表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
189/227

100 静かな逆転

 ギンジロウはソファから立ち上がる。事前に伝えられたロマノフ王アルカディー二世との面会時間はもう直だ。ギンジロウの役目はアルカディーの警戒心をできる限り薄くさせること。そのために必要なのは、余計な策などではなく、あくまでいつも通りのリラックスした会話でアルカディーを楽しませることだった。なのでギンジロウは特に気負う事もなく大きく伸びをする。


「さあて、そろそろ仕事の時間だな」


 それは一人ごとに見せかけてたクリームヒルデへ向けた言葉。なのだが、レイヴンに連れられて地下牢へ向かったために、クリームヒルデはこの場にいない。そして、ギンジロウはそれを知らない。ギンジロウの成そうとしている事にはクリームヒルデの存在が不可欠であるのにだ。

 そしてそこに無慈悲なノックの音が響く。


「ギンジロウ様、お迎えにあがりました」

「お、丁度いいタイミングだな。……ん?」


 そこでギンジロウは首を捻る。現れた男は最初に部屋へやって来た見知らぬ文官では無く、ギンジロウの知る顔だったからだ。先ほどの男はどうしたのかと尋ねようと思ったが、さしたる問題ではないだろうとギンジロウは聞かずにいた。

 その見知らぬ文官は、実際はアンブラの構成員の変装であり、クリームヒルデを狙うレイヴンのための情報収集役だったのだが、今となってはその事実にさしたる意味はなかった。ギンジロウは当然そんな事、知りはしないのだが。


「どうかされましたか?」

「いや、何でもねえ。案内してくれ」

「分かりました。と言っても、いつもと同じ場所なのですがね」


 二人は笑いながら部屋を出て歩き始めた。いつもの場所とはアルカディー二世の自室である。アルカディーは親しい間柄の人間を招いて共に茶を飲むことが趣味と言えた。普通、王に招かれたとなれば、招かれた側は粗相しないかと緊張しっぱなしでとても楽しむなんて事はできないのだが、アルカディーはそのあたりに非常に寛容であり、招かれた側も喜んで茶を飲みに来るらしい。ギンジロウもこれまで何度か招かれ、身分を越えた友情のようなものをはぐくみ始めていた。故にギンジロウも、アルカディーが洗脳されているという事実を快く思っていなかった。彼の洗脳を解いて救いたい。ダレイオスへの協力を抜きにしても、彼はそう強く思っていた。


「こちらです。陛下はすでにお待ちになられております」

「わかった」


 ギンジロウが礼を言い、文官の男は一礼して去って行ってから、ギンジロウはドアをコンコンと軽くノックする。


「ギンジロウです。お待たせしました、陛下」

「ああ、入ってくれ」


 入室の許可を得て、ギンジロウはドアノブを握る。そこで自分が緊張していることに気づいた。ノブを握る手が僅かに震えていたのだ。これでは駄目だ。上手く行きはしない。そう思ったギンジロウは大きく深呼吸して心臓を落ち着けると、ゆっくりと扉を開いた。


「お久しぶりです、陛下」

「よく来てくれた。さあ、かけてくれ。ここからは堅苦しいのは無しだ」


 深々と頭を下げたギンジロウにアルカディーが声をかけ、ギンジロウはその通りにどかっと椅子に腰掛けた。それから扉の前に二人の兵士が立つ。念のための護衛がついているのはいつもの事であるので、ギンジロウは特に気にしない。

テーブルの横に控えるメイドが二人のカップに紅茶を注ぐと、互いにそれをすすり、そこから会話が始まった。


「できれば平和な話がしたいものですが、今の時勢ではそうも参りませんな。世の中は『魔王』の話で持ちきりだ」

「そうだな。だが、もう心配入らない。我が国自慢の兵も加わっている連合軍が直に『魔王』を討ち取る。それに、お前の助力もあるのだろう?」

「ええ、勿論。最高品質の武具をたっぷり用意してますよ。勿論、報酬はいただきますがね」

「構わん。幾らでも払うさ。だが、お前ととしては複雑な思いでは無いのか?『魔王』は多少なりとも関わりのある者だっただろう」

「それが『魔王』であれば何の情も湧きやしませんよ。今はさっさと世界が平和になってくれと願うばかりですわ」


 ギンジロウが心にも無いことをペラペラと口にするが至って自然だ。中々の役者である。

 それからも二人はところどころ仕事の話を交えながらも、他愛もない話を続ける。以前良い武器を見つけたのだとか、こんな事件があったのだとか、単なる世間話程度の話題ばかりだ。

 アルカディーがこの場を設けた理由は、仕事漬けの日々の中に多少の安らぎが欲しかったからだ。エルフたちとの会談を前にした、ギンジロウとのゆったりした時をアルカディーは心から楽しんでいる様子だった。

 ギンジロウはそんな彼を見ながら、以前ヘルマンから聞いた話を思い出していた。相手の洗脳は、術をかけた人間の人格をひん曲げる事も可能ではあるが、対象の意志は残される傾向にあるということだ。これでは、洗脳されているかどうかなど、普通に接しているだけでは気づかないだろう。やはり、アルカディーを救ってやれるのは自分たちしかいないのだとギンジロウは再び心を決める。


「さて、そろそろかね」

「ん?何がだ?」

「いや、エルフとの会談の準備も整った頃かと思いましてね」

「そうだな。良い頃合いかもしれん」


 さりげなく誤魔化すが、ギンジロウの言葉はクリームヒルデへ向けたもの。そろそろ動き出す頃合いだ、という合図。のつもりだった。が、残念ながらそこにクリームヒルデはいないのだ。伝わらなかっただろうかとギンジロウがもう一度合図を出そうとする。

 その時、部屋のドアが乱暴に叩かれる。聞こえた声は報告にやってきた一人のロマノフ兵のものだった。無礼な行いに護衛の兵士は顔をしかめるが、アルカディーはそれを気にすること無く入室を許可する。そして開かれた扉からは、声の通りに一人の兵士が転がり込んだ。


「い、急ぎ報告いたします!つい先ほど、オル・オウルクスより訪れたエルフの皆様の部屋で騒ぎがあり——」


 兵士の言葉がそこで途切れた。勿論報告が終わったわけでは無い。報告をしている場合でなくなってしまうような事が、彼の身に起きたからだ。

 具体的に言えば、彼の身体が突然現れた巨大な黒い蛇に飲み込まれた。

 アルカディーはその光景に絶句し、護衛の兵死は怯みながらも剣を抜いて大蛇と対峙する。

 しかし、派手な音と共に部屋の照明が弾け飛んだ次の瞬間、彼らの視界は更なる変容を遂げる。高価な調度品が置かれたアルカディーの美しい自室が、一瞬のうちに真っ黒に染め上げられたのだ。明かりを失ったことによる暗闇などではない。まるで影の中に取り込まれたかのようにどこまでも真っ黒なのだ。困惑するアルカディーと兵士。だが、ギンジロウだけは冷静だった。椅子からユラリと立ち上がると、アルカディーを背後からガッチリと羽交い締めにした。


「ギンジロウ、何をする!」

「すまねえな、陛下。あんたを助けるためだ。すぐに終わる」


 アルカディーはもがくが、ギンジロウの鍛え上げられた太い腕にガッチリと絞められ振り払うことはできなかった。突然の凶行に兵士達は驚き、剣を構えてギンジロウへ駆ける。しかし、地面から触手のように伸びる蛇には気づくことはできなかった。かれらは脚を絡め取られ動きを封じられるそしてそこに見上げるほどの巨大な蛇が後ろから忍び寄り、二人の兵士をあっという間に飲み込んだ。それと同時、地面から飛び出した多数の蛇がアルカディーへと飛びつき、その身を縛り付ける。猿ぐつわまでバッチリだ。手も足も動かせなくなりったアルカディーはその場に倒れそうになるが、怪我をしないようにギンジロウがしっかりと受け止めた。


「さすが嬢ちゃんだな。だが、こんな力技に出ても大丈夫なのか?」

「どうやら、あの豚が騒ぎを起こしたようで、今更この程度なんてこともございません」


 影の中からクリームヒルデが姿を現し、ギンジロウの問いに答える。平然を装っているものの、クリームヒルデがこの場に間に合ったのはかなりギリギリであった。伝令の兵士がドアを開けたのと、ほぼ同時である。だが、クリームヒルデは地下牢での出来事について触れるきは一切無い。早速懐から二枚のカードを取り出し、小さいものに魔力を流しこんだ。


「さて、さっさと済ませてしまいましょう。騒ぎが大きくなる前に手を打たねば、ルーグたちにこちらの動きが伝わってしまいます」


 クリームヒルデはそのまま大きいカードをアルカディーへ向けて掲げる。自分はこれから何をされるのか。その恐怖と混乱からアルカディーは抜け出そうともがくが、逃げることも叶わず魔法陣が起動した。ギンジロウは不憫に思いつつも、黙ってその光景を見守っていた。

 そしてギンジロウの言った通り、事はすぐに終わった。たった数十秒。それだけの時間で、『魔王』らを取り巻く状況は一変することとなった。

 クリームヒルデが拘束を解き、アルカディーへ呼びかける。


「大丈夫ですか。意識ははっきりしておりますか」

「…………ああ、頭の中の霧が取り払われたような心持ちだ。……ギンジロウ、これは一体……?」

「陛下はたった今まで洗脳されていたんですよ。てか嬢ちゃん、洗脳を解いた上から新しく洗脳はかけてないのか?」

「はい。ご迷惑をおかけしたのですから、せめてもの情けです」


 クリームヒルデがそのように言うが、情けとか言ってしまっているあたり、迷惑をかけたことを悪いとはそれほど思っているように見えない。

 ともかく、新しく洗脳されていないということもあり、アルカディーは今の状況を正しく理解できていないようだった。それでも思考が解放され透明になった頭で、アルカディーは自分のおかれた状況を考察し始める。


「洗脳……。まさか、デカン帝国の者にか?」

「その通りですわ」

「やはり、か。ここ最近の私の政治的判断だが、こうして正気に戻って考えてみると、我ながら自分の意志による判断とは思えないものばかりだ。まるで、誰かに操られていたかのような。そしてそのどれもが、デカン帝国に味方するようなものばかり。デカン帝国が私を、ロマノフ王国を操っていたと考えるのが自然だ」


 アルカディーの状況把握は適切にして迅速だった。クリームヒルデは感心しつつ、より詳細な情報を話し始める。アルカディーの聡明な頭脳はそれらを正確に理解していき、彼が真実を把握しきるまで、そう長くはかからなかった。

 全てを知らされたアルカディーは大きく息を吐き出す。


「……そうか。そなたたちにも謝罪せねばならんな。私の不手際により、迷惑をかけた」

「謝罪など不要ですわ。私たちが欲しいのは、陛下の協力ですもの」

「ふっ、正直者だな。嫌いでは無いぞ。では、その通りにするか。私は何をすればいい?」

「そうですわね。一先ず、今起きている騒ぎを静め、外に漏れ出ないようにしていただきたいですわ。詳しい話はそれから」

「騒ぎ?」


 アルカディーとギンジロウが首を傾げる。報告に来た兵士はが言葉を発するよりも先にクリームヒルデがそれを遮ってしまったため、彼らはその騒ぎの内容を知らないのだ。一方、クリームヒルデは地下からここへやってくる道中でその騒ぎをばっちり目撃していた。


「エルフたちとアンブラ、デカン帝国直属の暗殺部隊が交戦中です。エルフたちも、真実の一端を知ったようですわね」

「アンブラだとぉ?そりゃ、俺の命を狙ってた……」

「ギンジロウの命……。そうか、以前我が王都でそなたたちが戦っていたという者達か。それが城の中まで入り込んでいたとは……。外に漏らすなというのは、デカン帝国へ私やエルフが正気に戻ったということを知られぬようにするためか?」

「その通りですわ」

「分かった、すぐ手配しよう」


 アルカディーが力強く頷くと、クリームヒルデは周囲を覆っていた影を消し去る。元の綺麗なアルカディーの自室が姿を現した。黒き大蛇も姿を消し、気を失った兵士が床に転がっていた。給仕のメイドも同じく気を失っているようだ。アルカディーが兵士内の一人をゆすると、呻きながら身を起こす。


「へい、か……。陛下!ご無事で!おのれギンジロウ!」

「ギンジロウは敵では無い。彼も、この少女も私の味方だ。それよりも城内全兵に通達だ。今起きている騒ぎが外に漏れぬよう鎮圧せよ」

「さ、騒ぎ、ですか?」

「ああ、アンブラと呼ばれる者達とエルフたちが戦闘中だ。急げ!」

「は、はっ!」


 兵士は状況が理解できずにいたが、アルカディーの言うことを疑うことなく、慌てて部屋から飛び出していった。それにクリームヒルデも続く。


「私も行ってきます。アンブラ相手なら私がいる方が楽に進みますので」

「おう、気をつけていけ」


 力強く拳を掲げるギンジロウの見送りを受け、クリームヒルデは部屋から駆け出していった。

 そこでアルカディーは再び大きく息を吐くと、椅子に深く腰掛けた。


「大丈夫ですかい、陛下」

「正直参っている。頭では理解できたが、事の大きさに心がついてゆかんよ。だが、ここまで事が大きくなったのは、ルーグという人間の本質を見抜けなかった私の責任でもある。できることはすべてやるつもりだ」

「参ってる中悪いんですが、一つお尋ねしても?」

「何だ?」


 ギンジロウがメイドの代わりにカップに紅茶を注ぎながら問うと、アルカディーは特に渋ることもなく問い返した。ギンジロウはその厚意に甘えて一つの質問を投げかける。


「陛下はアレシャちゃん、ああ、『魔王』とはそれほど交流があるわけではないでしょう。なのに、どうして俺たちを信じる気になったんですか?」

「お前達の話に筋が通っていた。そして私自身にも洗脳されていたという実感がある。その気になってデカン帝国を調べれば、証拠は幾らでも出てくるだろう。信じるには十分な根拠だと思うが」

「ですが、俺たちが洗脳で陛下にそう思わせているだけだとしたら?」

「なるほど、そういう線もあるか」


 アルカディーはそう行って考える素振りを見せるが、すぐに諸手を挙げて思考を放棄した。


「そうだとしても、可能性が五分五分であるなら私はデカン帝国よりお前達の側に付きたいな」

「何故です?」

「ルーグは前王、私の父との交友は深かったが、私との直接の関係はそれほど長くは無い。王太子としてなら彼とは何度も顔を合わせてきたが、実はずっと気に入らなかったのだ。彼の顎髭がな。私はどれだけ伸ばしても、鼻下の髭は生えるのだが、顎からだけはどうしても生えなくてな。ずっと妬ましく思っていたのだ」

「……それは、なんとも」


 ギンジロウは、これは笑って良い話なのか真面目な話なのか分からずに曖昧な言葉を返すしかなかった。ただそんな理由だったとしても、アルカディーが自分たちに味方してくれているというのは有り難い限りだ。それなら顎髭にだって感謝しようと、彼は自分の蓄えた髭をさする。その動きをアルカディーはじっと見つめていた。ギンジロウの顎周辺に視線を集中していた。どうやら、彼としては至極真面目な話であったようだ。ギンジロウ、笑わずにいて正解であった。

二部だけで百話いっちゃったよ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ