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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
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65 第一報

 結局アレシャが目覚めたのは昼頃だった。早く起きすぎたのでもう一回寝たら最終的に起きたのはいつもより遅い時間だった。ままあることである。

 改めて広間へ向かうと、仲間たちはメイドの淹れた紅茶を飲みながら優雅な食後を過ごしていた。


「ようやく起きたのね。全く、寝過ぎよ」

「いや、夜明けくらいに一回目が覚めたんだけどね。覚めたんだけど、みんな起きてないからまた寝ちゃったってだけだから」


 呆れた様子のペトラに対して言い訳にもなっていない言い訳を口にする。それ以前に、自分が丸一日以上寝ていたことは忘れているらしい。近くにいたメイドに食事はどうするのかと聞かれたので、簡単なものでいいとアレシャは答える。時刻は昼だが、アレシャにとっては朝食なので。


「食事もいいが、丁度今後の話し合いをしていたところだ。アレシャちゃんも参加してくれ」

「うん、わかった」


 用意されたサンドイッチを頬張りながらアレシャが頷く。それなら起こしてくれればいいのにともアレシャは思ったが、仲間達も半数ほどしか揃っていなかった。ここにいるのはペトラ、ヴェロニカ、メリッサ、アステリオス、クリームヒルデの五人だ。


「ヘルマンさんとサーラちゃんは弟さんと一緒にいるみたいよ。ライラちゃんも同じ」

「セイフさんとブケファロスは庭でアルノーさんと剣の訓練だって。あたしも混ぜて貰えばよかった」

「ヤスケさんは何か親父さんに連絡をするんだって言ってましたよ。いい連絡じゃなさそうですけど」

「そうなんだ。できれば全員に聞いて欲しかったんだけど、後でちゃんと言えばいいか」

「どうかされたのですか?」

「ちょっとね」


 首をかしげるクリームヒルデにアレシャは軽く返事する。話しておきたいこと。その内容は勿論、今朝ダレイオスと話し合ったことだ。サンドイッチをご馳走様してから、アレシャは話す。


「『イナンナ』の正体についてだよ。あれ、ずっと行方不明だったわたしのお姉ちゃん」

「「「「「は?」」」」」


 想定通りの反応にアレシャは満足げに頷き、ダレイオスはため息をつく。アレシャは心の整理がついているので軽く口に出来たが、そんな何でもないように話せる内容ではない。未だ全員が唖然としている中、アレシャは更に話を進める。姉、ルフィナについて、ダレイオスに話したものと同じことを語って聞かせた。


「——というわけだから、わたしはお姉ちゃんを助けるために戦うよ。その為に皆の力を借りたいんだけど……だめかな?」

「は?そんなの、駄目じゃないわけないでしょ」

「そうですよ。何を今更そんなこと」

「あまり意味のないことを言わないで欲しいわ」

「そうですわね。……正直なところ、私たちの頭の中はそれどころではないので」


 アレシャが頼むと、何故か怒られた。アステリオスだけはアレシャに向けて親指を立ててみせた。彼がアレシャにとって、この場における良心だった。

 だが、そんな重要な話をサラリサラリと口にするアレシャにも非があるといえばある。それに言い方はともかくとして、全員アレシャに協力的な姿勢を見せてくれた。言い方はともかくとして。アレシャは自然と笑顔になる。


「けど、あれがアレシャのお姉さんってのがショック大きいわよ……」

「そうですよ。めちゃめちゃ強かったんですよ?しかも、めちゃめちゃ怖かったです。そういえば瞳の色もアレシャちゃんやフェオドラさんと一緒でしたね……。いや、あんな冷たい目はアレシャちゃんのとは別物ですって!」

『そうか、母娘で瞳の色が同じなんだな』


 そんな他愛のない会話が繰り広げられる。衝撃こそ大きかったものの、『イナンナ』の正体については皆、受け入れることができたようだ。


「『イナンナ』の正体が何者であろうと、一連の事件の黒幕を止める。それだけだ。例えそれがアレシャちゃんの姉であってもな。それにアレシャちゃんの話じゃ、希望はあるんだ。わたしたちはただやるだけだ」


 アステリオスがそう言う通りだ。仲間の身内が敵に回るというのは喜べることではない。だが今回の件に限っては、その敵が本当の意味での敵ではない可能性もある。ならば、戦うことが互いにとっての救いとなるのだ。やることにまるで変わりはないのである。


「それに『イナンナ』の正体がアレシャのよく知る人物であるならば、手がかりも探しやすいですわ。ルフィナ様が十年前に行方をくらませてからの足跡を辿ることができれば、絶対にどこかで転機が訪れるはずです」

「お姉ちゃんが、どこで変わっちゃったか、か。別人の魂との出会いとかが分かるかも」

「それに、『イナンナ』はルーグのお気に入りだったわ。かなりの出世スピードであったとも聞いている。どこでデカン帝国と接触することになったのかも、大きな手がかりになりそうよ」


 それぞれが希望のある話をするが、メリッサは浮かない表情だ。


「でも、これまで行方不明だったのに、足跡を辿るなんてできるんですかね?ランドルフさんがこれまで探してこなかったとは思えないですし、商会で見つけられないなら私たちが得られる手がかりも限られるんじゃ……」

「それは、そうかもしれないけど……。でも、できることはやらないと。可能性はあるんだからさ」


 後ろ向きな言葉にもめげず、アレシャはいたって前向きだった。やる気を見せてメリッサを元気づけると、メリッサは感激した様子でアレシャをがっちりホールドし、頬ずりし始めてしまった。こうなるとしばらく放っておくしか対処方法はないので、二人を放置して話は進む。


「今回の件、わたしたちは相当重い罪を被せられている。エルフの長の殺害と、オル・オウルクスの重要な大樹に危害を加えた。そしておそらく、ルーグ殺害の罪も上乗せされるだろう。これだけの罪を犯した相手を捕らえるためというならば、大がかりな動きをしても他国からある程度許容されるだろう。人員もかなりの人数を割いてくるかもしれない。わたしたちは、ここでじっとして相手の出方を窺うしかないな。ただ、事件が起きてからまだ二日だ。この事件が公になり、わたしたちを追うための隊が組まれるという段階が踏まれなければ、相手に動きはない。もうしばらくは引きこもっていなければならないだろうな」

「じゃあ、調査はあたしたちじゃできそうにないわね。やっぱりランドルフさんに協力をお願いするしかなさそう。『イナンナ』の正体含めて、後でアレシャに連絡をとってもらうわ」

「商会長へなら、私も連絡を取ることができますわ。頃合いを見計らって連絡を入れておきます。ランドルフ様の周囲に人がいない時間は心得ておりますので」


 クリームヒルデにはランドルフに育てられ一緒に暮らしていた時期がある。ランドルフの周囲の環境や状況について一番知っているのは彼女であるだろう。なので連絡係は彼女に任せ、彼らはもう少し具体的な話をしようとする。

 そこで、広間のドアがゆっくりと開いた。部屋の中にいる人達にとって邪魔にならないような気配りがされたそのドアの開け方は、この屋敷の中でも古株の執事、アルフレッドのものだった。


「お話中に失礼いたします。皆様にこちらをお渡ししておくべきかと思い、お持ちいたしました。先ほど届いたものです」


 恭しく頭を下げたアルフレッドがアレシャへ差し出したものは、文章の書かれた紙束。というより、新聞であった。チラリと見えた一面には、『魔王』の文字が。


『丁度いいタイミングだ。どうやら事件についての第一報のようだな』

「ついにか……。ドキドキするね」


 アレシャは新聞を他の五人にも見えるように机の上に広げ、新聞の記事を読み上げていく。目的の記事は、当然のように一面を飾っていた。


「えっと、『今世紀において有数の大国であるデカン帝国が、エルフ族の治める国家であるオル・オウルクスと国交を結ぶと発表されたのは記憶に新しい出来事である。その正式な国交締結のための会談が、先日オル・オウルクスにて行われる予定となっていた。しかし、その会談が行われることはなかった。デカン帝国の一団がオル・オウルクスの周囲を囲う樹海を行く最中、その一団が心ない者の襲撃を受けたのだ。デカン帝国の皇帝、ルーグ陛下はその襲撃の最中に悲しくも命を落とすこととなってしまった。同行していたデカン帝国軍兵も甚大な被害を受けた。ルーグ陛下は一代で多大な功績を残し、民衆から強い支持を得ていることでも知られる。そして今回もエルフと外界の人間の繋がりを強めるという、新たな試みを成そうとしていた。それを狙ったこの襲撃は極めて悪逆な行為であると言わざるをえない。それもそのはず、この襲撃犯は誰もが知る、悪の象徴であるのだから』。うわ、やっぱり……」

「『襲撃者の名は、『魔王』ダレイオス。かつて『英雄』アレクサンドロスに討ち取られた魔を司る王である』。予想通りって感じね……」


 ヴェロニカが深くため息を吐いた。下手人が判明していなかったデカン帝国襲撃事件。その罪は結局、アレシャたちになすりつけられることになったようだ。そして同時に『魔王』ダレイオスの名が公にされてしまった。こうなるとは分かっていたとはいえ、彼らの胃に適確なダメージを入れてくる。

 眉間に皺をよせながら、アレシャは更に読み進める。


「『『魔王』と聞いても、それを信じることができない者もいるだろうが、その存在は幾つもの歴史的根拠にとって実証されている。また、この記事はデカン帝国の正式な依頼と情報提供に基づいて執筆されている。この記事を最後まで読んで貰えば、『魔王』の存在は信じて貰えるだはずだ』って、デカン帝国がこの記事書かせたってこと?嫌な予感しかしない……。読みたくなくなってきた……」

「気持ちは分かるけどね……。じゃあ、あたしが読むわ。えっと、ここから一通りの事件の流れが書かれてるわね。長様が殺されて、大樹があんなことになって……あ、ここからね。

 『これらの事件の下手人が一様に口にしていた『魔王』であるが、その者は既にこの世界に存在している。その正体を聞けば、誰もが驚くことになるだろう。それは、一年前に“死人”事件を解決させたAランク冒険者『魔導姫』のアレシャである。エルフの長を殺害したエルフ、バートが彼女のことを『魔王』と呼び、その命令に従ったまでだと口にした。そして『魔導姫』はバートを口封じのために自ら手にかけたのだ。この現場は、デカン帝国宰相閣下と皇帝近衛師団員達が目撃者である。また、『魔導姫』が団長を務めるギルド『アルケーソーン』の所属団員が、『魔王』の復活と発言していたデカン帝国軍兵たちに『魔王』の使徒と呼ばれている現場を、多数のデカン帝国軍兵及びエルフが目撃している』。本格的になすりつけに来てるわね」


 記事によると、バートとデカン帝国兵達の間に接点が一切見られなかったにも関わらず、両者の発言と行動が一環していることからも、『魔王』が関係してると考えられるそうだ。それが根拠になるのかとアレシャたちは疑問に思ったが、そこから更なるアレシャ=『魔王』である根拠の説明がなされていた。しかし、ペトラが読み進めていくにしたがって全員の顔はどんどん険しくなっていった。


「なんですかコレ!ロマノフ王国のときの騒ぎは悪事を働こうとしたアレシャちゃんを止めたデカン帝国との戦闘の結果だとか、『黄金の魔物』の襲撃事件もアレシャちゃんの仕業だとか!しかも、あの“死人”の事件そのものがアレシャちゃんの自作自演とかまで……。ふざけないでくださいよ!」

「どれもデタラメだが、真実が混じっているのがたちが悪い。しかも、真相の全てが明らかになっていないものばかりだ。そしてこの記事は、その公になっていない部分が上手く補完されるように書かれている。これは信じる人達も多いぞ」


 アステリオスが難しい顔でそう口にする。何も知らない人々は、この内容が真実であるかを確かめる術を持っていない。筋の通ったように見える上に自分たちの持っている情報と合致する内容の話であれば、信じてしまうのも無理からぬことだろう。更に、この記事はデカン帝国のお墨付きときている。それだけで人々は記事の信憑性が高いように思えてしまうはずだ。


「『七色の魔物』が現れたことについても言及されてるけど、やっぱり『魔王』の仕業って書いているわ。やっぱり、あそこで『七色の魔物』が投入されたのも『魔王』の話の信憑性を高めるためだったというわけね」

「後は何が書いてある?」

「えっと……『以上が事件の概要である。今回の事件は凄惨なものであったが、被害を受けたのはデカン帝国とオル・オウルクスの二国だけであった。しかし『魔王』の存在がある限り、同様の事件が起きる可能性は非常に高いと思われる。これはもはや、国家だけではなく世界で対処すべき問題であるだろう。近日中にデカン帝国から事件について正式な発表がなされることとなっている。そこで、ルーグ陛下の葬儀の日取りも明かされるだろう。それ以後の帝国の動きに注目が集まるのは必至だ』。これで終わりね。第一報としては十分すぎるくらいだわ」


 ペトラが新聞を畳んで乱雑に放り投げる。こうなることは想像に難くなかった。実際、彼らも覚悟はしていた。しかし、こうやって現実として叩きつけられるとさすがに堪えてしまう。


『結局相手方の動きは分からずじまいか。引きこもり生活はまだ続きそうだが、これから荒れるぞ』

「あまりうかうかしてられないか。今の内に出来ることを始めておかなきゃね」

「アレシャちゃんにそう言われたら、私たちも何かしらしなきゃいけないって思うわね」

「お?それってわたしに威厳があるっていう——」

「アレシャですら働く意志があるのに何もしなかったらアレシャ以下になってしまうって意味よ。勿論」


 アレシャは静かに口を閉ざした。ペトラの軽口は本音ではない。勿論。いや、多少本音の部分はあるかもしれないが、仲間達がアレシャを信頼し、団長として認めているのは確かだ。自分たちの中心にいるべき人間はアレシャ以外にいないと思っていた。そしてその団長が今日、自分の決意を言葉にした。軽い口調ではあったが、アレシャなりの覚悟を持って口にしたのだと、仲間達は察していた。あんな返答をしてはいたが、彼らはしっかりとアレシャの気持ちを感じとっていた。あんな返答でもだ。そして、団長のその思いに応えるのが団員の役目である。

 結局アステリオスの言う通り、彼らのやることは変わらない。ただ、やるだけだ。波乱の予感がしつつも、彼らは今一度覚悟を固めるのだった。

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