93 会いたかった
離れた場所からその光景を見ていたライラは言葉を失う。何ともあっけなく、仲間が敵の攻撃に飲まれてしまった。その攻撃の破壊力は存分に知っている。とても助かったとは思えなかった。しかし——
「あれ、これは……」
ライラの黒に染まる眼が目が捉えた未来の光景は、彼女の頭が知る現実とは異なっていた。そしてその未来はやはり現実と合致することとなった。
攻撃をまともに食らったと思っていたヴェロニカは、無傷でその場に立っていたのだ。
『いやー間に合いましたよ。さすがですね!』
「メリッサ様、何をなされたのですか?」
『いやいや、私は何もしてないですよ。ただ出来るかどうか聞きにいっただけで。上手いことやってくれたのは彼女ですよ。ね、サーラちゃん!』
『はい!その様子だとヴェロニカお姉様はご無事のようですね!よかったです!』
魔法陣の向こうからサーラの無邪気な声が聞こえてきた。まさか、ヴェロニカを守ったのはサーラだというのか。どうやって——いや、聞くまでも無い。サーラが出来ることは、アレシャから借りた本に書かれた障壁を張ることだけ。
つまりサーラは、『魔王』拠点を守る巨大な障壁を張りつつ、ヴェロニカ個人を守る小規模な障壁を同時に展開して見せたのだ。そう理解したライラの反応は早い。
「さ・す・が!サーラ様でございます!難解な古代魔術を理解して立派な障壁を張るだけに留まらず、同時に別の障壁を張ることができる何て!まさしく天才の所行に他なりません!」
『ライラ、褒めてくださるのは嬉しいですが、今はヴェロニカさんをお助けするのが最優先です。あなたは、私にいつどこに壁を張ればいいのか教えてください』
「勿論ですとも!」
サーラの言葉に、ライラがぶんぶんと頷く。彼女のやる気が天元突破した瞬間だったが、ルフィナは無事なヴェロニカの姿を見て舌打ちする。
「あの巨大な障壁を張っている奴の仕業か。思っていたよりやるらしい。そんな人材をどこから引っ張ってきたのかは知らないが、そう長く続くものでもないだろう」
そうしてルフィナは黒い球体を生成する。彼女自身の魔力を凝縮しただけで作り出せるので、球体の残弾は幾らでもある。それでも防御手段を手に入れたヴェロニカは強気に打って出る。
「さあ、行くわよ!サポートお願い!」
ヴェロニカは両手に一際大きい魔法陣を生み出す。そこから吹き出した不定型な炎は次第に形を成し、まるで人間のような形状に変化した。全身が炎で出来た、男の像と女の像だ。
「『炎王』と『炎妃』。私の従順な僕ちゃんよ。美しいでしょう?」
ヴェロニカはウットリとした表情で自分の作り出した二つの炎の像を見つめる。確かに本来形を持たない炎でこれだけのものを作り出すのは素晴らしい技術なのだが、どちらも裸像なので中々直視し辛い。離れた場所からサポートしているおかげでサーラの目に入らないのは幸運だったとライラは思う。
ヴェロニカが指示を出すように腕を振るうと、二つの像はルフィナへ向けて駆け出した。そして二体ともが自ら巨大な魔法陣を作り出し、そこから燃えさかる火炎を放射した。ルフィナは黒の球体で炎をはじき飛ばしていくが、炎の勢いに押されて瞬間移動での回避を余儀なくされる。
上空へ脱出した彼女は再び黒い球を放った。狙いは『炎王』だ。ほぼ自立的に行動している『炎王』はその球体を狙って攻撃を撃つが、正面からのぶつかり合いでは分が悪く、球体の直撃を貰ってしまう。
はずだったのだが、それはサーラの張った障壁によって相殺され、『炎王』は全くの無傷だった。そこに『炎妃』が火炎攻撃を放つ。ルフィナは再び瞬間移動する。
『ヴェロニカ様、今です!』
「了解!」
再出現したルフィナが地面に下りたった瞬間、その側面からヴェロニカが接近してきていた。その手には燃えるような火炎が渦巻いている。ルフィナは素早く黒い球体を放った。しかし、それもサーラの障壁で相殺されてしまった。そうしている間にも、ヴェロニカの姿は目前まで迫っていた。
「魔術師が接近戦か。嘗めた真似を……」
ルフィナも接近戦で対抗しようと、魔力を拳に込めて振りかぶる。が、その目の前に一本の矢が飛来した。それは地面に突き刺さると同時に眩い閃光を放った。突然の光にルフィナは視界を奪われるが、ヴェロニカはその支援を事前に知っていたため、閃光に目をやられずに済む。ルフィナはヴェロニカを捉えられない。しかし、ヴェロニカはルフィナの姿を正確に見据える。
「さあこれで、ようやく一撃よ!」
ヴェロニカの右手がルフィナの腹に叩き込まれた。うなる炎が彼女の腹部を燃やし尽くす。ヴェロニカは更に魔力を送り続け、炎の温度を更に上昇させた。白い光すら帯び始め、熱が内臓まで焼き切らんとする。ルフィナは声すら上げることはなかった。彼女の頭がガクンと落ちる。
もう十分だろう。そう思ったヴェロニカがルフィナから離れようと腕を引く。その時、ルフィナの手がヴェロニカの腕をガッシリと掴んだ。ぎょっとして目を見開くヴェロニカの顔を見つめながら、ルフィナはニタリと微笑む。
「今のは中々強烈だったぞ?こいつも痛みで気絶してしまった。しかし情けない。わらわの力を与えてやっても、何てことの無い小娘四人に遅れを取るとは」
「な、何を言って……」
ワケが分からず呟くヴェロニカの視界に真っ黒な影が映り込む。ルフィナの手が真っ黒に染まっていた。何かされると思い、ヴェロニカは慌てて離れようとするが、傷を負っているとは思えない強い力で掴まれたままで、それも叶わない。
「わらわの力の一端を見せよう。お前達もよく知っている、洗脳だ」
ライラが指示を飛ばし、メリッサが矢を放つが、その矢はルフィナに当たる直前で消えて無くなった。『炎王』と『炎妃』も主を助けようと炎を放つが、それも届かない。
もがくヴェロニカの腹部に、ルフィナの手がゆっくりと伸びる。その指先が触れた。瞬間、漆黒が溢れ出す。
だが、それはルフィナの生み出したものではなかった。ヴェロニカの足元の影がぐにゃりと変容し、ルフィナの腕へ突き刺さる。そして影から飛び出した更なる影が怯んだルフィナを強く突き飛ばした。二人の間に割って入り、ヴェロニカを助けたもの。それは、影から切り取られたように真っ黒な、豚だった。
「……豚?」
『豚でございますね』
『豚ですね』
『豚さんです!』
これのおかげで助かったのだが、突如出現したよく分からない存在にヴェロニカたちは首を傾げる。すると断崖の上から声が聞こえてきた。それは、彼女たちのよく知る声……というわけでもなかった。知らないわけではないが、ほどほどにしか知らない者の声だった。
「皆さん、ご無事ですか!増援、連れてきましたよー!」
その声の主は、元冒険者のエルフ。ルフィナに洗脳されていたがとっ捕まり、クリームヒルデから別方面の洗脳を施された特殊性癖の持ち主、リリだった。どうやら、この黒豚を操っているのは彼女のようだ。
「ようやく来たわね!あなたが来たということは、上手く行ったのかしら?」
「多分そうだと思います!もしかしたら向こうも到着している頃かもしれないです!」
リリの言葉にヴェロニカは険しい表情から一転、笑みを浮かべる。彼女たちが戦い、待ち続けた時がようやくやって来たのだ。
「さあ、皆さん!仇はこの戦場にいます!我々の力を思い知らせてやりましょう!故郷の為に!」
「「「「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」
断崖の上から怒声が聞こたかと思うと、そこから一斉に何かが飛び出した。そのどれもが白くて、もこもこしていて、長い可愛らしい耳を持っている。ウサギだった。しかし、その体躯は熊のようにずんぐりむっくりしている。そんな馬鹿デカいウサギはこの世に一種しか存在していない。バンダーラビットの大群が崖から飛び降りてきた。そして当然、野生などではない。ウサギどもの背には、操る人間が乗っていた。彼らに共通する特徴は一つ。全員が長い耳を持っていた。
「え、エルフだ!エルフの部隊が現れたぞ!」
「エルフ?なんだ、それなら味方……」
連合軍の兵士が呑気に振り返った瞬間、彼の頭が風の精霊魔術によってはじき飛ばされた。そこだけではない。現れたエルフたちは剣を振るい、矢を撃ち、魔術を繰り出し、連合軍兵を次々と討ち取っていったのだ。一体全体何が起きているのか理解できず、連合軍兵は混乱のままに倒れていく。たまらず兵士の一人が容赦なく剣を振るうエルフへ向けて叫ぶ。
「何をしているんだ、エルフたち!戦うべきは『魔王』の手下どもだ!我々は『英雄』ルーグ陛下率いる連合軍!言うなれば同士では無いか!」
「なら何も間違ってはいない!ルーグこそ、我々の守護神と長の仇に他ならないのだ!まんまと騙されていた、悪の手先め!」
エルフがバンダーラビットの背に跨がったまま剣を振り下ろし、その兵は攻撃を受け止める。しかし、彼の頭の中は大混乱だった。自分たちの『英雄』であるルーグが仇、悪であるなどと、言っている意味がまるで理解できない。エルフたち全員の気が狂ったとしか思えなかった。
「ほう、あれだけかき回したエルフたちを再び味方に付けるとはな」
この事態に、ルフィナも驚いている様子だ。興味深げに荒れる戦場を眺めていた。元々読めない人間だったが、今の彼女の思考は更に読むことができない。それでも手出しをしてこないならば好都合と、リリはヴェロニカたちと合流する。
「ご苦労様。よくやってくれたわね」
「いえいえ、私以外の皆さんが頑張ってくれただけですよ。私はぶら下げられたご褒美を欲望のままに求めただけです。仕事を完遂したら、最高のご褒美をくれるって約束しましたから」
「……そう」
無意識に涎を垂らしているリリから、ヴェロニカは無意識に身を引く。そのご褒美の内容は聞かない方が良さそうだ。与えるのは十中八九クリームヒルデだろうが。
しかし、そんな呑気に話すリリの着ている服には、至る処に血が滲んでいた。何と言うこともないと謙遜したものの、リリたちの仕事も一筋縄では行かなかったらしい。傷は既に治療済みのようだが、激しい戦いの跡が見て取れた。
現在、リリは完全に洗脳を解かれた状況である。アレシャが彼女の精神世界で洗脳の根源を消滅させたことによって、自由の身となったのだ。そして今はこうして好意的に協力してくれている。ただ巻き込まれただけの一被害者であるにも関わらずだ。ヴェロニカは心の内でリリに感謝の言葉を述べる。といっても、リリもリリで褒美らしきものを貰っているので、ギブアンドテイクではあるようなのだが。
「時に、その豚はリリ様が操っているのでしょうか。私の目にはクリームヒルデ様の操る術と同種のものに思えるのですが」
「その通りです。ご主人様のご教授で、恐れながら私も同じ術が使えるようになったんですよ!」
「へえ、それは凄いわね。あの術ってかなり特殊なものなのに」
ヴェロニカは素直に感心した。ヴェロニカも一度クリームヒルデに教えて貰うように頼み、簡単に理論を聞いて実践してみたことがあった。しかし影を操る感覚が全く掴めず、まるで使うことが出来なかった。
対するリリは、短い期間で実戦に用いれる程にまで形にしていた。彼女は長い間クリームヒルデの操る影の中に閉じ込められ、縛られてきた。その時の感覚が身体に染みついているからこそ、影を操る感覚をすぐに会得できたのだろうとヴェロニカは推測する。それでも影を操って作り出したのが何故、豚なのかとか色々聞きたいことはあったが、今は黙っていることにした。視界の隅でルフィナが動きを見せたからだ。
しかし、その視線はヴェロニカたちの方を向いていなかった。砂塵の舞う戦場の奥。その一転を見つめたまま、ぴくりとも動かない。今ならもう一発攻撃を当てられるのではないかとも思ったが、ルフィナから漂う強烈な魔力が何者も寄せ付けなかった。
「ようやく、会えた。ああ、会いたかった。本当に会いたかった……」
口を大きくゆがめ、ルフィナが呟く。彼女は満面の笑みを浮かべていた。しかし、その目はどこまでも冷酷で、視線を交わしただけで身体が硬直してしまう程に攻撃的だった。
だが、現れた影はその視線を正面から見返しているにもかかわらず、脅えらしきものをまるで見せていなかった。戦場を一歩一歩踏みしめ、ゆっくりと歩く。何者にも左右されない確固たる姿は、まさに“王”と呼べる姿だった。
「ああ、私も会いたかった。こうやって対面して、ようやく思い出すことが出来た。久しいな、ミネー。私を愛してくれた、忌々しき女よ」




