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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
164/227

75 桃色の内でどろどろに溶ける

 アレシャは異様な空間の中で一人立ちすくんでいた。

 時間は少し巻き戻り、アレシャたちの魂がダリラによって精神世界へと送り込まれた直後である。つまり、アレシャは今リリの精神世界にいるわけだ。

 そんな彼女の視界に移る景色はどこまでも一色。空は桃色、降り注ぐ日の光もピンク色。アレシャは何故だか頭痛がしてきた。


「とりあえず、他の二人を探さないと……。えっと、前に精神世界に来たときは結構近くにいたはずだけど……」


 そう思いつつ周囲をキョロキョロと見回してみる。アレシャが立っているのは花畑だった。花弁の形とキツめの臭いからそれが百合の花だと分かった。こんなショッキングピンクの光に照らされていなければ綺麗な光景だっただろうにと思いつつ、仲間の姿を求める。すると以前と違わずムクリと起き上がるヘルマンの姿と花畑から生えるメリッサの両足を見つけた。

 アレシャはヘルマンと協力して頭から地面に突き刺さるメリッサを引っこ抜き、無事に三人揃うことができた。精神世界に入ったとき、メリッサは上空に出現し着地に失敗してああなったと、アレシャが聞き流した限りではそういうことらしい。


「でもいい場所ですねえ、ここ。百合の花畑かぁ……。なんか落ち着きますねえ……」


 アレシャもヘルマンもメリッサに奇異の視線を向けると、スクッと立ち上がりスタスタと歩き去っていた。呑気に花を摘んでいたメリッサは置いて行かれたことに気づくと駆け足でその後を追っていった。


「さて、それで洗脳の根元をどうやって見つけるかだな。闇雲に歩き回っても何も見つからなさそうだ。一面ただの花畑だしな……」

「前に来たときも歩き回って結局何も無かったんだったね。確かダレイオスさんが地面をぶち抜いてって感じだったっけ」

「ああ。だがあの時、俺たちは雲の上に立っていたから下に下りるという発想ができたが、この地面の下に何かあるとは少し考えにくい気がする」

「うーん、そうだね」


 アレシャはそう言って首を捻るが、そこでメリッサがバッと手を挙げた。何やら臭うと思っていたら、彼女はいつの間にか頭に百合の花を幾本も刺して謎の部族のように成り果てていた。後から聞くところによると、「この花を見ていると他人じゃない気がしたから」ということらしい。その感覚はある意味間違いでは無いが、百合の花は人ではない。

 ひとまずメリッサの奇行に関しては諦め、アレシャはメリッサの話を聞く。


「何か考えがあるの?」

「それは勿論!捜し物であれば、このメリッサにお任せ下さい!対象が魔力を発しているものであれば何だって見つけて見せますとも!」

「ああ、そうだったな。今回はお前がいたんだった」

「ああ、そうだったね」


 二人とも、寧ろそのためにメリッサを連れてきたというのに記憶から消えていたらしい。近頃、加速度的に上昇するメリッサの残念っぷりが、彼女の有能な面を見事に相殺してくれたようだ。

 二人がメリッサに感知を頼むと、メリッサは拳を作ってやる気をみせる。そして目を閉じ周囲に意識を張り巡らせていった。

 そして数分後。メリッサが目を見開き、一点を指さした。


「あっちです!あっちから例のアレシャちゃんと似た魔力を感じます!」

「おお!さすが!それじゃあ行こう!」

「ああ」


 メリッサを先頭にして、彼らはズンズンと歩き始めた。道中の景色は相変わらずのピンク色だが、サーラの精神世界と同じように幾つもの変化を見ることができた。


「あの建物群、どこかで見たことがあると思ったらドゥルジの街並みだな。俺たちがリリと初めて会った場所だ」

「あそこでの事件が原因で冒険者辞めたって言ってたし、やっぱり心に残ってるんだね……」

「他にも私が見たことある建物なんかがありますね。リリさんが冒険者時代に見て回って記憶に残っている景色なんでしょうか」

「こうやって見ると、かなり広範囲の地域を旅していたんだな。冒険者家業が性に合っていたみたいだ」

「でも、辞めちゃったんだよね……」

「私たちは仲間にも協力者にも恵まれてましたけど、そうでなければ好きってだけじゃ続けられないものなんですよ。冒険者って」


 そういえばリリと最初に会ったとき、彼女は金が無くて宿に泊まることもできずに商会のロビーで丸まっていたのだとアレシャは思い出す。一人でいたことからも、リリは固定のパーティを持たずに活動していたのだろう。きっと相応の苦労をしてきているはずだ。アレシャは自分の境遇に感謝しつつ、次に会ったときはもう少し優しく接してあげようと思うのだった。正直なところ、そもそもリリとの接触は避けたいところなのだが。本能的に。


「あれ、何ですかね。ほら、あの木馬。あんなに尖ってたら座ったら痛いんじゃ……」

「……気にせず進め」


 アレシャはそれが何に使われるものかは分からなかったが、ヘルマンの表情から間違いなく良からぬものであると悟る。やはりリリには近づかないようにしようと、心を固めるのだった。


 そんなゆるゆるとした雰囲気も次第に終わりを迎える。百合の花畑がある一点を境に突然途絶えたのだ。草木のない禿げた土肌が露出している。これまで彼らの視界を彩ってきたリリの記憶の景色もそこから一切なくなった。明らかに変わった周囲の様相に三人は自然と気合いを入れ直す。


「もう少しですよ。大分反応が近くなっています」

「まあ、そうだろうな。いよいよ洗脳の魔術とご対面というわけか」


 アレシャは自分の胸が早鐘を打ち始めているのを感じていた。それが緊張によるものであると最初は思っていたが、次第にそれが期待、待ち遠しさであることに気づく。いつしか駆け出したい思いに駆られるまでになっていた。それでもアレシャは仲間二人と共に一つ一つ、歩みを進めていく。

 そして三人が目にしたのは——


「……これか。これがリリの心に突き刺さる洗脳魔術」

「反応は間違いなくこれからです。ビリビリと感じます」

「ていうか、いやあ何というか、突き刺さってるねコレは……」


 三人が見上げるのは地面から高く伸びる一本の杭だった。いや、これはもはや杭なんていう大きさではない。塔とも言える程の巨大さを誇っていた。それが地中深くまで突き刺さっているのだ。

 三人はそれを遠巻きからただ見つめていた。そう、ただ見ているしかできないのだ。なぜなら、その杭は巨大な穴の中央に突き刺さっていて近づくことができないのだ。


「あの杭にびっしりと描かれた文字。あれって洗脳魔術の理論が書いてあるんじゃない?」

「では、あの杭を隅々まで調べられれば洗脳魔術の解析が行えるわけだな」

「問題は……それをどうするか、ですよね」


 メリッサは穴に近づき、おそるおそる中をのぞき込んでみる。その穴はどこまでも深く、無限に続いているのではないかとさえ思えた。もしかしたら本当に底なんてものは無いのかもしれない。ここは現実世界ではない。それくらいの異常があっても何らおかしくは無いのだ。

 メリッサはしばしその穴の中を眺めていたが何かに気づき、くるりと振り返った。


「二人とも、この穴の中にたっぷりですよ!」

「……何がだ?」

「魔力ですよ!アレシャちゃんに似た魔力が、この穴の中に充満してるんです!」

「何?」


 ヘルマンとアレシャも穴の中をのぞき込み、魔力感知を広げてみる。すると、性質までは分からなかったが、確かに穴の中に魔力が渦巻いているのがハッキリと感じ取れた。


「メリッサ、あの杭からはその魔力は感じないのか?」

「えっと、そうですね。全く感じないというわけではないですけど、多分別物だと思います」

「そうか……」


 ヘルマンはメリッサの話を基に思考を巡らせていき、頭の中を整理する意味もこめて自分の考えを口にし始めた。


「となると、例のアレシャと似た魔力は洗脳の魔術から発されているものだと思っていたが、違っていたようだな。リリには洗脳の魔術が掛けられていると同時に、別の魔力が流し込まれている」

「えっと、別の魔力っていうのがわたしと似ているっていう魔力のことだよね?」

「そうだな。そしてその魔力が穴の中に満ちている。なら、その魔力がこの穴を空けていると考えられるんじゃないか?」


 精神世界では、あらゆることが物理的事象に置き換えられる。“メリッサの魔力をかき乱す別の魔力”というものを分かりやすく置き換えた結果、この大穴が生まれたのだとヘルマンは言う。

 以前行ったサーラの精神世界では、サーラの持つ膨大な魔力が精神世界中を浸す液体として表現されていた。一度精神世界を体験しているアレシャだからこそ、その仮説は理解できた。メリッサもよく分からないなりに、そういうものだということで受け入れられたようだ。


「それで、洗脳魔術という杭がその大穴の中に突き刺さっている。ここからも推測できると思う」

「えっと、魔力で穴を空けて、そこに杭を刺してるんでしょ?ていうことは、普通に考えたら杭を刺しやすくするために穴を空けてるってことじゃない?」


 アレシャがチラリとヘルマンへ視線を向けると、彼も同じように考えていたようでコクリと頷いた。アレシャは小さくガッツポーズする。クイズではない。


「洗脳は心の隙につけこんで行うとヘリオスは言っていた。それは確かに真実なのだろう。だが、イシュタルはそれとは別に洗脳を通しやすくするための方策も持ち合わせているようだ」

「え、それってヤバいんじゃ……。誰彼構わず洗脳できるってことだよね?」

「ヘリオスが完全に洗脳されていなかった以上、誰でもというわけではなさそうだが、俺たちくらいの実力では普通に洗脳されていたかもしれないな。そういう意味では反魔術の研究を進めていて正解だったわけだ。対抗策は必須だ」

「そうですね……。この穴が厄介なものというわけですか……」


 メリッサは穴の際まで歩み寄り、もう少し穴の奥をのぞき込もうとする。そのとき、ずるっという嫌な音がしてメリッサの上下が百八十度逆転した。あろうことかメリッサは脚を勢いよく滑らせ、穴の中に頭からダイブしたのだ。


「メリッサ!」

「メリッサさん!今行く!」


 アレシャはメリッサの後を追って、自ら穴へダイブした。足裏から吹き出す炎ですぐさまメリッサに追いつき、しっかりと抱き留める。そのまま上昇して地面に無事に放り出した。アレシャは降り立つと胸に手を当てて大きく息を吐く。


「あぁー、ビックリした……。心臓に悪いって……」

「全くだ。気をつけてくれ」


 ヘルマンがそう呟くが、メリッサは地面に座ったまま放心していた。大分怖かったらしい。元に戻るまで少しかかりそうだったので、そっとしておく。

 なのでアレシャとヘルマンはまず穴を調べることにした。メリッサがいきなり大滑りした理由も気になるところだった。いくらメリッサがポンコツだからといって、何も無しにあそこまでひっくり返りはしない。

 しゃがみ込んだヘルマンが、メリッサが立っていた場所を調べてみると、すぐにその原因に気づいた。


「これは……地面が反液体状になっている。これで脚を滑らせたのか」

「水か何かでぬかるんでいるってこと?」

「いや、そうじゃない。地面そのものが溶けているんだ」

「溶けて?」


 言っている意味が分からずアレシャが首をかしげる。ヘルマンも自分の言っていることが正確に理解できてはいないが、その地面を手ですくい、確認してみろとアレシャに差し出す。アレシャはおそるおそるそれに触れてみる。


「うわっ!何コレ!なんかねばねばというか、ぬるぬるというか、どろどろというか、何だっけ、スライムみたいな感じ」

「スライムか。確かそんな魔物がいたが、言い得て妙だな。少なくとも周囲の地面と同じ物質でできているワケではないということは分かって貰えたと思う」

「うん……。うええ気持ち悪ぅ……」


 アレシャは顔をしかめながら手についたそれを服で拭った。ヘルマンもハンカチでそれを拭いつつ、一つの仮説を立てる。


「穴の際がこんな風になっているということは、この穴は地面がこうしてどろどろに溶けることで生まれた穴ということだろうな」

「まあ、そうだよね」

「そしてこの穴はイシュタルの注いだ魔力によって生まれたものだ。そしてそれはアレシャの中に流れる魔力と酷似している」

「うん」

「では、アレシャの中に流れる魔力でも、この穴と同じようにどろどろに溶かすことができるんじゃないかと思ったわけだ」

「ええー、そんなことあるかな……。今までそんなことなかったし、できればこんなどろどろにする魔力なんて持っていたくないんだけど……」


 アレシャは不本意そうに愚痴るが、ヘルマンの記憶には、アレシャが同じことをした覚えがあった。それは、以前サーラの精神世界に行ったときの記憶だ。


「お前はサーラにかかった『深淵術式』の残滓を取り払ってくれた。そのとき、サーラを覆っていた赤黒い膜はどろりと溶けた(・・・)んだ。消えるでも、割れるでもなくな。丁度、この地面と同じように」

「あ……ああ!そういえば!」


 ヘルマンに言われてアレシャも思い出したようだ。ダレイオスに言われて何となく行使したことだったが、アレシャはヘルマンの言う通り“溶かす魔力”を持ち合わせ、それを使っていたのだ。


「その魔力の正体に関してはこれから考えていくが、これは即ち、こっちにも相手と同じ力があるということだ。これは上手く使えば相手に一泡拭かせてやれるかもしれないぞ」


 ヘルマンは眼鏡を押し上げてニヤリと笑うが、アレシャは思考が追いつかずに首を傾げるばかりだった。

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