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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
167/227

78 奮闘の七日間前半戦

 ダレイオスが定めた七日の研究期間。彼は仲間たちに発破を掛ける意味で少々厳しめの期間に設定し、七日あれば何とか形になるまで漕ぎ着けることができるだろうと想定していた。

 しかし、その七日間は彼の想定を上回る強行軍、デスマーチっぷりだった。




 一日目。

 ダレイオスが解散宣言を出してから、それぞれの班は分かれて相談を始めた。

 ダリラ率いる洗脳解除班は既に三日間の研究を行っている。故に研究の指針は立っているという話だったが、まだまだ手探りの状況である。


「とりあえず、まずやることは一つね。アレシャちゃん、ちょっと!」

『ん?』


 ヴェロニカが呼びつけると、ダレイオスと交代したアレシャがぱたぱたと駆けてくる。


「どうしたの?向こうの班でダレイオスさんが方針の説明中だったんだけど……」

「大丈夫、すぐ終わるわ。というわけで、これです」


 ダリラが取り出したのは、ついさっきアレシャにぶっ刺そうとしていた管つきの瓶である。アレシャの脳内に恐怖の記憶がフラッシュバックし、ふらりとよろめいた。


「大丈夫ですわ。もう襲ったりしませんから。ちょっと腕だけ出して下さる?」


 優しく語りかけるクリームヒルデ。アレシャは渋々右手を差し出した。ダリラがその手をとって袖をまくると、そこに管先の針をそっと突き刺した。


「いたっ」

「ごめんなさい。でももう少し我慢ね」


 ダリラが突き刺した針に向けて魔力を送る。すると、管と瓶全体に魔法陣が浮かび上がり、アレシャの身体から何かを吸い上げ始めた。青みの強い緑色。気体とも液体とも判別できない物質が管を通り瓶の中へ溜まっていく。


「これって、魔力?」

「そうよ。ダリラさん特製の魔力抽出装置。とりあえず瓶一杯分だけいただくわね。大丈夫、アレシャちゃんの魔力量なら何の影響も出ないわ」

「そう?なら、どんどん採っていっていいよ。わたしの魔力がないと研究も進まないだろうし」

「では、折角だしそうさせてもらいましょうか」


 ダリラがどこからか持ってきたのは追加の瓶。しかし、その数にアレシャは「ひぇっ」という声が無意識に漏れる。十や二十では足らない数の瓶が彼女の目の前に整列していた。


「さあ、どんどん突き刺していきましょう。アレシャちゃん、ちょっとチクっとしますよー」

「チクっていうか、え?いたっ、いたっ!いたい!」


 無慈悲な研究者どもによって、瓶から伸びる管が次々とアレシャに噛みついていった。最初は拒絶の意志を見せていたアレシャだったが、やがて頭の中に浮かんできたのは、諦念。全てに身を任せ、ただ自分の身体が貪られるのを見守ることしかできなかった。


 というわけで魔力を吸われまくったアレシャは戦闘不能。ダレイオスと交代して、彼の率いるもう一つの策研究班の相談が始まる。


「ヘルマン、お前は精神世界で洗脳魔術の理論の一端を記憶してきたんだったな」

「ああ。読むのが可能だったものは全て覚えている。で、俺はどうしたらいいんだ?」

「まずはその理論の分析、理解を最優先に行ってもらいたいが、先に私の考えを話しておこうか」

「そうですね、聞きたいです!」

「俺もだ。だが、実は俺にも精神世界で一つ思いついたことがあってな。後でそれも聞いて貰いたい」

「ほう?それは面白そうだ。先に話してくれ」


 興味を持ったダレイオスが話を促すと、ヘルマンは自分の案をダレイオスとメリッサへ向けて話始めた。アレシャがイシュタルと同じ、“溶かす”力を持っていると判明したときに思いついたことだった。

 それを聞き終えたメリッサは驚きと共に、何とも複雑な表情を見せていた。


「それ、本当にやるんですか?何かやっちゃったら負けみたいな……」

「こっちができる手を相手に見せつけてやるだけだ。何も間違ったことじゃない。ダレイオスはどう思う?」


 ヘルマンがダレイオスに問いかけると、彼もまた神妙な面持ちであった。メリッサと同じように、自分の案を快く思って貰えていないのか。ヘルマンはそのように思い少し落胆するが、ダレイオスの答えは意外なものだった。


「実は、私が考えていた策も同じことなのだ。今、ヘルマンが言ったこととな」

「な、なに?」


 ヘルマンは驚いた。自分の考えは咄嗟の思いつき程度のものだったので、ダレイオスが同じことを考えているなどと夢にも思わなかった。

 ダレイオスは改めて自分の策を二人へ向けて話す。それはやはり、ヘルマンの言っていたものと然程大きくは変わらない物だった。


「ルーグが更なる力を持ちつつある今、洗脳を解くだけでは不十分だ。世間を味方につけて本当の意味で逆転するには、コレが最適解だと思っている。それに私たちはただ、ルーグに隠された真実を示そうとしているだけだ。そこに虚飾も欺瞞も一切ない。どうだ?」


 ダレイオスは問いかけるが、ヘルマンが賛成している以上それは実質、メリッサへの問いかけだ。メリッサは腕を組んでうーんと唸る。そして、ダレイオスを見据えて大きく頷いた。


「よし、やりましょう!私がどれくらい役に立つかは分かりませんけど、お手伝いします!」

「よく言ってくれた。それじゃあ早速、今の段階で私の頭の中にある理論を簡単に説明する。メリッサは頑張って理解してくれ」

「頼む」

「わ、分かりました……」


 やる気を出して数秒で、メリッサの身体からやる気が霧散していったのを、アレシャはダレイオスの内からボンヤリと感じていた。



 そして二日目。

 研究が本格的に始まる。ダリラたちの班は、アレシャからたっぷり搾り取った魔力を使って魔法陣の試験運用を交えつつ、理論の構築と修正を行う。ダレイオスらの班は、まずはヘルマンの記憶している、洗脳魔術の理論の分析からだ。ダレイオスとヘルマンがああでもないこうでもないと議論を交わし、メリッサがそれを横から見守るという構図である。期日の七日目まではまだ余裕がある。皆焦りも無く、思い思いの方法で研究を進めていった。

 しかし一方で、屋敷の広間に集まる情報収集班の面々の間に漂う空気は明るいものではなかった。情報収集班とは言ったが、研究の役に立てない、その他の人々と言ったほうが正確かも知れない。そんな余り物たちの話題は目の前の新聞についてである。


「『ラインデルク帝国が『魔王』捜索のために限り、他国の自国内への介入を容認』か……。これまで俺たちを守ってきた国境という壁が今崩れ去ったというわけか」


 セイフが大きく息を吐く。仲間内では最年長である彼だが、その顔は一回り老けているような気すらさせる程に疲れていた。


「仕方ない面もあるだろう。デカン帝国はともかく、アルマスラ帝国とラインデルク帝国は隣接している。アルマスラ帝国が『魔王』討伐にやる気を見せている今、ラインデルクには相当な圧力がかかっていたはずだ」


 アステリオスの言葉は尤もだ。だが、場所さえ分かれば敵がいつでも攻めてこれる状況がこれで出来上がったということになる。嫌でも緊張は高まる。


「でも、俺たちから行動を起こすなんて、もっての他だ。今はとにかく研究チームの頑張りを待つしかないだろ」

「だよなー。俺たちにできるのは、来たるべき時に備えて力を磨くことくらいだ」


 ヤスケとブケファロスはそれほど焦りを見せているわけではなく、意外にもどっしりと構えていた。そして落ち着き払っているのがもう一人。


「私はサーラ様のお側に付きっきりになりますので、お役には立てそうにありません。皆様、頑張って下さい」

「サーラ、そんなこと言ってはだめですよ。私たちも、『アルケーソーン』の一員なのですから!」

「皆様、頑張りましょう」


 ライラのサーラ至上主義は呆れを通り越して感心する程だ。ちゃんと力になってくれるのなら有り難い限りであるのだが。

 そしてただ一人言葉を発していないのはペトラだ。彼女は新聞を手にとり、もう一度記事の始めから目を通していた。


「デカン帝国の内情についても少し書いてるわね。近衛師団長、ナラシンハって知ってる?」

『儂がオル・オウルクスで単身調査をしていた時にも聞いた名だな』


 リットゥが補足するが、その必要もない。セイフとブケファロスはペトラの問いに強く肯定を返した。


「デカン帝国のナラシンハは五剣帝の一角、『剣帝アントニヌス』の称号を受け継ぐ者。実力は折り紙つきだ」

「剣士なら皆知ってるくらいの有名人だぜ。知らなかったのか?」

「え、そ、そうなの……?でも、あ、あたしが剣の道を進み始めたのはつい最近だし……知らないのも当然だし……」


 ブケファロスが「まさか」というように尋ねると、ペトラはふて腐れるように口を尖らせるが、“つい最近”でそれだけの実力を有していることに、ブケファロスは素直に賞賛を送りたいと思った。

 しかし『剣帝』相手となると、いざ戦うとなったときに苦戦は必至だろう。自分たちの身内にも『剣帝』やそれに準ずる実力者がいるのだが、そういった人物の助力が得られるかが分からない以上、当てにするべきではないとセイフは思った。

 ならばやるべきことは先ほどブケファロスが言った通りだ。セイフはその場に立ち上がる。


「よし、今から剣の稽古に行くぞ!備えあれば憂い無しだ!」

「待ってたぜ、セイフさん!セイフさんの剣技、もう一回教えてくれよ!」

「あ、ズルいわよ。あたしにも教えてよね!」

「わたしも参加しよう。わたしの得物は斧だが、役に立つ知識はあるはずだ」

「斧なら俺も使えるぞ。互いに戦闘知識の交換と行こうか」


 セイフにつられて、その場にいたほとんどの人間が立ち上がり、訓練場になっている中庭へぞろぞろと移動していった。研究に参加できなかった彼らは皆武闘派である。言い方を変えれば、脳筋どもだ。身体を動かしているのが一番性に合っているのだろう。

 サーラとライラの二人が、ぽつんとその場に残される。ライラが小さくため息を零す。


「私はお部屋に戻ります。ライラは紅茶を淹れてくれますか?アレシャお姉様からお借りしたご本が、もうすぐ読み終わりそうなんです」

「かしこまりました。それじゃあ、お部屋までお連れいたします」

「ありがとう。ふふ、皆さん驚くでしょうか」


 サーラは悪戯っぽく笑みを浮かべると、ライラの手を借りながら杖をつきつつ自室へと戻っていった。



 三日目。

 ダレイオスたちは今日も変わらず研究に没頭していた。小屋の中には話し合いを進める彼らの声が聞こえる。


「ヴェロニカさん、ここをこうすればよいのではないでしょうか」

「そうね……。でも、そうすると魔力の流れが阻害されてしまうわ。これでは魔力が受け手側の魔法陣に十分に届かない可能性が出てくる」

「では、こっちを動かして……」

「いや、でもそれでは……」


「大分理解できたな。これを元にしていけば、形はできあがりそうだ」

「ああ。同じものを作る必要はないのだから、使いやすいように構成していこう」

『できれば、構造としてはシンプルにしていきたいよね。そうすれば、向こうの研究に便乗できるし』

「確かにそうだな。では、これをこっちへ持ってくるとどうだ?」

「いや、古代魔術ではそこは繋がるのかも知れないが、現代魔術ではそうは行かないはずだ」

「なら、こうすればどうですか?ほら、上手く行った!」

「行ってないぞ。おい、勝手に書き足すな」


 あちらこちらから試行錯誤の声が飛ぶ。

 材料から理論を組み立て、誰かがそれに異を唱え、理論が一度崩れさり、新たな理論を打ち立て、また誰かが口を挟んで、崩れ去る。それを繰り返すことで少しずつ穴が埋まっていくのだ。しかし、それは歩みとしては非常にスローペース。積み木遊びのようだとは誰が言ったのか、自虐的な意味が込められているが言い得て妙だとダレイオスは思った。

 しかし、そんな足踏み状態であっても誰も弱音を上げたりはしなかった。それは、何としても成さねばならないという責任を感じているからでもあるが、まだ半分くらい。まだ時間がある。大丈夫大丈夫、という思いが心を支えているからだろう。そんな彼らが時間的に追い詰められた時、一体どんな修羅場が出来上がるのかは想像に難くない。想像したくもないが。


 一方そのころ、情報収集班はまたしても新聞を囲んで頭を抱えていた。昨日、「力をつければ問題ない!」と意気揚々と稽古に励んでいった彼らの姿はどこへ行ったのか。


「『『魔王』討伐に向け、デカン帝国、アルマスラ帝国、ロマノフ王国連合軍が結成。デカン帝国皇帝近衛師団長ナラシンハが指揮をとる。歴史上稀に見る大軍の構築に、各国の『魔王』へ対する危機感の強さがうかがえる』。とんとん拍子に話が進むな」


 ヤスケが新聞を読みつつ渋い表情を見せる。ロマノフ王国が正式にデカン帝国への協力を表明した記事が出回ったのは、つい一昨日前のことである。どうやら水面下で話はとうの昔にまとまっていたようだ。


「これはもしかすると、軍の結集も既に完了しているかもしれんな。わたしたちの居場所を特定することに躍起になっている最中というところだろうか」

「どんどん話がデカくなってきたな。各国の軍からどれくらい人員が割かれているのか気になるところだ。雑兵ならば俺たちでも何とかなるが、軍団長レベルが何人もが来ると厳しいぞ」


 アステリオスとセイフの二人が、この連合軍の現状を推測してみるが、さすがにそんな内部事情までは記事には出ておらず、推測の域を出ない。やはり別の情報網が必要になるところだった。


「そういえば、ランドルフさんの古い仲間にアルマスラ帝国の人間がいたんじゃなかったか?確か、タイタスさんだ」


 ブケファロスがそう言うと、セイフとアステリオスは、そういえばという風に記憶を遡る。タイタスはアレシャの父アレクセイのギルド、『ナディエージダ』のメンバーであり、ランドルフやフェオドラ、ダリラと深い関係にある。以前“死人”の事件の際にも、何の見返りも無く力を貸してくれた。そんな彼ならば、今回もランドルフを通して要請すれば協力を取り付けることができるかもしれない。


「タイタスさんはアルマスラ帝国軍の第三師団長だったはずだ。軍内部の事情に関しては十分すぎるほどに詳しいだろうな。もしかしたら、件の連合軍に加わっている可能性まである」

「そんな人がいたのね。後でアレシャかクリームヒルデに、ランドルフさんへ連絡をとってもらいましょう」

「それがいい」


 意外にもしっかりと情報収集班らしい活動をしている彼らだった。実際に収集しているのは彼らではなく良き協力者達なのだが、引きこもり生活を強いられているので勘弁してやって欲しい。

 というわけで、一応の対処策、方針は決まった。ならばやることは一つ。セイフはその場に立ち上がる。


「よし、今から剣の稽古に行くぞ!備えあれば憂い無しだ!」

「待ってたぜ、セイフさん!セイフさんの剣技、もう一回教えてくれよ!」

「あ、ズルいわよ。あたしにも教えてよね!」

「わたしも参加しよう。わたしの得物は斧だが、役に立つ知識はあるはずだ」

「斧なら俺も使えるぞ。互いに戦闘知識の交換と行こうか」


 とんでもなくデジャヴを感じる光景と共に、彼らは訓練場になっている中庭へぞろぞろと移動していった

 サーラとライラの二人が、ぽつんとその場に残される。ライラが小さくため息を零す。


「ライラ」

「何でしょうか」

「ライラも行きたいんですか?」


 サーラに問われ、ライラが驚きで小さく飛び上がる。そしてサーラの顔をじっと見つめた。


「行きたいなら、行ってもいいですよ。私はここでご本を読んでいますから。私のことは気にしないでも大丈夫です。他のメイドの皆さんも近くにいてくれていますし」

「ですが……」

「ライラが強くなるのは私の為にもなりますし、遠慮せずに参加してきてください。ね?」

「……分かりました。皆様、待って下さい!私の鎖術も見て下さい!どうか、どうかあぁぁぁぁぁ……」


 ライラはセイフ立の後を追ってドタドタとその場から走り去っていった。はしたないその姿を執事のアルフレッドが叱る声が廊下から聞こえてくる。ライラはスカートに隠した鉄の鎖をぶん回すという荒っぽい戦術を取る、紛れもない武闘派である。彼女もまた、身体を動かすことを楽しむタイプの人種だったようだ。

 そんな脳筋メイドを笑顔で見送ってから、サーラは本を開いて読書にふけり始めるのだった。

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