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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
155/227

66 楔

「ヤスケさん、今ちょっといい?」

「いいぞ。入ってくれ」


 了解を得て、アレシャはヤスケの部屋へお邪魔する。

 すでに日は変わり昼間。既に全員が新聞という精神攻撃媒体を読んで程よく胃に穴を開けていた。それぞれが自分に何が出来るかを考える中、アレシャはヤスケに尋ねたいことがあって部屋を尋ねてきた。

 ヤスケは床にの数多の武器を広げて手入れをしていた。彼は掌の転移魔法陣から自由に武器を呼び出し、それを用いるという戦闘スタイルである。武器戦闘の達人とは、彼の父の言葉である。あっという間にBランク冒険者になったヤスケの実力はダレイオスも認めている。


『これだけあるのに、どれも名品だな。さすがギンジロウだ』

「そうだね。今日はそのギンジロウさんの話を聞きに来たんだけど」

「親父の?ちょっと待ってくれ。武器を片付けるから」

「ああ、そのままでいいよ。適当に座るから」


 アレシャは空いている地べたに座り込み、ヤスケはそう言うならと武器の手入れを続けることにした。


「で、何が聞きたいんだ?」

「ヤスケさん、さっき親父さんに連絡をとってたんだよね。どういう内容か聞かせて貰ってもいい?」

「ああ、なるほどな。俺が親父に言ったのは、『俺たちとの関わりを断て』ってことだ。理由は分かって貰えるか?」

「うん。ロマノフ王国関連の話だよね」


 ヤスケはその通りだと頷く。ヤスケの父、ギンジロウは現在ロマノフ王お抱えの鍛冶師として名をはせている。ギンジロウがその名誉を勝ち取った品評会において、ギンジロウはアレシャとの関わりを明言している。アレシャがステージに上がって王と直接言葉を交わしたのだから、周知の事実だと言ってもいいだろう。

 しかし、ロマノフ王国はデカン帝国、オル・オウルクスの両国共通の友好国である。王国が『魔王』事件に対して何かしらの動きを見せる可能性は高いと、アレシャたちは踏んでいた。王国内でも反『魔王』的風潮が高まることだろう。そうなると、その『魔王』であるアレシャと懇意にしているギンジロウはいらぬ疑いを掛けられること間違い無しだ。だから、ロマノフ王国内でその気運が高まる前に、ギンジロウにはアレシャたちと縁を切ったと公言しておいてもらおうとヤスケは考えたのだ。


「それで、親父さんはなんて?」

「『恩人に対してそんな義理の通らねえことできるか!』って言ってたな。いざという時に力になってもらうため、今は大人しくしていてくれって言ってなんとか説得した」

「はは、ギンジロウさんは確かにそう言いそうだね。でも説得できたならよかった」


 自ら進んでデカン帝国に知れべを入れていたアレシャたちはともかく、ギンジロウは無関係の人間だ。彼に何かしらの被害が及ぶのは本意ではなかった。一先ずの心配事が解消されて、アレシャは微笑む。


「まあ、いらない心配かもしれないけどね。あの新聞記事だけど、ロマノフ王国の王様はあれを読んだらおかしいと気づくだろうから、『魔王』の話を鵜呑みにはしないと思うんだけど」

「あの記事のおかしい部分……。モロクの街で起きた事件についてか。俺たちはアルカディー陛下に直接事件のあらましを説明し、市街地を破壊してしまったことを謝罪した。なら、あの記事が偽りであると陛下が気づかなければおかしいか」

「そう、そういうこと」

『あのアルカディーという男は自ら物事を考えられる人間だと私には見えた。『友好国がそう言うから真実だ』と言うようには思えない』


 ロマノフ王、アルカディー二世。人望の厚い王として知られ、民衆からの支持は高い。アレシャ達はその戴冠式に参加し、人々の支持の強さに感心したものだ。彼が正式に即位してからすでに数ヶ月が経っているが、王太子時代と変わらぬ人気を博しているらしい。他国に流されるだけの男ならば、それだけの支持を集めることもできないだろう。


「少しすれば、ロマノフ王国が何かしらの反応を見せるだろ。それくらいの情報なら屋敷の中にいても手に入るしな。何を判断するにも時を待つしかない」

「それで武器の手入れをしてるんだね。よし、ならわたしもやるかな!」

『そうだな。今のうちに進めておくべきだろう』

「ん、お前は何をするんだ?」

「そりゃあ勿論——反撃準備だよ」


 アレシャは二カッと笑い、首をかしげるヤスケと分かれて次なる目的の部屋へと向かう。

 相変わらず広い屋敷にまたしても迷いそうになりつつも、どり着いた部屋のドアをアレシャはノックする。


「ヒルデ、今いい?」

「あら、アレシャですか。どうぞお入り下さい」

「あ、失礼しまーす」


 アレシャがそっとドアを開けて中に入る。クリームヒルデは腰掛けて優雅に紅茶を飲んでいた。よく見る彼女の日常の光景。しかし決定的に違っている点が。


「はぁ、ヒルデ様、もう三時間でございます。さすがの私も腕がプルプルとし始めてしまって……」

「揺れて紅茶が飲みづらいですわ」

「はああ、失礼いたしましたぁ!」

「失礼しましたー」


 アレシャはそっとドアを閉めて部屋から出た。多分見間違いだとそう思った。クリームヒルデが四つん這いになっているリリの上に座っていたとか、そのリリの顔が嫌に紅潮していたとか、そんなことはなかった。


『あいつは何でああなったんだ……。始めて会ったときは絶対あんな嗜好は持っていなかったぞ』


 ダレイオスがそう呟いたことで、アレシャはやっぱり現実の光景だったのだと項垂れる。「ダレイオスさんもおんなじ幻覚を見たんだね!すごーい!」とはならなかった。そこまで現実から目を背けてはいない。

 アレシャは一度深呼吸をすると、改めてドアをノックする。


「……ヒルデ、今いい?」

「どうぞお入り下さい」

「……失礼しまーす」


 アレシャがそっとドアを開けて中に入る。クリームヒルデは腰掛けて優美に紅茶を飲んでいた。


「はぁ、もう限界が……でも、この湧き上がるパッション!私、濡——」

「なんでまだやってんの!やめとけよ!一旦仕切り直した間にやめとけよ!」


 アレシャ、キレた。それなりに真面目な用事でやって来た上でのこの仕打ちにキレた。クリームヒルデはアレシャの剣幕にビクリと身を震わせると、おずおずとリリの上からどいて近くの椅子に座り直した。そして一つ息を吐くと、紅茶をすする。


「どういったご用でしょうか」

「……これからわたしたちが取る手について話があるんだ」


 クリームヒルデが何も無かったかのように振る舞い始めたので、アレシャもこれ以上触れないことにした。近くにあった椅子に適当に腰掛ける。

 クリームヒルデは話を始める前に足元の影をするすると伸ばしてリリを包もうとしたが、アレシャがそれを止める。


「実はリリさんにも用があるんだ」

「片付けなくてよろしいので?わかりましたわ。お座りなさい」

「かしこまりましたぁ」


 やけに間延びした声のリリが言われた通り座る。当然のように地べたに。ようやく話のできる状況になったので、アレシャはダレイオスと交代して貰う。ここからの話はダレイオスが進める方が効率がいいのだ。


「ヒルデ。ずばり聞くが、私たちがこの状況を打破するにはどうすればいいと思う?」

「……そうですわね。糸を引いている黒幕を倒すしかないのでは?」

「最終的にはそうだ。だが、今の状況ではそれも難しい。ロマノフ王国がどう出るかは分からないが、私たちのまわりは敵だらけになることだろう。多勢に無勢というやつだ。このままでは逃げ回るだけになる。攻めに転じるためには、楔を打ち込まねばならない」

「楔、ですか」


 ダレイオスは頷く。じわじわと外堀を固められた上に壁を築かれ始めているこの状況。逆転の為の一手が不可欠だ。しかし、そんな素晴らしいものが降って湧いてくるということは、まず無い。自ら動き手に入れなくてはならないのだ。しかし、今回に限っては別であった。幸運にも、その一手は既に自分たちの手にあるのだとダレイオスは語る。


「もしかして、その一手というのが……」

「ああ。そこにいるソレだ」


 ついにダレイオスもソレ呼ばわりし始めたソレは、きょとんとして首をかしげる。本人には全く自覚はないようだ。クリームヒルデもいまいちピンと来ていないらしい。


「難しい話じゃない。黒幕がこれだけの大がかりな動きをするのには数多くの人間が動いているはずだ。そしてその全員が黒幕に従順で、素直に言うことを聞いて協力しでもしないと上手くはいかないだろう。末端の人間は地位を利用して命令すれば問題ない。しかしある程度の地位、言うならばデカン帝国の高官だ。彼らを手駒にするにはどうすればいい。金や力や色々と手を回せば従えることは難しくないかもしれない。しかし、黒幕はそういった者達を手なずけるのに最適な力を持っている」

「洗脳ですわね。洗脳の術をかけるのに非常に手間がかかるなんてことがなければ、そちらの方が余程手っ取り早く確実ですわ」


 と言っても手がかかるなんてことはないだろう。こんな駄エルフにまで律儀に洗脳をかけているくらいなのだから。そんな目でクリームヒルデがリリを見やると、リリは息を荒くさせる。こんなだが、ダレイオスにとっての逆転の一手らしい。


「だんだんと話が見えてきましたわね。その洗脳された人々の洗脳を解くことができれば……」

「相手の動かせる手駒は大きく減ることになる。それも末端では無く、障害となり得る重要な立場の者だ。もしかしたら洗脳中の記憶が残っていて、それを暴露してくれるなんてことがあるかもしれない。相手の洗脳に対する明確な対抗手段を得ることは、私たちにとって大きな力になる。そして、この場に非常にいいサンプルが落ちているというわけだ」


 落ちていると完全にモノ扱いし始められたソレは、自分を指さす。ダレイオスはそれに静かに肯定を返した。


「リリにかかっている洗脳の術を解析し、術の仕組みを割り出す。そしてそれに対する反魔術を完成させる。それは必ずや、私たちが勝利を掴むための大きな一手となるはずだ」

「対象にかかっている魔術を解き明かす……。それは簡単にはいきませんわよ」


 魔術の発動には理論が存在する。魔力を練り上げ、別のエネルギーへと変化さえ、解き放つ。その過程を処理する必要がある。それをより合理的に、分かりやすくして発動を補助するものが魔法陣である。従って、魔法陣にはその魔術の理論のほとんどが込められていると言ってもいい。従って未知の魔術の研究は、魔法陣を解析するというのが通常の手法である。しかし、今回の術には魔法陣が存在していない。魔術が発動して洗脳されたという結果だけが残っている状態だ。具体的な解析の対象となるものが存在していない。どこから手をつければいいのか分からない状態だ。

 しかしそんなこと、ダレイオスは百も承知だ。不安げなクリームヒルデへ向けて、自分の胸を自信満々に叩いてみせる。


「私を誰だと思っているんだ。その名だけで新聞の一面記事を飾り、世界を混乱に陥れる『魔王』ダレイオスだぞ?魔術において私にできないことなど存在しない!」

『よっ!『魔王』様!』

「……なぜか腹が立つな。ともかく、心配はいらない。私の持てる全てを注いで、反魔術を完成させてみせる。だが、私は現代魔術には疎くてな。お前達の知識を貸して貰うこともあるかもしれん。協力してくれるか」


 ダレイオスはそう言ってクリームヒルデに手を差し出した。彼の目には明るい光が灯っている。それは以前にも見たことのある、強い意志の輝きだ。クリームヒルデが付いていくと決めた、彼女らが団長の真っ直ぐな瞳だった。なら、クリームヒルデはその手を握るしか無いだろう。それ以外の選択肢など、もとより存在しないのだが。


「私でお役に立てるなら」

「勿論だ。お前の使う特殊な術も、何かのヒントになるかもしれないからな。さて、後はあいつにも協力を取り付けなくてはな……。さあ、忙しくなるぞ。ヒルデ、ちょっと一緒に来てくれ」

「分かりましたわ」


 二人は席を立つと、そのまま部屋を出て行った。これから研究を始めるにあたっての準備があるのだ。研究を終えなければならない明確な期限があるわけでは無いが、どれだけ時間がかかるかも分からないのだ。行動は早い方がいい。ただ、彼らは肝心の研究対象を完全に置き去りにしていた。


「ヒルデさま、私のことをお忘れに……。ぁあ、でもなぜでしょう。この疎外感と悲壮感が私の胸を強くかき乱す!」


 彼女は結局日付が変わる頃まで地べたに座り続けていたらしい。健気な忠誠心である。ただ自分の欲望に従っただけかもしれないが。

次回更新はお休みして、次話は3/2の昼間に投稿予定です

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