18 冥界術式
『なに!?何が起こったの!?』
「これは……結界の類いか」
光が消えたとき、四人は魔術で張られたであろうドームの内部に囚われていた。いきなりのことに誰も反応することができなかった。そんな中、冷静を保つヘルマンが一歩前に出る。
「結界、なら俺の専門分野だな」
そしてヘルマンは結界の検分を始める。しかし、その顔は次第に険しくなっていった。
「こいつは、内部の魔力反応の一切を遮断するものだ。つまり、この結界内では魔術は使えない。強力だが、それなりの下準備が必要となる。俺たちが魔物の討伐をしている間にコソコソやられていたみたいだな」
「そんな、いったい誰が……?」
ペトラが疑問を口にするが、その答えは自ら姿を現した。髭を蓄えた身なりのいい老人。ヨーゼフである。髭を撫でながらゆっくりと結界のもとへ近づいてくる。
「いやいや、まさか『七色の魔物』をあんなに早く倒してしまうとは。やはり侮れませんなあ。あれが弱ったところを捕らえて主に献上しようと思ってたのですが……まあ死骸でもきっと利用価値があるでしょうな」
「……ヨーゼフさん。これは一体どういうことかしら?」
ヴェロニカが問うと、ヨーゼフはニヤリと頬を歪ませた。
「いや、なに。貴方がたを殺そうと思いましてな。一度死んで、我が主のために尽力していただきい」
『こ、こここここ殺す!?』
「……どういうことだ」
ダレイオスが低い声で問いかける。まともに相対していれば無意識に後ずさりしてしまうような気迫を持った言葉だったが、結界で封じたことで絶対的に優位な立場にいるという余裕からか、ヨーゼフは笑顔を浮かべたまま語り始める。
「私がAランク冒険者を護衛に求めていたのは、腕の立つものを集めて殺すためだったのです。貴方がたは私に釣られた魚ということですな。今までもこうして殺したことは何度かあったので、今回も問題なく仕事を終えられると思っていたのですが……貴方がたの強さは私の想像以上でした」
Aランクと聞いていたのはヴェロニカだけだった。しかし、その実力を遥かに上回るダレイオスの存在はヨーゼフにとっては想定外であった。しかし、ヨーゼフは笑みを崩さず結界の周囲を歩きながら話しを続ける。
「今回の仕事は諦めようと思っていたのですがね。しかし、『七色の魔物』というビッグニュースが飛び込んできました。それを利用すれば貴方がたを結界に封じ込める隙が作れるのではと私は考えたのですよ。そして見事に成功したというわけです」
そしてヨーゼフは手を叩いて下品に笑う。
今の話によれば、ヨーゼフの依頼は偽物。砂漠という人がいつ死んでもおかしくない場所でアレシャ達を殺すための餌だった。ということだ。しかし、肝心なことが分かっていない。当然、その目的だ。
「分からないな。お前は何故私たちを殺そうとする?私たちを、というよりはAランク冒険者なら誰でも良かったというようだが」
「そうですな。端的に申し上げれば、人員補充というところでしょうか」
まだ訳のわからないという表情の四人にため息をつきながらヨーゼフは続ける。
「人間は死んでも生き返らない、それは自然の摂理です。覆すことはできません。しかし自然の輪から外れた死ならば、それは可能です。『冥界術式』というのものをご存じありませんか?」
その言葉にダレイオスが目を見開く。『冥界術式』というワードは、彼にとってご存じなんてものではなかった。他でもない、千九百年前に彼の国を襲った禁術の名だ。ヴェロニカとヘルマンも『冥界術式』がどういったものかは知っていたようで、険しい顔つきになる。
その反応に満足したヨーゼフは上機嫌で話を続けた。
「どうやらご存じのようだ。人の肉体と魂を冥界へと送る禁術ですな。この術に飲み込まれた人間は生きたまま死ぬのです。そして、生きている人間ならば、現世に生き返らせることも可能なのですよ。貴方がたにはこれから『冥界術式』によって死んでいただきます。いや、ご心配なく。いずれ我が主の手によって蘇ることでしょう。蘇り、そして、主に仕えるのです!」
ヨーゼフは両手を掲げ天を仰ぐ。まるで天から何かを預かろうとしているようだった。しかし、ダレイオスにはその姿に吐き気を催す。『冥界術式』を用いて人の命を弄ぶような男が聖職者の真似事をするなど、ふざけているとしか思えない。拳をきつく握りしめ、怒りに打ち震える。
ペトラはその様子を心配そうに見つめていたが、何かを思い出したようだ。
「そうよ、お母さんが言ってたこと思い出したわ。心は生命エネルギーに宿るんだって。だから、精霊は生命エネルギーの強い人に集まるって……。でも、この男には精霊が憑いていない……」
「それはつまり、この男には生命エネルギーがないということか!?それはつまり、こいつは既に死んでいる……?」
ヘルマンの呟きにペトラは頷きを返す。ヨーゼフは拍手でそれが正解であると示した。
「その通り。私も『冥界術式』によって一度死に、我が主によって蘇ったのです。そして、主に忠誠を誓っております。ですが、我が主は私に指示をくださらない。きっとお忙しいのでしょう。ですから、私が優秀な人材を殺すことで主の新たな僕を増やし、主のお力になろうとしているわけなのです」
ヨーゼフはそう自慢げに語るが、ヴェロニカがそれに嘲笑を返した。
「指示がないっていうのは、あなた見捨てられるんじゃないかしら?それとも、そもそも指示がこないような末端の人間なのかしら?」
ヴェロニカの挑発するような言葉にヨーゼフは初めて怒りを露わにした。
「バカを言うな!私は組織の誰よりも主のために働いてきた!主は私の活躍を必ず見てくださっているはずだ!いずれ私の前に姿を現してくださるのだ!」
「直接会ったことすらないの?よくもそんな訳の分からないヤツを信用できるわね。呆れてものも言えないわ……」
ヴェロニカは首を横に振って、ため息をつく。その仕草にヨーゼフは更に怒りを燃やした。
不利な状況でこのような挑発的な言動をとるのは、本来なら好ましくない。しかし、ヴェロニカはあえてそうすることでヨーゼフの意識を自分へ引きつけていた。ダレイオスがペトラに何か話しかけているのを見て、何か策があるのだと判断したのだ。
だが、ヨーゼフは気の短い男だったようだ。怒りを隠そうともせずに吠える。
「もういい。貴様らと話していても無駄だな。さっさと死ぬがいい!」
ヨーゼフが懐から乱暴に一枚の紙を取り出した。そこには黒いインクで魔法陣が刻まれている。再び笑顔に戻ったヨーゼフはそれを握りしめて勝ち誇った表情を浮かべた。
「『冥界術式』の発動には生け贄が必要だが、心配しなくてもいい。この魔法陣はすでに生け贄の生命エネルギーを吸収した状態だ。いつでも発動が可能なのだよ。そして、すでに魔法陣の配置も終えている」
ヨーゼフの手にしている紙の魔法陣が黒い輝きを放つと、ダレイオスらを取り囲むように三本の黒い柱が立ち上った。『冥界術式』が発動したのである。
「ふ、ふははははは!話題のAランク冒険者に古代魔術の使い手、それに伝説の『七色の魔物』の死骸だ!これらを献上すれば、我が主もお喜びになるだろう!さあ、死ね!死ぬんだ!」
目を血走らせて興奮するヨーゼフは高笑いする。その声に呼応するように、死をもたらす黒が少しずつ広がり始めた。ゆっくりと、しかし確実に黒は四人へ迫っていく。パニックに陥ったアレシャが騒ぎ立てる。
『ちょ、ちょっと!し、死んじゃうの?わたし、まだ死にたくないって!ダレイオスさん!』
「大丈夫だ」
ダレイオスは落ち着いた声でそう言うと、拳を握りしめ歩き始める。その手には、美しく輝くガントレットがつけられていた。ヘルマンは当然それに見覚えがある。
「そのガントレットはムセイオンから持ち去ったものか?どうする気だ」
その問いに答えることなくダレイオスは結界に近づき、掌で結界へ触れる。
その瞬間、ダレイオスのガントレットが光を放ち、並の物理攻撃では破れそうも無かった結界に亀裂が入ったのだ。ヨーゼフが驚きを見せる中、ダレイオスは叫ぶ。
「今だ、ペトラ!」
「分かったわ!お願い精霊たち、力を貸して!」
ペトラは天に手をかざし、精霊魔術を行使しようとする。すると、結界内では魔術が使えないにもかかわらず、結界の外にいくつもの光弾が出現した。それらは一斉に結界に向けて飛来し炸裂する。
亀裂が入り強度の落ちていた結界はそれに耐えることができない。結界は光の粒となって跡形も無く消え去った。
「な、なんだと!?なにが起きたんだ!……だ、だが、『冥界術式』はもう発動している!終わりだぁ!」
ヨーゼフが動揺しつつも勝利を確信し絶叫する。しかしダレイオスは怯まずに、ただ静かに手を突き出す。
「私には千九百年という時間があった。身が腐り果てるほどの長すぎる時間だ。それほどの時を私が無為に過ごしたと思うか?」
「な、何を訳の分からんことを!」
「こういうことだ!」
彼の手に展開するは白い魔法陣。全てを見通すかのような、どこまでも透き通った、白だ。そしてその魔法陣から光が炸裂する。広がりつつあった黒は白に上書きされ、浄化されていく。その場にいる全員の視界が白に染まっていく。世界の全てが白に包まれたとき、ようやく周りの景色が元に戻った。
ダレイオスたちを襲っていた黒は跡形もなく消し去られ、全員が無事にその場に立っていた。誰も、死んでいなかった。
ヨーゼフは何が起きたのか分からず、滝のように汗を流しながらただ周囲を見回し続けていた。そこへ、ダレイオスがゆっくりと歩み寄る。ダレイオスの放つ覇気にヨーゼフはへたり込み、ずるずると後ずさるが、それも壁に阻まれた。
「や、やめろ!やめてくれ!悪かった!これでも金があるのは本当なんだ!金、金は払うから!助けてくれ!」
「……お前の信仰する“主”とかいう神に頼んでみたらどうだ。そんなくそったれな神が助けてくれるかは疑問だがな」
「や、やめ……!」
ダレイオスが拳を振りかぶり、勢いよく振りぬく。
それはヨーゼフの背後の壁をめり込み、一撃で瓦礫の山を築き上げた。拳がヨーゼフにあたることはなかったが、彼は泡を吹きその場に崩れ落ちていた。
ダレイオスはそれを見て不快そうに鼻をならすと、ペトラたちの方へ戻ろうとする。しかし、その一歩目が踏み出せなかった。ダレイオスはそのままその場に倒れ伏す。
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