14 巡礼者の街
登録を済ませた新人冒険者二人は自分の名前が書かれた冒険者の登録証を持って嬉しそうにしていた。特にアレシャの頬の緩み様は些か不気味なほどだった。
四人はそれから揃って商会を出て、近くの酒場へ向かう。酒場では朝っぱらから冒険者たちが集まって酒盛りに興じていた。働け。そんな男どもは颯爽と姿を現したヴェロニカに次々と声をかけていく。さすがの男性ファンの数である。
しかし、彼らはヘルマンによって次々とあしらわれていった。そして軽く人払いをした店の奥の席に陣取る。
「悪いわね、私のせいで。さ、話を始めましょう」
「いやぁ、さすがヴェロニカさんですね!大人気ですねー」
「くっ……乳か、乳なのか……!」
「いぃいから始めるぞ」
ヘルマンの声が一瞬裏返った気がしたが、アレシャは気にせず話を進めることにした。勿論話題はこれからどこへ向かうのかということだ。アレクサンドリアを拠点として活動するという選択もあったのだが、アレシャが断固として拒否した。冒険者になったのは冒険がしたいからなのだから。
「それじゃ、どうする?アレシャが中心のパーティみたいなものだから、意見があったら言ってね」
「そうだなぁ。わたしはとにかく秘境とかに行ってみたいんだけど……」
『お前の父から聞いた中で行ってみたいところはないのか?』
「そっか、えっと……あ!あそこに行きたい!『聖地アルバンダート』!」
アレシャの提案に三人は「ほう」と声をもらす。
アルバンダートは三大宗教の一つ、アリア教の聖地であり、敬虔な教徒なら年に一度巡礼に訪れる場所だ。海から近い土地だが、その周囲は砂漠になっているので簡単に訪れることができる場所ではない。巡礼者の多くは商会で冒険者を雇うことになる。ただ、アルバンダートは砂漠に広がる巨大なオアシスで、その美しさからアリア教徒でなくとも一度は訪れるべき場所だと名高い場所でもある。
ヴェロニカは荷物から地図を広げてアルバンダートの位置を確認する。
「そうね、アルバンダートならここからそんなに遠くないし、悪くないかもしれないわね」
「じゃ、じゃあ、行くんですか!アルバンダート!」
「ああ、俺も良いと思うぞ」
「あたしも文句ないわ」
異論はゼロ。目的地は決まった。目指すは聖地アルバンダートだ。アレシャはガッツポーズで嬉しさを露わにする。それを三人とダレイオスはなんだかほほえましく思いながら見ていた。
それから旅立ちの準備としてアレクサンドリアの街で食料を調達し、四人は街の正門へやってきた。それらの支払いは全てヴェロニカとヘルマンがした。アレシャは清々しいまでの一文無しなのである。
もう一度地図を広げ、ヴェロニカは道を再確認する。
「まずは転移魔法陣まで行きましょうか。そこからメイリスの街に転移するわ。聖地に直接転移できる魔法陣はないから、そこから徒歩で向かうことになるわね」
「おお!冒険者っぽい!わくわくするしかないって!」
『アリア教か……私の時代には無かったな……。ふふふ、こうやって旅をするのは久しぶりだな。私もわくわくしてきたぞ!』
アレシャは高まる期待を胸に街の外へと一歩踏み出した。ここから、彼女の冒険者としての日々が始まるのだ。
ただ、始まったからと行って何が起こるというわけでは無い。四人はただポテポテと道を歩いていた。街から転移魔法陣までの道は整備されているので、魔物も出現しない。四人は雑談しながら歩いていた。散歩か。
そんな中、アレシャがヘルマンに気になっていた質問をぶつけてみる。
「ヘルマンさんってヴェロニカさんのことどう思ってるんですか?」
「うぶっ!な、なななんだいきなり!」
「えっ、なななんですかいきなり!」
今までにない動揺を見せられ、逆に動揺するアレシャ。想像以上に確信を突いた質問だったようだ。
「いえ、なんか、ヴェロニカさんと話してるときのヘルマンさんの様子がなんか変だったから、気になって……」
「い、いや、そんなことは、ないぞ?俺はいたって平然としているが?」
「あ、それはもういいです。で、そういう意味で聞いたわけではなかったんですけど、好きだったりするんですか?」
ヘルマンは顔が赤くして黙ってしまった。完璧に的を射た質問だったようだ。アレシャもダレイオスも男の恋する表情などは見たくなかったが、ここまで聞いてしまったのだから最後まで聞かねばならないという妙な使命感のままに質問してみる。
「で、いつからなんですか?」
「……彼女が冒険者に成り立ての頃、商会で偶然見かけて……。それ以来彼女のことが載っている新聞は全て切り抜きいてコレクションしている。勿論ファン倶楽部にも入っている。むしろ設立メンバーの一員だ」
「…………えっ」
「どうした?何かおかしなことをいったか?」
どうコメントしていいのか、どこから突っ込んでいいのか分からなかった。少なくともアレシャの知っている恋愛のカタチとは違っていた。迷った末、とりあえず一番ベタな質問にしてみる。
「……なんで、好きになったんですか?」
「そりゃ、おっぱ……美しさだ。男なら誰でも好きになる」
「…………」
アレシャはもう黙るしか無かった。というか、これは恋愛じゃなかった。ヘルマンにとっては恋愛なのかもしれないが、アレシャはそれを恋愛と認めなかった。
ヘルマンには彼女はいない。いたこともない。納得だ。
『アレシャ、私はこいつを信用して良いんじゃ無いかと思い始めている』
「わたしはヘルマンさんが余計信じられなくなったよ……」
アレシャは少し先を歩いていたヴェロニカに視線を向ける。アレシャにはなぜか途端に彼女が遠い存在に思えてしまうのだった。
それなりの距離を行くと、一行は無事転移魔法陣の設置場所に到着した。ヴェロニカが用意していた許可証を見せ、四人は魔法陣に乗って転移する。体が光を包み、それが消えると先ほどとは別の部屋に立っていた。転移成功だ。
薄暗い建物から外へ出ると、激しく照りつける太陽が彼らを出迎えた。
先頭を歩いていたヴェロニカはくるりと振り返り、両手を広げる。
「さあ、ついたわ!ここが“巡礼者の街”メイリスよ!」
聖地アルバンダートへ向かうアリア教徒が滞在するのがここ、メイリスの街だ。アリア教徒のための巨大な礼拝堂もあり、第二の聖地とも呼ばれている。
ヴェロニカがそう説明するが、アレシャとペトラからはその話を聞く余裕が奪われてしまっていた。犯人は空から降り注ぐ日差しに他ならない。アレクサンドリアに比べて、メイリスの街は凄まじく暑かった。
「アレクサンドリアとそんなに緯度は変わらないはずなのに、なんでこんなに暑いのよ……暑いのは苦手なのよ……」
「ここは雨がほとんど降らない土地らしいけど、この日差しじゃ納得だよね……」
「なんだ、だらしないな。ヴェロニカさんは毅然としているぞ」
そういってヘルマンはヴェロニカを横目でチラチラ見る。なぜ正視しないのか。
しかし、そのヴェロニカも汗をだらだらとかいていた。
「いや、私もさすがにローブ姿じゃ暑いわよ。脱いじゃいましょ」
そして、ヴェロニカは着ていたローブを豪快に脱ぎ捨てる。彼女ご自慢の服というよりも布きれと形容すべきものが現れた。
「ぶふっ!」
『うぐっ!』
ヘルマンとダレイオスがよく分からないうめき声をあげる。顔を押さえるヘルマンの指の間から赤い滴がしたたり落ちる。それを目撃してしまったペトラは大方察したようだ。ペトラのヘルマンを見る目がみるみる淀んでいった。
ヴェロニカはそれに気づかずに、メイリスの街の商会へ向かって歩いて行く。彼女が一歩踏みだすたびに、揺れる。ペトラのヴェロニカを見る目がみるみる淀んでいった。
メイリスの街の商会はアレクサンドリアの支部よりも小さかったが、十分立派な建物だった。冒険者は商会のある街に滞在する場合、それを報告する義務がある。どの冒険者がだいたいどの土地にいるのか把握しておくためだ。
ヴェロニカを先頭にして四人は建物の中に入る。男達の視線がヴェロニカに注がれるが、アレシャたちは特に気にしなくなった。短い間でも回数がかさめば人は慣れる生き物なのだ。受付へ声をかけると、受付嬢がいつもの営業スマイルを浮かべる。しかし、その受付嬢もヴェロニカの姿を見ると自然な笑顔を浮かべた。
「あ、もしかしてヴェロニカさんですか?お噂はかねがね!滞在報告ですか?」
「ええ。こっちの三人は私のパーティね。一緒にお願い」
アレシャとペトラはぺこりと頭を下げる。ヘルマンは止血のために鼻に突っ込んだ紙切れを気にしている。ガタンと立ち上がってそれに反応したのは商会にいた男の冒険者たちだ。『魔劇』のヴェロニカ。美しくて強いAランク冒険者。男ならそんな彼女を自分たちのパーティに引き込みたいと思うのは当然だ。しかし、ヴェロニカはどんな誘いも絶対に受けないことで有名なのだ。
にもかかわらず、ヴェロニカをパーティに加えた上に可愛い少女二人を連れている男がいるとなれば、それは凄まじい嫉妬と憎悪の対象となるに違いない。言わずもがな、ヘルマンのことである。事実、野郎どもの視線はヘルマンを射殺さんとするほどに鋭かった。しかし、ヘルマンは鼻の紙切れがヴェロニカにばれないようにするにはどうすればいいかに気を配っていて、それには気づかない。きっとあとで後悔することになるだろう。
そんな間も受付嬢はヴェロニカの書いた書類の確認を行っていた。
「はい、報告完了です!他にご用はありますか?」
「そうね、これから聖地に向かうつもりなのだけど、ついでにこなせる依頼はないかしら。巡礼者の護衛依頼なんかが最適なんだけど」
「確認しますね、少々お待ちください」
受付嬢はすぐさま書類を調べ始めていく。少しするとお目当てのものが見つかったようで、笑顔でヴェロニカに向き直った。
「丁度いい依頼がありましたよ。巡礼者の護衛依頼ですが、依頼主の希望がAランク以上の護衛なので誰も受けられなかったものがあるんです。報酬もなかなか高額ですし、いかがでしょうか?」
「ほう、わるくないな。う゛ぇろにかさん、うけてみてはどうでしょうか」
「なんであなた鼻声なの……?でも理想的な依頼ね。受けるわ」
「はい、分かりました!では、手続きしますね」
新人二人をおいて話は進むが、特に口を挟んだりもしなかった。むしろ、アレシャは冒険者として初めての依頼にワクワクを抑えきれず縦に揺れていた。ペトラは未だに暑さでダウンぎみで口を出す元気もなかった。
依頼の手続きが完了したところで、四人はメイリスでの宿をとりに向かう。おすすめの宿があると言ってヴェロニカが案内してくれたところは、食事が美味しく、設備が整っている上にお手頃な宿泊料という極めて好条件な宿だった。
本当はそれなりにかかるのだが、ヴェロニカにいいところを見せようとした主人が安くしているだけだったりする。しかし、安ければそんなことはどうでもよかった。
カウンターで部屋の鍵を受け取り、ヴェロニカが号令をかける。
「さて、依頼は明日の朝からよ!装備や食料も問題ないし、今日はもう休むことにしましょう。……その前に、ここには立派な浴場があるのよ。折角だからみんなで入りましょうよ。ヘルマンさんは除いちゃ駄目よ?」
「あ、あたりまえです。そんなことおれがする、するわけがないでしょう」
「「…………」」
アレシャとペトラが黙ってヘルマンを見つめる。
ペトラの淀んだ目はデフォルトになりつつあった。彼女の心の安らぎはもはやアレシャにしかないのだ。
「さあ、いこうか!風呂はいいものだな!」
『……あれ?あ!ダレイオスさん、いつの間に交代してるの、ちょっと!』
ペトラの心の安らぎは今まさに消滅した。
メイリスの街の夜はふけていく。
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