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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
191/227

102 アルカディーの言葉

 商会の裏切りによって混戦を極めていたアウザー渓谷の戦いは、突如現れた予想外の敵、エルフの騎兎隊によって荒れに荒れていた。


「さぁ、躊躇うことはありません!思いの丈を剣に込めてください!」

「「「「「「うおおおおおお!」」」」」」


 リリの号令に雄叫びを返しながら、バンダーラビットに跨がるエルフたちは戦場を縦横無尽に駆け巡る。巨体の重量と、それにそぐわない移動速度は連合軍の兵士たちにとっては脅威であった。兎の健脚に蹴り飛ばされ、エルフの精霊魔術によって切り裂かれる。冷静な思考を取り戻すよりも先に討たれていった。


「くそ!まさかこんな事態になるとは……。キーラ殿も討たれ、このままではアルカディー陛下へ会わせる顔がない」


 連合軍内のロマノフ兵を指揮していた隊長がエルフを睨みつつ、舌打ちする。最初は戦力差で潰せると思っていた戦いがここまでもつれるとは予想だにしていなかった。指揮する立場であるが故に毅然とした態度を崩さぬよう努めているが、内心は困惑でいっぱいであった。

 しかし、そんな彼の心を更にかき乱す出来事が起きる。魔術によって拡声された大音声が戦場に響き渡ったのだ。その声、ロマノフ兵らには聞き覚えのある声などというレベルではなかった。


「ロマノフ王国軍の誇り高き兵士たちよ、私の声に耳を傾けてくれ!諸君らの本当の敵は『魔王』ではない!我々は欺かれていたのだ!」


 声が聞こえてきた方角は、アウザー渓谷の最奥。『魔王』の拠点である巨大な壁からだった。隣に全身緑の女性が控え、壁の上から胸を張って声を張り上げる。権威の高さを示すような美しい衣装を纏った彼こそ、ロマノフ王アルカディー二世その人に違いなかった。


「どういうことだ、なぜ陛下が戦場に!それも『魔王』の拠点の内にだと!?」

「『魔王』が敵ではないだと?そんな馬鹿な!」

「陛下は『魔王』に捕らえられ、利用されているのだ!そうに違いない!」


 兵たちは、まるで予想していなかった主君の登場に困惑するしかなかった。アルカディーはそれでも言葉を止めず、真実を語り始める。

 それは、デカン帝国が巡らせた策略の話。オル・オウルクスでの事件の全てを『魔王』へと被せ、『英雄』に成ろうとする恐るべき話だ。


「デカン帝国皇帝ルーグは虚飾にまみれた偽りの『英雄』だ!権威を手に入れるという欲を満たすために罪無き者を殺める大罪人だ!」


 事件のあらましを語ったアルカディーは最後にそう叫ぶ。その言葉に一切の淀みが無いと言うことは、彼を知る者ならばすぐに分かっただろう。もしかすると、今の話は本当なのでは無いか。ロマノフ兵はそう思った。

 揺れる彼らを後押しするように、アルカディーは更なる行動を取る。


「そして、ロマノフの兵士たちよ。私から謝罪させてくれ。洗脳されていたとはいえ、諸君らにこの戦に加わるよう言いつけたのは私だ。諸君らも覚悟を持ってこの場に臨んだことだろう。にもかかわらず、私はその覚悟を踏みにじろうとしている。申し訳ない。だがその上で、どうか私に力を貸して貰えないだろうか!」


 あろうことかアルカディーは深々と頭を下げた。一国の王では無く一人の人間として心から協力を願う。その姿は、ロマノフ兵たちは大きな衝撃を与えた。アルカディーは善王として民衆の信頼を集めている。軍の兵士たちもまた、アルカディーに仕え、彼のために命を賭して戦うことに誇りを持っていた。そんな主君が自分たちへ向けて頭を下げたのだ。それは間違っても王がとるべき態度ではない。しかし、そのたった一つで、兵士たちの心は決まった。静かに主の言葉を聞いていたロマノフ兵の隊長は周囲の仲間へ向けて声を張り上げた。


「お前ら!主君に頭を下げさせて、何も思わない者はいやしないだろうな!俺たちの主はアルカディー二世陛下ただ一人だ!ならば、やる事は一つだろう!」


 剣を掲げて叫んだ彼は、そのまま振り向きざまに連合軍の兵士を切りつけた。そのまま剣を振るい、連合軍の雑兵をなぎ倒していく。彼のその一撃が、兵士たちへ影響していく。


「隊長に続け!」

「俺たちは主君を信じ、主君の為に剣を振るうのみ!」

「いくぞぉぉぉ!」


 他のロマノフ兵たちも武器を片手に連合軍の軍勢へと飛び込んでいく。踏ん切りがついていなかった兵士もその勢いに飲まれ駆け始めた。やがて戦場中へ波及していき、ほぼ全てのロマノフ兵がアルカディーの言葉の通り『魔王』陣営について戦うこととなった。


 身内であったはずの二勢力がいつの間にか敵へと回っていた。それは連合軍にとっては悪夢とも言える光景であった。アリア教を信仰しているアルマスラ帝国とデカン帝国の兵士はアルカディーの語った内容が真実であるとは思えなかったため、寝返ろうと思う者はいなかったが、ロマノフ兵が敵に回っただけでも連合軍の勢力は大幅に削られることとなった。




 ルーグが輝く槍を振るい、目の前で拳を握るランドルフへ鋭い突きを放った。軌道が光線となって相手の身を捉えるが、ランドルフは金属音と共に素手でその槍を弾き返す。ルーグの槍の練度は高く達人の域に達しているものだったが、固い金属に覆われたランドルフの拳を突き破ることはできなかった。


「おのれ、邪魔だ!貴様に構っている暇などない!」


 ルーグがランドルフの顔面を狙って槍を突き出す。ランドルフは左の掌で切っ先を受け止めた。そのまま槍をしっかりと握りしめ、両者は睨み合う。


「私は『英雄』だ。『魔王』と戦わねばならぬ運命だ。邪魔するな」

「運命?何勘違いしてんだ。あいつにとって、お前は面倒な相手でこそあったが、この場で態々相手をするような敵じゃねえよ」

「何を言うか。私は『英雄』。世界最強の国、デカン帝国の王だ。寧ろ、この世界に私の首以上に価値のあるものなど有りはしない」

「こりゃ、想像以上に重症だな……」


 ランドルフは大きくため息を吐くと、右の拳を固め振りかぶる。攻撃が来るかとルーグは身構える。しかし、ランドルフは拳を振り抜くと見せかけて左の脚を軸にハイキックを繰り出した。ルーグは槍を引き戻すと同時に屈んで避けると、槍を薙ぐようにして振るい後方へ下がり、そして互いに構え直す。

 丁度そこで、ルーグが身につけていた通信魔法陣が光を放った。ランドルフから視線を外すこと無く、それに応答する。


「どうした。エルフたちの事なら、兎どもの脚を狙って機動力を削いでから数で押しつぶせ」

『い、いえ、エルフの裏切りでは無く……先ほどの演説はお聞きになられませんでしたか?』


 ルーグは眉間に皺を寄せる。離れた場所で戦っているルーグには聞こえていなかったようだ。通信相手の兵士はルーグが知らないのだと察して報告を始める。


『『魔王』の壁の上にいきなりロマノフ王アルカディー二世が現れまして、ルーグ陛下が悪であるなどと宣い始めまたのです。そんな馬鹿な話、信じるに値しないのですが、ロマノフの兵士はその限りではなかったようで……』


 そう口ごもった時、ルーグは自身でも変化を見つけた。辺りに散らばっていた連合軍の兵士達の中から怒声、悲鳴、様々な叫び越えが上がり始めたのだ。つい今まで、共に並んでランドルフの連れてきた冒険者相手に剣を振るっていた者同士が剣を打ち合っていた。非常に分かりやすい、裏切り、仲間割れの光景であった。この報告が紛れもない事実であると如実に物語っていた。


『い、如何いたしましょうか』

「……全兵に通達。これより全てのロマノフ兵も敵と見なせ。『魔王』の毒気にやられて自分を失っているのだろう。我々の手でその苦痛から解放してやるのだ。ロマノフの兵らを救うにはそれしか方法はあるまい」

『了解いたしました!すぐに情報を流します!』


 通信が切れる。それと同時に、ルーグは槍を強く地面に突き立てた。その衝撃だけで地面が割れ、亀裂が走る。


「こんな馬鹿げたことがまかり通るわけがない!レイヴンは何をやっている!なぜアルカディーがこんなところにいるのだ!あの程度の男の妄言を信じるとは、ロマノフ兵は馬鹿の集いか?ふざけろ!」


 ルーグは沸き立つ憤怒の感情を垂れ流し続ける。そこには崇高なる『英雄』の姿など、まるでない。駄々をこねる子どものようにランドルフには見えていた。

 と、そこで今後はランドルフの持っている魔法陣が光を放ち始めた。ルーグの様子を眺めながらそれに応答する。


「はいよ」

『か、会長。ほう、報告が……』

「シバか。どうした?」

『い、今、壁の障壁の近くにいるが、近衛師団の副団長が戦闘していて……』


 たどたどしくも報告するシバの声を聞いていたランドルフは、全てを聞き終えるとニヤリと笑みを浮かべた。シバに礼を言って通信を切ると、槍を地面から乱暴に引き抜いたルーグへ向けて言葉を投げかける。


「おい、『英雄』さんよ。今、俺の部下から連絡があったところだ。どうやら、この戦場にお待ちかねの『魔王』様がご登場されたらしいぜ」

「ようやく壁の中から出てきたか。ならば私から出向く必要も無くなったな。『魔王』はいずれ私の元へやって来るだろう」

「くくっ、けど残念な知らせだ。『魔王』が用があったのはお前じゃなく、お前の近衛のお嬢さんのようだ」

「……なんだと?」

「今、『魔王』はルフィナと楽しくお話中だ。お前のとこにやって来る事はないだろうな」


 ランドルフはガハハと笑いながらそう言い放った。しかし、ルーグはその言葉の意味を理解することが最早できなかった。


「『魔王』があの小娘に何の用があると言うのだ。この戦は『魔王』と『英雄』の戦だ。その戦いを放棄するというのか?」


 それはルーグにとっては心からの疑問であったのかもしれない。敵対する二勢力が『魔王』と『英雄』を掲げている以上、その両者が戦うことは当たり前の事だと考えていた。しかし、その理屈にランドルフは大きくため息をつく。


「さっきからずっと、『魔王』だとか『英雄』だとか言ってるが、お前はその本質を何にも理解しちゃいねえ。お前はアレシャが何者で、ルフィナが何者で、ダレイオスが何者で、イシュタルが何者で、その何も知らない。お前はこの舞台に上がるべきじゃねえんだよ」

「何だ、何を言っている?私はアリア教が、教徒たちが認めた『英雄』だ。それ以上に必要な資格があるわけがない!」

「だから、その『英雄』って言葉が薄っぺらいって言ってんだよ。そもそも『魔王』と『英雄』が争うこと自体間違ってるんだからな。お前はあいつが、ダレイオスが全てにケリをつけるための舞台を整えるための、ただの舞台装置だ。お呼びじゃねえんだよ」


 ランドルフはルーグへ向けて鋭い言葉を投げ続ける。それは正確にルーグの神経を逆撫でし、ルーグの内から次第に激情が湧き上がる。そしてそれが臨界点を越えたとき、ルーグの槍から太陽の如き閃光が溢れ出した。その光が晴れた時、ルーグの周囲には無数の光の槍が浮遊し、彼の身体の周囲をぐるぐると回転していた。まるで、ルーグが巨大な光の檻に囚われているかのような光景だ。


「私をデカン帝国皇帝ルーグと知りながらの、その言動。到底看過できん。今すぐ消し飛ばしてくれる」

「お、キレたか。だがその様子じゃ、理解するのを放棄したってとこか?なら、折角だ。お前が綿密に立てた計画——その穴を、ハンター商会長『鉄血』のランドルフが教えてやろう。お前が特別な存在なんかじゃないということをな」


 ランドルフが拳を握ると、みるみる内に金属の光沢を帯びていき、臨戦態勢に入るが早いか、光の軍勢がランドルフへ殺到した。




 彼は連合軍の本陣で部下の報告を聞きながら、一人考え込んでいた。その内容は、ロマノフ王アルカディー二世が語った“真実”。デカン帝国が全ての事件を仕組み、ルーグは虚飾の『英雄』でしかないということ。彼の部下たちは、その話を信じていなかった。アリア神に選ばれた自分たちの主君が、そのような悪逆な人間である可能性など、そもそも頭の中に存在していないようだった。


「どうなさいますか」

「私が自ら確かめるしかなかろう」

「確かめる……?まさか、ロマノフ王の言葉が真であるかもしれないと仰るのではないでしょうな」」

「私は全ての可能性を、はなから否定するような思考はしたくない。剣を貸してくれ。丈夫なものなら何でも構わない」

「は、はっ!ただいま!」


 部下から手渡された一振りの剣を腰に差し、彼は立ち上がった。部下から駆けられる言葉も耳に入らず歩き始める。

 自分の剣の強さは信じることにあると、彼は自負している。何かを成し遂げるため、自分の行く道を信じ、その為に剣を振るうことで本当の強さが生まれるのだ。先ほど対峙した二人の剣士は、その信じる心によって己の力を限界まで引き出していた。

 そしてその心と正面から切り結んだ彼は、いつの間にか自分の行く道に疑問を抱くようになっていた。戦場において迷いは死へ繋がる。剣を鈍らせる不要なものでしかない。

 故に、彼は確かめたかった。自分の行く道が、仕える主が、信じることができる存在であるのか、確かめたかった。幾分鈍ってしまったその剣で、確かめようと思った。そして彼は誰にも聞こえぬ小さな声で呟く。


「私はお前に恩がある。私はお前を斬りたくない。どうか、お前の言う真実が私の迷いを断ち切ってくれるものであることを祈る。お前を、信じさせてくれ」


 デカン帝国皇帝近衛師団長にして剣帝ハドリアヌスの称号を持つ男、ナラシンハは使い慣れぬ刃を手に、戦場へ繰り出した。

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