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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
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68 魂と魔力

 それからフェオドラはスヴェートに乗って真っ直ぐに商会本部へ飛び去っていった。アレシャはそれを笑顔で見送ってから、庭園の隅の小屋へと向かう。


「ごめん、お待たせ!」


 アレシャが小屋の中に入ると、仲間内の魔術師達とダリラはのんびりと紅茶を飲んでいた。クリームヒルデが振る舞っているらしい。アレシャとクリームヒルデが好んで飲んでいるので、紅茶は『アルケーソーン』内ですっかり常飲されていた。クリームヒルデに至っては、下手すると水より飲んでいるかも知れない。嗜好だけはブルジョワである。


「お帰り、アレシャちゃん。フェオドラとはちゃんと話せたかしら?」

「とりあえずわたしの考えはしっかりと伝えたよ。さっき商会本部に戻った」

「なら、ようやく反魔術についての話ですわね」

「うん、お待たせ。じゃあここからはダレイオスさんに任せるね」

『あい分かった』


 ダレイオスはアレシャと交代して全員が座っていた円テーブルにつこうとするが、自分の椅子がなかった。少し悲しくなったが仕方ないので一人だけ立ったまま話をすることにした。クリームヒルデが「椅子をお出ししましょうか?」と提案してきたが、非常に嫌な予感がするので丁重に断った。


「反魔術の研究についての具体的な方法の話だったな。とりあえずリリを一通り検分して、得られる情報を全て洗い出すのがいいだろう」

「リリさんの中の魔力が以前とは大きく変わっていたってダレイオスちゃんは言ってたわね。まずはそこから調べるということ?」

「そうだ。今の段階で分かることは全て調べる。それから別の手を使って全て調べる。それを繰り返して集めた情報をまとめ上げて、反魔術の制作を始める」

「なんか、地道な作業ですね……」

「研究とはそういうものだ。ムセイオンの仕事なんて、四六時中それの繰り返しだぞ」


 げんなりしているメリッサにヘルマンがそう言い、ダリラも大いに頷く。ムセイオンでも腕の良い研究者だった二人は生みの苦しみを知っているのだ。


「しかしそうなら、メリッサ様はこれまでどのようにして魔術を生み出しておられたのですか?」

「私ですか?私はこう、適当に魔力を練り上げた後は頭でイメージして、行けるかなーって思いながら試し打ちしつつ上手くできたら御の字って感じですね」


 メリッサ、典型的な天才タイプであった。メリッサは魔術で生み出した炎や冷気、雷を矢の形に変えて射出するのを得意としている。繊細な魔力コントロールを要するはずだが、それは努力の賜物というより彼女の潜在的な才能だったようだ。勿論それは結構なことだ。何ら問題は無い。努力の仕方も戦い方も人それぞれである。しかし、今回に限っては問題があるのだ。


「……メリッサはもう帰って貰っていいんじゃないか?」

「いや、それは困る。メリッサの魔力感知能力は無二のものだ。リリの内の魔力を探るためには彼女協力が必要になる」

「でも、ろくに理論を知らないんじゃ探りようも無いんじゃ……」

「……よし、分かった。メリッサ!」

「はい!」


 ダレイオスが呼びかけると、メリッサは元気よく返事をする。自分の何が悪いのかはよく分かっていないらしい。最初に会ったときはもう少し理知的な人間に見えたものだが、付き合いが長くなると素の面が見えてきて、人間関係とは面白いものだなあとダレイオスはしみじみと思う。いや、それよりもメリッサに対しての用件が先だった。


「お前はまず魔術研究に関する理論をしっかりと叩き込んでこい。ヘルマン、頼んで良いか?」

「俺か?構わないぞ」

「ええ、勉強ですか!?」

「当たり前だ。というか、以前にやった古代魔術の講義にお前も参加していなかったか?」

「……あのときは仲間はずれにされるのが嫌だったので……」


 自分の髪をいじいじと弄び始めてしまったメリッサだったが、ダレイオスは無情にもヘルマンにゴーサインを出す。そしてヘルマンに連行されてメリッサは小屋から退場していった。


「全然進まないわね、研究。いくら時間があるとは言っても、なんかこう、凄くもどかしいわ」

「さっきも言ったが、研究にメリッサの能力は必要だ。続きは明日にしようか」

「申し訳ありません、ダリラ様。折角お越しくださったというのに……」

「いいのですよ。研究のお手伝い以外に、ダレイオスには用事があったので」


 ダリラはそう口にした。空いた椅子に腰掛けたダレイオスは用事という言葉に心当たりを探す。そしてテーブルの上に勢いよく身を乗り出した。


「まさか、頼んでいたことか!?見つけたのか!」

「その期待に応えられる程の情報ではないけれど」

「何を頼んでいたのかしら?」


 ヴェロニカとクリームヒルデは知らない。ダレイオスがそれをダリラに頼んだのは、サーラの件が解決したすぐ後のことだ。知っているのはヘルマンだけである。だからダレイオスは彼女らにも分かるように説明をする。


「私が頼んだのは、『精神生命体』の研究についての調査だ。ルーグが行っていたかもしれない研究だというのは話したよな?私の時代ではそれはムセイオンで行われていたんだ。ムセイオンで地位のあるダリラなら、何か分かることがあるんじゃないかと思ってな」

「それは興味深い話ね。そのルーグが研究をしていたって話の真偽はよく分からなくなったけど、デカン帝国に関わりがある可能性はまだあるしね」

「それで、結果は如何様な?」

「端的に言うと、『精神生命体』の研究は存在していたました。その片鱗を見つけることができたわ」


 ダリラの言葉に、ダレイオスは「よし」と拳を握る。『精神生命体』の情報をダレイオスは何としても知りたかった。それは勿論デカン帝国についての情報であるからでもあるが、彼にとってはそれ以上にアレクサンドロスの言っていた『精神生命体』そのものの実体を知りたかったのだ。そして、それが千九百年前の事件に関係しているのではないか、そんな奇妙な予感がダレイオスの中に渦巻いていた。先を話すようにダレイオスが視線で促しダリラは続ける。


「『精神生命体』の研究資料そのものを見つけることができたわけではないわ。それは少しずつ進めているけれど、まだまだ時間がかかりますね」

「それではどこから……?」

「私が魂の研究を専門にしているのは知っていますよね。私が自分の研究のために集めた膨大な資料、その中に記述があったのです」


 ダリラの研究内容については当然承知していた。そのおかげで、サーラを禁術から解放することができたのだから。しかし、ダリラの研究資料の中から見つかったということは、研究内容に何かしら関係あるということである。


「では、『精神生命体』は魂に関係しているもの、ということか?その資料には何が書いてあった?」

「その資料は、魂が如何様なものか魔術的観点から考察した論文でした。まあ、論文という割りには根拠や論理性に欠ける、手記のようなものだったわ。基本的に魂は概念的な存在と言われているけれど、それを魔力という物質的なものから考えていたものだったわね。相当古い、おそらく千年以上前のもの。私も別の本の間に挟まっていたのを偶然発見しただけでしたから」

「それだけ前のものなら、『精神生命体』について今より情報があったのかもしれないですわね」

「そういうことでしょうね。それでその内容だけれど、見て貰った方が早いわね」


 ダリラは懐から古びた羊皮紙の束を取り出した。どうやらその資料をそのまま持ってきたらしい。テーブルの上に広げ、ダリラはその記述の箇所を探す。そしてその見つけたそこを指さした。


「ここよ。読んでみて」

「どれ。……『魔力から魂を考える上で触れておきたいのは、『精神生命体』と呼ばれるものについてである。これは過去のムセイオンで行われていた研究で、途中で研究は中止されたとされているものだ。なぜここでこの研究を持ち出したのかというと、この研究の目的が魂の生成にあったからである』。……は?」


 ダレイオスの口から間抜けな声が漏れる。隣で読んでいたヴェロニカとクリームヒルデも口を半開きにしていた。


「魂を作る、それって人間を作るってことになる、のかしら。と、とりあえず先を読みましょう」

「そ、そうだな。『その詳細な生成方法は判明していないが、私はその研究資料の断片を手に入れることに成功した。それによると、魂が概念的存在であるのは周知の事実であるが、その魂の持つ性質を全て魔力から再現することを試みるものであるとのことだ。もしこれが本当に可能であるのならば、これは魂を魔力から考える為の一つの根拠にできるはずだ。そしてここで最初の話題に——』。ここから先は別の話題に変わっているな。ん?まさか、これで終わりか?」

「残念だけれど、これで終わりよ」


 ダリラが肩をすくめ、ダレイオスら三人はまたしても口を半開きにしてしまう。ダリラの言う通り、これは論文と呼ぶのは厳しい。『精神生命体』の点だけ見ても、内容がフワフワしていて真実である根拠がさっぱり見えない。バッサリ言うなら、信憑性皆無である。他にも資料があればそれと照らし合わせて真偽を確かめることができるが、ダリラは首を横に振る。本当にこれだけらしい。


「重要な情報なら私も急いで伝えたのだけれど、この程度の情報だったから今回の研究協力のついでに持ってきたのですよ。……それで、どう思う?」

「正直に言うと突拍子もない話だな。私は別に、人間は神が作ったものなどと言う気はないが、さすがに魂を作るなんてことができるとは思えない。ただ、折角に手に入ったこの情報をくだらないものと切り捨てるきは毛頭無いな」

「そうですわね。少し考えてみましょうか」


 そう言って彼らはもう一度、論文もどきに視線を落とす。何か考察できるような記述はないかと探すが、大した情報は無い。論文の他のページも軽く流し読むが、参考になりそうなことは書いていなかった。


「駄目ね。私は見当が付かないわ。ヒルデちゃんは?」

「私もですね」

『わたしは、少し気になることがあるけど』

「そうなのか。とりあえず話してくれるか?」


 アレシャは了解してダレイオスと交代し、論文の記述を指さして話を始める。


「ここに『魂の持つ性質を全て魔力から再現する』って書いてあるけど、これって意外といけるんじゃないかなって。というか、わたし研究者じゃないから滅多なことは言えないんだけど、魂ってそもそも魔力から出来てたりしないのかな」


 アレシャが少し遠慮がちにそう言うと、ヴェロニカとクリームヒルデは首を捻る。ダリラはその言葉の意味を正確に理解しようと考え込んでいた。


「どうしてそう思ったのか話して貰える?」

「これって多分ちゃんと話したことなかったと思うんですけど、わたしもダレイオスさんも、それぞれが自分の魔力を持っているんですよ。二人の間で魔力を共有していないっていうか」

「なんとなくそうだろうと思ってはいたけれど、やっぱりそうなのね」

「うん。だから『魔力は魂に紐付けされている』っていう共通認識が私とダレイオスさんの間でがあるんだけど、それって見ようによっては魔力が魂から生み出されているということになるなって思って。それなら逆に、魔力から魂を生み出すこともできるんじゃないかな」


 ダリラはアレシャの話を自分の知識と組み合わせて考えるが、それだけでは未だ何とも言えない。だが、可能性は無いわけではないとも思い、言葉を紡ぐ。


「一人の人間に二つの魂が宿るってことが、そもそも例のないことよ。もう少し考えたいんだけど、他に何か根拠とかないかしら?」

「もう一つだけあるんだけど、ダレイオスさんの魂はガントレットに宿ってたわけだけど、同じような話って今まで聞いたこと無いんだよね。それってつまり、あのガントレットじゃないと魂を宿すって事はできないってことじゃないかと思って。で、あのガントレットは全部アダマントで作られてるでしょ?アダマントって魔力の伝導性が凄い高い物質で有名なわけだけど、その特性のおかげで魂が宿すことができているなら、魔力=魂って考えられないかな」


 今現在、ガントレットにはダレイオスの臣下であったヘリオスの魂が宿っている。それが上手くいっている以上、ガントレットに魂を宿すことができるのは偶然というわけではない。ならばガントレットが魂を宿せる理由は、ガントレットの持つ高い伝導性意外にないだろうとアレシャは考えたのだ。


「ダリラさん、どう思いますか?」

「……そうね。私の魂の研究は『魂は概念的なものである』という考えからアプローチしています。それは『精神世界』の存在からも間違いない。でも、アレシャちゃんの言うことは無視できないと私は思うわ。魂は概念的、物質的、両方の側面を持っている可能性がある」

「もしそうなら、魂を作るという話も突拍子も非現実的なことではないということでしょうか」

「そう判断するのは早計だけれど、一考の余地はある」


 突然浮上した魂物質説。それはアレシャの言葉で、切り捨てられることはなかったようだ。そしてもし魂を作ることができるのだとしたら、今彼らが直面している問題の一つと符合するところもある。


『ルフィナに宿っているかもしれない魂のことだ。それがデカン帝国によって作られた『精神生命体』である可能性はないか?サーラが襲われて力が奪われたのは今から十年前だ。デカン帝国が『精神生命体』の研究を始めたのはその直後だろう』

「十年前……。あれ、お姉ちゃんが家を飛び出したのも十年前だ!」


 奇妙な一致にアレシャが驚きの声を上げた。ルフィナの足取りが追えない理由として、ルフィナが家を出てからすぐにデカン帝国に拾われたのではないかという推測が立っていた。もしそうであるならば、ルフィナがデカン帝国に所属した時期と『精神生命体』の研究時期が丁度同じ時期になるのだ。


「でもお姉ちゃんの中にいる魂が作られたものなら、ダレイオスさんがお姉ちゃんの魔力に覚えがあるって感じた理由がわかんなくない?」

『それは、そうだな……。ううむ』


 ダレイオスは考え込んでしまうが、他の三人が不思議そうな顔をしているのでアレシャは今の話をそのまま伝える。すると彼女たちも興味深いと感じた様子だ。


「うーん、完全に筋が通るわけじゃないけど何か引っかかるわね……。もう少しちゃんと調べてみた方がいいかしら」

「そうなると、私の出番ね」


 そこにダリラが名乗り出る。彼女は魂研究のエキスパートでムセイオンの戦術魔術研究塔の所長であるのだ。これまでの経験も知識もある彼女に任せるのが当然の流れである。


「反魔術で私の出番が来るのは少し先になるはずです。そうよね、アレシャちゃん」

「うん。本当は私たちである程度情報を洗い出してからダリラさんの力を借りるつもりだったから。何度も言うけどダリラおばさん早く来すぎだったからね」

「なら、今からでも魔力から魂を作る方法がないか考えてみます。何か分かればすぐに伝えるわ」

「分かった。それじゃあ、お願い。こっちも今からバッチリ調べとくから!」


 アレシャの頼みに、ダリラはしかと頷く。もしこの件の真偽が定かになれば、デカン帝国の狙いを知る大きな手がかりになるはずだ。ダリラも自分にできることはやりきろうと気合い十分だ。対するアレシャたちもやる気だが、情報の洗い出しにおいて重用されるメリッサは現在お勉強中である。調査を始めるのは明日以降になるだろう。今からバッチリとはいかない模様。

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