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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
190/227

101 カードは揃った

 アンブラと古参エルフらの戦いは熾烈を極めていた。戦いは既に元いた客間を飛び出し、辺りを破壊しながらの混戦だ。高度な精霊魔術を匠に操り戦うエルフたちだったが、アンブラは影の中を自由に泳ぎ回り、照準を絞らせない。どれだけ素晴らしい魔術であっても当たらなくては意味が無いのだ。


「おのれ、ちょこまかと!」


 髭のエルフが風の槍を何本も生成し、一斉に放てば、部屋中の高価な調度品を貫いて石造りの壁に穴を空けた。ホストの事をまるで考えていない傍若無人なゲストっぷりだ。それほどにエルフたちは激昂し、何としてもアンブラたちを葬ろうとしていた。


「うわっ、私の洗脳効き過ぎ……?これ、後で弁償とか……まあ、いいか」


 リリはその戦闘の様子を影の中で息を潜めて見守っていた。危険の及ばないところから、のんびり観戦している。アンブラたちにとって非常に腹の立つ様子である。今すぐその首を切り落としてやりたいが、熟練のエルフたちの前にそんな余裕は見せられなかった。


「さすがにもう、城内では騒ぎになっているだろうな。リーダーにも伝わっているに違いない。他の構成員たちはすでに撤退している頃か」

「我々はここで囮役というわけか。こんな場所が死地になるとはな」


 影に潜みつつtアンブラの男が言葉を交わす。この危機的な状況で、自分たちが取るべき行動は何かを考えていた。そして彼らは、オル・オウルクスがデカン帝国を裏切ったという事実を本国まで持って帰るということを優先することにした。なので、自分たちがここで戦うことで、城内に潜入している他の構成員が抜け出す時間を作ろうと思ったのだ。

 彼らの判断は組織的行動として正しいものだった。だが、そこには残念ながら幾つかの問題があった。一つは、その組織のリーダーが自分本意な行動によって既に死亡し、組織内の統率が取れていなかったということ。二つは、そのリーダーを殺した人物がかつてアンブラに所属しており、アンブラがどのような判断の下に行動するかを知っている人間であるということ。


「余計な抵抗は無意味ですわよ」


 どこまでも冷静な声とともに部屋の影が伸び、大蛇を象った。その内の一匹の頭に優雅に腰掛けていたのは、ゴシックドレスを纏った黒髪の少女だ。彼女が手を動かすと、その通りに大蛇たちは動いていく。エルフたちには影に隠れているアンブラがどこにいるのか察知できていないが、大蛇はその居場所を把握して確実に包囲網を縮めていた。アンブラたちはあっという間に劣勢に立たされ、クリームヒルデを睨みつける。だが、その視線を遮るように大蛇の頭が立ちふさがった。鋭い眼光が貫き、アンブラたちの身が固まる。そしてそのまま、大蛇が潜む影ごと彼らを飲み込んだ。消化管を通るように、そのままクリームヒルデの影の中へと封じ込められた。いつものリリと同じような状況というわけである。

 あっという間の出来事だった。古参エルフたちは呆然としてそれを見つめていた。この大蛇を操る少女は何者なのだ。味方なのか、それとも第三戦力なのか。何も分からず困惑していたが、姿を現したリリがクリームヒルデにすり寄っていくのを見て、この黒い少女が味方であるのだと分かって胸をなで下ろす。


「ヒルデ様!ご無事で!どうですか、私バッチリ仕事を——ひぐぅ!」


 と思っていたら、黒い少女がリリの腹に膝蹴りを入れた。悶絶してリリが地面に倒れ、少女がそれを冷たい視線で見下ろす。どこからどう見ても仲間のように見えなかった。なのにリリの表情がどういうわけか満面の笑みであるので、いよいよワケが分からなくなる。


「どうやら、事は済んだようだな。見事な手際だった」


 そんな混沌とした状況の中に姿を現したのは、一際強い存在感を放つ男。他でもない、ロマノフ王アルカディー二世であった。


「エルフのお三方、迷惑をかけた。ご無事で何より」

「アルカディー殿。大方の情勢は把握しておりますが、これは如何様な状況ですかな」

「それも含め、予定通り話の場を設けるつもりだ。参加するのはロマノフとオル・オウルクスの代表」

「——それと、私だ」


 アルカディーの背後から姿を現したのは、美しい白髪の少女。しかしその瞳は、相当数の修羅場をくぐり抜けてきた猛者と同じ、鋭い光を放っている。

 世界を騒がせている悪の象徴。『魔導姫』アレシャに宿る『魔王』ダレイオスの堂々たる姿がそこにあった。




 そうして、彼らはロマノフ王城内の会議室に集まっていた。その上座にふんぞり返って座るのは城の主であるアルカディー二世、ではなく、『魔王』であった。本来なら作戦中、ダレイオス、そしてヘルマンとダリラはモロクの外から作戦を見守るだけのつもりだったのだが、アルカディーの洗脳が解けた時、クリームヒルデからモロクへ来るようにと呼び出されたのだ。アルカディーがすぐさま迎えをよこし、彼らはこうしてここにいるというわけだ。

 ダレイオスはそんな余計な前座など不要と、自ら口火を切って話を始める。


「ここにいる全員、事情は知っているな。ならば話すこともそうない。これからロマノフ王国とオル・オウルクスの諸君らに、デカン帝国を打倒するための手伝いをしてもらいたい。これは少なからず、お前達の国を守ることに繋がるはずだ。頼めるだろうか」

「それは勿論だ。寧ろ、こちらから協力させて欲しいくらいだ」

「我々も勿論、お手伝いいたします。我が同胞と守護神に仇成した罪は償わせねばなりません」


 好意的な返事を貰ってダレイオスは満足げに頷くが、そこで髭のエルフがそっと挙手した。エルフたちの中心に座っており、彼が新たな長であるようだ。自らヨアキムと名乗り、ダレイオスへ向けて質問を投げかける。


「この城での騒ぎは外へは漏れていないのですよね?では、アンブラとかいう輩は全て捕らえたということですかな?」

「ああ、その通りだ。クリームヒルデがロマノフ兵を指揮し、私が到着してからは私も加わって、全員捕らえた。複数のアンブラから吐かせた情報と、捕らえた人数が一致しているからな」

「なるほど、そちらのお嬢さんが敵と同じ術を扱えたからこそというわけですな。……いつの間にかリリも同じものを身につけているようですが」


 ヨアキムの冷たい視線が地面に寝転がるリリに注がれる。そのリリは最早見慣れた目隠し緊縛状態だった。その鼻からは興奮由来の血が垂れ流され、自身の服に赤い染みを残していた。リリは戦いらしい戦いに参加していないのでまったくの無傷であるが、その染みが激しい戦いの痕跡っぽくなっていた。少し見ない間にすっかり変わり果てた部下に、ヨアキムの口から思わずため息が漏れる。


「そういうことなら問題はございません。話の腰を折ってしまい申し訳ないですな。それでは、本題をお願いできますか」

「ああ。改めて話をするが、知っての通りこれから私たちはアウザー渓谷にて連合軍との戦に入る。すでに万全の防衛ラインを敷いてきた。連合軍の軍勢がどれほどのものであろうと、負けることは無いと確信している」


 淀みなくダレイオスは言い放つ。その自身は確固たるものだった。連合軍に兵を出しているアルカディーとしては、自分の兵が侮られているようなものであるのだが、『魔王』の防衛戦力が充実していることは素直に喜ばしいことだと思った。アルカディーの失態とも言える連合軍への参加によって『魔王』陣営が壊滅するような事があれば目も当てられなかったので。


「そうだとしても、あくまで防衛戦力。勝ちはないのだろう。あくまで、お前達の作戦——私とエルフを味方につけるのに成功するまでの時間稼ぎといったところか」

「その通りですわ。両国が味方につけば、連合軍の戦力を削ぐと同時に、こちらの戦力を増強できます。戦力としてはそれで五分になるかというところですが、圧倒的に不利な世論は逆転することになります」

「やはり、それが狙いのようだな。デカン帝国が悪であると証明してから勝利を勝ち取らねば、お前達は本当の勝利は得られないからな」


 アルカディーは納得して何度も頷く。理解の速さに感心しつつ、更に話を続ける。


「そういうわけで、私の勝利、デカン帝国の打倒のためにはお前達の協力が不可欠なわけだが、具体的にどうするかということだ」

「まだ戦いは始まっていないのでしょう?ならばこれからエルフの兵とロマノフ兵を連れて急ぎ向かえば開戦に間に合うのでは」

「いや、それでは駄目だ。ただ戦に勝つだけでは意味が無い」


 ヨアキムの言葉をダレイオスが正面から断つ。確かに、アウザー渓谷で起きる戦いを勝利へ導きくだけなら、戦いが始まるときからロマノフとオル・オウルクスの助力があった方がありがたい。しかし、ダレイオスたちにはまた別の目的があった。アルカディーはその真意を読み解こうと思考を巡らせる。


「……もしや、『魔王』殿はアウザー渓谷で全てを終わらせる気であるのか?」

「さすがだな、ロマノフ王。私はお前の能力を見誤ってはいなかったようだ」

「どういうことでしょうか」


 一人だけ察することができなかったヨアキムが尋ねると、アルカディーが答え合わせの意味を込めて説明することにする。


「『魔王』殿は一連の事件の首謀者をアウザー渓谷で討ち取ろうと考えている。その首謀者とは勿論、デカン帝国皇帝ルーグだ。彼を倒さずして、真の勝利は有り得ない」

「それはそうでしょうな」

「ルーグは連合軍には同行せず、今もデカン帝国に腰を据えている。だが、あの男の目的は『魔王』を倒して本当の意味での『英雄』となることだ。アウザー渓谷での戦いが白熱していく内、彼は必ず戦場へ姿を現す。『魔王』を自らの手で討ち取るために」

「……なるほど、読めてきました。もし開戦の時点でロマノフとオル・オウルクスの裏切りが明らかになっていたとしたら……」

「ルーグは分の悪い戦いだと踏んで、戦場にやってくることはないかもしれない。それでは、ルーグを倒し、事件を終息させることは叶わない。アンブラを全て捕らえ、情報が漏れないように徹底したのも、そのためだ。間違いないだろうか?」

「全くもってその通りだ」


 ダレイオスがアルカディーへ向けて親指を立てて見せた。倒すべき対象はルーグだけではなく、その側近であるルフィナ、その内に存在するイシュタルもである。寧ろ、ダレイオスにとってはそちらが本命であった。

 この件の絵を描いていたのはルーグであるのは間違いないだろう。自身を『英雄』に昇華させ、世界に認められる権威を手に入れるための絵だ。だが、イシュタルという存在が何なのか正確に判明はしていないものの、かつてダレイオスの国を滅ぼしたと思われる存在が、ただの一人の王の成り上がりの為に力を貸す理由が皆目見当つかなかった。

 そのため、ダレイオスはイシュタルにはまた別の思惑があるのではないかと考えていた。そして、それが何か良からぬものであるのは間違いない。その思惑が動き出すよりも先にイシュタルを打ち倒す場としても、アウザー渓谷の戦いは絶好の機会と言えた。

 ルーグ、そしてイシュタルをおびき出す。そのために、ロマノフ、オル・オウルクス両国の介入は戦が始まってから幾らか経ってからでなくてはならないのだ。


「全員が理解できたところで、具体的な話へ進みたい。まずオル・オウルクス側の動きだが、ヨアキムらには一度国へ戻って貰いたい。まずは反『魔王』へ傾いた誤解を解いて欲しいのだ」

「なるほど。ですが、それからではとてもじゃないですが、アウザー渓谷の戦には間に合いませんぞ?」

「お前達はこの街にかなりの兵を連れてきているだろう。それを連れて行けば問題ない。バンダーラビットの機動力があれば、一騎でかなりの兵を相手にできるだろう」

「なるほど。我々としてもオル・オウルクス内の誤った気運は改めておきたいですからな。それで、兵の指揮は誰が」


 ヨアキムに問われ、ダレイオスがその答えを視線で示す。その視線の先にいたのは、どうしようもない姿のリリだった。ヨアキムは、「こいつに任せる気か?」と視線で抗議する。


「エルフの兵である以上、エルフに指揮させるのが一番だろう。その方が士気も上がる。私が通信で適宜指示を出すので、手腕に関しても心配いらない。納得してくれ」

「……そうですか、分かりました。では、私たちはオル・オウルクスへ向かい、兵はリリの指揮の下アウザー渓谷へ向かうと」

「ああ、そうだ。それで頼む。で、次はロマノフの動きだな」


 ダレイオスはそのままアルカディーへ視線を移し、彼は静かに耳を傾ける。


「ロマノフの兵の数は膨大だ。それをアウザー渓谷に向かわせれば、否が応でも目立ってしまう。だから、ロマノフからの増援は無くて良いと考えている」

「少しも必要ないのか?」

「例え少数だとしてもモロクから兵が出発したという情報がデカン帝国へ伝わるのは避けたい。連合軍のための増援だと偽装することもできるが、余計なリスクを背負いたくはないからな」

「……確かにそうだな。増援など無くても勝利できると、お前の仲間を信じることにしよう」

「理解感謝する」


 そう言葉にしてから、最後にダレイオスはアルカディーとヨアキム二人を見やる。


「これから我々はアウザー渓谷付近へ向かう。そしてそこでしばし待機だ。例え戦況が連合軍の有利であったとしても、手を出してはいけない。だが、ルーグが戦場に現れた時、勝負に出る」

「エルフの兵たちが戦場に参戦し、攪乱するわけですわね」

「連合軍のロマノフ兵へ通達を送るのもその時だな。真なる敵は連合軍であり『魔王』側に付け、と」

「そうだな。いっそアルカディーにも戦場に来て貰い、連合軍内のロマノフ兵に直接真実を伝えて欲しい。頼めるか」

「勿論。王の命令で加わった軍を裏切れと言うのだ。それは王が直接伝えるべき事だ」


 アルカディーの覚悟は固い。自らの失態は自らの手で濯ぐつもりのようだ。ダレイオスとしても有り難いことであり、アルカディーの同行は誰の異議もなく決定した。その場に居る全員がそれぞれの役目を反芻しつつ、席から立ち上がった。共通する敵、世界を混乱に陥れようとする権化、デカン帝国を討たんとするために。


 こうして、ロマノフ王城内で起きた静かな動乱は終息し、『魔王』は逆転の為のカードを手にすることに成功した。そしてその効果は戦場において遺憾なく発揮され、連合軍を大きく攪乱させる事に成功する。


 そして時間は再び、激戦の最中へと引き戻される。


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