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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
172/227

83 始まりはすぐそこに

「ぐあぁっ!」

「怯むな!応戦しろ!」


 アルマスラ帝国の鎧に獅子の紋章を身につけた兵士たちが、二人の男へと挑みかかる。鎧は全部で二十人ほど。数にして、およそ十倍の戦力差がある。しかし——


「ぬるいな!」

「全くだ」


 二振りの剣が閃くと共に、兵士は大きく吹き飛ばされた。方や、全てを受け流すような柔の剣。方や、全てを断ち切るような剛の剣。なすすべも無く、彼らは切り伏せられる。しかし、それだけの熾烈な一撃であるのに傷は浅かった。明らかに手心を加えられていた。


「くそ、嘗めやがって……!」

「俺たちがここへ来たのは、お前らに伝言を任せるためだ。殺すわけにはいかない」

「伝言、だと?」

「うちの『魔王』から、“宣戦布告”だ。本当の正義が俺たちにあるということを見せてやるよ。ラインデルクとロマノフの国境、アウザー渓谷で待ってるぜ」


 そう言葉を残して二人の男は振り返ることなく去って行った。兵士たちは傷を押さえながらよろよろと立ち上がり、歯を食いしばりながらヨロヨロと去って行った。今起きた事件を何としても報告しなければと、近くの街の商会の支部へと向かう。




 一方、ドヤ顔で強さを見せびらかせていた二人はこそこそと逃げ帰っていた。後ろから追ってきていないことを何度も確認して、ホッと息をつく。


「一発目としては上々だな。良い感じに『魔王』っぽくかませたんじゃねえか?なあ、セイフさん」

「目的は達せただろう。しかし、“正義”なんて大それた言葉をよく使うもんだな」

「向こうは自分たちが“正義”だって思い込んでるんだから、いい挑発になるんじゃねえかって思ってな。それに嘘はついてないからな。ちゃんと作戦通りだ」


 セイフとブケファロスの二人は先ほど、ラインデルク帝国を調査中のアルマスラ帝国兵、その野営地を襲撃してきたところだった。見晴らしのいい平原にもかかわらず急襲は成功。そして相手へ実力を見せつけてからの、『魔王』からの宣戦布告。これが彼らに与えられた役割である。そしてその宣戦布告も偽りではない。彼らは教えたとおりの場所、アウザー渓谷で連合軍を待ち受けるつもりだ。

 二人は更なる準備を進めるため、事前の打ち合わせ通りの場所へ向かう。そして森に入って少ししたところにある、目立つ大木の足元で彼は待っていた。


「来たか。どうだった?」

「バッチリだ。予定通りでいいと思うぜ」

「了解だ。それじゃあさっさと移動しよう」


 二人を出迎えたのはヤスケだった。言葉を交わすのもそこそこに、三人はすぐさま移動を開始する。目指す場所は勿論、連合軍を迎え撃つ場所、アウザー渓谷だ。三人は更に北方へ向けて走り抜け、森を抜けたところで何かが上空から飛来してきた。


「お疲れ様。さあ、乗って」

「フェオドラさん。出迎え有り難い」


 風を巻き上げて着地した白龍、スヴェートの背に三人は飛びつき、スヴェートは美しい両翼を羽ばたかせて更に北方へ飛び立つ。

 目的の場所まではそこまで遠くはない。スヴェートが恐怖の最高速に達しなくても、数十分で到着した。

 アウザー渓谷はラインデルク帝国とロマノフ王国それぞれの領土にある大きな山脈の間に形成された谷だ。谷の両端は断崖になっており、谷の底に下りるだけでも一苦労というところである。また、緯度が高い事もあって、季節によってはかなりの豪雪地帯となるのだが、今の季節に雪は無く、渓谷は荒れた岩肌を露出させている。

 そんな広い渓谷の中で彼らが陣取っているのは、渓谷の最奥。左右も後ろも切り立った崖になっている。つまり、相手は正面からしか攻められない地形というわけだ。

 しかも、彼らの拠点は地形に大いに手が加えられていた。そこには城壁を彷彿とさせる巨大な壁がそびえ立ち、外からでは中の様子を知ることができない。外から見えるのはただ一つ。拠点中央にそびえる見張り塔だけである。これら全てダレイオスを筆頭とする魔術師たちの土魔術によって作られた。さすがのダレイオスもこれだけのものを作り上げると魔力が枯渇して一日寝たきりになってしまったが。もしディティールにこだわり始めていたら数日はダウンしていたかもしれない。ダレイオスとヴェロニカはこだわりたかったみたいだが、ペトラが必死に止めた。

 スヴェートは即席の砦と化した拠点上空を旋回しつつ、ゆっくりと下降して壁の中へと下りたった。すぐさま一人の少女が駆けよって来る。ぴょこりと覗く長い耳はエルフのものだ。


「お疲れ様。まさか苦戦したりしてないでしょうね」

「自惚れる気はないが、相手にはならなかった。だが、あいつらは戦闘より諜報を得意としている者たちのようだし、気は抜けないな」

「まあ、そうよね。多分化け物みたいに強いヤツが出てくるでしょうね。連合軍のトップが『剣帝』の一人なんだし」


 ペトラがため息をついてみせるが、そこに悲壮感はない。そうは言いつつも勝つ気も勝つ自信にも満ちあふれていた。それはセイフらも同じ。スヴェートの背から飛び降りると、早速連合軍と戦う前の準備にとりかかる。まずはメンバーを一所に集めなければ。そう思ったセイフが言葉にすると、ペトラがその役目を買って出た。セイフ、ブケファロス、ヤスケ、フェオドラの四人には見張り塔の近くに作った会議室で待っていてもらうことにして、彼女は人を探して拠点内を歩く。

 そう、目的の人物を探す必要があるのだ。なぜなら、この拠点内には主要メンバー以外にも多くの人間が集まっていたからだ。誰もが武器を携え、やる気満々である。ペトラはまず、この者達を引き連れてきた人物を見つけて声をかける。


「アルノーさん、ここにいたか」

「ああ、セイフさん。お帰りでしたか」


 金混じりの美しいブロンドの長髪をなびかせて振り返る彼は、ヘルマンの兄、アルノーだ。これまで『アルケーソーン』の面々に隠れ家を提供してくれていた彼が、この場所に集まっている武装集団を用意した張本人である。そう、その者達はアルノーの家の私兵たちである。彼の領民で構成された兵たちは、普段はそれぞれの生活を送りつつ、有事の際は招集されて領家の為に剣を振るうのだ。そして、アルノーは此度の一件をその有事だと判断し、『アルケーソーン』のために兵を用意してくれたのだ。兵たちは詳しい事情は知らないものの、自分たちが『魔王』に組みしようとしていることは分かっている。にもかかわらず、十分に戦力に数えられるだけの人間が集まってくれた。それも全てアルノー、そして先代当主のダミアンの人徳によるものである。兵たちは「何か事情があるのだと」察し、喜んで力を貸してくれた。


「本当にアルノーさんには感謝しきれないですね。あたしたちのためにここまでしてくれるなんて……。本当はアルノーさんの元をこっそり離れる気だったんですけど」

「残念ながら、そうはさせませんよ。妹を助けてくれた恩を返すまで、私はいつまでも付きまといますから」


 セイフはそんな彼の言葉を聞きつつ、彼の腰にぶら下がったモノへ目をやる。語弊がある言い方だが、ペトラが注視したのはアルノーが腰に差している剣だった。どうやら、アルノーも戦う気らしい。だが、命の保証はできない。ペトラが危険だから戦場に出ないようにアルノーへ言おうとすると、彼はニッコリと笑った。その笑顔を向けられたペトラは少し身を震わせる。

 アルノーが私兵を招集すると言い出した時、ペトラはそれを止めた。これは自分たちの問題だから、と。しかし、アルノーは退くどころか寧ろぐいぐいと押してきた。自分たちがやりたいんだからやらせろよお前らにデメリットはないだろうがあぁん?という具合にである。勿論アルノーはそんなことは言っていないのだが、そう言いたいのではないかという勢いで迫ってきた。性的な意味でではない。しかし、終始笑顔で。

 そしてその迫力を一身に受け続けたペトラはアルノーの笑顔に弱くなってしまっている。結果、ペトラは今回もアルノー要求を飲むしか無かった。ペトラが分かったと頷くと、アルノーは爽やかに笑った。


 アルノーと別れてペトラが次に声をかけにいったのは、サーラとライラである。予想していた通り、二人は一緒に行動していた。隣にはアステリオスの姿まである。手間が省けたと思いつつ、ペトラは三人へ呼びかけた。


「おーい、今後の最終確認のために集まってちょーだい。他の人たちにも声をかけているところなんだけど」

「ペトラ様。お帰りなさいませ」

「お疲れ様でした。丁度今練習をしていたところだったのですよ」

「へー、それは偉いわね」


 笑顔で拳を作って見せるサーラの頭をセイフは優しく撫でる。サーラは褒められてご満悦という様子だ。ペトラも年上だということをしっかりアピールできて満足げである。


「で、首尾はどう?」

「わたしも見せて貰ったが、これは凄いぞ。不測の事態でも起こらない限りはこれだけで凌ぎきれるくらいだ」

「アステリオスのお墨付きね。それは期待できそう。それで、アステリオスの方はどうなの?」

「すこぶる調子がいい。シャッルの力も存分に奮えそうだ」


 アステリオスが担いでいた大斧をぐるんぐるんと振り回してみせる。サーラに当たったらどうしてくれるんだという目でライラが睨んでいたが、気づかないらしい。アステリオスは空気の読める男だったはずだが、そんな些細な事がどうでもよくなるくらい調子がいいということなのだろう。何よりだとペトラは思う。


「しかし、私たち亜人が本当に『魔王』の一味に加わることになるとは。子どもの頃は予想もしていませんでした」

「そうだな。正直な話、『魔王』を恨んでいたくらいだからな。わたしたち亜人は『魔王』の臣下の末裔だと言って疎まれてきたのだから」

「言われてみれば確かにそうね。だったら、なんで二人はこうして共に『魔王』に協力してくれるの?この機会だし、教えてもらえないかしら」


 ペトラがそう尋ねると、意外にもライラとアステリオスは腕を組んで考え込み始めてしまった。自分の中で形にはなっているのだが、上手い言葉が見つからないようだ。サーラも真似をしてか、何やらうーんと考えている。そして先に答えが出たのはサーラの方だった。


「私は、アレシャお姉様が好きだからです!私を救って下さったお礼がしたいというのもありますけど……それでも、いつも優しくして下さって、私以外の皆さんにも優しいアレシャお姉様が私は大好きで、だから私にできることをやりたいって思うんだと思います!勿論、『魔王』様も同じですよ。あの方も凄くお優しい人ですから!」


 サーラは鼻を膨らませて力一杯に宣言する。ペトラはサーラのそんな言葉を微笑ましく聞いていたが、ライラとアステリオスはポンと手を叩いた。


「それだな」

「それですね」

「ん?どういうこと?」

「わたしがアレシャちゃんやダレイオスの力になりたいと思ったのは、単純にあいつらという人間を好きになってしまったからなんだろうな」

「私も同じです。ダレイオス様の報われない運命に同情して力を貸すとお約束したこともありましたけど、それでもやはりアレシャ様やダレイオス様のことを好いているからこそ、今こうしてここにいるのだと思います。勿論、サーラ様が協力したいと仰るので、それに付き従っているというのが一番の理由ですが」


 ペトラの問いに対して、二人はそれぞれの答えを口にする。ペトラも「なぜ、『魔王』に組みするのか」自問自答してみると、返ってきた答えは「好きだから」だった。それだけというワケではないが、改めて考えてみると、一番に浮かんでくるのはソレになる。何て言うことのない、極めて単純な、しかしとても大事な理由。それを再確認した四人はしばしの間、互いに笑い合った。


 ペトラが最後に声をかけに言ったのは見張り塔の天辺にいる二人、ヴェロニカとメリッサである。長い梯子を登った先で二人は渓谷の向こうをじっと見つめていた。真面目に仕事をしているらしい。


「だから、アレの雲がアレシャちゃんに似てるんですよ。ほぉら、可愛い」

「違うわ。あっちの雲がアレシャちゃんよ。たなびく美しい白髪を見事に表してる」

「いやいや、アレシャちゃんは可愛いものなんですよ。だからあっちの雲が正解です」

「いえ、アレシャちゃんと言えば美しいものよ。だからあっちの雲が正しいわ」

「可愛い」

「美しい」

「何やってんの、あんたら」


 限界まで死んだ目でペトラが睨むと、二人はくるりと振り返ってギョッとする。


「ち、違うんです!別に仕事をサボってたわけじゃないですから!ちゃんと魔力感知も張ってましたから!」

「嘘つかないで。だったらあたしが来たことに気づくでしょうが」

「いや、それはペトラちゃんが薄くて気づか——」

「誰の胸が薄いって!?」

「言ってない、言ってないですから!」

「ほら、ペトラちゃん落ち着きなさい」

「あんたが言うな、乳牛!」


 事態はあっという間に混沌とした。塔の足元にいた人達は上から聞こえる騒ぎ声を聞いて思わず見上げる。それに気づいたペトラが下を軽く覗くと、会議室から出てきたセイフと目が合った。軽く睨まれて正気に戻ったペトラは急いで用件を伝えることにする。


「ほら、最終打ち合わせするから会議室集合ね。下りてきなさい、二人とも」

「自分から暴れておいて……。いや、何でも無いです。分かりました、会議室ですね。あ、でも見張りはどっちかいた方がいいですね」

「それは確かにそうかもしれないわ。それじゃあ私が聞いてくるから、メリッサちゃんは残ってくれる?後で伝えるから」

「了解です!」


 一悶着ありつつも、ペトラはヴェロニカを引き連れて見張り塔を下りる。そして念のため、二人の様子を聞いてみることにした。


「どっちも準備は万端?まあ遊んでられるってことは準備できてるんだろうけど」

「なんだかトゲがあるけれど、バッチりよ。こんな堅牢な守りがある中なら私のような遠距離攻撃を得意とする者は最高の力を奮えるわ。メリッサちゃんも同じ感じね。さっき一発ずつ試し打ちしてみたのだけれど、手答え十分」

「そう、ならいいわ」


 素っ気ない返事だが、ペトラはヴェロニカとメリッサの実力に関しては信頼を置いている。ヴェロニカが大丈夫だというのだから、多分大丈夫だろうと彼女は判断した。さすがにこんな状況で見栄を張るようなことはしない。ヴェロニカはともかく、最近のメリッサならそういう事をしかねないのではないかという思いがペトラの頭をよぎったが、見なかったことにしてくず籠へ放り込んだ。


 こうしてようやく会議室に主要メンバー全員が揃うことになった。メリッサを含めて合計十一人である。しかし、この場にいない者もまた数人。当然サボっているわけではない。彼らもまた、必死に働いている最中なのだ。

 会議と言えば、といってアレシャが用意した長机にペトラがつくと、セイフが仕切って話始める。


「よし、みんな聞いてくれ。俺とブケファロスはついさっき、『魔王』からの宣戦布告を行った。すぐにでも連合軍やデカン帝国に伝わるはずだ。もう、後戻りはできない。だから最後の確認だ」


 そう切り出してから、セイフがこの戦いにおけるそれぞれの役割を、一人一人確認していく。そこに気の抜けた雰囲気は存在せず、全員が己の役割を胸に刻み込んでいく。今回の戦いは多対多の乱戦が予想される。ワンマンプレーなど有り得ない。自分の役割を全うして仲間を援護することが勝利のために不可欠であるのだ。

 そうして十一人分の確認が終わる。セイフはそこから更に続ける。


「俺たちの仕事は、連合軍の相手をすること。それは間違いない。だが、戦力差は圧倒的だ。この地での戦いに勝ち目は無い。それは全員承知していることだと思う」


 全員が頷く。入念に準備を整えた上での防衛。長い間持ちこたえることは十分に可能だ。しかし、この地に閉じこもる持久戦では、いずれ終わりが来る。絶えず投入される相手の追加戦力の前に、敗れることになるだろう。 

 しかし、彼らの目には強い闘志が燃えたぎっていた。後ろ向きな考えなど欠片も存在していない。それはセイフも同じであった彼は再び口を開く。


「俺たちの団長は別れるとき、俺にこう言った。『任せておけ、必ず成し遂げる、とな』。俺たちにそれを疑うことは許されない。ここにそんな気があるやつはいないようだがな。だったら、それに全力で答えるのが俺たちの務めだ。気合い入れろ!」


 セイフの声にも自然と力が入る。静かに言葉に耳を傾けていた仲間達もまた、力強い声を返していく。


「よし、やってやるぜ!全部ぶった切ってやる!」

『良い気構えだ、相棒』

「腕が鳴るな。もう一回武器の手入れでもしておくか」

「久しぶりの乱戦だわ。スヴェートにも頑張って貰わないといけないわね」

「化け物らしく、存分に暴れ回ってやろう」

「私も、頑張らせていただきます!」

「サーラ様、あまり無理なさらぬよう。サーラ様の分は、私がなぎ払いますので」

「さあ、戦場に華を咲かせてあげましょうか」

「この為に修行してきたんだから。やるわよ!」


 会議室の外、見張り塔の上の方からも「私もやりますよぉぉ!」という声が聞こえてきた。セイフもまた携えたカタナの柄に手をやり、静かに頷く。

 一つの目的に向け心がまとまると、その場にいた全員の視線が自然とそろう。そして誰からともなく席を立ち、責務を全うする最終準備のためにそれぞれの持ち場へと散らばっていった。固い拳に強い意志を握りしめて。

 果たして、その意志が歴史をひっくり返すことになるのか。それこそまさに神のみぞ知る、というものである。偽物の『英雄』に味方するようなものではなく、本物の“神”であるならば。

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