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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
18/227

17 聖地アルバンダート

 砂漠の旅を今まで通り続けつつ、ダレイオスたちは聖地に着いた後の作戦を立てていた。前に『七色の魔物』と戦ったとき、ダレイオスは魔力切れを起こしてしまった。その失態をまた繰り返すわけにはいかない。だが、魔物の障壁をある程度解除しなければ攻撃は通らないのだ。多少はダレイオスに無理をしてもらうしかない。それをふまえて、どういった戦法が最適か、頭を悩ませる。


「この前はアレシャちゃんは障壁ごと吹き飛ばしていたけど、実際のところ、どれくらいの障壁なら貫通できるのかしら」

「そうだな……。この間は三枚だったが、あの強度なら五枚はいける。つまり、やつの障壁を二枚剥がすことができればいいというわけだ」

「でも、その剥がす作業もアレシャにしかできないんでしょ?結局全部アレシャに頼り切りになっちゃうじゃない……」


 ペトラが意義を唱える。彼女は以前からアレシャ、というよりはダレイオスに頼りきるになることにためらいを覚えていた。ダレイオスへかかる負担を減らして全員で補うことはできないかと提案する。しかし、ヘルマンはそれは無理だと言う。


「俺はその『七色の魔物』を直接見たわけじゃないが、ヴェロニカさんの攻撃も通用しないんだろう?ならばアレシャに全て任せるしかない。気持ちは分かるが、仕方ないんだ」

「そうね。私たちはサポートに徹するわ。ペトラちゃん、分かってちょうだい」

「……そうよね。分かったわ」


 ペトラは渋々頷く。しかしそうなると、ダレイオスの魔力消費が問題になる。以前の戦いでは障壁を四枚剥がしたところでダウンしてしまった。二枚剥がした上で攻撃に転じることはできるのかとヴェロニカはダレイオスへ確認する。しかし、ダレイオスはそれに頭を横へ振った。


「無理だろうな。障壁を一枚剥がして一撃加えるのが何とかってところだ」


 しかしアレシャがケロリと答える。


『足りないならこの前と同じで草食べればいいじゃん。あの魔力回復するやつ。他のみんなのサポートがあるんだから、その余裕もあるでしょ』

「む、うむ……。あれは正直食えたもんじゃないんだが……。し、仕方ないか……」


 明らかに乗り気で無いが、ダレイオスは魔力回復の薬草の存在を三人へ伝え、それを取り出す。それを見たたヴェロニカとヘルマンが呆れたような顔を返した。


「あなた、これ食べたの……?確かにこの薬草の魔力回復効率はとても高いけど、とてもマズくて食べられないって有名なのよ。普通は回復効率が落ちても、粉末を飲み物に少しだけ混ぜて摂取するのよ」

「俺も一度だけ食べたことがあるが……いくら水を飲んでも舌から苦みが抜けなかったな」

「…………」


 ダレイオスは黙る。無言でアレシャにプレッシャーをかけているのだ。


『いや、知ってたけど、ダレイオスさんが割と普通に食べてたから大丈夫なのかと……』


 アレシャが弁明するが、ダレイオスは真実を知ってしまった。ならば無理に草を食む必要はない。

 と彼は思ったが、ヴェロニカがそれを止めた。


「でも、草のままで食べるのが一番いいのよ。私たちも精一杯サポートするけど『七色の魔物』との戦いでは隙は少ない方がいいわ。そのままでいきましょう」

「そのまま……生?」

「生よ」

「嫌だ」


 ダレイオスは必死に抗議する。前は非常事態だったから仕方ないが、準備期間がある今回はそんな必要は無いだろう、と。だが、それはヴェロニカにもヘルマンにも受け入れられなかった。望みをかけてペトラに助けを求めるが、「がんばって」の一言で撃沈した。

 作戦は決まった。ダレイオスが障壁を二枚剥がす。そして草を食べる。そして魔術を撃つ。

 他の三人はそれをサポートする。単純な作戦だったが、余計な小細工は必要ない。正面から一気に決着をつける。


 そして、二日後。

 ついに、巨大な美しいオアシスが一行の進む先へ現れた。ヴェロニカが声をあげる。


「見えたわ、あれが聖地アルバンダートよ!」

「あれが……。特に変わったところはないが、」


 ダレイオスがそう言った瞬間、突如聖地から火柱が上がり、次いで轟音と土煙が立ち上った。それを見たヨーゼフが悲しみに呻く。


「なんと……あれが例の魔物だというのですか。我々の聖地が……」

「途中で引き返さないで正解だったわね。あれじゃ、聖地が壊しつくされてしまうわ」


 ヴェロニカの言う通りだった。遠目に見ても聖地の木々や建造物に被害が及んでいるのが分かる。ヘルマンが馬を叩いて足を急がせる。程なくして聖地に到着した。馬車は聖地の外周に群生している木の影に止める。

 ダレイオスがここからどう攻めていこうかと考えようとしたとき、ペトラが偵察を名乗り出た。それを有り難く了解し、ペトラは聖地へと駆けていった。あまり時間をかけることなく偵察を済ませ、三人に状況の報告をする。


「……『七色の魔物』に間違いないわね。前に見たのと大きさもそんなに変わらないはずだわ。他の巡礼者もいないみたい」

「了解。なら作戦に変更はないわね。ヨーゼフさんは馬車で待っていてください。本当は護衛をつけさせたいのですが……」


 ヴェロニカの言葉にヨーゼフは手をひらひらと振る。


「お気になさらなくとも大丈夫ですよ。聖地周辺は魔物の発生は少ないですから。だからこそ、今回の魔物が異常なのですが」

「申し訳ありません。すぐに終わらせて参りますので。……じゃあ、指揮は私がとるわ。行くわよ!」


 その号令に三人は力強く声を返し、地鳴りが聞こえる聖地の中心まで駆け抜けていった。


 『七色の魔物』の姿はすぐに見つかった。魔物は雄叫びを上げながら木々をなぎ倒し、火炎を吐き出す。炎が倒木へ燃え移り、火は徐々に回り始めていた。その行動を少し観察するが、何か目的があるわけでもなくただ暴れているだけに見えた。ヘルマンが魔物の後方に見える巨大な石の建物に目をやる。聖地の象徴、大聖堂だ。それは依然として堂々とそびえ立っている。


「幸い、まだ大聖堂に被害は及んでいないようだな」

「消火もしなければならんな。さっさと倒さなければ。よし、作戦通りに頼む。行くぞ!」

「あれ、指揮とるのは私……いや、行きましょう!」


 ダレイオスを先頭に四人は飛び出した。『七色の魔物』の後方から近づき、ダレイオスはその背に飛びつく。不意をついた急襲に魔物は反応が遅れながらも、ダレイオスたちに狙いを定めた。しかし、突如視界に飛び込んだ火球に意識をそらされる。魔物はその火球を放った赤い人間を最初の獲物と決めたようだ。姿勢を低く構える。


「くるわよ、ヘルマンさん!」

「任せてください!」


 ヴェロニカの警告に次いで魔物が咆哮する。それに合わせて、ヘルマンが事前に準備していた魔法陣を展開した。地面からそびえる分厚い氷の壁がその衝撃を防ぎきった。以前、大蛇に向かって使った氷壁(アイスウォール)の魔術だ。ダレイオスはそれに感心の声をあげた。


「ほう、やるな。前に見たのとは強度も段違いだ」

「あのときは魔法陣無しで咄嗟に使ったものだったからな。本当の実力はこんなものだ。そんなことより、お前はさっさと自分の仕事をしろ!」


 言われずとも、とダレイオスは魔力を手に込め魔法陣を展開、魔物に叩きつける。

 いとも簡単に障壁の一つが砕けちった。ダレイオスの予測通り障壁の強度も大したことはない。


「前の個体と強さに差はないようだ。そのまま頼む!」

「わ、わかったわ!」


 ペトラはそう応答して魔物が薙いだ右足を避ける。彼女にはこれといった攻撃手段がないが、得意の身のこなしで魔物の注意をダレイオス以外の三人に分散させていた。

 しかし、ダレイオスが再び魔力を始めると、魔物は背を揺らして振り落とそうとする。


「余計なことしないでちょうだい!『噴炎(ボルケーノ)』!」


 ヴェロニカから迸る魔力が魔物の下まで流れ込み、火炎を噴出させた。魔物の巨体が僅かに宙へ浮き、動きを妨害した。魔物はそれに負けじと火炎を吐き出すものの、ヘルマンの氷壁(アイスウォール)と相殺される。

 その隙にダレイオスの魔法陣は展開しきり、障壁の二枚目を破る。

 これで下準備は終了だ。ダレイオスは魔物から飛び退く。


『さあ、草の出番だね!さあさあダレイオスさんぐいっとどうぞ!』

「いや、あの苦しみを一度知ってしまうと、こう、躊躇してしまうというかだな……」

「ペトラちゃん!口にねじ込んでおしまいなさい!」

「了解!」


 ヴェロニカの指示を受け、ペトラが持ちまえの素早さでダレイオスへ駆け寄る。そして、ポケットから取り出した薬草をダレイオスの口いっぱいにねじ込んだ。もがくダレイオスの口に水を流し込み、胃に流し込む。腹に入れば皆同じの精神である。ペトラの強引な頑張りにより、ダレイオスは無事に草を摂取し終える。


「お、うぅうっ……。ぬぅふっ。苦しい……」

『味覚が共有していないっていいねえ……』


 ダレイオスの食べた草の量は前よりもかなり多かった。怒濤の苦みがダレイオスの口内を占拠する。しかし、彼が悶え苦しんでいる間も、ヴェロニカとヘルマンは魔術を駆使して魔物を抑えていた。その頑張りに答えなければ、とダレイオスはよろめきつつ立ち上がる。すでに魔力は十分回復している。この苦みへの怒りをぶつけんと、ダレイオスは巨大な魔法陣を展開する。ムセイオンでも見せた、白く激しく光る魔法陣だ。


「準備できたぞ!のいていろ!」


 ペトラたち三人はダレイオスと『七色の魔物』から大きく距離をとった。いきなり攻撃が止んだことで自由になった魔物はダレイオスの姿を見つけると真っ直ぐに突っ込んでくる。好都合だ。これなら狙いを外すことなどあり得ない。


「風よ!聖なる光を纏いて邪なる火を払え!『ニルヴァーナ』!」


 ダレイオスの叫びとともに、巻き起こる白い竜巻が大蛇のようにうねり、魔物を守る障壁へ食らいついた。烈風がまだ五枚も残っていた障壁をズタズタに引き裂き、魔物の胴体の半分を食いちぎる。一切容赦のない一撃により、『七色の魔物』は絶命した。

 魔物の残骸が地面に倒れると、退避していた三人が駆け寄ってくる。中でもヴェロニカは全力疾走だった。そのままダレイオスに飛びつくようにして抱きつく。


「アアアアアレシャちゃん!あの魔術すっごいわね!荒れ狂う風の中に感じた神聖な光の力……!まるで神の御業じゃないの!師匠って呼んでいいかしら!」

「それは、やめて欲しいが、この柔らかさ、は、悪くないな……」


 鼻の下を伸ばすダレイオスにヘルマンの鋭い視線が突き刺さる。少女に嫉妬するのはいかがなものか。いや、中身はおっさんなのだが。その空気を煩わしく思ったペトラが咳払いをする。


「とにかく!これで討伐完了ね。さすがアレシャだわ、ホントに」

「まあ、そうだな。これで一段落だ。早くヨーゼフさんの元へ戻ろう」


 ヘルマンの言葉に頷き、四人がその場を立ち去ろうとしたそのとき、禍々しい光が彼らを包み込んだ。

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