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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第一部
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16 ヤツは聖地にいる

 メイリスの街から聖地アルバンダートまでは十日ほどかかるが、その間は基本的に毎日同じことの繰り返しである。むしろ繰り返しであることが望ましい。山も谷もない安定が一番だ。

 しかし、アレシャは違った。暇でしょうがなかった。常に表に出ているのはダレイオスなので何もできない。景色を眺めるしかない。しかし、その景色も砂漠故に全く変化がない。魔物との遭遇が唯一冒険者らしさを感じられる瞬間だったが、その対処はダレイオスからヴェロニカの仕事になった。


「アレシャちゃんにばっかり負担はかけられないわよ。ああ、気にしないでね。冒険者は助け合いなんだから」


 そう言って馬車を出て行くヴェロニカにアレシャは軽い恨みを覚えたものだ。そんなアレシャの唯一の楽しみはダレイオスが休んでいる夜の就寝前にペトラとおしゃべりすることだけだった。今日の話題はペトラが以前使った精霊魔術についてだ。


「それで、精霊魔術は精霊から足りない魔力を貰って発動するってわけ。だから普通の魔術が使えないあたしでも使えるのよ」

「なるほどなー。精霊の力を借りる!ってかっこいいな……。あーあ、わたしにも精霊見えないかなぁ」

「エルフじゃなくても見える人は稀にいるらしいけどね。……精霊……か」


 ペトラはそこでふと思い出すことがあった。どうしたのか、とアレシャが尋ねる。

 

「いや、ヨーゼフさんのことを思い出したのよ。……あの人には精霊が憑いていなかった」

「精霊が……?それって特別なことなの?」


 アレシャの疑問にペトラは首を捻る。


「それが、あたしは今まで見たこと無いのよ。どれだけ少ない人でも一人は精霊が憑いてたわ。あ、お母さんは一度だけあるって言ってた気がするわ。なんて言ってたっけ……」


 その記憶を思い出そうとしてみるが、上手くいかないようだ。アレシャは気になるので思い出すように急かしてみるが効果は無かった。逆にうっとうしいと怒られた。ならば仕方ない、ということでアレシャは明日に備えて目を閉じる。


 砂漠を行く旅も七日目を迎えた。相変わらず景色は変わらない。はずだったのだが、一行は前方に緑を見つけた。オアシスだ。砂漠の楽園だ。それに誰よりも喜んだのは、過酷な旅を続ける馬だった。指示をしなくとも一直線にそこへ向かっていった。

 オアシスは小さな泉を中心とした小規模なものだった。こうした水を補給できる場所は砂漠を行く者には無くてはならないものだが、魔術で水が生み出せるので一行にはそこまで重要で無い。しかし、緑というのはそれだけで心を安らげるものである。折角なので少し休憩しいこうということになった。ダレイオスの気遣いでアレシャも人格を交代して貰う。

 泉へ駆けより澄んだ水に手を浸すと、丁度いい冷たさが火照る身体に心地良い。ヴェロニカが手で水をすくうと、名案を思いついたという顔をする。


「折角の綺麗な泉だし、水浴びでもしていきましょうか」

「駄目です!ヴェロニカさん!」

「そうよ!ここは堪えなければならないところなのよ!」

「えっ、な、何よ二人とも」


 アレシャとペトラの全力の制止に戸惑うヴェロニカ。少女二人の視線の先には、気にしない風な素振りを見せているつもりの眼鏡の男がいた。ほかでもない、二人の懸念そのものである。結局ヴェロニカは二人の気迫に押されて水浴びを断念した。

 というわけでヴェロニカとヘルマン、ヨーゼフは木陰で涼み、アレシャとペトラは膝まで水につかって無邪気に遊んでいた。しばしの休息だったが、何かがいることを伝える物音が聞こえた。ヘルマンがヨーゼフを庇うように立ち、一行はその物音へ警戒を向ける。しかし、そこから現れたのは六人の冒険者と二人の男女だった。アレシャ達と同じ、巡礼者とその護衛だろう。緊張を解くと、ヴェロニカは気さくに話しかける。


「あら、貴方たちも聖地へ向かう途中かしら?」


 ヴェロニカがそう声をかけるが、彼らは黙って首を横に振った。何やらひどく疲れているようだ。彼らの内の一人が口を開く。


「……俺たちは聖地から引き返しているところだ。あんたらは聖地へ行く途中みたいだが、悪いことはいわねえ。今すぐ引き返せ。今のあそこは聖地なんて呼べるような場所じゃねえよ」

「……どういうことですか?」


 アレシャがおそるおそる聞いたとき、冒険者達が連れていた巡礼者がその場に倒れた。何やらひどく衰弱している様子だった。話は後回しにし、アレシャたちはひとまず彼らを休ませることにした。馬車の中へ運びいれ、水を飲ませる。彼らの連れていた巡礼者は未だ目を覚まさないが、冒険者達は落ち着いたようだ。


「もう話せるかしら?何があったのか聞かせてちょうだい」

「ああ、大丈夫だ。……俺たちはメイリスでそこの夫婦の護衛依頼を受けたんだ。護衛依頼は今までにも何度か受けたことがあったから、旅は特に問題も無く、順調だった。だが、聖地についてからが問題だったんだ。聖地に……とんでもない魔物が住み着いてたんだよ」


 冒険者達がそこで暗い顔をして冷や汗をかく。それは彼らにとっては恐怖の記憶だ。しかし、話は聞かねばならない。アレシャが続きを促す。


「それで、その魔物っていうのはどんなヤツだったんですか?」

「あ、ああ。ヤツには俺たちの攻撃が一切通用しなかったんだ。おれの剣も、こいつの弓も、こいつの魔術も、何もかもだ。しかもあいつの攻撃は凄まじく強烈だった。あの咆哮を間近で食らったら、もう立ち上がれなくなっちまう……」


 その言葉にアレシャは目を見開く。ダレイオスも、ペトラも、ヴェロニカもだ。攻撃が通らない。そして強烈な咆哮。心当たりがありすぎた。アレシャは半ば確信を持ちつつも確認のために尋ねる。


「あの……その魔物って、七色に輝く鱗に覆われていませんでしたか?」

「あ、ああ。そうだ。綺麗な鱗に覆われていたよ。獅子の頭にでっかい角も生えていた」

「間違いないわね……。また、『七色の魔物』よ」


 ヴェロニカの言葉にアレシャとペトラは頷く。できるならばもう会いたくなかった敵との再びの遭遇となってしまったようだ。


「待ってくれ、『七色の魔物』だと?どういうことだ」


 ヘルマンがそこへ口を挟む。何か知っているらしいアレシャたちに、ヨーゼフと冒険者達もどういうことか聞きたそうな顔をしていた。そこでヴェロニカが代表して冒険者登録試験で何があったのか話して聞かせた。そして彼らは一様に驚きを露わにする。


「そんなことがあったのか……。まさか伝承の魔物が実際に現れるとはな。しかも二匹目だと……?」

「てっきり知っているものだと思っていたわ。商会から情報は流れていないの?」


 ヴェロニカが尋ねると、ヘルマンは首を横に振った。


「俺が知っているのは、ヴェロニカさんが主体となってAランクオーバーの強力な魔物を討伐したという話だけですね。俺がヴェロニカさんに関する情報を聞き漏らすはずがないのでそれ以上の情報は出回っていないですよ」

「ええ、私も知りませんでしたな」

「お、おれらもだ。まさかそんなヤツを相手にしていただなんて……」


 皆初耳だったようだ。アレシャはそれを不思議に思う。『七色の魔物』を討伐したというのは商会にとって大きなイメージアップになるはずだというのに、その情報を流していないというのだ。ただ単にまだ情報が出回っていないだけなのかもしれないので、これ以上は気にしないことにしたが。

 考えるべきはこれからどうするのか、ということだ。アレシャ達の仕事はヨーゼフを聖地まで安全に送ることだ。しかし、その聖地には危険があることが判明した。依頼人の身の安全を思うならここで引き返すべきである。だが、『七色の魔物』を討伐できる者はアレシャ達以外にはそういない。ここまで来たなら聖地へ行って討伐しておきたいという思いもあった。


「ヨーゼフさん、私たちの依頼人はあなたです。今後の進路の決定は貴方にゆだねたいと思うのですが……」

「ふむ、そうですな……」


 ヴェロニカの問いかけにヨーゼフは考え込む。以外にも戻ると即決しないようだ。少ししてから顔を上げ、ヨーゼフは自分の決定を伝える。


「私は、聖地に向かうべきだと考えます。話を聞く限り、その『七色の魔物』はあなた方にしか討伐できないように思えます。それに私もアリア教徒ですから、我々の聖地に邪悪なものが住み着いているというのは我慢ならないのですよ。できるならば、あなた方に討伐依頼もお願いしたい。勿論、報酬も上乗せいたしましょう」

「……わかりました。では、引き続き聖地へ向かうとしましょう」


 ヨーゼフがそう決めたのなら文句は何も無い。方針は決まった。

 一行はその日はそのままオアシスで過ごすことにした。夫婦の巡礼者はペトラの献身的な看病のおかげで、翌朝には目を覚ました。二人が無事に街へ戻れるか心配だったが、冒険者達は問題なく回復しているようだったので、彼らに任せることにした。彼らの見送りが終わった後、アレシャ達も出発する。目指すは聖地アルバンダート。目的は再びの『七色の魔物』の討伐。

 気を引き締め、馬車は砂漠を進む。

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