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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
147/227

58 悩めよ少女

 樹海内、謎の地下通路。一斉に飛びかかるエルフたち。

 ペトラとメリッサは未だ鈍く痛む腹を庇いながら武器を構えた。前衛のエルフたちは片手剣や短剣を、後衛は弓を手にして次々と攻撃を放つ。身柄を拘束とは言ったが、死ななければ問題ないというスタンスのようだ。向こうがその気なら、二人もそれほど手加減はできなさそうだ。


「メリッサ、通り道を一本空けてくれる?そうしたら、あたしが半分は減らしてみせる」

「分かりました。お安いご用です」


 ペトラが精霊魔術で短剣を強化する中、メリッサはその手に魔力をこめて矢を形成していく。そうしている内にもエルフたちは二人の前に迫る。


「精霊魔術『カザカベ』」


 メリッサの前に出たペトラが魔術で壁を作り出した。エルフたちの突進もそれに遮られ、降り注ぐ矢も弾かれていく。先頭を走っていたエルフが、その壁を苛立たしげに睨みつける。


「邪魔なものを……。だが、精霊魔術で我々の足止めはできんぞ!」


 そのエルフが壁に手を触れると、そこから亀裂が走る。それはあっという間に壁全体を覆い、光の粒子となって壁は消え去ってしまった。同じエルフなのだから、精霊魔術の解除もお手の物というわけだ。しかし、そんなことはペトラも承知である。


「メリッサ、準備できた?」

「はい!離れていて下さい!」


 目的は時間稼ぎ。エルフの攻撃の手が止まってしまった間にメリッサの手にある矢には存分に魔力が注がれていた。矢は真っ白に輝き、もうもうと煙を吐き出している。いや、煙ではない。肌に触れるだけで痛みを感じるほどの冷気だ。

 そしてメリッサは名一杯引き絞ったその手を離す。


「行きますよ!『零弩弓』!」


 その矢が描く軌道は直線。エルフの軍団へ向けて真っ直ぐに飛ぶが、矢は何者にも突き刺さりはしなかった。矢が刺さる直前、エルフたちの身体は立ちどころに凍てつき、矢によって穿ち砕かれてしまったからだ。勢いを緩めることなく飛ぶ矢によって、その軌道上にいたエルフたちは皆身体の一部が砕け散り、絶叫を上げて地面に転がる。

 そしてペトラの要望通り、固まっていたエルフの群衆の真ん中に一本の道が生まれた。


「メリッサ、逃げる準備しておいて!」


 そう呼びかけてペトラが駆け込む。メリッサの攻撃に恐怖を感じて体勢を崩していたエルフたちも気を振り絞って武器を構え直すが、ペトラのスピードの乗った一撃はそう悠長に構えていて防げるものではない。ペトラがエルフたちの間をすり抜け風が巻き起こると、エルフたちは血を吹き出して次々と倒れていった。メリッサの作った道が更に大きく開ける。


「行くわよ!」

「ガッテン!」


 ペトラの後ろについてメリッサも走り出した。エルフたちは完全に陣形を崩されてしまい、二人を止めることはできない。


「くそっ、動ける者は追え!逃がすな!」


 指揮をとっていたエルフの号令で彼らは慌てて駆け出すが、そこにメリッサがため込んでいた魔力を打ち込む。


「『凍界(フローズン・フィールド)』、控えめ!」


 先ほどよりは幾分レベルが下がったが、凍てつく冷気が辺りに充満した。大気中の水分を氷へ変え、エルフたちの足を引き留める。得意げに親指を立てて見せたメリッサにペトラは頷きを返し、そのまま緑に光る地下通路から地上へ這い出した。外で敵が待ち構えていないかと警戒していたが、その心配は無かったようだ。乗ってきたバンダーラビットも無事である。


「あの感じだと、また追っ手が来るでしょうし……。とにかく一旦ここを離れましょう」

「そうね。おいで!」


 ペトラが呼ぶとバンダーラビットが二頭駆けよってくる。二人はそれに跨がり走り出した。しかし長時間乗っていてはメリッサが乗兎酔いに耐えきれないだろう。ある程度離れたところで下りて比較的大きめの木の幹に身を隠す。

 周囲に生きものの気配はない。二人はそこでようやく緊張を緩め、大きく息を吐き出した。


「全く、あまりにも色々起きすぎでしょ……。『イナンナ』と“大樹の秘密”に長様の暗殺。しかもそれがあたしたちの仕業になってるって、ワケが分からないとかそんなレベルじゃないわよ!」

「でも、長さんが殺されたってことは、オル・オウルクスの街はきっと騒ぎになってますよね。って、ア、アレシャちゃんは、皆は無事なんですか!」

「そんなの、分からないわよ!」


 メリッサに詰め寄られるが、ペトラも混乱していて冷静な思考を保つことができずに、つい声を荒げてしまう。


「す、すいません。そうですよね、心配なのはペトラちゃんも同じですよね」

「こっちもごめん。ちょっと、大人気なかった」

「「……はああああああああああ」」


 互いに謝罪を交わしてから、互いに大きくため息をつく。それで自分の内にある困惑を全て吐き出すと、幾分か頭が透明になってきた。今必要とされているのは正しい状況判断だ。頭に血が上っていては冷静な思考が保てない。

 何度か息を吸い込み、頭に十分な酸素が行き渡ったところでペトラが切り出した。


「とりあえず、他の四人と合流するべきよね。確か『イナンナ』が、大樹で面白いことが起きているとか言ってたわ」

「間違いなく巻き込まれてますよね、他の四人」

「そうよね……。その“面白いこと”が長様の暗殺ってことなのかしら。でも、『イナンナ』の言い方では“大樹の秘密”に関することのように聞こえたし……。いや、皆と合流できれば分かる事よね」

「どうやって合流しますか?向こうも私たちを探してると思いますけど……」

「なら簡単なことよ。オル・オウルクスに戻るわよ」


 ペトラがさも当然のようにそう言うと、メリッサは目を丸くする。そして挙手して異議を唱えた。


「オル・オウルクスで何が起こってるかは分かりませんけど、それって敵地に飛び込むようなものですよ!危険ですって!」

「あれ?“死人”の事件のとき、思い切り敵地に殴り込みをかけたってアレシャから聞いたけど、気のせいだったかしら」

「う、それは、あのときは若かったんで……」


 若いとは言うが、一年少々前のことである。メリッサが口ごもると、「それに」とペトラは続ける。


「皆はその敵地にいるのよ。それを放っておくのは、あたしには無理だわ。メリッサはどう思う?」

「……そんなの、そんなの、放っておくワケないですよ!アレシャちゃんを助けられるのは私以外にいませんから!」

「なら、考えるまでもないわね」


 ニッコリと笑顔を浮かべたペトラが立ち上がって手を差し出すと、メリッサは力強くその手を握った。方針が決まったら次にやらねばならないことは、ただただ目的地へ急ぐこと。二人はじっとその場で待たせていたバンダーラビットに再度跨がると背中を強めに叩き、電光石火で駆け出す。

 ペトラの案内に従って樹海を走る。これまでと同じならば既にゲロゲロになっていてもおかしくなかったメリッサだったが、泣き言を言うこともなかった。病は気から、というのもあながち嘘ではないということなのだろう。ただ一心に仲間達の元へ急ぐ。


「正面入り口は避けるわよ。少し迂回して壁を乗り越えるわ」

「了解です」


 オル・オウルクスが近づいてきた頃、ペトラがメリッサへ呼びかけた。オル・オウルクスの周囲を囲う高い壁のせいで街の様子を知ることは出来ないが、馬鹿正直に踏み込めばあっという間に囲まれてしまうのが容易に想像できる。壁が見えてきたところで宣言通り入り口から右側へ回り込む。


「壁の周りに見張りがいますね」


 魔力感知で察知したらしいメリッサが走りつつそう呼びかけた。


「どう?対処できそう?」

「数は多くないですね。私に任せて下さい」


 メリッサがウサギに乗ったまま弓を構える。ふっ、と細く息を吐き出すと矢を放った。そのまま五本の矢を打ち終えると、メリッサは親指を立てて見せた。その自信ありげな顔に偽りなく、壁の際にたどり着くと数人のエルフが倒れていた。


「一応、急所は外してます。まともに動けないとは思いますけど」

「上出来よ。さ、お願い!」


 跨がるバンダーラビットの頭を景気づけるように叩くと、ウサギは高い壁を伝うようにしてジャンプし、乗り越える。そして二人の視界に移ったオル・オウルクスの街の姿はなんとも異様なものだった。

 街中を駆け回っているのはエルフとデカン帝国兵。彼らが追いかけているのは自由に駆け回るバンダーラビットたち。そして街全体を緑色の薄い霧が覆っていた。そして何より目を引くのは、視界の奥に映る、枯れ果てた大樹の姿だった。


「何あれ!?た、大樹が……。と、とりあえずアレシャたちを探さなきゃ」


 ペトラたちは一先ず人目につかない裏路地に降り立ち、街中を虱潰しに探すわけにもいかないのでメリッサに魔力感知で居場所を探って貰おうと考える。早速頼もうとペトラは思ったが、そうするまでもなくメリッサは早速アレシャの居所を探っているようだった。

 そして数分経たず、メリッサが口を開く。


「見つけました!アレシャちゃんの魔力です!」

「さすがね。案内して」

「了解です!」


 バンダーラビットは目立つので一旦待機を命じ、意気揚々と歩き始めたメリッサに案内されるままにコソコソと移動を開始する。メリッサの魔術、『無彩(ステルス)』のおかげで、メリッサとそのすぐ側にいるペトラは周囲の風景に同化して朧気にしか姿を見ることができない。

 そしてメリッサがダレイオスの反応を感知した場所までやってきた。そこはなんと言うこともない民家だ。この場にいると間違いないとメリッサは言うので、コソコソと侵入しようとする。その瞬間——


「動くな」


 冷たい声とともに、二人の目の前にギラリと光る刃が突きつけられた。突然のことに声を上げることもできず、二人はただ口をパクパクさせていたが、冷静になれば、その声は聞き覚えのあるものだった。


「セ、セイフさん。私です。メリッサです。あと、ペトラちゃんです……」

「お、やっぱりか。すまんな、気配を殺してコソコソしていたんで、用心の為だったんだ」


 『無彩(ステルス)』を解いてメリッサとペトラが姿を現すと、セイフは謝罪しつつカタナを引っ込めて付いてこいと顎で示す。セイフが入っていったのは、その民家の倉庫らしき場所だった。どうやらここを隠れ場所にして勝手に使っていたらしい。そしてそこには、彼らの団長が一頭のバンダーラビットとともに座っていた。


「アレシャ、無事みたいで何よりだわ」

「悪い、ダレイオスだ」


 白髪の少女は頭を掻きながらそう言うが、無事であることには変わりはない。ともかく無事に合流できたことで、互いにほっと胸をなで下ろした。


「ここに隠れて、セイフと交代でお前らが帰ってこないか見張っていたんだ。そしてお前らが壁を越えたところを発見して合流を計ったんだが、まあ、あんな形で悪かった。しかしその様子だと、今私たちが置かれている状況は理解できているようだな。ならなぜ、オル・オウルクスまで帰ってきたんだ?」

「は?そんなのあんたたちが心配だからに決まってるじゃない。あたしもメリッサもそんな薄情な人間じゃないわよ。そんなことより、アレシャは大丈夫なの?こんな状況じゃ、かなり参ってるんじゃない?」


 さも当然のように言いつつ、アレシャを気遣う言葉をかけるペトラにダレイオスは少し面食らってしまう。しかし、ペトラはそういう少女だったとダレイオスは思い出す。知り合ったばかりの頃も、危険だと分かっていてもアレシャを助けるために『七色の魔物』に立ち向かってくれた。そんなこと、そう易々とできることではない。そしてそんなペトラと話すことで、アレシャにとってきっと良い影響があるはず。ダレイオスはそう思った。


「アレシャ、交代するぞ。ペトラと話してみろ」

『え、うん。いいけど……』


 アレシャが未だぼんやりとした声で了承し、キリッとしていた少女の顔から覇気が消える。それでアレシャと交代したのだと察したペトラはアレシャに語りかける。


「あんた、また考え込んでるんでしょ。どう行動すべきなのか、いったい何が正しいのか、とかね」

「……うん。ごめん、考え込みすぎは悪い癖だもんね。もう考えないようにする」


 アレシャがそう言うと、ペトラは首を横に振った。


「いいわよ。存分に考えなさい。満足するまでね」

「……え?」


 アレシャが顔を上げ、目を丸くしてペトラの顔を見つめた。それはこれまで言われていたことと、まるで正反対の話だったからだ。ペトラは照れくさそうに頬を掻きながら続ける。


「あたしも色々考えたのよ。アレシャが悩んでるときに、あたしに何かできることはないかなって。でもあたしは頭もそんなに良くないから、気の利いた言葉の一つもかけられないわ。だったらあたしにできることは、アレシャが弱ってる時にその分を補って、アレシャが存分に考え込めるだけの時間を作ってあげることよ。あたしがその間、アレシャを守ってあげる」


 そのために一年間修行したんだから。ペトラはそう言って笑った。しばしポカンとペトラを見つめていたアレシャはゆっくりと俯いてしまう。そして大きく息を吐いた。


「何か、ペトラにいつも励まされてばっかりだな、わたし。駄目だなあ、もう」

「駄目じゃないですよ!そんな、ふよふよとしているアレシャちゃんが私は好きです!」

「ちょっと黙っていような、メリッサ」


 アレシャはメリッサの言葉も耳に入らず、俯いたままだった。ペトラはじっとアレシャを見下ろしていた。


『いい友人だな。ここまで言ってくれるやつなんて、そうはいないぞ。それで、お前はどうするんだ?』

「……そんなの……」


 アレシャがボソリと呟いて、それからしばしの静寂。かと思いきや、アレシャが突然自分の頬を力一杯ひっぱたいた。パアァァァン!というかなり大きな音が響き、その場にいた全員が驚きでつい身体を跳ねさせてしまう。皆の視線が集まる中、アレシャはその場に立ち上がった。


「ペトラ、ありがとう。もしわたしが駄目になってる時は背中を任せるよ。でも!わたしも甘えてばかりになりたくないって、今思った!ペトラに守られているだけなんて、わたしのプライドが許さないから。なんてったって団長だからね」


 アレシャはペトラの顔を見つめながらニッと笑って見せた。現状に対する、彼女なりの気持ちの入れ替えだった。別に悩むのをやめたわけではない。問題を先送りにしたとも言える。しかし、今アレシャに必要だったのは、現状と向かい合う踏ん切りをつけるきっかけだった。対等な友人であるペトラの言葉は、アレシャの意志を後押しすることができたようだ。しかし対するペトラの顔は、少し引きつっていた。


「……アレシャ。ほっぺた、ものすごい腫れてるわよ。ちょっと痛々しいくらい。冷やした方がいいんじゃない?……痛くない?」

「……いたい」

ようやく落ち着く予感。

というわけで次回から隔日更新に戻します。

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