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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
188/227

99 戸惑う影

 リリは目の前の影をただひたすらに、じっと見つめていた。この不審な真っ黒い影はアンブラとかいう暗殺者集団の一員のはずだ。油断したらサクッとやられるぞ。相手は既に自分の事に気づいているに違いない。落ち着いて息を潜めるんだ。頑張れ。ファイト!

 そんな風に思いながらリリは静かに息を吐き出す。部屋の角の壁に張り付きながら、「私は壁私は壁」と暗示を掛けてもみる。それで本当に壁になるとは思っていないが、このまま相手が自分を見失ってくれやしないかというささやかな抵抗である。彼女自身もまるで期待していなかったのだが、意外にも意外な事が起きた。

 突如、黒い人影が立ち上がった。ついに行動を起こすのかとリリは身構えるも、どうにも様子がおかしい。しきりに周囲を見回して何かを探しているように見えた。どこからか別の黒い影たちも現れ、バタバタと動き回っている。あくまで見えるのは黒い輪郭だけで表情などを知ることはできないのだが……


「なんか、やたら慌ててるように見えるけど、どうしたんだろう、大丈夫かな……」


 リリは彼らの様子を見ながら、なぜか心配の声をかける。しかし、彼らが幾ら慌てふためけども、彼らの捜し物は見つからないようだ。リリもまた落ち着かない様子でそれを眺めていたが、彼らが何を探しているかについては次第に気づき始める。


「あれってもしかして……私を探してる?アレ?」


 リリが首を傾げる中、黒い影たちはひたすら古参エルフたちが寛ぐ客間の中を彷徨いていたが、リリが潜んでいる近くまでやって来ても彼女がいることにまるで気づいている様子がなかった。

 なので、リリは思い切って立ち上がり、その影へ近づいてみることにした。影達が苛ついた様子を見せている、すぐ近くを鬱陶しくもうろちょろとしてみる。

それでもやはり、影達はリリに目もくれはしなかった。

 彼らが突然慌て始めたということは、アンブラはそれまではやはりリリの事を察知していて監視の目を向けていたということだろう。しかし、何故かリリの姿を認識できなくなってしまった。その理由がこれといって思い当たらず、リリはひとり首を傾げる。が、すぐに考えるのを止めた。


「なんにせよ、私の姿に気づいていないなら好都合だわ。さっさと仕事を終わらせてしまおっと」


 どうせ考えても自分の頭では正解かどうかもよく分からないし、考えるだけ無駄だ。そんな後ろ向きで楽天的な思考の下、リリはヘルマンから貰った魔術発動のためのカードの内容確認に戻る。さっさと洗脳してしまおう。気楽にカードを手にしていたリリだったが、その視界の隅の黒い影が、またしても別の動きを見せた。

 その影達がリリの方を見据え、彼女の事を指さしていたのだ。明らかに姿を捉えられていた。


「え、え!?なんで!?さっきまであんなにウロウロしても気づかなかったのに!」


 戸惑うリリの下へ影達はずんずんと歩み寄ってくる。

「あ、殺られる。あるいはヤられる」リリは本能的にそう思った。だが、前者に関しては当然御免被ることであるし、後者は——ちょっと体験してみたい気がするけれども——碌な事にならないだろうし、できればそういうのはヒルデ様にやって欲しいので、やはり御免被る。

 何とかしなければ。そう思って、これまで余り使うことの無かった頭をフル回転させるものの、妙案というのはそう簡単に浮かべば苦労はしない。リリは再びその場に蹲ってしまう。

 が、その時、リリの姿を捉えていたはずの影達が再び慌て始める。そして先ほどと同じ。リリの姿を探すようにして動き始めたのだ。リリは顔を上げ、再度首を傾げる。


「どういうこと?バレないときとバレるときがあるんだけど……気持ちの持ちようとか?」


 推測にもなっていない考えだが、リリは一定の緊張感を保ったまま、影に近づいてみる。先ほどは相手にバレてないと分かって調子に乗ってしまった感はいなめない。なので、今度は真面目に隠密してますという気持ちで行動してみたわけだ。その結果、リリがどれだけ近づいても影はリリを見つけることはできなかった。そしてさっきのようにいずれ捉えられてしまう、ということもなく、しばらく経ってみても、影達はリリの姿に気づきはしなかった。

 リリはどうなっているのか分からず、ずっと首を捻り続けていたが、その理由は何てことはない。リリの隠密能力が、アンブラたちを上回っていたというだけのことだ。その理由は、彼女がこの“影に潜む力”を手に入れた経緯に起因する。リリは相当な長時間、まさに四六時中クリームヒルデの影に包まれ続けるという、常軌を逸した生活を送っていた。それによって身体が魔術と馴染み、本来ならば特別な素養やアンブラでの血のにじむような訓練の末に身につけるこの能力を簡単に操って見せたわけだ。

 だが、それだけではなかった。影と一体化し、隠密能力を飛躍的に向上させるこの能力において、影という物との親和性というのは非常に重要なものである。しかし、大方の人間は闇より光を求める。影の中に潜むことを快くは思わないものだ。日の下で生きる人間にとって、そもそも影という物は親和性が高いとは言えないものだった。

 ただ、一方のリリは、影に包まれクリームヒルデからの様々なアレを受ける内に影の中に居ることを好むようになり、そこに快感すら覚えるようにまでなってしまった。それは最早、正常な人間では至れない境地とすら言える。単に変態なだけとも言う。

 ともかく、自ら影を望むリリの影との親和性は、まだまともな人間であるアンブラの構成員と比べて圧倒的に高かった。その差は経験や技術の差すらも埋め、リリが本気で影に隠れていたい、潜んでいたいと願えば、彼女の身は完全に近く影と同化して高い隠密能力を発揮するのだ。リリの「気持ちの持ちよう」という推測はあながち間違いでは無かった。

 そうは知らぬ当の本人は、本当にアンブラに気づかれていないのか、大丈夫なのかと何度も手を振ったりして確認していた。先ほどまでの考え無しの行動とは真反対の石橋の叩きっぷりである。


「これは……ホントに大丈夫そうか……。でも、またいつバレるかも分からないし、やっぱりアンブラたちは何とかした方がいいよね。でも、まともに戦っても絶対勝てないし……」


 リリの自己判断は正しい。リリが優れているのは、影と同化する隠密面に関してだけである。戦闘になれば、まず勝てないだろう。なんとか片付ける方法はないだろうかと頭を悩ませる。部屋の中を見渡し、何か利用できるものはないかと目を皿のようにして探す。といっても、そんな便利なものが部屋の中に運良く転がっているということもない。いつ見つかるかも分からない不安の中でだんだんお腹が痛くなってきたリリ。そんな自分を余所に、会談までの時を優雅にのんびりと過ごす古参エルフたちの姿に苛立ちすら覚え始めた。


「……ん?もしかして、私が戦わなければいいんじゃ……?」


 そんな考えがリリの頭をよぎる。自分じゃアンブラに勝てない。ならば、他の人に倒して貰おう。他力本願ではあるが、ある種自然な考えだ。で、その他の人物なんてどこにいるのだろうか。そう問われれば、そんなの目の間にいるだろう、とリリは答えることになる。

 そう、リリは目障りな古参エルフお三方にアンブラの相手をして貰おうと考えたのだ。

 例えば、今は影に隠れているアンブラがこの場に姿を現したとしたらどうなるか。アンブラの存在はデカン帝国にとっての身内であるロマノフ王国やオル・オウルクスにも明かされていない。古参エルフ三人は間違いなくアンブラを不審者、侵入者と断定するだろう。そこにリリが口添えする。「あいつら、私を襲ってきたんです!」と。そうなれば、古参エルフたちも「あれは敵なのか!ええい、かかれ!」となるに違いない。

 リリの考えとしては以上である。秘密裏に洗脳を解き、穏便に事を済ませるという方針の下、これまでコソコソと準備を進めてきたが、その全てを無為にするようなごり押しの作戦であった。不審者が出たとなれば城内は騒ぎになり、会談どころではなくなる。下手をすれば、ロマノフ王アルカディーや他の古参エルフを洗脳する機会も失われてしまうかもしれない。アンブラの撃退はできても、彼らを『魔王』陣営に引き込むことができなければ何の意味もないのだ。

 しかし、アンブラ撃退を第一に考えていたリリには、これが最善手に思えた。なので善は急げと、リリはすぐに行動に移した。


「アンブラを何とか影から引きずり出さないと……。なら、確か……コレ!」


 リリが取り出したのは、ヘルマンから貰った魔法陣カードの内の一枚。『眩光(フラッシュ)』の魔術が発動できるものである。その効果は名前の通り。リリは影からカードを握った手だけを出し、魔力を流し込む。行動を起こしたことによってリリの隠密状態は解除された。アンブラたちがすぐにリリの姿に気づいて駆けよってくる。


「やば、やばば!ええい、『眩光(フラッシュ)』!」


 焦りながら魔術を発動させる。魔力を注ぐという慣れない行為だったが、魔術は無事に発動した。部屋中を光が埋め尽くし、影という影が消え去っていく。


「なんだ!?」

「閃光の魔術か!魔法陣を展開しておけ!」


 光に即座に反応する古参エルフたちの声が届く。伊達に歳を重ねているわけではないようだ。一方のアンブラの対応も迅速だった。光に影を散らされては、隠れていられる場所がなくなってしまう。姿が露わになってしまうよりも前に、部屋から飛び出して廊下の影へと逃げ込もうとする。


「あ、ヤバい!えっと、これだ!」


 リリが用意して置いたもう一枚のカードを取り出して魔力を流し込んだ。リリとて、アンブラが逃走を図ることを予測していなかったわけではない。その対処策として、二つ目の魔術が起動する。


「『密閉(シール)』!」


 それは特定の物の隙間を埋める、荷物の梱包などに役立つ魔術だった。しかし、その魔術によって部屋の隙間がなくなり、アンブラの脱出口が消滅した。多少の隙間があれば、影はその先へも続く。ドアが閉まっていようと、その隙間から影を辿って部屋を出ることはアンブラなら可能だ。しかし、リリの魔術によってその隙間が消え去った。アンブラの退路は断たれ、閃光が彼らの潜む影を消し去る。そして、その場に四人の黒ずくめの男が現れた。

 そして程なくして光が消え去ったとき、古参エルフたちはその男たちの姿を目にする。驚きと共に、彼らへ向けて強い警戒を向けた。


「お前たち、何者だ」

「……我々は『魔王』ダレイオスの信徒。『英雄』に与し、ダレイオス様に仇成す貴様らを始末しに来た」


 アンブラの一人がそう口にする。部屋の隅で突っ立っていたリリは思わず「はあ?」と言葉にしてしまう。姿が見られた時は『魔王』の手先と名乗るように決めていたようだ。これでは、ここで戦いが起きたところで、結局はアンブラを撃退しただけ。洗脳解除と再洗脳という本来の目的を達するチャンスが失われてしまう。リリ自身が気づいていなかった作戦の穴が現実の物となってしまった。

 さすがのリリも、この状況がマズいと気づいた。どうしようとオロオロしていると、そこにリリがいることに髭のエルフが気づく。


「リリ、いつからそこに?便所へ行ったのではなかったのか?」

「あ、えっと、トイレから帰ってきたら部屋から凄い光が出てきて、それを見て慌てて部屋に駆け込んできたところで……」

「そうか。こんな場所に居合わせるとは不運だな。後ろに隠れていろ。守ってやる」

「え、は、はい!」


 アンブラから視線を外すこと無くそう言うと、リリはそそくさとその背に隠れた。説教は長いが、いざというときは前に出て部下を守る。良い上司であった。


「……あ」


 だが、その頼れる背中を見ている内に気づいてしまった。古参エルフたちはリリに背中を向けた状態で、全神経を目の前の敵へ注いでいる。リリを構っている余裕はなさそうだ。つまり、この至近距離でリリが何かをしても、エルフたちはそれに気づかないということだ。

 となれば、話は早い。リリは懐からおもむろに二枚のカードを取り出す。小さい方の一枚に魔力を注ぐと、それは小さな光を放った。そして素早く大きい毛一枚のカードをそっと掲げた。この状況、洗脳するのにまたとない好条件が揃っていたのだ。自分を守ってくれようとする良き上司をコッソリ洗脳しようとする部下。構図としてはかなりの屑だったが、リリに躊躇いなどない。

 信号を送って程なくしてから、手にしたカードの魔法陣が起動し始める。ここから洗脳の完了まで三十秒。たった三十秒だが、さぞ長く感じる三十秒になるのだろう。と、リリは思っていたのだが、アンブラも古参エルフも慎重だった。先の一手を見誤るまいと、睨み会ったまま。何事も起きる事は無く。気づけば三十秒が経過していた。

 発動の全ての行程が終わったことを示すように魔法陣が最後にフワリと光を残した。

 次の瞬間、エルフたちの手から魔力弾が雨あられと降り注いだ。突然の攻勢にアンブラたちは慌てて回避し、エルフたちを睨みつけた。それを睨み返しながら魔法陣を展開したままの髭のエルフが口を開く。


「お前たちがアンブラか。我らが故郷に害成したデカン帝国の手先……。善良なアレシャ殿たちを罠にはめ、『英雄』をのたまうなど、その悪行、目に余るぞ!」

「我らの守り神、大精霊ドリアードの仇!ラース=オルフ様の仇!同胞、バートの仇!討たせてもらう!」

「さあ、観念するんだな!」

「………………いや、早いな!物わかり良すぎるでしょう!」


 効果覿面すぎる洗脳の魔術に、リリの鋭いツッコミが突き刺さった。

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