88 そこに来るが敵の将
「い、今の攻撃は……!大丈夫ですか!?」
「はい、何とか……。ですけど、何度もやられると厳しいかもしれません……」
『魔王』陣営拠点、壁内中央に位置する見張り塔。その天辺には二人の女性の影が。一人は全身メイド装備の、というかメイドの冒険者ライラ。その横で椅子に腰掛けるのは彼女が仕える主人、サーラだった。サーラは会話をしつつも常に虚空に手を掲げている。その手に輝くは魔法陣。彼女はそうして魔力を送り続けているのだ。そう、彼らの拠点を覆う巨大な障壁へ向けて。『魔王』陣営の拠点を守り続け、彼らにとって無くてはならないものであるこの障壁は、サーラが作り出しているものだった。
サーラが最初にこの案を口にしたのは、例の七日の研究期間が終えた翌々日。ぐっすり眠って全員の疲れがバッチリとれて、今後の作戦についての相談を始めた時だった。こういった場では常に聞きに徹しているだけであったサーラが真っ直ぐに挙手した。仲間達も意外なことに少し驚きつつも、珍しいサーラからの提案が気になり話を促した。
「私、ずっと皆様の役に立ちたいと思っておりました。ですが、私は戦いの知識なんて全く持っていないですし、身体も満足に動かすことが出来ません。戦場に行っても足手まといにしかならないのは重々承知しています。だったら、私に出来ることは何か。それは皆様をお守りすることだと思ったんです」
「守る?」
「はい!アレシャお姉様から以前にお借りしたこのご本をずっと読んでいたんですけど、ここに強力な防御魔術について書いてあったんです。凄い難しくて理解するのに時間がかかってしまったんですけど、ほんの少し前にようやく、自分の思い通りに使うことができるようになったんですよ。それで、これなら皆様をお守りできるんじゃないかと」
「そうなのか……。サーラ、その本は今持っているか?見せてくれ」
隣に座っていたヘルマンがサーラに尋ねると、彼女は言われた通りの本を手渡した。元ムセイオン所長『蒼炎』のミネルヴァ著、『我が魔導研究』。何でもいいから手伝いたいと言うサーラを大人しくさせるためにアレシャが手渡した本だったが、彼女はこれまでずっと、その分厚い研究書を頑張って読み解こうとしていたのだ。その健気な頑張りにアレシャはうるっときてしまう。
ヘルマンはサーラの言っていた防御魔術についての項を探して本をペラペラとめくる。そして発見したそのページを見て、ヘルマンが目を丸くさせる。
「この防御魔術、古代魔術じゃないか!サーラ、お前この術が扱えるのか!?」
「え、は、はい。もしかして、やっちゃいけないことだったんですか……?」
突然大声を上げたヘルマンに驚いたサーラは自分に何か非があったのではないかと不安になったようだが、ヘルマンが抱いたのは全く逆の感想だ。
「そんなわけない!凄いぞ、サーラ!この術はお兄様にも使えないからな!お前は天才だな!」
「そうですよ!サーラ様は天才なんです!今更気づいたんですか、ヘルマン様!遅すぎですよ!のろま!」
「……え、お前今なんて?」
ヘルマンとライラがサーラを褒め称えてはしゃぎ回る。ライラの失言によってヘルマンは幾分か冷静になったようだが。
しかし、二人の妹馬鹿っぷり主人馬鹿っぷりは置いておくとしても、古代魔術が扱えるというのは素晴らしいことだ。その研究書をアレシャが受け取って、ダレイオスが内容を確認してみると、それはただでさえ扱いづらい古代魔術の中でも難度の高い障壁を発生させるという代物だった。持続的に魔力を供給し続ける必要がある上、強度を上げるために障壁には層ごとに別々の理論が組まれている。ダレイオスでも読んですぐに使用することはできない。しかし、これと似たような障壁の構造には覚えがある。それが何かはすぐに思い出すことが出来た。
『そうか、『七色の魔物』の障壁の構造と似ているんだ。そして、サーラの持っていた能力もそれに酷似したもの。無意識にその力を持っていたときの缶買うが残っていて、防御魔術のための魔力のコントロールを習得できたのかも知れない』
「なるほど。サーラちゃんの魔力量は前から膨大だって分かってたし、古代魔術の燃費の悪さも問題ないもんね」
アレシャはダレイオスの説明で納得したように頷き、自分のやって来たことが仲間の役に立てるのだと確信が持てたサーラは満面の笑みを浮かべている。
「それじゃあ、私も戦いに参加できるってことですよね!」
「駄目だ」「駄目です」
先ほどまでサーラを愛でていた二人がバッサリと切り捨て、晴れやかなサーラの表情は一転泣きそうになる。
「な、なんでですか……?」
「危ないからに決まっているだろう」
「その通りです」
「でも、防御の為に参加するだけですし、私自身はずっと障壁の中にいるわけですし」
「何かあったらどうするんだ。危ないだろう」
「その通——」
「嫌いになっても良いですか?」
「お前の能力は素晴らしい。ぜひとも俺たちのために役立ててくれ」
「その通りですとも」
サーラの適確かつ凶悪な一言によって妹馬鹿と主人馬鹿の承認は、いとも簡単にパスされた。こうしてサーラの魔術もまた、作戦の中に組み込まれることになった。
そうして現在、サーラの張る障壁が戦場で大活躍し、もはや不可欠な存在にまでなっていた。なので障壁を揺るがす攻撃の主は何としても排除しなければならない。この障壁を守り抜くことが、彼女らにとっての最重要任務であるのだから。
「サーラ様、魔力の余裕はまだありそうですか?」
「はい。障壁を維持する分には問題ありません。ですけど、やはり先ほどのような攻撃を何とかしなければ、いずれ……」
「かしこまりました」
ライラは静かに頭を下げると目を閉じ、見開いた。その目は水晶のように輝いている。まるで千里の道を見通すかのような透き通った輝きだ。その印象に偽りなく、彼女の目は千里の先を見ることができる望遠の眼だ。それを用いて戦場を観察していく。すると、連合軍の兵たちが武器を掲げて盛り上がっている箇所を発見した。彼らの中心にいる人物は、位の高いということを周囲に知らしめてやろうという魂胆見え見えの格好をしている。あれが怪しい。ライラはそう思った。
「サーラ様、怪しい人物を発見しました。調査して参ります。お側を離れることをお許し下さい」
「分かりました。ライラ、気をつけてくださいね」
「勿論です。サーラ様のお心を煩わせるワケには参りませんから」
ライラは優しく微笑むと、見張り台から飛び降りる。そしてスカートからズルズルと鎖を引き出すとそれを放り投げた。見事なコントロールによって鎖の先端は拠点の壁の上に突き刺さり、それを引き戻してライラは壁の上に下りたった。ヴェロニカとメリッサが支援攻撃を行っているすぐ隣である。
「あらライラちゃん、どうかしたのかしら。もしかして、さっきの攻撃の事?」
「その通りです、ヴェロニカ様。私の目で、その攻撃を行ったと思われる相手の位置までは特定できました。なのでその相手の情報を集めたいと思いまして、メリッサ様のお力をお借りしようと」
「なるほど、了解です!」
メリッサは瞑目して魔力感知を張り巡らせる。仲間達の持っている魔法陣を通して戦場の音を拾っているのだ。そして求めている情報はすぐに手に入った。
「まさかとは思ってましたが、ま、マジですか……」
「どういたしましたか?」
「ルーグですよ!ルーグと、あとアレシャちゃんのお姉様が戦場にやってきたみたいです!」
「なんですって?」
ヴェロニカが表情を険しくさせ、ライラも水晶の目で再び戦場を眺める。そしてその相手の姿と位置を正確に確認する。
「あれが、ルーグ。サーラ様を十年もの間苦しめ続けた男……」
「ライラちゃん、その顔は余り良くないわ」
突然ヴェロニカに声をかけられてライラは視線を向ける。
「良くないとは、どういう」
「あなたが今ここにいるのは、サーラちゃんを守るためでしょう?そんな顔で“守る”だなんて言わないで頂戴ね。かなり酷い顔をしているから」
ライラは自分の顔に手を触れてみる。すると眉間に恐ろしいまでの皺が寄せられていた。自身の敬愛する主人の仇敵かもしれない男。その姿を目の当たりにして、自分でも気づかぬ内に冷静でなくなっていたようだ。皺が残らないように頑張って伸ばしてから、ヴェロニカに礼を言う。
「ありがとうございました。ですが、私はルーグの元へ行ってきます。どちらにせよ、放っておくワケにはいかない男ですので」
「ええ、分かったわ。途中でランドルフさんと合流すればいいわ。ルーグがどれだけ強いのかは分からないけど、ランドルフさんなら何とか相手をしてくれるでしょうから」
「サーラちゃんの事は私たちに任せて下さい!」
「分かりました。それでは、よろしくお願いいたします」
ライラは鎖を使って壁から戦場へと飛び降り、駆ける。
「ライラ、出るのか!気をつけていけ!」
「はい、ありがとうございます」
途中でかつての主人であるアルノーからの激励の言葉を浴びながらライラは連合軍兵の軍勢への内へと飛び込んだ。いきなり現れた鎖を振り回すメイドに兵たいはギョッとするが、事前に聞いていた情報と照らし合わせて、このメイドが『魔王』の配下であると認識し刃を向ける。しかしどれだけ剣を振っても、全て事前に予測されていたかのようにするりするりと躱されてしまい、困惑する兵たちの横っ腹に鎖がねじ込まれる。そして突き刺した兵士を鈍器代わりに用いて鎖をぶん回し、他の兵士をなぎ倒していった。何とか止めねばと思うものの、やはり攻撃は当たらない。
「くそ!何でだ!……そうか、こいつは確か予見の目を持つ亜人だ!ならば視界を……」
「遅いですよ」
叫ぶ兵士の首に鎖が巻き付き、何かが折れる鈍い音がした。そのまま兵士の身体を放り投げ、他の兵士を巻き込む。
「どうやら私の能力は既に相手に知られてしまっているようですね。ならば大立ち回りは控えた方が賢明そうですね。まずはランドルフ様を探すことにしましょうか」
ライラは一人の兵士へ駆けより、その頭を踏み台にして跳躍する。少しでも視点を上げた状態で望遠の目を用いてランドルフの姿を探す。すると、それほど離れていない場所に人間が次々と打ち上げられている場所を見つけた。あそこに違いない。そう当たりをつけたライラは再び戦場を駆ける。そして、その想定に間違いは無かった。ライラの目の前で、一人の男が兵士たちを拳一発で次々と戦闘不能に陥らせていくという光景が繰り広げられていた。
「ランドルフ様!」
「ん、お前はライラか。どうした」
「つい先ほどルーグが戦場に到着したようで、私はこれから奴の元へ向かうのですが、ランドルフ様にも同行いただけないかと」
「先ほどの攻撃はやはりルーグのものだったか。なるほど、なら確かに俺の出番かもしれねえな」
「相手の居場所までご案内いたします」
「ああ、頼——あー、いや、必要なさそうだ」
ランドルフが頭をガシガシと掻きながら視線を戦場の一点へ向ける。刹那、するどい一筋の閃光がランドルフめがけて真っ直ぐに駆け抜けてきた。ランドルフがスッと手を掲げ、光は彼の手の内でピタリと止まる。殺意のこもったその攻撃をランドルフは見事片手で止めて見せた。彼の握った手の内にあったのは、眩い光の槍。先ほどサーラの障壁を襲った攻撃と同じものだ。ならば、この槍を放ったのも同じ人物だ。
ランドルフの視線の先から一人の男が戦場にいるとは思えない程の悠々とした足取りで歩いてくる。ランドルフを正面から睨みつける。
「貴様が、『鉄血』のランドルフだな。私に真っ向から楯突くとは、愚かしい限りだ」
「俺としては、お前の神経の図太さに頭が下がるばかりなんだがな。嘘で塗り固めた威光で、どうしてそこまで尊大な態度が取れるんだか。なあ、お前もそう思わねえか?」
ランドルフが薄く笑みを浮かべ、ルーグの後ろに控える一人の人物へ問いかける。皇帝近衛師団副団長『イナンナ』こと、ルフィナである。しかし、彼女はランドルフの言葉に反応も返さない、感情を押し隠した絶対の無表情であった。
「なんだよ、久しぶりの再会だってのに、つれねえな。俺はお前のおしめを変えてやったことだってあるんだぞ?」
「…………」
それでもルフィナは何も答えようとせず、ルーグはランドルフの事を鼻で笑う。
「『鉄血』のランドルフと旧知だったとは知らなかったが、私の優秀な臣下は『魔王』の手先などと交わす言葉は持ち合わせていないようだ。下らん問答はそれくらいにしておこう。ルフィナ、お前は前線へと向かえ。さっさとあの忌々しい障壁を破壊してこい」
「了解いたしました」
ルフィナは小さく頭を下げると、その場から忽然と姿を消した。何の前触れもなくだ。それにはランドルフの少々の驚きを見せる。これが以前から時折見せている自在の転移魔術か。そう思いつつ、彼は拠点の障壁を気に掛ける。ルフィナが本気で障壁を壊しにかかれば、そう長くは持たないだろう。
「ライラ。ここまで来て貰っておいて悪いが、お前はさっさと壁まで戻れ。あいつ相手に防衛戦力は幾らあってもいい」
「私としては、この男に一撃くらい浴びせてやりたいところなのですが」
「あー、まあ仇みたいなもんだからな。サーラちゃんの。なら、お前の分まで俺がぶん殴っといてやる。だから、お前は戻れ。ほら、お前じゃなきゃ誰がサーラちゃんを守「かしこまりました。ご武運を」
食い気味に了承したライラは踵を返し、戦場をとんぼ返りして行った。扱いやすくて助かると思いつつ、自分はさっさと自分の仕事を終えなければとランドルフは考え、大きく伸びをする。
「おい、ルーグ。俺はお前のような小物に構っている暇はねえんだ。さっさとかかってこい」
「……私が、小物だと?ふざけたことを言う。いいだろう。『英雄』に刃向かった罪深さ、貴様の身をもって思い知らせてくれる。『魔王』を討つ前の肩慣らしくらいにはなってくれるのだろう?」
ルーグは手にした大きく槍を振るい、ランドルフの喉元へ向けて構える。槍の全身が白銀に輝く美しい槍だった。その神々しさには、ランドルフも興味深げな声を漏らす。
「お前はともかく、その槍は中々のものだな。一軍人であったお前が皇帝なんて大層な地位を得られたのも、その槍のおかげというわけか?」
「聖槍ブリューナク。貴様では到底扱えん、至高の武具だ。くだらん挑発などいらん。すぐに終わらせてくれる」
ルーグの槍が光を放つ。それをランドルフが認識した次の瞬間、ルーグはランドルフの胸をめがけて突きを放っていた。素早い一撃は急所へ真っ直ぐに吸い込まれる。しかし、聞こえたのは甲高い金属音。ルーグの槍はランドルフの胸に突き刺さることなく、止まっていた。何が起きたのだ。それを頭が理解するよりも先にルーグは次の攻撃へ移る。槍の切っ先を相手の頭上へ向け、ランドルフを頭から叩き切ろうとした。またしても金属音。あろうことか、ルーグの斬撃はランドルフの素手の拳によって防がれていた。しかしどうも様子がおかしい。ランドルフは確かに素手であったが、その手が金属のような銀の光沢を持っていたのだ。
「なるほど、『鉄血』か。奇妙な身体だな」
「俺は気に入ってるんだけどな。気合い入れねえと、俺には傷一つ付けられねえぞ」
自らの拳を鉄に染めてランドルフは笑みを浮かべるが、ルーグは目の前の男をただの障害物としか思っていなかった。邪魔な物は叩き切るのみ。ただ冷静に冷酷に槍を振るう。
そしてアウザー渓谷の戦い、最後の一戦もまた幕を開けようとしていた。
ルーグの元から転移したルフィナは、障壁からほど近い場所に出現する。この距離ならば大火力の魔術を、威力を落とすことなくぶつけることができる。そして手に魔法陣を展開していく。が、ルフィナが魔法陣を開き終わるよりも先に幾つもの火球が彼女めがけて飛んできた。すぐに魔術の発動を中止し、火球をひらりひらりと躱していく。地面にいくつもの丸い焦げ後が残った。
「オル・オウルクスの樹海で会ったぶりね。こうやってまじまじと見てみると確かに面影があるけれど、あなた、髪をあまり手入れしていないでしょう?折角の綺麗な黒髪が台無しよ。髪の美しさならアレシャちゃんに軍配をあげようかしら」
赤い髪を硝煙になびかせ、一人の女が姿を現す。この光景を切り抜けばそのまま絵画として通用すると思えるような、絵になる光景であった。ただ、その絵を見るルフィナの表情は険しい。
「余計なお世話だね、『魔劇』のヴェロニカ。それに、その名前を呼ぶな。あいつはわたしの妹などではない」
「随分と酷い言いぐさじゃない。まあ、こんな世間話がどうでもいいというのには同意するところだけれど」
ヴェロニカが深紅のローブを脱ぎ捨てる。ほとんど全裸の衣装が露わになるが、そんなことを今更追求する者はいない。ヴェロニカが全力を出す上で、肌の露出は重要な要素であるからだ。ヴェロニカの身に赤い紋様が浮かび上がっていく。彼女が自身の身体に刻んだ、魔力の増幅を行うための魔法陣である。
「中々の魔力だ。ただ名が知られているだけではないということか」
「当然よ。Aランク冒険者は、ただの人気票じゃなれないんだから。それでもあなた相手にどれだけ通用するかは分からないけど、あなたに障壁を突破されるわけにはいかないの。全力で食い下がってやるわ」
ヴェロニカが高熱を帯びた魔法陣を展開する。ルフィナもそれに対して魔法陣を展開した。魔力を強化したヴェロニカよりも更に強い、引き込まれるような魔力がその手に渦巻き始める。
「立派な闘志だ。この状況を打破しようと必死にもがいている。けれど、明確な力の差の前には、それも無意味だ。それを教えてあげよう」
「随分と自信がお有りのようね。そんなあなたに一つ言えるとしたら、余裕をかましていると足元をすくわれるってことかしらね」
ヴェロニカがそう言うと同時。壁から一本の矢が放たれた。狙いは正確。ルフィナを打ち抜こうと一直線に迫る。不意の一撃であったはずだが、ルフィナには見えていた。横へのステップでそれを避ける。しかしその時、ルフィナの足元でジャラリという音がする。次いで、締め付けるような感触。展開していた魔法陣を収めて視線を下へやると、ルフィナの脚にしっかりと鎖が巻き付いていた。
「見えていましたよ。あなたが攻撃をどのように攻撃を避けるのかも全て」
長く伸びる鎖の先。そこに立っていたのは、眼球を真っ黒に染め上げたメイドだった。彼女の血に流れる亜人の力により、彼女は矢を躱したルフィナの足がどの位置に来るのか事前に見えていた。ライラはそして鎖を思い切り引く。引っ張られた足が宙に放り出され、見事に足元をすくわれた。
そこを狙ってヴェロニカの魔法陣から熱線が、壁の上からは冷気を纏った矢が放たれた。空中で身動きがとれない今ならば、命中は必至だ。しかし、そう簡単にいく手合いではなかった。攻撃が迫る中、ルフィナの姿が消失する。そして次の瞬間にはライラの頭上に出現していた。その手には再び魔力が渦巻き、ライラの身に叩き込もうとする。しかし、能力を発動しているライラの裏をかくことは難しい。紙一重でそれを避け、再び鎖を打ち込んだ。しかし、ルフィナもそれを躱してしまう。
「瞬間移動とは反則ね。今のは上手くいったと思ったのだけれど」
「だから入っただろう。キミたちが小賢しい真似をしたところで、一発も当てることはできなかった。それが、力の差というものだ」
「大層な口をきくのは、私に一発当ててからにしていただけますでしょうか」
壁の上から「そうですよー!」という声が聞こえるが誰も気に留めない。
ヴェロニカとライラがルフィナを睨みつけ、ルフィナもまた鋭い視線を返す。本当の意味での敵将、それはブケファロスから聞いたイシュタルという存在。それがルフィナに宿っている。一体、イシュタルとは何なのか。この戦いの中でその片鱗を知ることができるだろうか。全身に魔力を滾らせながら、ヴェロニカはそう考えていた。




