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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
169/227

80 揺れる世界

 そこはアリア教の聖地から程近い場所。一年を通じて太陽の日差しが照りつける砂漠の都、メイリスである。別名、“巡礼者の街”だ。聖地アルバンダートへ巡礼に向かうには、ここで砂漠越えの準備を整えるのが通例であるからだ。なので当然ながら、この街には大勢のアリア教徒がいる。そんな彼らの最近の話題は一つだ。


「『魔王』の復活……まさか、俺が生きている内に起こるなんて……ああ、恐ろしい」

「生きている内になんて言ったら、寧ろ『英雄』の復活を拝めたことの方が驚きだ!俺のダチがあの葬儀に参列してたんだが、その目で『英雄』の姿を確かに見たってよ!」

「そうだな、俺たちにはアリア神と『英雄』がいるんだ!『魔王』なんか、また打ち倒してくれるに決まってる!」


 巡礼を控えた二人の男が、水の入ったジョッキを片手に熱く語りあう。聖地へ向かう前に酒は控えることにしたらしい。この食事処は昼時でもないのに大勢の人で賑わっていた。それはこの店に何かがあるというわけではなく、この街そのものに沢山の人が押しかけているのだ。その理由はいたってシンプル。蘇った『魔王』からの救いを神に請うためだ。なのでメイリスの街は冒険者たちの護衛依頼の稼ぎ場としてもかつてない盛り上がりを見せていた。そしてその冒険者たちも、聖地への護衛ついでに「『魔王』を何とかしてくれ」と神にお願いしてみるというのが最近の流行であるということだ。


 忘れてはならないことがある。アリア教は二つの聖地を有しているのだ。聖地アルバンダート、そして聖地セインツ・シルヴィア。高い壁に囲まれたアルマスラ帝国の大都市だ。テオ教というまた別の宗教の聖地でもあるため、しばしばこの街の領有を巡って国同士の対立が起こることで有名だ。尤もその領有争いには『魔神術式』という禁術がこの街に眠っているからという、また別の理由も存在している。それを知る者はほとんどいないのだが。

 そういった政治的な事情があり、この街には立ち入るだけでもガザの街で得られる許可証が必要であり、居住権となると漏れなく入念な審査を受けなければならなくなる。なので、この街の人間のアリア教徒である比率はメイリスの街よりもかなり大きい。となると、街の様子はこのようになる。


「蘇った『英雄』は必ず、大いなる闇を打ち払うであろう。我らがアリア神の加護が宿る『英雄』に闇の力は通用し得ないのだから。そして再び『英雄』が『魔王』を討ち滅ぼしたとき、世界は『英雄』の、アリア神の恩寵を賜ることだろう。敬虔なる、アリア神を信じる者達よ。『英雄』ルーグにその清らかなる心を捧げるのだ。さすれば、アリア神は必ず汝らを永久の光で照らしつけるであろう」


 円形をした街の中央にそびえる大聖堂。その広場に集まった群衆へ向けて語りかけるのは、白地に金糸で美しい刺繍の施されたローブを身に纏った男。そのありがたいお言葉を聞く限り、アリア教徒の重要人物であるのは誰にでも容易に想像できる。彼の話す一言一言を人々は胸に刻みつけるように、瞑目して静かに聞いていた。これだけの人間がいるにも関わらず広場は、いや、街全体が静寂に包まれている。ここに住むアリア教徒たちは皆、日々の時間を神に祈りを捧げることに費やしていた。闇を拒み光を望む、その真摯な祈りが静けさを生んでいた。


「大神官様のお言葉、痛み入るな全く。あいつも大方洗脳されているのだろうな。だが、これでアリア教徒の人心はガッチリ掴んだというわけか」


 その広場の光景を遠巻きから眺めるのは、初老の男。白のシャツに黒の半ズボンという紛れもない休日スタイルの装いである彼は現役Sランク冒険者、『剣帝ネルウァ』オズワルドである。格好とは対照的に、その眼光は鋭い。

 彼はこの街を領有しているアルマスラ帝国と繋がりがあり、この街の居住権を得ている。なのでアリア教徒でもなく、この街で普通に暮らしているわけだ。彼自身この美しい街のことを気に入っていたが、最近の雰囲気は彼にとって全く面白くなかった。先ほどから幾度も大神官と呼ばれる男の言葉に登場した、闇やら『魔王』やらは、彼の身内と言える人間なのだから。しかも、その『魔王』の手下に自分の愛弟子がいるという始末である。この風潮に嫌気がさすの当然のことだった。まして、その『魔王』が悪であるということが、まるっきり偽りであるのだから尚更である。


「とりあえず、アリア教に関連している街や施設は全滅だろうな。あいつらが近づいたら、一瞬でとっ捕まるな。ランドルフに報告しておくかな」


 その場に突如として一陣の風が巻き起こった。人々は思わず顔を伏せて目を瞑り、帽子やスカートを押さえる。風が止んで彼らが顔を起こした時、広場を見つめていた視線は消え失せていた。


 この二都市を中心に、アリア教徒の間で『魔王』への反発心と『英雄』への信仰が高まっていたが、それはアリア教徒以外の人々にも広がりつつあった。


 例えば、ラインデルク帝国の首都、ヴォルムス。ハンター商会の本部が置かれ、様々な組織の本部が存在していることでも有名である街だ。連日人の出入りが激しく大勢の人間が通りを行き交っているが、最近この街を訪れている人は、いつもと少し様子が違う。彼らは一つの大きな建物の前に集まり、声を張り上げていた。


「どういうことなんだ!商会の冒険者が『魔王』だなんて、気づかなかったのか!」

「『魔王』を『白龍』のフェオドラが助けに来たって新聞に書いてあったぞ!知らないわけないだろう!」

「『アルケーソーン』の事務所はもぬけの殻だったそうじゃないの!どうせ、あんたたちが『魔王』を匿っているんでしょう?そうなんでしょう?」

「答えろお!」

「み、皆さん落ち着いて!商会長はただいま留守にしていまして、お答えできないんですよ!」


 爆発する人々の不満に、商会の職員が困惑しつつ対応する。どうやらランドルフら商会上層部の人間とアレシャたちの関係は公になってしまったようだ。それを皮切りに、人々は商会本部に説明を求めて殺到していた。商会は『魔王』に対する不安の捌け口としては絶好の受け皿だった。


「だんまりか、『魔王』の手先め!」

「『魔王』の手先、ね。言ってくれるじゃねえか。否定できねえけどな」


 カーテンに顔を隠しながら外の様子を窺いながらランドルフが呟く。下で対応に追われている職員には悪いとは思っているが、自分が出てくれば更なる混乱を生むことは目に見えているのでランドルフはこうして姿を隠していた。

 商会は“死人”事件で地に落ちた信頼を少しずつ取り戻し、最近では以前と変わらぬ程の力を得るまでになっていた。しかし、今回の件でまた大きく支持率を下げることになるのは間違いない。

 その信頼の回復は『アルケーソーン』を初めとした有名な冒険者たちの地道な活動によるものである。アレシャたちは、安価な依頼料で仕事を請け負う腕の良い冒険者として、人々からの人気もそれなりにあった。しかし、アレシャが『魔王』であると報じられただけで、その掌は見事にクルリとひっくり返った。


「私たちは『魔王』の人柄を知っていたから、その存在を簡単に受け入れることができたけれど、世間の反応がこうなるのは当然だったかもしれないわね」


 秘書にしてアレシャの母、フェオドラがランドルフへ声をかけると、彼は苦笑して頷く。


「その通りだな。『魔王』はガキでも知ってる大の悪者だ。『魔王』と親しく接しすぎていたせいで、俺たちはそれを忘れていたのかもしれねえな。世間にとっての『魔王』はどうしようもなく悪の象徴なんだ」


 ランドルフの言う通り、彼らは『魔王』の影響力というものを、もう少し正しく認識しておくべきだったのかもしれない。この追い込まれた現状は、それが原因であると言える。だが、ランドルフは笑っていた。


「だからこそ、わくわくするんだがな。世間の価値観が一変する時が見られるんだ。やってやろうって気にさせる」

「相変わらずね、あなたは。だからアレクセイと気があったのかもしれないけど」

「ああ。あいつから聞いた話は、俺を興奮させた。それこそ、俺の価値観ってもんが一変したんだからな。……ただ、その話はあいつに一方的に責任を負わせることになっているんだがな」

「言っておくけれど、私はまだ納得していないからね」

「ああ、分かってる。これは、俺とアレクセイの罪だ。お前も、ダリラも関係ない。お前ら二人は反対だったのに、俺たちが押し通したんだ」

「……いえ、やっぱり納得していなくても黙認してしまった以上、私にも責任はあるわ。ごめんなさい、変なことを言って」

「気にすんな。こんな状況だ、お前も参ってるんだろ」


 俯き気味に謝罪するフェオドラに、ランドルフは微笑み言葉をかける。それでフェオドラは顔を上げるが、表情は未だ暗い。

 彼らの、アレクセイのギルド『ナディエージダ』の元メンバーが抱える苦悩。その本質が明らかになる時、それを思うとランドルフも表情を曇らせてしまう。

 落ち込みかけていた空気を破ったのは、ランドルフの元へ届いた一つの通信だった。彼は気を張り直してそれに応対する。


「ランドルフだ。オズワルドか?」


 彼はそうして商会長としての仕事に戻る。先の事を考えるよりも、今は直面している状況を打破しなければならないと思い立った。それが彼の責務であり、あの少女にしてやれる唯一のことなのだから。


 一方、同じラインデルク帝国内のとある郊外の土地。そこにあるのはアレシャら『アルケーソーン』の事務所だ。丘の上から街を見下ろすような立地で、そこそこ立派な屋敷である。

 しかし、今は見る影もない。ボロボロに荒れ果てていた。ランドルフが仕方なしに派遣した、商会の『魔王』捜索団。『魔王』を倒して一旗揚げようとでも思った冒険者たち。不満をぶつけに事務所までやって来た勇気ある一般市民。彼らが屋敷内を荒らし回ったからだ。

 しかし、『魔王』の痕跡は何も残っていない。アレシャたちは随分前に綺麗さっぱりお引っ越ししたのだから。というわけで、今は近隣の町に住む人から気味の悪い物を見る視線を向けられつつ、ただそこに残骸となってうち捨てられていた。

 そんな事務所の屋敷の見える町に、一組の親子がやってくる。身につけた薄汚れた衣服から、よい暮らしができていないというのは誰の目にも分かった。通りで果物を売っていた男が気になって思わず声をかける。


「あんたら、大丈夫か?見ない顔だが、こんなへんぴなところまで何のようだい」

「『アルケーソーン』という冒険者さんのギルドに用事がありまして。何でも、安い依頼料で仕事を請け負って貰えるとか……」


 母親がそのように言うと、果物売りの男は眉間に皺を寄せる。


「あんたら、新聞……はとってねえか。でも、話は聞いたことねえのか?あそこにいた冒険者は『魔王』とその手下どもだったんだぜ?」

「ええ、私の村に来た行商人からも話を聞きました。ですが、私の友人は以前、こちらのギルドに依頼をして命を救われたのです。小銭のような依頼料でも快く請け負ってくれたと。例え『魔王』でも、人を救ってくれる『魔王』なら、私は構いません」


 母親は弱々しい声音で、しかししっかりと言葉にした。一緒にいた、十と少しという年齢の娘も、自分の思いを口にする。


「そのお母さんの友だちの依頼って、Aランクの魔物の討伐だったんだよ。すごく危険なのに、ギルドの冒険者さんたちは魔物を嫌な顔せずに倒して、しかもそれからとれたお肉を村にくれたんだよ。怪我した人達の治療もやってくれたし、あたしも足を怪我してたのに、赤い髪のお姉さんが綺麗に直してくれたんだ。あれが悪い人なんだったら、おじさんの方が悪い人に見えるよ」

「ぐっ」


 男は少女の言葉に口ごもる。強面の悪人面と昔から言われていた彼は悪い人に見えると言われてショックを受けていた。しかしそれ以上に、少女の無邪気な言葉は自分が浅はかな人間であると指摘しているように思えたのだ。

 町を歩く人も、その三人のやりとりが耳に入っていた。そして果物売りと同じように少女の言葉が浅く突き刺さる。


「……まあ確かに、『魔王』って言われている団長がそんな恐ろしいもんには見えなかったけどな」


 誰かのそんな呟きがきっかけとなった。人々は口々に自分の思いを口にし始める。


「だけどよ、オル・オウルクスの事件は実際にあったんだろ?『魔王』がいるのは間違いねえだろう!」

「それも何かの間違いだったり……。別に自分の目で見たわけじゃないし。それに、お話の『魔王』とは全然違うし」

「それは『魔王』が完全に復活してねえからだろ。ちゃんと新聞読んでんのか?今はあの小娘の姿に化けていて、俺たちを騙してたんだよ」

「……でも団長の女の子がうちの店に買い物に来たことあったけど、全然演技とは思えなかったぜ?うっかり店のものを壊しちまった時は、ぐしゃぐしゃに泣きながら弁償してくれたし」

「俺も俺も。道を聞かれたんだけど、明るい良い子って印象だったぜ。可愛かったし……あれだったら『魔王』でも別にいいかなって……」

「おい!お前四十過ぎだろ!自重しろ!」


 突然起き始めた『魔王』論争は意外にも、二つに意見が割れることになった。アレシャと接したことのある人々は、その残念さ、もとい人間味を感じて『魔王』というものと余りに乖離していると思ったようだ。言い合いは次第に白熱していき、発端となった親子は困惑するばかりだった。不憫に思った果物売りの男は、その親子を泊めてやることにしたみたいだが、そこから男の初恋の物語が始まることになる。それはまた別のどうでもいいお話。


 この『魔王』論争はしばしの間この町のトレンドになるのだが、これと同じ騒ぎが起こっている街が他にもあった。

 アルマスラ帝国の大都市アレクサンドリア。以前、『アルケーソーン』が事務所を構えていた、アレシャの冒険者としての出発点である。ここでもアレシャを知る者とそうでない者との間で、アレシャは『魔王』であるのか、『魔王』であったとしても本当に悪であるのかの意見対立状態が生まれていた。


「だから、あたしは『魔導姫』のアレシャの冒険者登録試験をこの目で見てるのよ。『七色の魔物』を倒したあの強さは『魔王』と言えたかもしれないけど、あんな必至になってあたしたちを助けてくれた子が悪人なわけないって」

「だから、それも“死人”の事件を手柄にするための演技なんだろ?」

「俺は『アルケーソーン』に依頼を入れたことがあったけど、凄い親身になって聞いてくれたぜ。腹が減ってたみたいだから飯を奢ってやったら泣いて喜んでた」

「空腹に泣く『魔王』か……」

「セイフさんには俺は何度もお世話になった。『魔王』はともかく、俺はセイフさんのことは信じられる」

「ヘルマン副室長、あ、元副室長も、生真面目そうで意外と気さくな人でしたし、ムセイオンの研究者同士で酒を飲みに行って、猥談に花を咲かせたこともありました。そんな『魔王』の手下になるような人では……」

「お前ら正気か?ここはアルマスラ帝国だぞ?アリア教の大国家だ。そんな中で『魔王』を擁護するなんて馬鹿としか思えねえぞ?」

「だから、その『魔王』かどうかってのが、そもそも分からないって話だろ!アリア神は平等だ。もし『魔導姫』が無実なら、アリア神も俺を咎めたりはしない」

「大神官様が認めた、新たな『英雄』が“悪”だと言ったんだ。お前はそれを疑うのか!?」

「そ、それは……」

「俺はアリア教徒じゃねえから、何とも思わねえな。その『英雄』様の勘違いだろ」

「なにぃ?」


 街が大きくアリア教徒が結構な数いるだけに、その論争は激しかった。街角で突然もみ合いの喧嘩が始まり、商会の冒険者たちがそれを治めるために駆り出されるということも日常茶飯事となりつつある。

 穏やかでない話であったが、アレシャたちにとっては喜ばしい話だった。これまで彼女たちが行ってきた慈善活動に近い冒険者稼業。それがこうして人々の心に残り、彼女たちを信じることに繋がっているのだ。世が全て『魔王』の敵というわけではない。多くはないが、アレシャたちのことを信じてくれる人々。彼らの存在は、アレシャ達にとって希望となり得るのだろうか。


 ラインデルク帝国、アルマスラ帝国の二国内では、先に挙げた都市以外でも混乱が巻き起こり始めていた。これが収まる時が来るとすれば、それは『魔王』か『英雄』か、どちらかが討たれたとき以外にはないだろう。

 そしてその時は、ゆっくりと近づいていた。

 アルマスラ帝国とラインデルク帝国の国境の検問。転移魔法陣を用いた移動が一般的である世だが、国境を越えるには必ず検問を越える必要があった。特に最近は人の往来が盛んで、入国審査官は目が回る忙しさだった。それは、ラインデルク帝国以西のアリア教徒が大量にアルマスラ帝国へと移動してきているからである。ラインデルク帝国には『魔王』が潜んでいる可能性がある。それから逃げるために、彼らは少しでもアリア神の、『英雄』のお膝元へ近づこうとしているのだ。

 今日も多くの人間がアルマスラ帝国への入国を求めて押しかけ、審査官は丁寧にかつ迅速に業務をこなしていった。そして日がとっぷりと暮れ、夜行性の魔物も彷徨き始める夜になってようやく人波は消え去った。審査官のコンビは肩をコキコキと慣らしながら椅子に深くもたれかかる。


「ふぅ、今日はもう終わりだな。全く『魔王』のせいで、とんだ迷惑だ」

「ああ。俺は『魔王』が本物かどうかはどっちでもいいが、俺たちに重労働を強いている時点で相当な悪人だぜ」

「どっちでもいいって……淡泊なヤツだな。俺はガキの頃に『悪い子は魔王が食べに来るぞ』っていっつも言われてたからな。今でも苦手だ。何にせよ、さっさと死んで欲しいぜ」

「だな。とりあえず、門を閉めるぞ」


 二人が重い腰を上げ大きく伸びをして外に出ると、門の向こうの道から明かりがちらついているのが目に入った。めずらしく、アルマスラ帝国からラインデルク帝国へ移動しようとしているらしい。こんな時間に入国希望かと項垂れるが、これ以上仕事をしたくなかった彼らは構わず門を閉めようとする。だが、ただの入国希望者とは違うと二人は気づいた。最初は僅かにしか確認できなかった明かりが、街道に沿って長く長く続いていたのだ。相当な数の人間が向かってきている。そして、その一団が近づいてきたことで、彼らが掲げていた旗が明かりに照らされ二人の目に入る。それを確認するや否や、審査官たちは慌てて門を開け放った。彼らが目にしたのは、猛き咆哮を放つ雄々しき獅子の紋章だった。

 先頭にの馬に跨がり緑色のマントを羽織った、デカン帝国の皇帝近衛師団の一員と思われる男が審査官の一人へ話しかける。


「我らは『英雄』ルーグにより組織された『魔王』討伐連合軍である。ラインデルク帝国への入国の許可証も持っている。確認されよ」

「は、はっ!拝見いたします」


 震える手で許可証を受け取りつつ、彼はとにかく自分の仕事をすることにした。相手が何者であっても、入国の詳細な理由と今後の予定を問う必要がある。それを聞いたら「言わずとも分かるであろう!」と切り捨てられたりしないかと内心脅えながら彼は問いかける。


「入国後はどちらに……」

「首都ヴォルムスへ向かう。そこに『魔王』捜索としての拠点を構える許可も既に得ている」

「それは素晴らしい。私も一アリア教徒として、皆様のご健闘をお祈りしています」

「ああ、その願いに応えられるよう全力を尽くそう。通行の許可は下りたか?」

「はい、勿論でございます。どうぞ、お通り下さい!」

「感謝する。入国許可が下りた!このまま進むぞ、続け!」

「はっ!了解しました、ナラシンハ団長!」


 ナラシンハと呼ばれた男の言葉に敬礼しつつ応えた一人の兵士が後続の兵士たちに呼びかけ、連合軍は再びゆっくりと歩み始める。

 まさか連合軍の軍団長と話していたとは思っていなかった審査官は、口をぱくぱくさせながら逃げるように部屋の中へ引っ込んでいった。


「ひえぇ、びびった……。まさか話題の連合軍がやってくるとは……。しかも俺、あのナラシンハと会話しちまったよ。さすが『剣帝アントニヌス』だ。凄い覇気だったぜ」

「しかし、この軍を見る限り『魔王』が討たれるのも時間の問題かもな。そうしたら俺たちの仕事ももう少し楽になる」

「頑張れよ、『英雄』!『魔王』なんかぶっ殺しちまえ!」


 極めて自分勝手な声援をうけつつ、ナラシンハ率いる三国連合軍はついにラインデルク帝国への入国を果たした。その大軍に隠れるようにして闇夜の中を進む影が一つ。


「さぁて、ようやく動ける。首を洗って待ってろ、『魔王』ダレイオス。そして、クリームヒルデ」


 連合軍の動向に縛られない最凶の暗殺者もまた、ラインデルク帝国に足を踏み入れた。脅威はゆっくりと着実に迫りつつあった。

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