表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
159/227

70 第一回反魔術研究会

 ラインデルク帝国の郊外を治める領主の館。その屋敷の広間で『アルケーソーン』の面々は朝食をとっていた。しかし、ヘルマンとメリッサの姿だけ見えない。昨日から夜通し魔術研究の勉強をしていたはずなので、それがまだ続いているのか眠りこけているかのどちらかだろう。

 朝食のメニューはパン、スープ、サラダ、炒り卵といったシンプルなものだ。にも関わらず、普段食べているものと数段味が違うのは何故だろうとアレシャは不思議に思う。素材にかけられる金額の違いだと思われる。


「アルフレッド、今朝の新聞は手に入ったか?」

「はい。街で買ってこさせました」


 館の主であるアルノーの背後に控えていたアルフレッドは、一部の新聞を主人へ手渡した。この館は街から幾らか離れた場所にあるため、新聞が届くのは昼過ぎになるのだ。しかし今現在、新聞は貴重な情報源である。情報ができる限り早く欲しいと思ったアルノーは早朝に街まで新聞を買いにいかせていた。


「アレシャさん、どうぞ」

「ありがとうございます。えっと、どれどれ……」


 アルノーはアレシャに新聞を手渡す。『アルケーソーン』の団長である彼女が最初に情報を確認するべきだと思ったようだ。バサッと新聞を開いてアレシャが一面の記事に目を落とすと、アレシャは眉間に僅かに皺を寄せる。


「どうやら、デカン帝国が公式に事件の概要を発表したらしいよ。内容はこの前の新聞記事と変わらないみたいだけど、これで相手もいよいよ動き始めるね」

「心の準備はできている。同様はないが、これから更にデカン帝国の動向に警戒しなければな。新聞以外の情報源も確立しておきたいところだ」


 アレシャの言葉を聞いたセイフがそう口にする。情報源として一番に思いつくのは、やはり商会長であるランドルフだ。彼にはこちらから簡単な報告をしただけで、向こうから情報を貰っていない。頃合いを見て、一度連絡をするべきかもしれないとアレシャは思う。最も、急を要する情報が入れば、自ずと向こうからコンタクトを取ってくると思われるが。


「あ、あと、ルーグの葬儀は明日行われるみたい。デカン帝国の王城を開放して国民も参列できる大規模なものにするってさ」

「葬儀、ね……。結局ルーグの死の真偽は分からず仕舞いだわ。それも明日の葬儀で明らかになるのかしら」

「最初はルーグが怪しいと考えていましたけど、今となってはルーグの疑いは晴れたようなものでしょう。寧ろ『イナンナ』に洗脳されていたと考える方が自然ですわ」

「うーん、でもわたしは何か腑に落ちないんだよね……」


 アレシャはルーグが無実であるとは思えないらしい。何が引っかかっているのか思い返してみると、それはサーラの精神世界での出来事だと気づく。アレシャはサーラの精神世界で、十年前にサーラを襲った者の声を聞いている。その声からは個人はおろか性別すら特定できなかったのだが、その声は「更なる力を得られる」と口にしていた。ブケファロスの話から、『イナンナ』——いや、イシュタルは七、八年前に蘇ったと分かっているので、その襲撃犯はイシュタルではあり得ない。ならば、デカン帝国に属する、それも力を持った何者かがその襲撃犯であるということだ。それがルーグであるという確証はないが、その条件に当てはまる中で一番それらしいのはルーグであろう。

 アレシャがその考えを全員に話すと、誰もが目を見開いていた。アレシャがたまに頭の良さげなことを言うと、何故か必要以上に驚かれてしまうという、いつものヤツである。


「とりあえず、ルーグに関しては明日の葬儀の情報待ち!実際に誰かを葬儀に参列させて情報を得られないか、後でランドルフさんに相談するって事で!」


 頬を膨らませてアレシャは言い放つ。葬儀を過ぎれば、ルーグの死に関して調べる機会は少なくなってしまうだろう。新聞の情報に頼らず、直接生の情報を得たいとアレシャは思ったのだ。といっても引きこもり中の自分たちが実際に赴くわけにはいかないので、誰かを遣わせるつもりのようだが。


「えっと、他には……あ、これ!アルマスラ帝国のことも書いてある!」

「アルマスラ帝国か。察しは付くが、何と書いてある?」


 アステリオスに問いかけられ、アレシャは新聞記事を読み上げていく。


「『敬虔なアリア教国家として知られるアルマスラ帝国の現皇帝スレイマン陛下は、今回の『魔王』騒動に関してデカン帝国に全面的に協力する姿勢を示した。アリア教は『英雄』を強く信奉し、『英雄』の敵である『魔王』を憎しみの対象としていることが周知されている。スレイマン陛下は、近日中にもデカン帝国との会談の場を持ちたいとの意向を示し、『アルケーソーン』のギルド事務所へ調べを入れるように商会へ要請すると明言した』……だって」

「これもまた予想できたことだが、敵になった国はついに三国目か……」


 ヤスケが深くため息をつく。敵が増えたことは別に驚くことではないが、こうもハッキリと敵意を露わにされると、堪えないと言えばさすがに嘘になる。アルマスラ帝国は恐らく今現在の世界の中で最盛の国であろう。領土も軍事力も資源も最高のものを持っている。敵に回せば厄介なことこの上ない。


「でも、まだ商会に頼む段階ってことは攻め入ってきたりはしなそうね。まだまだ時間の余裕はありそうだわ」

「ここはラインデルク帝国だからな。さすがに国を挙げて他国で暴れ回るなんてこと、そう易々とできやしない。それに相手が攻め入ってくるとしても、もぬけの殻になっているギルド事務所の方だ。この場所が特定されることはあり得ない」

「商会に話が持ち込まれてもランドルフさんが上手く躱わしてくれるだろうし、ひとまずは方針に変わりはないな。それでもあまりここに長居はしない方がいかもしれねえけど……」

「バレるまでは居ても構いませんよ。お気になさらず」


 アルノーは寛大な言葉をかけてくれるが、さすがに恐縮してしまう。それにバレるまでとは言うが、バレてからでは遅い。ここまで協力してくれている彼らに迷惑をかけないためにも、何とか反魔術を完成させなくてはとアレシャは思うのだった。まだ研究が始まってすらいないというのに。


 だったら、研究を始めてしまえばいいじゃない。アレシャはヴェロニカとクリームヒルデを連れてヘルマンの自室へ向かう。メリッサの勉強がどれだけ進展したたかの確認だ。もし上手くいったなら、早速研究を始めるつもりである。メリッサも頭が悪いわけではない。寧ろ才能がある分、飲み込みも早いだろう。アレシャはそんな期待をしつつ扉を開ける。


「うぅ……。だって、わかんないんですもん。う、っく……もう、うぅえぇ……」

「泣いてる暇があったら手を動かせ!紙はまだまだ空いてるぞ!さあ、書き取りだ!」

「ぐすっ、やってますよぉ!」


 涙と鼻水で顔をぐずぐずにしたメリッサが正座したまま、紙面に魔法陣を書き続けていた。そしてヘルマンは椅子に座ってそれを見下ろしていた。


「……なんだコレ」

「ん、アレシャか。そういえばもう朝だったな。メリッサの勉強はバッチリだぞ」

「ああ……アレシャちゃんです……」


 メリッサは虚ろな目でアレシャたちの方を見やる。これでバッチリなのかと思ったが、メリッサの手は高速で移動して魔法陣を書き続けていた。もはやメリッサの意志とは関係なく一人でに動いていた。どうやらバッチリみたいだ。洗脳が。

 それはともかくとしても、知識はメリッサの頭にしっかりと叩き込まれたらしい。ヘルマンは一晩でやってくれたようだ。なら、予定通り研究を始めることはできそうだ。勝手に動き続けるメリッサの手を押さえつけて止めると、広間まで引きずっていった。適当に朝食を食べさせてから、今度は例の小屋まで引きずっていく。

 その間にアレシャは昨日ダリラと話し合った事とブケファロスから聞いた話を二人に伝えておいた。メリッサとヘルマン以外のメンバーには、今朝の朝食の時に話している。ブケファロスの話を伝えたときは、皆口から食べ物をボロボロとこぼしまくる程には驚いていたが。ヘルマンとメリッサもそれに違わず大いに驚いてくれたが、アレシャにとっては既に一回見た反応だったので特に触れることもなく、話題は洗脳の反魔術へと移る。話し合いの場所は小屋に置かれた円テーブル。昨日と同じだ。


「ダリラおばさんは今も研究を進めてくれてるはず。だからわたしたちも研究を始めます!今から!今度こそ!」

「ようやくというところだな。で、今度こそ具体的にどうするか教えて貰えるか。確か、リリの魔力を調べるんだったな」

「そうだよ。気づいたことを全部書きだしてみる。メリッサさんと、あとダレイオスさんの魔力感知の強さを持ってすれば、分かることも結構多いと思う。あ、ダレイオスさんと交代しなきゃだね」

「任せて下さい!今なら魔術のことなら何でも分かる気がします!」

「メリッサさん、また勝手に手が魔法陣を書いてますわよ」


 メリッサ、中々に重症な様子だ。ともかくさっさと始めてしまおうと思い、ダレイオスは適当な紙を机の上に用意してから、クリームヒルデにリリを出すように頼む。彼女は言われた通りに自分の足元の影からリリを引っ張り出して床に放り投げた。相変わらず量手足を縛られて目隠しされている。クリームヒルデはその目隠しだけを解いた。


「ああ、皆さん、お久しぶりです……。ああ、光が……私に眩しすぎます……。暗闇に……ヒルデ様の暗闇の中に戻して……私を縛り付けてぇ……」

「安心するまでの重症っぷりね。それじゃあ初めましょうか」

「分かりました!」

「ああ」


 メリッサとダレイオスが頷き、リリへ向かって手をかざした。その手に魔力が集中していく。自分の魔力を総動員させることで、魔力感知の精度を上げようとしているのだ。ヘルマンやヴェロニカも自分たちにもできないかと思い魔力を練り上げてみるが、リリの中に魔力が渦巻いているのは感じ取れたが、それが如何様なものかまでは判断できなかった。時間をかければ少しは違うのかもしれないが、ここは大人しく二人に任せることにした。

 その二人は、順調にリリの魔力の検分を進めていた。何やらぶつぶつと呟きつつ、広げた紙に走り書きをしていく。分かったことを片っ端からだ。それらを整理して考えるのは後回し。今はとにかく情報を逃さぬように、リリの全身をくまなく観察していく。語弊があった。全身を巡る魔力を観察しているのである。嘗めるように。二人の視線が集中すればする程、リリの頬が赤らみ、身体が汗でじっとりと濡れてきたのは気のせいだろう。

 ダレイオスとメリッサの解析作業は、それから長い間続いた。二人の集中力を乱さないように他の三人はただ待ち続け、ダレイオスが大きく息を吐き出したのは、日が僅かに傾き始めた頃だった。かざしていた手をだらりと垂らして机に突っ伏す。


「さすがに疲れた。だが、一通りは終わった。漏らしはない」

「私もです……。手が痙攣してるんですけど、それ以上に眠くて死……」


 メリッサの言葉が不穏なところで途切れたが、メリッサは静かに寝息を立てていた。永遠ではなく、一時的な眠りについたらしい。メリッサは昨夜一睡もしていない。眠くて当然だ。同じく完徹のヘルマンは二人の奮闘中にちゃっかり仮眠をとっていたようだが。


「二人ともありがとう。ここからは私たちで整理してみるわ。とりあえず休んで置いて」

「ああ、そうさせて貰う」


 そう言ってダレイオスはアレシャと交代した。肉体的な疲労でなければ、二人の間で消耗は共通していない。ダレイオスではなくアレシャが表に出ていれば何事もなく行動できる。睡眠も別々であるため、ダレイオスはアレシャの中で軽く眠ることにしたようだ。


「ああー、でもなんか肩こったな……。最近、関節が痛くて……」

「あんまり無理はするなよ。ダレイオスとメリッサが書いたものをまとめるだけだから、お前も休んでいてもいいんだぞ?」

「いや、わたしもやるよ。どうせ後で皆で考えるんだから、いつやっても一緒だし」


 アレシャは椅子に座り直し、机の上に散乱した紙片に目を落とす。どれもこれも走り書きで、書かれた字は極めて読みにくい。とりあえずこれらをメリッサが書いたものとダレイオスが書いたものに仕分け、彼らは書かれた内容を分かりやすく箇条書きにして別紙に記していく。地味な作業だが、今後の相談を円滑にすすめるために必要な作業である。


 そして日が完全に傾き、空が茜を纏い始めた時になってようやく作業は終わった。彼らは大きく伸びをして、凝り固まった身体をバキバキと鳴らす。


「さて、ここからようやく考察ですわね。アレシャ、メリッサさんを起こしてくださる?」

「はーい」


 いつの間にか床に転がって寝息を立てていたメリッサをアレシャが揺すると、メリッサはフラフラと起き上がって何となく椅子に座った。覚醒しきるまで役には立たなさそうだが、とりあえず座らせておく。


「で、どこから始めればいいの?できれば研究者だったヘルマンさんに指揮って欲しいんだけど。ダレイオスさんも『私もまずはお前の考えを聞いて起きたい』って言ってるし」

「……それは別に構わないんだが、どこから始めるといったら、それは当然これからになるだろ」


 ヘルマンが情報をまとめた紙の一枚をズバリ指さす。それを囲む他の面々も同意して頷いた。誰の目に見ても一番に気になるのは、メリッサの調査結果にある、この一文だ。


「『アレシャちゃんがいっぱい。アレシャちゃん。ああアレシャちゃん、アレシャちゃん』……なに、コレ」


 全員の視線がメリッサの方へ向く。当の本人はガクリと項垂れている。寝ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ