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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
149/227

60 顔見せに来ました

 目の前の近衛師団は一歩も引くことなく、次々と魔法陣を展開し始める。そして炎、氷、雷、風、あらゆる魔術の弾丸がダレイオスたちへ向けて殺到した。その一つ一つに、そこらの魔術師よりも高い魔力が籠もっている。しかし、彼らが相手をしようとしているのは『魔王』。魔術分野の最高峰にいる存在であることを忘れてはならない。


「ヴェロニカ、騎手を代われ!」

「分かったわ!」


 ヴェロニカと前後を交代し、ダレイオスは手を目の前に掲げた。


「この守りを破れるか!『クララスクートゥム』!」


 彼の目の前に出現したのは巨大な光の盾。神聖さすら感じさせるその鉄壁の守りによって、近衛師団の魔術はかき消されてしまった。さすがの魔術だが、防いだだけで終わりではない。ダレイオスは生み出した盾を両手でガッシリと掴んだのだ。その手を力一杯振りかぶり、そして——


「そぉら、受け取れ!」

『な、投げた!』


 光の盾は水平に回転しながら、近衛師団たちへとまっすぐに飛んでいった。恐らく本来の用途とかけ離れた使用方法だと思われるが、当たれば間違いなく痛いはずだ。ただ、近衛師団も精鋭と言われるだけの組織であった。冷静に魔力を練り上げると、分厚い障壁を張って盾の軌道を上方向へ逸らしたのだ。


「仕留め損なったか。だが、それで十分だ」


 近衛師団たちが防御に気を取られている間に、『アルケーソーン』の面々は彼らの頭上を飛び越えた。今は逃げが最優先。余計なことに時間を取られている暇はないのだ。

 しかし、近衛師団はひたすらに冷静だった。一切の戸惑いも見せず手綱を引いて馬を走らせ始め、距離を空けることなく追随してくる。馬よりもバンダーラビットの方が足が速いと言われているにも関わらず、距離を空けることができない。


「騎馬術は敵の方が上みたいね。厄介だわ」

「俺たちがバンダーラビットに乗り慣れていないというのもあるのだろうな」

「その、“バンダーラビットに乗り慣れている人たち“が追ってきてるんですけどね。っと、噂をすれば!」


 メリッサの言葉で一同が周囲に意識を向けると、並走している幾頭ものバンダーラビットが目に入った。乗っているのはエルフたち。日頃からバンダーラビットを利用している彼らは樹海の木々を足場に加速し、一度は離されたダレイオスたちに追いついたのだ。

 前方に敵影はないが、側方と後ろには敵が迫ってきている。ただ逃げ続けるしかない今の状況はかなり厳しい。三方向から攻撃を仕掛けられれば、耐え続けられるかどうかは怪しいところだ。『アルケーソーン』の面々は歯がみする。

 しかし敵は、彼らを更に悩ませる策を取り始めた。


「魔術部隊、狙いを定めろ!」

「あいつら、撃ってくる気か」


 左方向を走るエルフたちが動きを見せる。またしても魔法陣が一行を狙い撃とうとしていた。ダレイオスが左手で素早く障壁を張ったところで、エルフたちは魔力を固めた光弾を連射してきた。それはダレイオスの障壁へ向けて真っ直ぐに飛来する。かと思いきや、ダレイオスの障壁の裏へ回り込むようにして途中で大きく軌道が変化した。そしてどの光弾も、ある一点に集中する。それは——


「ちょ、ちょっと!なんであたしに向かって飛んでくるのよ!」

「伏せてろ、ペトラ!」


 言葉の通り頭を低くすると、ブケファロスの背負うリットゥの閃きが光弾を一刀の下に斬り伏せた。しかし、斬れども斬れども弾は途切れることなく打ち続けられる。加えて、左方向からだけではなく右方向からも攻撃が飛び始めた。メリッサとダレイオスが迎撃し、残らず撃ち落として行く。ただ、その攻撃の全てがペトラ一人に狙いを絞られていた。


「何でペトラちゃんばっかり狙われてるんですか!同じエルフなんですから、手加減してほしいくらいなんですけど!」

「寧ろ、その逆だろう。ペトラはエルフだから狙われてるんだ」

「え、何でですか?」

「樹海を抜けるのにエルフの存在が絶対だからよ。もしペトラちゃんが脱落でもしたら私たちは行き場を失って終わりよ」

「こっちの弱点を狙って突いてきてるわけか……。鬱陶しいことしやがって」


 迫る光弾を一太刀で切り捨てたブケファロスが苦々しげに呟く。幸いであったのは、エルフたちの攻撃がそれほど強力なものではないことだ。後方から迫る近衛師団からも攻撃を加えられでもすれば、一溜まりもない。なのでダレイオスたちはバンダーラビットの機動力を活かして、近衛師団が攻撃の余裕を持たせないようにする。おかげで馬に乗っている近衛師団は、馬を操ることに気を取られ、攻撃に移るころができていない。このまま逃げ切れるか。


「樹海も残りもう少しよ!このまま駆け抜けられる!」


 ペトラの呼びかけで、仲間の士気が確かに高まる。せめて樹海を抜ければ人里に駆け込んで攪乱できる。事務所に残っている仲間や、ランドルフに助けを求めることもできる。僅かにだが、希望が見えてきた。

 しかしそこで、想像だにしていなかったものが彼らの行く手に立ちはだかることとなった。攻撃を撃ち落としていたメリッサが、前方に発生した巨大な魔力の反応を察知した。すかさず警戒を呼びかける。


「皆さん、注意をお願いします!前から何か……。あ!」


 メリッサがポカンと口を開けて指さしたそこには、紫に輝く巨大な魔法陣が浮かんでいた。しかし、それは見慣れぬものではない。紛れもなく、転移魔法陣だった。


「定位置以外へ送る転移魔術……。“死人”のときに使われたものと同じものか!」

なら、これを発動させているのは——」


 バンダーラビットに乗りながらも巡っているダレイオスの思考は目の前の現実によって遮られる。転移魔法陣からノソリと現れたのは、獅子の頭に巨大な角、蛇の尾を持つ巨獣。何よりも全身を覆う七色に輝く鱗。彼らの前に幾度も無く立ちふさがってきた、『七色の魔物』がそこにいた。魔物は眼前から迫る人間達を一瞥すると、荒れ狂う洪水のような咆哮を発した。雄叫びは衝撃波に変わり、襲い来る。


「避けろ!間違っても相手をするな!」


 ダレイオスの指示の通り、彼らの跨がる三頭のバンダーラビットは横から回り込むようにして攻撃を回避する。彼らの後方を走っていた近衛師団も左右に迅速に分かれてそれを回避した。しかし後続の帝国兵は避けきれず咆哮の一撃を貰って吹き飛ばされていく。


「お、ラッキーだな!って、なんでアイツいるんだよ!しかも、樹海じゃ魔物は上手く活動できないんじゃなかったのか!?」

「それは魔力をコントロールできない魔物の話でしょ!あいつがそんなタマに見える?」

「まあ、それもそうか」

「呑気なこと言ってる場合じゃないぞ!次、来るぞ!」


 セイフの言う通り、『七色の魔物』は再び大口を開けてこちらを向いていた。あの姿勢は見覚えがある。


「火炎が来るぞ!上に逃げろ!」


 的確な指示で、今度は大きく跳躍する。そして一瞬遅れて、高音の炎が吐き出された。魔物の前方広範囲を焼き尽くそうとする業火に近衛師団やエルフたちは障壁や水系の魔術で対抗する。突然現れた時はどうなるかと思ったが、『七色の魔物』の出現はダレイオスたちにとって意外にも有利に働いたようだ。跳躍した勢いのままに『七色の魔物』を飛び越えようとする。

 しかし、魔物に注意が行き過ぎていた。彼らは、魔物の攻撃が届かない位置を走るエルフの部隊に気がつくことが出来なかった。三発の魔力弾が死角から撃ち込まれる。メリッサがそれに気づいて一つを撃ち落とす。ブケファロスが剣を振るい、もう一つを切り飛ばす。しかし、一つだけ撃ち漏らした。防ぎきれなかった一発がペトラの脇腹に直撃してしまう。


「うぅぐっ!」

「ペトラ!」


 低く呻きながら、ペトラはバンダーラビットの背から転げ落ちた。落下する先は、『七色の魔物』によって轟々と炎が燃えさかっている。跳躍中だったため、高さもある。そのすぐ近くには、近衛師団を初めとする他の敵の姿もある。非常にマズい状況。


『ダレイオスさん、交代して!早く!』

「勿論だ!」


 少女の纏う雰囲気が変わるや否や、彼女はバンダーラビットの背から飛び降りた。

 既に魔物の火炎攻撃は止み、追っ手の近衛師団とエルフは防御を解いていた。そこに飛び込んでくる、落下しているエルフの少女の姿。自分たちの隊のど真ん中に文字通り降って湧いた好機を逃すわけにはいかない。近衛師団の魔法陣なしによる魔術が瞬時に放たれ、少女を飲み込もうとする。その瞬間、その姿が彼らの視界から消えた。


「あぁっぶな!間一髪!」

「ゴホッ!……あ、アレシャ」


 ペトラは、足裏の魔法陣から炎を噴き出し浮遊するアレシャにお姫様抱っこされていた。小柄なので持ちやすいことこの上ない。エルフたちと、近衛師団までもがポカンとその姿を見ていたが、すぐさま我に返ると、アレシャへ向かって魔術を打ち込んできた。それを持ち前のスピードで躱すと、先行している仲間の元へ急ぐ。しかし、目の前に立ちふさがるは『七色の魔物』。


「ペトラ、捕まってて!」

「わ、分かったわ」


 アレシャは空いた手に魔力を込めて握りしめる。『七色の魔物』は厚い障壁を纏っているので、余程の攻撃でなければダメージは通らないのだが、突破するだけなら可能だと踏んだ。いつでも来いと迎撃の姿勢で待ち構えるが、『七色の魔物』はいつまでも来ず、あろうことかアレシャの素通りを許したのだ。そして魔物は大きく吠え、再び近衛師団とエルフへの攻撃を再開する。彼らは『七色の魔物』に手をとられ、アレシャたちを追いかけることができない。


「な、なんで無視?」

「さ、さあ。それより先に行かないと!」


 気を取り直して加速すると、仲間達は足を止めていたようで、すぐに追いつくことが出来た。ペトラなしで走るのは危険だと判断したのだろう。先ほど攻撃を仕掛けてきたエルフたちがその近くに倒れている。四人がかりで全滅させたようだ。


「お待たせ!ペトラは無事だよ」

「ごめん、油断してたわ。いてて……」


 地面に下りたったアレシャに、セイフとメリッサは驚いた表情を見せる。アレシャの珍妙な飛行魔術を見たのは初めてだったのだろう。メリッサがいつものように「凄い凄い」と手放しで賞賛するのを聞き流しつつ、アレシャは先ほどの『七色の魔物』の様子を伝えた。


「なるほど。確かに妙な行動だが、だから追っ手が来ないんだな。このエルフたちも、もう戦えんだろうし、一先ず追っ手は全滅というところか。まさか『七色の魔物』に助けられるとは……」

「でも、また増援が来るかもしれないわ。さっさと樹海を抜けてしまいましょう」

「そうですね。周囲に他に反応は——」


 メリッサが目を見開いて言葉を切る。いつの間にか、彼女の顔は汗で濡れていた。一体どうしたのかと他の五人が不思議に思う中、彼女の中には後悔の念が渦巻いていた。なぜ、言い忘れていたのか。脱出を焦っていたせいか。それとも、自分自身に、明確な恐怖という感情を植えつけたその存在を思い出したくなかったからなのか。それでも一言伝えておくだけで、もっと警戒できたはずだ。とにかく、皆に伝えねばならない。


「そうですよ。私たち、会ったんですよ!樹海の調査中に!あの女に!」

「あの女……?」

「それって、メリッサ!まさか!?」


 驚くペトラにメリッサは黙って頷く。彼女が感じ取ったのは色濃い膨大な魔力の塊。『魔王』たるダレイオスすら凌ぐと思われるその凶悪な魔力が、彼らの元へ迫ってきている。


「よかった、間に合ったか。顔見せくらいはしておきたくてね」


 彼らのすぐ近くから、その声は聞こえた。生い茂る樹木の影、暗がりからユラリと姿を現したのは、緑色のマントを着た黒髪の女。メリッサのように敏感な魔力感知能力を持っていなくとも、戦いに身を投じるものなら、その威圧感は強く感じ取ることができた。ダレイオスは反射的にアレシャと交代して、目の前の女性を睨みつける。


「ペトラ、メリッサ、まさか、この女が……」

「名乗らせて貰おうか、『魔王』ダレイオス。わたしが、『イナンナ』だ」


 そして彼女はニコリと微笑む。外見はやや気の強さを感じさせる美女。しかし、その冷え切った笑顔を好ましく思う者は特殊な嗜好の人間以外にいやしないだろう。


『この者から感じる力……。儂には覚えがある。相棒、おそらく』

「……ああ」

「奇遇だな、アレクサンドロスの剣。私もこいつの魔力に覚えがある」


 ダレイオスがそう呟くと、イナンナの顔が激しく歪んだ。心の底からの憎悪に満ちた表情。その場にいた誰もが、思わず竦んでしまう程だ。しかし、ダレイオスの身が固まってしまった理由は別にあった。彼の内から、彼にしか聞こえない声で、弱々しい呟きが聞こえたのだ。


『お、お姉ちゃん……』

「なんだと……?」


 ダレイオスはその言葉の意味を問おうとする。しかしその時、頭上から何かの雄叫びが聞こえた。全員の視線が集中する中、葉に遮られ僅かに見える空が鋭く光ったかと思うと、突然真っ白な光線がダレイオスたちの目の前を貫いたのだ。その衝撃によって地面がえぐれ、周囲の木々が倒れる。一瞬にして開けたその場所に、砂煙を上げながら何かが下りてくる。


「アレシャ、無事かしら!」


 下りてきたのは美しい白龍、スヴェート。それに跨がるのはアレシャの母、フェオドラだった。ダレイオスが辺りを見渡すが、『イナンナ』の姿は見えない。先ほどの衝撃で吹き飛ばされたのだろう。くたばったとは全く思っていないが、この好機を逃すワケにはいかない。


「フェオドラ、当然乗せてくれるんだろうな!」

「勿論よ。さあ、早く!」


 彼女に急かされ、『アルケーソーン』の面々は慌ててスヴェートの背に飛び乗る。最後の一人が乗るが早いか、スヴェートは両翼を羽ばたかせて一気に上昇し、そのまま樹海から逃げるように飛び去った。安全圏と呼べる場所まで離れるためにスヴェートは加速する。樹海があっという間に、見えなくなっていく。



 少し離れた場所からは未だ『七色の魔物』の咆哮が聞こえる。しかし、その魔物の役目も終わった。『イナンナ』が指を鳴らすと『七色の魔物』の足元に再び転移魔法陣が出現し、瞬きする間に凶悪な魔物の姿は消え去った。


「全く、母さんが乱入してくるとは予想してい無かったな。おかげで上手く逃げ切って貰ったわけだが。しかし、あの男もキミも面倒なことを言う。わたしはここでヤツを捕らえてしまいたかったんだが」

『そう焦るでない。もう一通りの手は打った。後は、あの男の策がどれだけ上手くいくのか見させて貰おうではないか』

「……そうだね。ここまで来たらもう焦るだけ無駄だろう。もうすぐ仇を取ってやるからな、アレシャ」

『フフッ……。そうだな。お前の悲願も、もうじき果たされるだろう』


 二人の女の会話。しかし、そこにいるのは一人だけ。周囲に聞こえる声も、一つだけ。彼女はマントについた砂埃を払うと、最後にもう一仕事するために『七色の魔物』と戦っていた近衛師団とエルフたちの元へ歩いて行った。

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