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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
185/227

96 交錯する影

 モロクの街、巨大な正門に立つ門兵が姿勢を正し、敬意の籠もった礼をする。その間を通るのは、巨大な馬車だ。外から中が見えないように窓にはカーテンがかけられているが、それに何者が乗っているかは一目瞭然だ。その馬車の後ろからは、バンダーラビットに跨がった兵士達がぞろぞろと付いてきていたからだ。そしてその兵士全員の耳は見事にとんがっている。紛れもないエルフ。オル・オウルクスの一団がモロクに到着した。

 その光景を、ギンジロウとクリームヒルデの二人は宿の窓から眺める。


「おう、ついに来たか。それにしてもかなり大勢だな」

「おそらく、連合軍に対して自分たちはこれだけ貢献できるという戦力を示すためというところでしょう。新しいエルフの長は、これまでにも増して外交に積極的なようです。それが洗脳の影響である可能性も否定できませんか」

「なるほどなあ。お?ありゃ、リリってエルフの嬢ちゃんじゃねえか?」


 ギンジロウが指さしたのは、後続の兵たちの最後尾。荷物運搬用のバンダーラビットに荷物と同じようにして括り付けられているリリがそこにはいた。頭には大きなこぶができている。大分怒られた様子だが、一応合流はできたようだ。しかし、荷物と共に縛られているにもかかわらず、彼女の頬は微妙に紅潮している。業務上の仕置きにも快感を見出し始めているらしい。反省の色はなかった。クリームヒルデはリリへ向けてささやかな蔑みの視線をプレゼントすると、カーテンを閉めて通信魔法陣を起動する。


「リリはエルフと合流したようですわ。最終確認をいたしましょう」

『了解だ。アレシャとダリラさんも参加してくれ』


 応答したヘルマンが呼びかけ、二つの声が近づいてくる。そこにギンジロウも加わって五人での会話が始まる。


『作戦の主体は当初の予定通り、ギンジロウとリリの二人だ。クリームヒルデはサポートに徹してくれ。俺も行ければいいんだが、モロクに侵入する手段がない。悪いが任せた』

『ごめん、よろしく頼むね』

「なに、気にすんな。あんまり人数をかけたところで変わるもんでもねえしな」

「そうですわね。それで、私はギンジロウ様にずっと付いていればよいとして、肝心のカードを渡すタイミングですが……」


 クリームヒルデが一番に確認しておくべき事項について問いかける。この作戦の肝、というよりこの作戦の全てと言っていいことだ。狙いの人物にカードを手渡し、洗脳を解くと同時に新たな洗脳をかけるのだ。しかし、ターゲットは別にじっと待ってくれているわけではない。まさにこれから会談を行おうとしており、その上でタイミングを見計らって近づかなければならないのだ。


『狙うのはロマノフ王アルカディー二世とオル・オウルクスの古参エルフたちだ。会談の前に全員を手っ取り早く洗脳できればいいのだが、慎重に行くべきだな』

「なら、会談の前にアルカディー陛下の洗脳を解き、彼の協力を得てからエルフたちに術を掛けていくという運びでよいのではないでしょうか」


 クリームヒルデの提案を全員が吟味する。アルカディーは会談に参加する人物の中で最も力を持っている人物だ。彼を味方にできれば、その後の運びもスムーズに進行するだろう。会談の場で全員にバッサリ術をかけるということも可能かもしれない。


『じゃあ、まずはギンジロウさんに頑張ってもらうわけだね』

「そうだな。俺は会談が始まる前にアルカディー陛下と話す場を用意して貰ってる。それも公式な場じゃなく私的なもんだ。これも俺が陛下と築いてきた信頼関係があってこそのものだな」


 得意げに話すギンジロウだったが、まさに彼の言う通りである。ギンジロウの協力はアレシャたちにとって、最早不可欠なものであると言えた。ギンジロウが協力させてくれと通信を入れてきたとき、無下に突っぱねなくてよかったとアレシャは思う。ペトラが上手く纏めたおかげだった。そのペトラは相手をするのが面倒くさかったので全部後回しにしただけなのだが、いいように転がったのだから、それは知る必要のない真実であった。


「それでも護衛がいるのは間違いないですが、そこは私が上手くやりますわ。多少強引でもよろしくて?」

『そうですね。アルカディー陛下の洗脳さえ解ければ問題ない。陛下に『手出し無用』と言って貰えば、渡したちがロマノフ王国の人間に害される事はないですもの』


 アルカディーへの出方はこれで決まった。となると、後はオル・オウルクスの古参エルフたちへの術をかけるタイミングだが、これはリリに任せることになる。


『オル・オウルクスのエルフたちに接触するのはロマノフ王陛下に接触するなんて事に比べればかなり簡単だ。それも身内であるリリなら尚のこと。不在の間に得た情報があるだとか、適当な理由をつけるだけで邪魔の入らない場で話しができる』

『それに、リリさんはヒルデと同じ術が使えるんでしょ?だったら、部屋の明かりを落として暗闇をつくれば、全く人目に付かないようにする事もできるよね』

「それは、あの豚には伝えてあるのですか?」

『ああ、アイツがモロクから出てエルフの一団と合流する前に直接会って話をした。しっかりと理解したと確認できるまでミッチリ話してやったから大丈夫だ』


 ヘルマンがそう言うなら、大丈夫なのだろうと全員納得する。ギンジロウ一人だけは“豚”という単語に首を捻っていたが、他の四人はまるで疑問に思うことも無く話を続けていたので、ギンジロウもそれに習って気にしないことにした。


「で、魔術の発動はカードを突きつければいいんだよな?」

『えっと、そっちはあくまで魔術の出口ってだけだから、発動は全部わたしたちの方でしないといけないんだよ。だから、『魔術を発動させてくれ!』っていう意思表示をそっちからしてもらわないと、こっちもタイミングを合わせられないんだよね』

「なら、どうすりゃいいんだ?」

『クリームヒルデちゃんとリリには、超簡易の通信魔法陣を別に渡してあるわ。魔力をほんの少し流すことで、こっちある魔法陣が発行する仕組み。それを受け取り次第、すぐに魔術を発動させるわ』

「了解だ。俺は魔術とかに関してはからっきしだから、ここは嬢ちゃんに任せるぜ。魔術の出口になるっていうカードも、嬢ちゃんに預けておくか」

「かしこまりました」


 クリームヒルデが了承と共に静かに頭を下げた。これで大まかな流れは確認ができた。計画を更に詰めるべきではないかという意見も出たが、モロクから少し離れた場所に居るアレシャ、ダリラ、ヘルマンの三人は、ロマノフ城内の様子をどうしても把握できないので、詰めたくても詰められなかった。加えて、一から十まで型にはめて動くよりも、状況に合わせて動いた方が上手く行くだろうとの意見もあり、五人の最終確認はそこで終了となった。


 それからの行動は迅速だった。通信を切るなり、クリームヒルデとギンジロウは宿を引き払うことにした。部屋に何も残していないかしっかりと確認して、クリームヒルデはギンジロウの足元の影の中へと沈み込む。そしてギンジロウは表向きの目的通り、大荷物を担いでロマノフ王城へと向かった。

 何の変哲も無い普段通りの生活を送るモロクの住民の間を縫って歩き、ギンジロウは王城の正門までたどり着く。


「そこの御仁、王城に用だろうか。入城の許可証を拝見」

「あいよ。毎度毎度、いつもご苦労なこったな」

「そう言わないでくれ。これも番兵の務めだ。……確かに。入城を許可する」


 番兵が身を引き、ギンジロウに道を空ける。軽く手を振って礼をいいながら、ギンジロウは門をくぐり抜けた。そしてギンジロウは慣れた足取りで城内を歩く。その途中すれ違う兵士や文官たちは皆、ギンジロウに向けて会釈なり挨拶をするなりのアクションを起こしていた。一般人が案内役も何もなしに城の中をフラフラと出歩いていることがそもそも異常ですらある。ギンジロウのモロク城内での人望はかなり高い位置で確立しているようだ。周囲の人間の様子を見る限り、ギンジロウが『魔王』に与していると考えている者など皆無だろう。ギンジロウにとって動きやすいことこの上ない。彼がこれまで築いてきた信頼の上の人間関係は本物だった。

 そのままギンジロウは迷うこと無く一つの部屋へ向かう。彼が王城に入る際、毎回あてがわれる待機部屋があるのだ。何度も訪れている内に、「いつもの部屋なので案内成しでも大丈夫ですよね?」と言われるようになったらしい。なので今回もその部屋へ向かっているというわけだ。


「お、ここだここだ」


 ギンジロウは念のためにドアをノックしてみる。しかし、中からは何の声も返ってこない。ちゃんとギンジロウの為に空けてあるようだ。というわけで彼はドアを開け放ち、部屋の中に置かれたソファに腰を下ろした。クリームヒルデは影の中に潜み続ける。

 すると程なくして、ノックの音が聞こえた。ギンジロウが到着したと聞いて人がやって来たのだと思ったギンジロウが入ってよいと呼びかけると、その予想に誤りなく、眼鏡をかけた一人の文官が一礼しつつ姿を現した。


「お久しぶり、というほどでもないですが、わざわざご足労感謝いたします、ギンジロウ様」

「まあ俺も仕事だからな。それに陛下の役に立てるってんなら、何度でも来てやるさ。で、陛下にはいつ頃お会いできるんだ?」

「今は会談の準備でお忙しくされておりますので、今から二、三時間後ほど後になるかと思います。申し訳ありませんが、それまでお待ち頂きますよう」

「構わねえよ。俺が早く来すぎただけだ」

「ありがとうございます。陛下には私からお伝えしておきますので、またお時間になりましたらお呼びに参ります」


 そう言い残して文官は再び一礼し、部屋を出て行った。ギンジロウは足音がしなくなってから、ため息をつく。


「しかし、数時間はさすがに長えな。だからといって何もすることはねえし。大人しく待つとするか」


 それはただの独り言にしか聞こえないが、彼は今も影に隠れているクリームヒルデへ向けて話しかけていた。クリームヒルデは見つかるわけにはいかないので言葉を返すことができないが、それでも構わずギンジロウは独り言の調子で語りかける。


「この時間の間に向こうも一仕事してくれてるといんだがな。そうすりゃ、これからの仕事も楽になるだろうしな」


 ギンジロウが言っているのはリリのことだろうとクリームヒルデは思う。リリは二人とは別行動をとり、古参エルフたちに術をかけるタイミングを見計らっているはずだ。彼女が有能であるかどうかは疑問符を付けざるを得ないが、今は彼女に頼るしかない。きっと上手くやってくれるだろうと、クリームヒルデは信じることにした。


「……そういや、さっきの文官は初めて見る顔だったな。新人か?それにしては歳を食ってる気はしたけどな」


 それはギンジロウにとって、本当にただの独り言であった。クリームヒルデもその通りに受け取ろうとする。が、その言葉をきっかけに、彼女の頭に一つの引っかかりが生まれる。

 アレシャたちは、ロマノフ王国での動きを邪魔してくるような人員を裂くことが出来ないよう、作戦の決行に合わせて戦いをしかけた。アウザー渓谷ではもうじき死闘が繰り広げられることになるだろう。その狙い通り、大軍がアウザー渓谷へ向けて進軍中という情報も入ってきているの。

 だがそれでもデカン帝国との繋がりの深い二国が会談を行うというこの時に、ルーグが人員を送ってくる可能性もある。なので先日、リリに任せてデカン帝国からの使者が来ていないか念入りに確認させた。そして使者はいないという結論が出た。

 しかし、今になって自分たちが致命的な見落としをしていたことに気づく。デカン帝国に属していると思われる一つの組織の存在を、彼女たちは失念していた。勝利まであと一歩という焦りで、彼らも冷静ではなかったのかもしれない。

 しかし、今なら間に合うかもしれない。クリームヒルデは影に潜んだまま、愛用のレイピアを抜き、周囲に意識を集中させる。そしてその姿を捉えた。それは、彼女のすぐ真後ろにまで迫っていた。振り抜き様にレイピアを構え相手の喉元へ突きつけるが、同時にクリームヒルデの首筋にも刃が添えられた。


「いや、おしかった。もう少しで終わりだったのに。まあ、それで終わってしまっては面白くないというのが本音だけれどね」

「レイヴン……」


 クリームヒルデはギリリと歯を食いしばり、目の前で微笑む男を睨みつける。目深に被った帽子も、皺一つ無いタキシードも全て真っ黒だ。ただ、その瞳だけは赤く血走っていた。

 男の名はレイヴン。かつてクリームヒルデが所属していた暗殺集団アンブラのリーダー。クリームヒルデ、ダレイオスと死闘を繰り広げた相手であり、それ以来の再会であった。まるで望んでいない再会であるが。


「アンブラがデカン帝国に属する組織である可能性。それはもはや確定的であると分かっていましたのに、私としたことが抜かりましたわ」

「言い訳は結構だが、こうして互いにじっとしてるのもしんどいだろう。一旦剣を収めようじゃない」


 レイヴンはなおもニタニタと笑みを浮かべている。これは別に挑発しているわけでもない。この男は心から嬉しくて、楽しくて笑っているのだとクリームヒルデは感じた。そんな読めない相手から剣を引くのは危険であったが、自分も今ここで死ぬわけにいかない。クリームヒルデは静かに頷き、レイヴンもすんなりと剣を引っ込めた。


「これからどうなさるおつもりで?私たちの計画を妨害するのでしょうか。ならば、私はここであなたをぶち殺さねばならないのですが」

「殺し合いは大歓迎だが、誤解は解いておきたいな。俺はお前らの計画は正直どうでもいい」


 肩をすくめて答えるレイヴンに、クリームヒルデは眉をひそめる。デカン帝国に所属する人間としては、ルーグの妨害をしようとしているクリームヒルデらの策は害でしかないはずだ。だというのに、どうでもいいとはどういうことだろうか。そう考えていると、レイヴンは聞かずとも饒舌に語り始めた。


「俺はお前らに一度殺された。そのとき、俺を蘇らせたのは近衛師団の副団長殿だ。そして俺の主はルーグ陛下から副団長殿になったわけだ。だが、その副団長殿はルーグの事を心底どうでもいいと思っている。なら、彼女の下についている俺もルーグの為に無理して働く必要はないってことだ。だから、俺は俺の好きなことを最優先にやる」

「なるほど、面白い話が聞けましたわね。それで、あなたの好きなこととは?」


 その問いに答えようとするレイヴンの口元が更に大きく歪んだ。顔そのものをねじ曲げるような会心の笑みであった。


「無論、お前をこの手で殺すことだ。この俺に屈辱を味わわせたお前に会うことを、俺はずっとずっと望んでいた」


 そんな言動とは対照的に、レイヴンは抜き身であった剣を鞘へと収めた。そしてクリームヒルデを置いて歩き始める。


「行くぞ、場所を移す。お前が全力をぶつけられて、俺がそれを叩きのめす。それに相応しい場所がある。人目につかない場所でな」

「……それを断ればどうなりますか?」

「お前らの計画を全部ぶっ壊して終わりだ。俺がそうしようとしないのは、作戦が失敗したと分かれば、お前らは強硬手段に出るか逃げるかのどっちかを取るだろう?そうしたらお前と存分に殺し合う機会が失われる。それは駄目だ。俺の目的が達せられない。だから、お前が俺の誘いに乗れば、少なくともこの場で作戦がおじゃんにはならない。選択肢なんてあるか?」


 その言葉の通り、クリームヒルデに選択肢などなかった。この作戦には全てがかかっているのだ。彼女にとって、それが何にも勝る最優先事項だった。例え自分の命を秤に乗せたとしても、作戦の遂行に傾く。以前レイヴンと戦った時はダレイオスと共闘してようやく掴んだ勝利だった。しかし、今度は一対一の勝負。勝算など持ち合わせていなかった。

 それでもクリームヒルデは静かに頷き、レイヴンの後について歩き始めた。 影と完全に同化し別世界を歩く彼と彼女の姿に、ギンジロウは気づくことはなかった。

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