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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
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103 鉄拳

 光を纏った殺意の雨がランドルフへ襲いかかる。ランドルフは右へ走る。彼の後を追うように、光の槍が地面へ次々と突き刺さった。


「逃がさんぞ。『英雄』に仇成した罪、その命をもって償え!」

「おお、やべえやべえ。ちょっとおちょくりすぎたか?」


 なおも軽い言葉を吐きながらランドルフは走り、跳び、逃げ回る。それでも光の槍の数は次々と生み出され、終わりなくランドルフを追い続けた。


「キリがねえな……っと、うおぉ!?」


 後方を確認しながら走っていたランドルフが正面に目を向けると、その方向からも光の槍が迫ってきていた。前後を挟まれたランドルフは横に跳んで回避する。

 しかし、その方向からは一際強い光の槍が。ルーグが槍を手にランドルフへ接近していた。勢いのある槍がランドルフの頬を掠める。そこから間髪入れずに二撃、三撃目が繰り出された。ランドルフはその攻撃も器用にかわすが、ルーグの猛攻は絶え間なく続く。これまでと同じように鋼鉄の手で弾いていくも、ランドルフが反撃に出ようとした時を狙って、頭上から光の槍が落ちてくる。ランドルフに一切の攻め手を与えない、傾倒した攻勢だった。


「ああ、もう鬱陶しいな!こっちが様子見してたら調子に乗って来やがって!」

「言い訳は結構だ。私の力を見誤った自分を恨め!」


 ルーグが槍を頭上に構え、振り下ろした。ランドルフは両手を交差して防御しようとするが、ルーグの槍が閃光を放った。


「まぶっ!」


 正面から見据えてしまったランドルフの視界が白に染まる。目の前にいるルーグの姿が全く見えなくなった。今のランドルフは、敵の攻撃の位置も分からぬ、完全な無防備状態に陥っていた。

 四方八方から光の槍が飛来する。ランドルフの身に余すと来なく風穴を空けんとする。そして正面からはルーグの一際鋭い槍が突き立てられようとしていた。ランドルフの身を穿ち、そのまま向こう側に待つ『魔王』まで貫こうとするような一撃。全ての光の切っ先が、ランドルフへ突き立てられ、そして、止まった。


「な、何だと!?」

「簡単なことだろ。身体の一部分を金属で覆えるなら、全身まるっと鋼にすることくらいワケねえ」


 そう呟くランドルフの姿は大きく変容していた。見えている全ての肌はギラギラとした光を放っていた。関節部を除く全てが、固い金属に覆われていたのだ。

 ルーグは一度槍を引くと、全ての光の槍を自分の元へ集める。そして自分の振るう槍と合わせて、再びランドルフの胸へと突き立てる。

 しかし、結果は変わらなかった。槍はまたしてもランドルフに傷を付けることは叶わなかった。


「やっても無駄だっての」

「なんだ、この常識外れの強度は!ただの金属では無いのか!?」

「種明かしをご所望か?いいぜ」


 ランドルフはそう言って片手を挙げる。そして金属に覆われていない指の関節部を爪で強くひっかいた。傷口からは鮮血が滴り落ちる——本来ならば。

 ランドルフの傷から流れ出たのは、鈍く光る液体であった。どう見ても血液ではない。


「これが、俺の血だ。俺の身体には液体状の金属が流れてるんだ。何故って聞かれても知るか。これが俺の特異体質だからだ」

「化け物が……」

「何と言われても結構だ。俺は気に入ってるからな」


 ランドルフはそう言って地面へ手をかざす。すると、先ほど地面へ落ちたランドルフの“血液”がフワリと浮かびあがり、彼の手の中で小さな結晶へと姿を変える。水の魔術の応用。水の性質を持つ液状金属を、水の魔術でコントロールしたのだ。

 精密な水の魔術のコントロールによって自身の体内の血液を体外へ染み出させ、それを結晶化させたものを鎧のように身に纏う。これが、ランドルフの操る能力だった。


「結晶化した俺の血の硬度は生半可なもんじゃねえぞ。貫きたきゃ、剣帝にアダマント製の剣を振り回させるくらいじゃねえとな」


 ランドルフはようやく戻ってきた視界の内に驚愕の表情を浮かべるルーグを捉えながら、笑みを浮かべた。

 ルーグは小さく舌打ちし、槍を引っ込める。そしてその柄を手で軽く叩く。


「なるほど、さすがはハンター商会長というわけか。だが、力を出し切っていないのは私も同じだ」

「ほう?」


 やや芝居がかった動きで肩をすくめてみせるランドルフに苛立ちを感じつつ、ルーグは槍へ魔力を流し込み始める。元より強い光を放っていた槍が、更に眩い光を持つ。もはや直視するのも難しいくらいだった。


「この聖槍ブリューナクは、私がとある遺跡で見つけた古代の遺物だ。曰く、太陽を神と崇拝した一人の男が生涯を賭して生み出したものである。ブリューナクが放つ光は、まさに太陽が如き力を有する」


 ルーグがそう口にすると共に、槍を大きく引いた。突きが来る。ランドルフはそう思うと同時に、横へ回避行動をとっていた。圧倒的な防御力を持っているにもかかわらず。それは彼の本能からくる反射的な行動だった。そして、それは誤りでなかったのだと、すぐに証明される。

 ルーグが槍を突きだすと、そこから正面一直線の大地に亀裂が走る。次の瞬間、その亀裂から激しい火柱が上がったのだ。あらゆるものを灰燼に帰す紅炎が龍のように荒れ狂う。表皮が鋼鉄に覆われているランドルフでさえ、それから発せられる熱波をありありと感じられた。


「ぶわっ!あっぶねえな!」

「この聖なる槍はまさに太陽の化身。貴様の鉄の皮などもはや無意味だ」

「確かに、溶かされて終わりだな」


 ランドルフが「参った」と呟きながら頭をかきむしる。が、彼の表情には緊張の色が見えなかった。いつものように、だらしない立ち姿でルーグと対峙している。ルーグには、それがただただ不愉快であった。


「貴様の戦いは拳闘。私は槍。攻撃範囲の差は歴然。更に、貴様には防御手段も無くなった。この状況で勝ちがあるなどとは思っていないだろうな」


 ルーグが槍を掲げる。再び光の槍が空中に出現し、ランドルフを包囲し始めた。これまでの光の槍はただ発光しているだけであったが、此度の槍が纏う光は高熱に伴う白光だった。照りつける光がランドルフを覆い尽くす。


「この輝かしい光こそ、『英雄』の行く道!アリア神の御許へ行くがいい!」


 ルーグが槍を振り下ろす。光の槍がランドルフの身を貫く。高熱がその身を焼き尽くし、後には何も残りはしなかった。

 ルーグの脳内にはその光景がありありと浮かんでいたことだろう。しかし、現実の状況は大きく異なっていた。

 彼が槍を振り下ろそうとしたその瞬間、その身が後ろに大きくはね飛んだ。地面に叩きつけられ胸に激痛を感じたその時、ルーグは自分が強烈な打撃を受けたのだと理解した。

 槍はルーグの指示通り地面に突き刺さり、高熱の光の柱を立ち上らせていたが、狙っていたはずの男はそこにはいない。地面に仰向けに倒れるルーグ。その視線の先で拳を固めていた。

 ——落下してくる。そう気づくが早いかルーグは跳ね起き、刹那ルーグが寝ていた地面にランドルフがの拳が突き刺さった。瓦礫と砂塵が舞い散り、大穴が空く。そこから間髪入れず、ランドルフはルーグへ接近してきた。ルーグが右から槍を振るう。ランドルフは槍の柄を掴む。高熱を発する切っ先に触れさえしなければ問題ない。槍を引いてルーグの身を近づけ、相手の腹部に膝蹴りを叩き込もうとする。

 しかし、ランドルフの頭上に一本の光の槍が出現した。ルーグが咄嗟に生成したものだ。さすがに攻撃をもらうわけにはいかず、ランドルフは掴んだ手を離して後方へ跳んで光の槍を回避した。

 自由になったルーグは槍を回して構えを取り直すが、胸部の鈍痛に呻いて片膝をついた。


「骨までいっただろ。息をするのもしんどいはずだ。さっさと治療魔術かけねえと重症化するぞ」


 ルーグは殺意の籠もった目でランドルフを睨みつける。しかし、相手に吐く言葉が思いつかない。ルーグは目の前に立つ男の卓越した戦闘能力の前に膝をつかされた。胸にくらった初撃。一瞬にして肉薄し、重い重い掌底がめり込んだのだが、ルーグはその動きを目で追う事は出来ても、反応が追いつかなかった。凄まじい破壊力を誇る武器を持ちながら傷を負った男と、持ち前の能力だけで戦い優々と相手を見下ろす男。両者の間に実力の差があるのは明らか。ルーグは自分でそれが分かってしまった。

 だが、認めるわけにはいかない。ルーグは荒く息をしながら立ち上がる。


「何て言うか、落ちぶれたもんだな」


 太陽が隠れ、影が落ちる戦場。ランドルフはルーグを見つめながらそう呟く。また挑発をしているのかと思いきや、彼の眼差しは真剣だった。そして、自然と口が開く。


「もう数十年前か。『猛獅子』ナラシンハと『荒獅子』ルーグ。かつて小国だったデカン帝国の国軍における二本柱とまで言われた若い兵士だ。その時は俺もただの冒険者で、口だけはいっちょ前の若造だった。そんな俺たちにとって、然程歳も変わらねえのに戦場で功績を立てるそいつらの姿は、まるで伽話の『英雄』みてえに見えたもんだ」

「……そんな男は知らんな」

「そうだな。俺が語ったのは、まだ先も見えぬ若者の話だ。光溢れる『英雄』様には関係のない話だろうよ」


 そう言葉を交わす二人であったが、ルーグの表情は苦渋に満ちていた。

 それでも彼は、ランドルフの言葉に何も返しはしなかった。胸の傷を押さえながら、槍の石突を地面に立てる。そしてランドルフを一層強く睨みつけた。


「貴様は本当に私を苛立たせる。この槍で必ず殺す。だが、今のままでは少々苦労しそうだ」

「俺には敵わないって素直に認めちまえよ」

「馬鹿な。私にはまだ奥の手がある」


 ルーグがそう言うと同時。ルーグの姿が地面に沈んでいった。いや、地面では無く、地面に広がる影の中へルーグの身体が飲み込まれていたのだ。アンブラたちが使っているものと同じ術である。その術の力の源はルーグの持つ槍であり、ルーグが同じ術を使えることに不思議はないのだが、それを知らないランドルフにとっては完全に予想の範疇を超えた行動だった。慌てて駆け出すも、反応が遅れてしまう。

 ランドルフが拳を握り地面に叩きつけたその時、ルーグの姿は影の中に消えてしまっていた。気配を探ろうとするがそれも難しく、ルーグを完全に見失ってしまった。


「くそっ、逃がしちまったか。まあ、奴が行く場所なんて一つしかねえ。俺も向かわねえと!」


 ランドルフはそう思い立ち走り始める。アウザー渓谷の奥へと向けて。今まさに巻き起ころうとしている、アレシャとルフィナ姉妹を巻き込んだ、『魔王』の因縁の戦いの場に。

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