15 砂漠にて
夜が明けた。ダレイオスは寝ぼけ眼をこすりながらベッドから這い出し、身支度を整え始める。
メイリスの街二日目。今日は朝から昨日受注した護衛依頼の依頼主との待ち合わせがある。いつまでもダラダラしているわけにはいかない。
すでに準備を終えていたペトラとヴェロニカといっしょに部屋を出て、隣の部屋のヘルマンと合流した。そのヘルマンの顔からは疲れが見受けられた。
ダレイオスがどうしたのかと尋ねると、ヘルマンは昨夜、宿に泊まっている他の冒険者から嫌がらせを受けたらしい。夜中に突然ドアを叩かれたりということが何度かあり、ぐっすりと眠れなかったのだとか。さらに夕食と宿泊の代金がヘルマンだけやたらと高額だったらしい。
ヴェロニカは「ひどい話もあるものね」と呟くが、嫌がらせを受けた理由は勿論ヘルマンがヴェロニカと一緒のパーティであるからだ。哀れヘルマン。そんな話をした後に四人でとった朝食は、ヴェロニカのウィンクで半額になった。
今回の依頼人とは、依頼人の泊まっている宿の前で待ち合わせだ。依頼人を迎えに行くといった方が正しいかもしれない。その宿というのが最高級の宿なのだから四人の顔も引き締まる。
パーティのリーダーは表向きはヴェロニカということにしてある。Aランク冒険者というだけで色々と都合のいいことが多いのだ。やがて待ち合わせの時間になり、宿の扉が開け放たれた。そこから現れたのは身なりのいい年老いた男だ。周囲を見回すと四人を見つけ、話しかけてくる。
「もしかして、君らが私の護衛ですかな?ふむ……」
「パーティのリーダーを務めます、Aランク冒険者のヴェロニカと申します。実力についてはご期待に添えるものかと」
「ほう、『魔劇』のヴェロニカさんですか。噂は聞いておりますぞ。君ならば安心ですな。私は今回の依頼人のヨーゼフと申します。この老いぼれが聖地へ行くには実力のある護衛でなければならんのですよ。今回はよろしく頼みます」
頭を下げる四人に、老人も脱帽して頭を下げた。
初めての依頼人はどうやらいい人そうで、アレシャはほっとする。こんな豪勢な宿に泊まってる人間は嫌な金持ちだと思っていたのだ。偏見である。ただ、ペトラはどこか不思議そうな顔をしていたが。
ヨーゼフを加えた五人は馬を借りに行く。馬は大荷物の運搬には欠かせない存在だ。冒険者だけなら最小限の荷物だけで身軽さを重視するものだが、今回はあくまでヨーゼフの同行者という位置づけだ。ヨーゼフの希望を優先すべきであるし、ヨーゼフのような高齢の人物が砂漠を越えようというのだから、準備は万全にしておいたほうがいい。
馬はダレイオスの提案で力のあるものを二頭借りることにした。この代金含め旅にかかる費用は全てヨーゼフが出すと言ってくれた。話によると彼は大きくはないが貿易会社を経営しているらしい。文句なしのお金持ちなのである。それに対してアレシャは一文無しである。金払いのいいヨーゼフにアレシャは信頼をよせ始めていた。簡単に騙されそうな少女である。
順調に準備を終えた一行は早速メイリスの街を発った。
メイリス周辺は雨が降らない。辺りは荒野か砂漠だ。一歩街の外へ出れば、そこは試練の場と化す。老人であるヨーゼフが聖地へたどり着くのは難しい。だが、それは護衛が並の冒険者だった場合だけだ。ダレイオスにかかれば、いつでもどこでも快適な旅を提供することができる。ダレイオスは土魔術を用いて馬車を作った。足は車輪ではなくソリのようになっている。荷物をのせた上に五人が乗りこんでも問題ないほどの立派な馬車だった。更に、その中は氷魔術によって冷風が送られ、実に快適な温度が保たれている。もはや過酷な砂漠越えなど存在しなかった。過酷なのは、石で作られたやたらと重い馬車を引かされている馬だけである。
ただ、快適な環境とは別に問題も発生する。砂漠地帯は魔物にとっても過酷な土地である。強くなければ生き残れない。故に、比較的強力な魔物が多く生息しているのだ。突如、一行の行方を遮るように現れたのは二足歩行のトカゲの群れだ。
ダレイオスが馬車の窓から様子をうかがう。
「アレシャ、あれは何かわかるか?」
『えっと、リザードマンだと思うけど、砂漠に生息していて鱗は黄色……Dランクのキールリザードマンじゃないかな。集団行動を基本にしていて、群れ全体ならCランク相当だとか』
「なら、ぱぱっと決めてしまおう。おい、私だけで十分だ。お前達は出てこなくてもいいぞ」
「了解したわ」
ヘルマンが馬を止め、ダレイオスが馬車の前に飛び出す。キールリザードマンの数は10匹。統率された動きで一斉に飛びかかる。落ち着き払ったダレイオスは魔法陣を使わず風魔術を放つ。逆巻く風が砂を巻き上げ魔物の視界を奪った。
だが、魔物は尻尾を振り回すことでそれを吹き飛ばす。魔物の視界が晴れるが、さっきまでいた人間が見当たらない。群れの内の一匹が気配を感じて上を見上げるが、遅い。ダレイオスは魔物の群れの頭上ですでに魔法陣を展開していた。
「貫け!『クララアルマ』!」
魔法陣から輝く剣が幾つも出現し、一斉に魔物へ降り注ぐ。光の刃は魔物の身体を断ち、突き刺した。あっという間に群れは全滅した。
それを見たヨーゼフは蓄えた髭を撫でながた興味深げに呟く。
「ほう、素晴らしいですな。馬車を作ったときといい、下手なAランクよりもよっぽど実力があるではないですか」
「あの子は色々別格なんですよ。それにしても素晴らしい魔術だわ……。いつか教えてもらえないかしら……」
ヴェロニカは恍惚とした表情でダレイオスを見つめていた。それを見たヘルマンは少し前屈みだった。
「アレシャ、やっぱりスゴいわね。セイフさんは助け合いだって言ってたけど、あたしにできること……」
ペトラは悠々と馬車に戻ってくるダレイオスを見ながらそう呟いた。
それからも魔物の襲撃は幾度かあったが、全てダレイオスが蹴散らしていった。やはり、過酷な砂漠越えなど無かった。過酷なのは、魔物が現れるたびに真っ先に危険に晒される馬だけである。
やがて日が暮れ始めた。
砂漠は昼は灼熱であるが、夜は極寒の土地となるので、早めに野営の準備に入る必要がある。ダレイオスと馬に疲労が溜まっているというのこともあり、今日の移動はやめ、一行は馬車を止めた。ダレイオスはふらふらとした足取りで馬車から降りる。
『ダレイオスさん、今日はもう交代して休んでてよ。後はわたしでもできるから』
「ああ、そうさせてもらおうか……」
魔力をかなり消費してしまったダレイオスは素直にアレシャと交代し、アレシャはテキパキと野営の準備を始めた。そんな中、ふと思い出す。
「そういえば、交代しても魔力切れの疲労が起きない理由って結局なんなんだろう。あれ以来気にしてなかったけど……」
アレシャが言っているのは、前に『七色の魔物』と戦ったときのことである。魔力の枯渇して動けなくなったダレイオスとアレシャが交代したとき、アレシャは全く問題なく動くことができたのだ。アレシャの疑問にダレイオスは一つの仮説を提示する。
『私も考えていたが、人の魔力というのは人間の肉体では無く、魂に紐付けされているのではないか、と私は思う。今、この体にはアレシャと私の二つの魂が宿っているが、その魂のそれぞれが魔力を持っているということだ。単純な話だが、そう考えるのが自然だ』
アレシャはなるほどと呟き食事の準備をしていくが、一つ疑問に思った。
「……あれ、でもダレイオスさんって凄い量の魔力を持ってたんじゃなかったっけ?なんでこんなに魔力切れなんかおこすのさ」
『そうだな。考えられるのは……私が封印されてる間に魔力が流出してしまった、ということか』
「魔力が流出……。ダレイオスさんが封印されていたのはペルセポリス遺跡……。遺跡周辺では原因不明の膨大な魔素が問題に……。ああ、なんか色々分かった」
アレシャはどこか遠い目をしながら納得する。ムセイオンが長年に渡って調査していた魔素の異常発生はこの男が原因だったのだ。魔素によって環境が破壊され、強力な魔物が出現したりしたのはこの男が原因だったのだ。
そういう言い方をすると、なんだかとたんにダレイオスが『魔王』っぽく思えてきた。彼に一切悪気はないのだが。うんうんと頷くアレシャに内心首をかしげるが、溜まった疲労をなんとかする方が彼には重要であった。ダレイオスは一足先に眠りにつく。
問題なく夜は明け、一行は出発の準備をする。心なしかウンザリしたような顔をしている二頭の馬を元気づけてから馬車につなぎ、魔術で馬車内の空調を整え終えたとき、ヨーゼフがダレイオスに声をかけた。
「君はアレシャさんといいましたかな。本当に君は素晴らしい実力を持っているようですな。もっと早くお近づきになりたかったものです」
「ありがとう。喜んでもらえたなら何よりだ」
「ええ、こんなに快適な砂漠越えは初めてですよ。……ときに、君の使っている魔術は私の知っているものと違うように見えるのですが……」
「私が使っているのは古代魔術と呼ばれるものだ。使い勝手はあまりよくないかもしれないが、私はこれしか使えないんでね」
「ほう、古代魔術……」
ヨーゼフは髭を撫でながらそう呟く。どうやら古代魔術に興味を持ったようだ。どういうものなのかとヨーゼフが尋ねると、ダレイオスはごく簡単に語って聞かせた。
いつの間にかそれにヴェロニカも寄ってきて話に加わっていた。一通り話したところでヨーゼフは何やら考え込む。ダレイオスがどうしたのかと問いかけると、ヨーゼフは恥じるように頬をかく。
「あ、いや失礼。新しい技術を知ったときに、すぐに商売と結びつけようとしてしまうのは悪い癖でしてな。もし古代魔術の良い運用方法が思いついたときには、またご教授願えますかな?」
「ああ、私でよければ」
ヨーゼフはその言葉を嬉しそうに受け取る。するとすでに荷物をのせ終えていたペトラが呼びかける。
「おーい、話が終わったんなら早く出発しましょーよー!」
その声で三人は馬車に乗り込み、再び聖地へ向けて出発した。
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