

 常闇が広がるルフィナの精神世界。そこで十年ぶりに再会した姉妹は言葉を交わしていた。そして姉から語られた十年前の真実は、妹に強すぎるくらいの衝撃を与えた。敬愛する父の死の裏にある悪意。一人家を出た姉の抱いた決意。ルフィナの顔を見つめて、ただ呆然としていた。


「そんな、そんなことが……」

「“そんな”とは、父さんの死の事か?それとも、わたしが家を出た理由の事か?」

「どっちもだよ!でも、今言いたいのはお姉ちゃんの事。なんでそんな事、一人で抱えるかな!わたしやお母さんを守りたいんだったら言ってくれなきゃ!」


 アレシャが憤慨する。しかし、ルフィナはその言葉を切って捨てる。


「あのときのアレシャはとてもじゃないが相談できる相手じゃなかった。それは無理な話というものだ」

「なら、お母さんに——」

「アレシャ、キミは勘違いをしている」


 ルフィナがぴしゃりと言葉を遮った。アレシャはビクリとして姉の顔を見やる。勘違い、という言葉の意味が分からない。ルフィナは今さっき自らの口から説明しというのに、何を勘違いすることがあるのか。そう思うアレシャの謎をルフィナが解く。


「わたしの行動の全てはわたしの為でしかない。わたしがそうしたいからそうした。わたしは強くなりたいと願った。その為に家を出たんだ。確かにアレシャや母さんを守りたいとも思ったが、それもわたしが“わたしの思う幸せな生活”を送りたいと思ったからだ。わたしの欲望を叶えるための過程として、家族を守ると考えただけだ」

「そんなの、屁理屈じゃん!結局わたしたちを守ろうとしてるんだから、一緒でしょ?」

「いや、違う。家を出て一人で強くなるという選択の中心にいるのは、わたし自身だ。全ては自分の欲望を満たすための選択。元々そこに他人の意志が介入する余地などないんだよ。そして、それが“強さ”だ。他の何者にも揺らぐことのない、確固たる強さだ」


 ルフィナはそう言い放った。例え誰が何を言おうとも、その考え方を変える気は微塵も無い。そう言いたげな、固い芯の通った言葉だった。彼女の鋭い視線に射貫かれ、アレシャは言葉に詰まってしまう。


「いや——」


 それでもアレシャは口を開く。

 認めるわけにはいかなかった。ルフィナの主張を認めてしまえば、彼女がもう二度と自分の側に戻ってきてくれなくなってしまうような、そんな気がした。いや、きっとそうなのだろう。この精神世界でルフィナと言葉を交わし始めた時、彼女はこう言ったのだ。

 『わたしは望んでミネーの存在を受け入れている』と。

 アレシャの目的はルフィナをミネーから解放することだ。ルフィナの主張の根幹は強さを求めることにある。それがミネーを受容している理由であるのは確定的であろう。だから、ルフィナの“強さ”に対する考えを受け入れてはならないのだ。

 そして何より、これまでのルフィナの話の中に、アレシャにはどうしても許容できない言葉があった。それを認めてしまうワケにはいかないのだ。

 姉の険しい顔をキッと睨みつけ、アレシャは言う。


「お姉ちゃんは間違ってる。だって……だって、お父さんは弱くなんかない。お父さんはわたしの知る誰よりも強い。それだけは絶対に譲れないから」


 アレシャが言い放った言葉がルフィナにぶつかり、ルフィナは僅かに眉をひそめる。


「わたしもそう思っていたさ。でも、違った。父さんは力ある者に殺されたんだ。それは父さんが弱かったからだ。それ以外になんの理由がある」


 彼女もまた、冒険者である父を尊敬していたのだ。アレシャの言い分はよく理解できた。だが、それは間違っているのだと真っ向から否定する。しかし、それをアレシャが更に真っ向から斬る。


「いや、お父さんは強いよ。お姉ちゃんは強いっていう言葉を一面的にしか見てない」

「父さんの人への思いやりは素晴らしかった。人を引きつける魅力もあった。それも強さと言いたいんだろう?月並みな言葉だ。それが強さであってとしても、父さんが敗北している以上、父さんに弱さがあったのは確かなんだ」

「お父さんは死んだよ。でも、負けてなんかいない。それが間違ってるんだよ」


 アレシャがそう言うと、ルフィナは胡乱な表情を見せる。

 父は権力者の術中にはまり、抵抗することもできず、殺された。それはどう考えても敗北だ。ルフィナはどう好意的に解釈しても、それ以外の答えを得ることはできなかった。


「どう意味だ、アレシャ。何を言っている?」


 だから、そう問うしかなかった。アレシャはそんなルフィナへ、自分の思う答えを示す。


「お父さんは自分の一番の目的を果たしたんだよ。それが叶えられた以上、お父さんは負けてない」

「一番の目的?」

「そうだよ。わたしやお姉ちゃん、お母さんを守ること。それがお父さんの一番だった。ずっと守られ続けてきただけのわたしが、それを一番よく分かってる。お父さんはお姉ちゃんの言う“強いやつ”と戦って、それを勝ち取ったんだよ」


 アレシャは揺れることのない瞳で、ルフィナへそう言ってのける。ルフィナはその堂々とした姿に僅かな戸惑いを覚えた。それはアレシャの言ったことに一理あると思ってしまったからでもあるが、それよりもそんなアレシャの姿が自分の知っている弱い妹のものと、まるで重ならなかったからという理由が大きかった。

 だが、それも当然のことだった。ルフィナの知っている妹は十年前の存在だ。それどころか、今やその妹はAランク冒険者として名を轟かせている。冒険者としての名声と、それに見合う実力。ルフィナの思う“強さ”を、アレシャは手にしていた。

 だからこそ、アレシャの語る強さはルフィナの心に僅かに引っかかる。その微妙な表情をアレシャは読み取った。追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ。


「確かに、お姉ちゃんの言う“強さ”は間違いじゃないよ。でもそれだけに固執して、精神世界までこんなに真っ黒にして、それでいいわけないじゃん!だいたい、幸せな生活が欲しくて強くないたいんでしょ?だったらミネーなんて奴、余計必要ない!あいつがいるから、わたしとお姉ちゃんは今、こうして、対峙してるんだから!」

「それは……」


 ミネーは言葉につまる。アレシャの言うことは的を射ていた。目的のための手段を見誤ったために、手段が目的を妨害してしまっている。返す言葉もなかった。だからルフィナが口にしたのは理屈ではなく、自らの思いの丈であった。


「それは、分かっている。わたしも分かってるさ。だが……不安なんだ。わたしの求める強さに限りはない。どこまでいっても、更に強くならなければならないと思うんだ。父さんはミネーの力を得た今の私よりも強かった。それでも、死んでしまった。母さんやアレシャとの幸せも欲しいさ。でも、わたしはもう強さを失ってしまうのが怖いんだ。強くなる過程で、この身も既に汚れてしまった。だからもう、引き返すことはできない!」

「馬鹿言わないでよ。引き返せるに決まってるじゃん!」


 ルフィナの独白をアレシャは一言で切り捨てた。目を丸くする姉に、アレシャは自分の胸をドン!と強く叩いてみせ、声高に宣言する。


「ここに、現役Aランク冒険者がいる!しかも、今は不在だけれど、馬鹿みたいに強い『魔王』までいる!お姉ちゃんが求める強さは、ここにバッチリそろってる!なら、お姉ちゃんが無理して強くなる必要なんかどこにもないじゃん。お姉ちゃんが怖いって言うなら、全部わたしが守ってあげる!」

「アレシャが?いや、そんな……」

「それに、言っちゃ悪いけど、さっきお姉ちゃんわたしに負けたよね?ヴェロニカさんたち四人にも致命傷をもらったって聞いたよ。だったら、お姉ちゃんじゃなくてわたしが守る側に回るのが自然じゃない?」

「うっ……」


 非常に痛いところを突かれてしまった。確かにルフィナは相当な強さを手に入れたものの、その力を万全に使いこなせていない。そのことは彼女自身がよく分かっていた。ぐうの音も出ずため息をつくルフィナに、アレシャは勝ち誇った表情を見せる。そして、とどめの一撃。


「お姉ちゃんの強くなるって目的はもう必要ない。わたしはこうして元気すぎるくらいに生きているから、ダレイオスさんが仇とか、そういうことは有り得ない。ミネーに思考を操られてても、それは今からわたしが解いてあげる。もう何にも問題は残ってない。違わないでしょ?」

「……ああ、そうだね。違わない。全部アレシャの言う通りだ。降参だ」


 ルフィナは諸手を挙げて白旗を掲げた。無事に説得に成功し、アレシャは喜びのままに跳びはねる。そんな妹の姿を見て、ルフィナも思わず笑みをこぼした。


「さて、ならいつまでもこうしている必要は無いか。けれどアレシャ、一つだけ言っておく」

「ん?」


 アレシャがこてんと首を傾げるが、ルフィナの眼差しは真剣だった。アレシャの瞳へ向け、嘘偽り無い本心を言葉にする。


「後の事は全てアレシャに任せる。だが、生き残っていくために“強さ”が絶対的に必要であるというわたしの考えは変わっていない。この先の戦いは、本当の強さを持っていないと乗り越えられないだろう。戦いとしての強さと、心の強さだ。前者はなるようになるものだが、後者はそうもいかない」

「後者って、心の強さ?」

「そうだ。確固たる決意と意志、そして信じることができなければ、きっとくじけてしまう。……でも、アレシャなら大丈夫かもしれないね」


 険しさを見せていたルフィナの表情が、僅かに和らぐ。自分の掌をぼんやりと見つめながら続けた。


「この十年、わたしの周りには誰もいなかった。ずっと一人だった。でも、アレシャは違う。たった数年で、信頼できる仲間と言える存在が何人もできた。敵として見ていたけれど、その人心の集めっぷりには感服した。さすがは父さんの娘だ」

「えへへ……」

「素直に誇っていい。だから、アレシャはきっと大丈夫だ。頑張れ」


 最後にアレシャの頭をポンと叩くと、ルフィナは大きく伸びをした。それを区切りに、ルフィナは回れ右して歩きだす。


「こうやって話しているわたしはルフィナの心の内、ミネーに侵食されていない残滓だ。現実のわたしは今もミネーに植え付けられた『魔王』への復讐心と、己の自然意志の間で苦しんでいる。早く救ってやってくれ」

「了解!……あ、でも、洗脳を解いたとしても、ミネーはお姉ちゃんの身体にいるままなんだよね?そっちはどうしよう……」

「それなら心配いらない。時間が解決する。ミネーの事は今は放って置いても構わない」


 アレシャの心配事に対してルフィナはそのように言うが、アレシャにはその意味がよく分からなかった。難しい顔で考え込み始める妹に、ルフィナは苦笑する。


「深く考える必要は無いって事だ。それじゃあ、よろしく頼む」

「うん、わかった。それじゃあ、また後でね!」

「ああ、また後で」


 ルフィナは後ろ手に手を振りながら歩く。その姿は次第に薄れていき、やがて闇の中へと溶け去った。再び真っ黒な空間の中に一人残されたアレシャは自分の顔を叩いて気合いを入れると、手に魔力を集中させ始める。要領は前にリリの洗脳を解いた時と同じだ。魔力を限界まで練り上げ、精神世界中にぶちまける。その効果は覿面だった。アレシャから迸る波動が常闇へ伝播していき、この空間自体が大きく揺らいでいるようだった。その揺らぎは崩壊へと繋がり、ミネーによる浸食の黒は跡形もなく消え去る。そして白が消えたそこには、真っ白な空間が広がっていた。


「黒の次は白、ね。何も無いのはお姉ちゃんの心が不安定なせいかな。だったら、直に元に戻るか」


 そう考えたアレシャはダリラへ信号を送って精神世界から脱出しようと考える。が、その視界に一人の人間が映った。ルフィナがいなくなった以上、この精神世界内に他の人間がいるはずがない。アレシャはそう思ったのだが、この場に一人だけ存在していてもおかしくない人間が居た。

 そのもう一つの人影へアレシャは視線を向ける。深海のように神秘的な青い髪。それと同じくらいの深淵を見せる瑠璃色の瞳。浮き世離れした透き通る美しさを持った女性だった。アレシャにとって初めて見る人だったが、それが何者であるかは明らかだった。


「もしかして、あなたがミネー?」

「いかにも。しかし、さすがだ。いとも容易く、わらわの洗脳を解いてしまった。勘違いするなよ。褒めたのはお前ではなく、お前の持っている“融解”の力のことだ」

「融解……。そうか、あなたも同じ魔力を持っているんだったね」

「ああ、そうだ。その力の真実も含め、近いうちに明らかになるだろう。楽しみにしているといい」

「それは、今この場で何も話す気はないってこと?」


 アレシャが問いかけるが、ミネーは不適に微笑むだけで何も答えようとしなかった。その笑みが妙に様になっているのが気に食わず、アレシャはむっとする。互いに同じ蒼い瞳で睨みあう。

 とその時、アレシャが突然猛スピードで駆け出した。あっという間に距離をつめ、ぎゅっと握った拳をミネーに向けて振り抜いた。顔面を狙った一撃は一切容赦なく打ち抜かれた。が、確かに頬にめり込んだアレシャの拳に、ミネーはまるで何の反応も見せない。その身体は微動だにせず、アレシャの強烈なパンチを完全に受けきったのだ。なおも柔らかな笑みを浮かべているミネーを不気味に思ってアレシャは後ろに下がる。


「ダレイオスさんに『一発殴ってこい』って言われたから殴っといたんだけど、なんかスッキリしないね」

「パンチ事態は悪くないが、相手が悪いだけだ。気に病むことは無い」

「あー、慰められると無性に腹立つね」


 アレシャが眉間に皺を寄せてため息を吐いた。ミネーはそんなアレシャは興味ありげにじろじろと見つめる。


「ダレイオス様が選んだ女というからどんなものかと思っていたが、こんなのとはな。あのお方が少女趣味だったとは驚きだ」

「ダレイオスさんは巨乳派だからそれは無いと思う」

「おや、そうだったか。……まあいい。引き留めるつもりはなかったのだ。さっさと姉の元へ行くがいい」


 ミネーは既に興味を失ったような素っ気ない態度でアレシャに手を振る。そういった振る舞いの一々が気に障るが、ルフィナの言葉の通りならばミネーは一旦放置してもいいそうだ。ならば、これ以上この女に絡む必要性もなかったし、アレシャもできるなら関わりたくなかった。

 なのでさっさと精神世界から出ようと、手に込めた魔力を信号にしてダリラへと送った。これですぐにでも、現実世界へと戻れる。


「アレシャ、だったな。よい機会だ。一つだけ言っておこう」

「なに?」


 ミネーから話しかけられ、あらっぽくアレシャは問い返す。ミネーはわざとらしく肩をすくめてみせると、宣言通り一つだけ、アレシャへ告げる。


「直に、お前はお前という存在の真を知ることになる。覚えておくがいい」


 その言葉の意味するところは、アレシャには見当もつかなかった。アレシャがどういう意味か問い返そうとするが、それよりも先に天から振ってきた光がアレシャの身を包み込んだ。

 ミネーとの邂逅によって心に僅かなしこりを残しつつ、アレシャは光に連れられて現実世界へと舞い戻っていくのだった。

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