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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
165/227

76 どろどろに溶かしてしまった結果がこれだよ

「アレシャ、この穴の側面を調べてきてくれないか。これと同じように溶けているのか確かめたい」

「あ、うん。分かった」


 ヘルマンの考えはまだ話すまでの形になっていないようだ。その手助けになるならばと、アレシャは快く了承して穴へ飛び込んだ。足に展開した魔法陣から炎を噴射して空中に留まり、言われた通りに調べ始める。

 ふと下を見てみると、そこはまさに奈落。一切の光もない。もしここへ転落すれば、間違いなく助からないだろうと思えた。思わずぶるりと震えが来る。


「し、しし下を見てはならぬ、下を見てはならぬ……。さっさと終わらせて帰らないと……」


 アレシャは土魔術で作った器を持ってきていた。手早く壁を削り取って器を満たし、そそくさと穴の外へと飛び去った。


「ヘルマンさん!取ってきたよ!」

「早かったな。ありがとう」


 ヘルマンは地面に座り込んで洗脳魔術の杭をじっと見つめながら、地面に何やら書き記していた。どうやら、杭に描かれた理論の解析を読める範囲で行っていたようだ。

 アレシャはヘルマンのすぐ横へ着地し、器を手渡す。


「やはり穴の際と同じだな。見事にどろどろだ。大穴が溶けて生まれたものだという説は正しいと見ていいな」


 器の中の反液体状の何かをでろでろと手で触りながらヘルマンはそう言う。穴の中に満ちた魔力がそれを成したわけだ。そしてその魔力はアレシャのものとソックリである。かつてアレシャが『深淵術式』を溶かしたのと、この穴の形成は同じというわけだ。


「しかし、本当に心当たりはないのか?“溶かす”力を持った魔力なんて聞いたことがないぞ」

「あったらいいんだけどねえ。全然ないんだよねえ。わたしにそんな力があるなんて、ダレイオスさんに言われるまで微塵も気がつかなかったし、それがいつからできるようになったことかも分からないし。ムセイオンの封印を溶かしたっていう事実があるから、結構前からその力は持ってたみたいだけど」

「そのムセイオンでやらかす前、お前は何をしていたんだ?詳しく聞いたことがなかったが」

「強いて言うなら、何もしてなかったかな……。各地をフラフラと放浪しながらお金を稼いでその日暮らしって感じ。それが大体一年くらい。で、それより前になるとロマノフ王国のド田舎でお母さんと二人で何とも無くのんべんだらりと暮らしてただけかな。そんな、特別な力を授かった!とかいうことは全くなかったよ」


 昔を思い出しながらアレシャが答える。つまり、アレシャのその力は後天的なものではないということらしい。アレシャは生まれつき、その特異な性質の魔力を持っていたわけだ。

 しかし、ヘルマンはなおも首を捻る。


「魔力に属性や多少の性質の差があるのは当然のことだ。それによって人間は魔術の得意不得意があるわけだからな。だが、特殊な能力を上乗せする効果を持った魔力なんてもの、初めて聞いた。少なくとも、普通の人間は持ち合わせてなどいない」

「えっ……。何か凄い不安になってきたんだけど……」


 アレシャの頬を冷や汗が一筋流れ落ちる。自分の身体に何か異常があるのではないか、そんな風に思ってしまう。安心させるような言葉をかけたいところだが、ヘルマンも力のことをよく分かっていない。彼はどこか別の側面から、その力にについて探ることができないかと考えてみる。


「そうなると、クリームヒルデの言っていたことを本格的に調べてみるのもいいいかもしれないな」

「私とお姉ちゃんの魔力が似ていたりしないか、ってことだったよね」

「ああ。お前の魔力が生まれつきなら、考えられる可能性としては“遺伝”がある。お前が持ってる力を姉妹であるルフィナが持っているという可能性だ」

「でもさ、兄弟でもおんなじ力があるってわけじゃないでしょ?ほら、サーラの障壁を張る力をヘルマンさんが持っていないのと同じで」

「サーラの力は確かに特殊だが、お前の持つ力とはまた別だと思っている。サーラの魔力自体には何の特異性もない。ただ、魔力の量と流れ方が特殊なだけでな。だが、お前の場合は魔力そのものが妙な力を持っているかもしれないわけだ。血縁による魔力の繋がりから考えていくのも悪くないと俺は思う」


 そこまで聞いて、アレシャもなるほどと思ったようだ。自分ではなく、家族に似た力があったかどうか、思い出そうと試みる。記憶の引き出しを丁寧に探していくが——


「駄目だ。少なくともわたしはそんな力は知らないや」

「そうか……」

「でも、お母さんに聞いてみたら何か分かるかも。わたしよりはずっと色々なことを知ってるから」

「フェオドラさんか……。それはいい考えだな。また会う機会があれば聞いてみよう。もしかしたらイシュタルの正体を探る糸口になるかもしれない」


 アレシャも同意して頷く。ブケファロスの話から色々と判明したものの、依然としてイシュタルというのが何者なのかは分かっていない。しかし、そのイシュタルがアレシャと同じ魔力を持っているというのだ。全くの無関係であるということは有り得ない。もしかしたら同じ魔力というのがルフィナのもので、イシュタルは関係がないのかもしれないが、調べてみる価値はある。


「なら、今ある問題を片付けないとですね」


 話し合うアレシャとヘルマンの背後で一つの人影が立ち上がる。メリッサだった。


「あれ、いつの間に復活してたの?」

「ちょっと前です。断片的にですが話は聞いてましたよ。でも精神世界に来た目的はこの洗脳への対抗策を得ることですから、こっちを何とかしないといけないですよね」

「それは、そうだが……まあ、そうだな」


 そうなんだが、お前に仕切られるのは腹が立つ。ヘルマンはそう思ったものの言葉にするのは控えた。ここ最近、空気が読めるようになってきたヘルマンである。

 しかし、洗脳の魔術を分析するに当たって一つ問題がある。それが、他でもない大穴である。遠くから眺めているだけの今の状況では、杭に描かれた理論全体を観察することが出来ず、洗脳の魔術の全貌を解き明かすことができない。なので近づく必要があるのだが、そこで杭までの道を断つ大穴が邪魔となるのだ。穴の際から杭までは大体建物一戸二戸分くらいの距離がある。ジャンプしたくらいではとどきそうにない。とどいたところで足場もないのだが。


「一番に思いつくのは、足場を作ってしまうことだな。とりあえずやってみるか」


 ヘルマンが魔法陣を展開して地面に手をつく。するとそこから溢れた冷気が巨大な氷柱を形成した。それはゆっくりと倒れて杭にもたれかかるようにして止まる。これで簡易の橋が架かった。


「ひとまず近づいてみないことにはどうしようもない。行ってみるぞ」


 ヘルマンが先頭で氷柱に足をかけ、残りの二人もその後につづく。氷柱もかなりの大きさだが、それ以上に杭が巨大なおかげで橋はしっかりと安定していた。それでもそろりそろりと三人は進み、氷柱の橋の半ばまでやってきた。

 順調な足取りに思われたが、そのとき、先頭を歩いていたヘルマンが一歩踏みだして少し足を滑らせる。


「おっと、危ない。おい、この先滑りそうだぞ。気をつけろ」

「はい、分かりました。……うん?滑る?」


 滑る。その言葉がメリッサの頭に引っかかる。つい足を止めてしまったメリッサにつられて二人も止まるが、落ち着いて考えてみると一つのことに気づく。


「あれ、そういや穴の中には魔力が充満してるんだったよね。例の溶かす魔力が」

「……そうだな。そしてこの氷柱の橋はその穴の上に架かっているわけだ」


 ずずず、という何かがずり落ちるような音が三人の耳に入る。おそるおそる音のした方を見やると、杭にもたれかかっていた氷柱が徐々にずり落ち始めていたそして氷柱全体がキラキラと光っている。まるで氷が水に変わろうとしているかのように……。


「走れぇ!岸まで走れえ!」

「「うおおおおおおおお!」」


 ヘルマンの絶叫に近い号令とともに、三人は一心不乱に氷柱の上を全力疾走で引き返して始めた。そんな三人を追い立てるかのように、氷柱がついに杭から完全にずり落ちた。下り坂だった帰り道が平坦になり、そしてだんだんと上り坂になっていく。


「やばいです!やばいですって!」

「二人ともわたしに捕まって!」


 ヘルマンとメリッサがアレシャにガシッと抱きつく。そして氷柱が完全に垂直になるとともに、アレシャは炎を噴射して飛行し、安全な地面に転がりこんだ。穴へと落下していく氷柱を眺めながら、アレシャはぶはぁ、と大きく息を吐き出した。


「あ、あああ、あぶなああああああ!」

「ああ、魔力で氷柱が溶けるとは。少し考えれば分かりそうなものだったのに、不覚だ」

「……ヘルマンさんはいつまでしがみついてるの?」

「いや、お前も意外に柔らかいなと思ってな。さすがにヴェロニカさんの包容力には負けぇっふぅ!」


 アレシャの蹴りが腹にめり込み、ヘルマンは地面をごろごろと転がった。そして後ろから抱きついているメリッサを引きはがしてから、アレシャは考える。

 少しの時間であれば問題はないが、この魔力に長く触れていると物質は溶けてしまうらしい。氷は溶けるものの代表格であり簡単に解けるのも当然かもしれないが、地面が溶けて大穴が空いていることから見ても、氷以外のものも溶けてしまう可能性が高い。それこそ、人間でも。

 アレシャはすでに穴の中に三回ほど飛び込んでいたが、かなり危険なことをしていたのだと自覚して一人肝を冷やす。


「……しかしそうなると、足場を作るという手は使えそうに無いな。どうしたものか」

「実は一つだけ考えがあるんだけど」

「なんだ?」


 腹を押さえつつも毅然とした態度を取り繕うとしているヘルマンの問いに答えるようにしてアレシャが指さしたのは、本当の意味で毅然とそびえる杭。その先端だった。かなりの高所にあるが、視認できない高さではない。


「あそこなら杭の魔法陣の全貌が見えるんじゃない?」

「どうしてそう思うんですか?」

「確かに杭には魔術の理論がビッシリと描いてあるけど、あれを読み切るのって近づいたところで多分無理じゃないって思ったんだよね。無理とはいかなくとも結構時間がかかるんじゃないかと。で、気づいたんだけど、この杭って円柱型をしてるでしょ?だったらこれのてっぺんには何が描いてあるのかなって考えたんだよね」

「円形……。なるほど、もしかしたら洗脳魔術の魔法陣が描かれているかもしれないな」

「そう。わたしももしかしたらって思ったんだよね」


 なんの根拠も無い話だが、ここは精神世界だ。全てのものは物的事象に置き換えられる。その中で魔術を表す存在、がわざわざ円形を象ったのだ。それは魔法陣を表すのに適した形であるからだと考えられなくもない。魔法陣は魔力の循環を効率的に行うために原則的に円形をしているからだ。


「なら、悪いが確かめてきてもらえるか?あの高さまで行けるのはアレシャだけだからな」

「ガッテン!」

「気をつけて下さいねー!」


 ヘルマンとメリッサの見送りを受けながら、アレシャは空へと飛び出した。相変わらずピンクに輝く太陽に目がチカチカするが、目を細めながら上へ上へと上昇していく。何が待ち構えていてもいいようにアレシャは警戒しつつ杭の頭へ。

 そこは期待していた通り平らになっていて、何やら紋様が書き込まれている。遠目では完全には分からないが、それは魔法陣であるようにアレシャには見えた。


「よし!ばっちり予想的中!後はアレを……どうしよう。紙とか持ってないし、書いたところで現実世界には持って帰れないし……。本当に魔法陣か確認したら、ヘルマンさんをここまで連れてきて、ヘルマンさんに覚えて貰えば大丈夫かな。わたしじゃ覚えられる自信ないし」


 他力本願っぷりを見せつつ、アレシャはその魔法陣まで接近していく。徐々にスピードを上げて、大望の洗脳魔術の理論、その魔法陣に近づいて、その全貌を明らかにしようと、いう直前でアレシャは何かに頭から直撃した。

 ゴイン!という間抜けな音とともにアレシャは落下していくが、すぐに体勢を取り直して上昇し直し、今度は慎重に魔法陣へと近づく。そして気づいた。


「うわ、これ結界張ってあんじゃん!鬱陶し!腹立つ!」


 アレシャは杭の頭の部分をドーム状に覆う壁にぺたぺたと手を触れつつ悪態をついた。先ほどアレシャがぶつかったのは、どうやらコイツらしい。しかもこの結界、透明ではなかった。半透明であった。中の魔法陣が見えそうで見えない。見えているのだが、何が書いているのかよく分からない。非常にもどかしい代物であった。

 魔術師が対象へ魔術を掛けるとき、その魔術の解除を困難にするためにプロテクトをかけるということがある。そのプロテクトが精神世界では結界という事象として現れたというわけだ。別に魔法陣に直接手を触れなくていい。ほんのちょっと。少しだけ。先っちょだけ。見せてくれるだけでいいのに、それを阻害してくる結界にアレシャは苛立ちを隠せない。


「くっそ……。そっちがその気なら、こっちにも考えがあるんだからね!」


 アレシャは右の掌を突き出し結界に触れる。アレシャは先ほど、自分に備わった力を少しではあるが理解した。“溶かす”力。それを早速活かしてやろうと考えたのだ。

 そしてアレシャは、以前サーラの『深淵術式』を解いた、というより溶かしたときのことを思い出す。あのときはワケが分からないまま、自分がどうしたいかを適当に考えただけで禁術は見事に消え去った。それと同じ要領でアレシャは強く念じる。


「厄介なもの、消え去れぇい!」


 変に気合いの入った声で、アレシャの白髪が青色を帯びて浮かび上がる。するとアレシャが手を触れていた場所から結界全体に波紋が広がっていく。そして次いでアレシャの触れていた部分から結界がどろどろと溶け始めた。上手くいったとアレシャは空いた拳を握る。

 しかし、気合いを入れすぎたのが間違っていた。あるいは「厄介なもの」と念じてしまったのが間違っていたのか。アレシャの手から生まれた波紋は結界だけにとどまらず、あろうことか杭全体にまで波及していった。アレシャがそれに気づいたとき、既に遅かった。

 巨大な杭全体はどろどろと溶け始め、瞬く間に原型を失う。それはアレシャが求めていた魔法陣も同じ。あっという間にどろどろのぐちゃぐちゃになり、とても読める代物ではなくなった。

 アレシャが「待って!」と叫ぶものの、その声は空しくも届かず、杭は実に快調なスピードで潰れていく。そして程なくして、アレシャの目の前から杭だったはずのものは姿消し、完全な液体となったそれは轟音とともに奈落の大穴へと吸い込まれていった。洗脳魔術の手がかりは、完全に消え失せた。

 アレシャの思考は完全に停止していた。虚ろな目で奈落を真っ直ぐに見つめる。


「ごめんなさぃひ」


 最期に一言残して白目をむくと、真っ逆さまに落下していった。

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