57 合流
ただ、追っ手の数を考えるとがむしゃらに逃げるだけでは駄目だ。互いが持っている情報を交換するためにも、ここは一度どこかに身を潜めるべきだということになった。全力で逃げながらヴェロニカが提案する。
「前に街を見て回っている時に、使われていない倉庫群を見つけたわ。少しの間隠れるだけなら、そこがいいと思う」
「よし、そこにしよう。案内してくれ」
ヴェロニカの案内のままに、四人は細い路地に飛び込む。追っ手が通り過ぎた頃を見計らって人気の無い街の片隅へと駆け出した。
ヴェロニカの言う通り、倉庫群は似たような建物が多い上に高く積まれた荷物が視界を遮っており、隠れるには打って付けの場所だった。しかし、この絶好隠れ場所の存在はエルフたちも当然承知しているであろうし、時間的な猶予はあまりないと考えるべきだろう。それでも彼らはそこでようやく一息つくことができた。深呼吸して息を整える。
「全く、いきなりとんでもないことになったもんだ。……アレシャ、大丈夫か?さっきから一言も発してないが」
『……ごめん、ちょっと大丈ばない……。なんか、頭がぐっちゃぐちゃで、なんで、こんな……』
「いや、無理からぬことだ。ひとまず私に任せてお前は休んでいろ」
『ごめんね、お願い』
アレシャは随分と弱っていた。ダレイオスもアレシャを案じて優しく接する。アレシャはオル・オウルクスについてからずっと自分がどう行動するべきか考え続けていた。そしてようやく道が見えた矢先に、この仕打ちだ。いくら団長といえど、冒険者になって二年も経っていない少女に無理に責を負わせるというのも酷な話だった。
ダレイオスの言葉からアレシャが落ち込んでいるのだと察した他の三人はアレシャを心配するが、ダレイオスが大丈夫だというのでここは言葉を飲み込む。
「……それじゃあ時間もないことだし、状況確認をさせてちょうだい。会談の場で、いったい何があったの?」
「ああ。今でもワケが分からんのだが……」
ダレイオスはそれから会談の場で起きた一部始終を話した。バートが突然、長を殺害したこと。そしてそれが『魔王』ダレイオスの命令だと発言したこと。その『魔王』がアレシャの身に宿っていると公言したこと。その直後、バートが自決したこと。結果、長の殺害の罪がダレイオスになすりつけられたこと。
聞いているだけで胃腸が泣き叫ぶような、どうしようもない話だった。
「バートのことはすぐに取り押さえようとしたんだがな。それよりも早く自ら腹をかっさばいてしまった。多分それも、余計なことを口走ったバートの口を私自ら塞いだようにしか見えなかっただろう」
ダレイオスは自分の服にべっとりとついた返り血に手を触れて忌々しげに呟く。セイフは呆然としてそれを聞いていたヴェロニカとブケファロスに頭を下げた。
「すまない。俺がしっかりとしていればこんなことには……」
「話を聞いている限りじゃ、誰だって防げやしなかったさ。セイフさんのせいじゃねえよ」
ブケファロスの励ましにセイフはもう一度だけ「すまない」と謝罪してから頭を上げる。そして、今度はヴェロニカら調査班へ話を振った。
「お前達も何か掴んでいたようだったな。あの緑の光と触手と霧。あれは何なんだ?」
「私たちは核心を掴んでいるわけじゃないのだけれど、推測も含めてとりあえず説明するわ」
ヴェロニカが話し始めたのは、調査の結果手に入れた“大樹の秘密”についての情報だ。大樹の持つ膨大な生命エネルギーがそれによってまき散らされ、それをデカン帝国兵が回収していたということを簡潔に説明すると、ダレイオスはどこか納得した表情だった。
「どうやらそれが、デカン帝国がオル・オウルクスに接近してきた理由のようだな。しかも、そいつらも『魔王』と言っていたんだろう?」
「ああ。俺らのことも『魔王』の使徒だとか言ってたぜ」
「『魔王』の使徒か。響きだけはとんでもない悪役感が漂ってるな」
セイフが呆れたようにため息をつく。ただ、自らの所行を「『魔王』の命令」だと言い張っている点はバートの例と全く同じだ。バートの裏にいる人物と、その帝国兵の裏にいる人物は同一と見てもいいだろう。
「順当に考えれば、デカン帝国の人間。恐らく『イナンナ』だろうな。しかし、この私への押しつけっぷりを見ると、ルーグの襲撃まで私の仕業ということになりそうだな。……いや、これは本当にそうなりそうだな。全く笑えんぞ」
「ルーグの死の確認はどうなった?」
「残念だけど、既にデカン帝国に移送されていて確認はとれなかったわ」
首を横に振るヴェロニカにダレイオスは少しばかり残念そうな顔をみせる。ルーグの死の真相を知ることは厳しくなってしまったわけだが、皇帝の葬儀を行えば新聞に少なからず情報が出るはずだ。デカン帝国にいるシバからも情報が得られるかもしれない。ならばルーグのことは一旦置いておき、今後のことへ話題を移す。
「他にも話し合いたいことはあるが、細かい考察は後回しだ。今は何とかオル・オウルクスを脱出しなくては。弁解、釈明は、もはや無意味だろうからな」
「残念だけど、その通りね。生命エネルギーのことも気になるけど、今は自分たちの安全だわ」
二人の言葉に全員が静かに頷く。この騒ぎがいったいどれだけ広がるのか、今後の自分たちの活動にどれだけの影響をもたらすことになるのかは想像がつかないし、正直考えたくない。目先の事に集中することで彼らは平静を保つことができた。
「樹海の調査に行っているペトラ、メリッサと合流するのが何よりも優先だな。俺たちが『魔王の使徒』なんて言われてるくらいだから、あいつらの元にも追っ手が向かうかもしれねえ」
「ああ。それに、私たちが樹海を抜けるにはペトラの力が絶対に必要だ。何としても合流しなくては」
無計画にオル・オウルクスを飛び出したところで、そこに待つのは深い樹海だ。エルフなしで樹海を彷徨くのは自殺行為。外に出ることも叶わず行き倒れるだろう。ペトラとの合流は絶対条件だ。しかし、その合流も簡単にはいかない。
「樹海に出ても、特定の人物を探すのは不可能だという話だ。樹海のどこにいるかも分からないペトラたちとどうやって出会えばいい?」
「……そうだな。そういえば、あいつらは事件現場の調査へ行っただろう?そこまではどうやってたどり着いたんだ?」
ダレイオスの持った疑問にヴェロニカが答える。事件現場にある仕掛けが鳴らしている音をバンダーラビットの聴覚が捉えることで目的の場所まで行けるという仕組みだ。なので、バンダーラビットさえいればダレイオスたちも事件現場までは行けるということになる。
そう聞いてダレイオスは顎に手を当てて思案する。
「となると、やはりバンダーラビットが必要になるか。あの巨大な樹海を一気に駆け抜けるには何かしらの乗り物が欲しいところだったしな。追っ手が樹海まで追いかけてきた時を想定すると、己の足だけでは到底逃げ切れん」
「ウサギをどうやって確保するかは後で相談しなくちゃね。それで、どうやって合流するかの話だけれど」
「考えたんだが、あいつらの居場所は分からない。だが、これからの行動を推測することはできる」
三人が興味を持って耳を傾ける中、ダレイオスが話したのはペトラとメリッサが置かれている状況の二つの可能性。それは彼女らが現在追われているのか、追われていないかだ。
もし追われているなら、彼女らはダレイオスたちと合流しようとするだろう。ただ、それでも街まで戻ってくるとは考え難い。態々敵の本拠地であるオル・オウルクスにまで突っ込んでくるのはリスクが高すぎるからだ。それならまだ逃げようがある樹海に居る方が安全である。なら彼女らが選択できる合流地点は事件現場以外にない。樹海内において、ダレイオスたちが自力でたどり着ける場所はそこだけだからだ。
そして、もし追われていないなら、彼女らは何事も無くオル・オウルクスへ帰ってくるはずだ。時刻もそろそろ予定していた調査の切り上げ時刻になろうとしている。帰ってくるとすれば、もうすぐのはずだ。
「だから、二手に分かれる。二人は事件現場へ行って合流をはかる。二人はオル・オウルクスでペトラが街へ戻ってきたときにすぐに合流できるように入り口付近で隠れて待機する。どうだ?」
「悪くないわね。少なくとも、今とれる方策の中では合流できる可能性が一番高いと思うわ」
「けど、バンダーラビットは絶対に必要だろ?どうやってゲットする?」
「大樹に押し入るしかないだろう」
ダレイオスはさも当然であるかのようにそう答える。できればそれは遠慮したいので他の三人は反対意見を考えるが、これといって思い浮かぶことはなく、ダレイオスに乗るしかなかった。
「なら、善は急げだ。敵が私たちの居場所を探している間にちょろまかしてやろう」
「「「了解」」」
四人は物陰から姿を現し急ぎ足で、しかし息を潜めて行動を開始する。
隠れていた倉庫群から大樹までは距離はそれほどない。日が傾き始めていたのも幸いして、影に隠れながら移動することで上手く大樹まで接近することが出来た。
道中、エルフとデカン帝国兵がダレイオスたちを探して駆け回っている姿を何度も目撃した。どうやら、少なくともこの二国と完全に敵対することになってしまったようだ。デカン帝国はともかく、あれだけ良くして貰ったエルフたちを敵に回すというのは心苦しいものがあった。現実とは非情なものだ。大樹近くの茂みの中に身を隠しつつ、ダレイオスはため息をついた。
「しかし、こうやってみると見る影もないな。あれだけ立派だった大樹がすっかり枯れちまった」
「緑の霧、というか生命エネルギーもほとんど見えなくなったな。デカン帝国にあらかた回収されてしまったか。くそっ……」
セイフが舌打ちするが、ダレイオスはあの生命エネルギーを集めていた球体を持ってそう簡単に逃げることができるだろうか、と考えていた。あの時の様子だとデカン帝国兵の半数ほどがそれに荷担していたようだったので、ある程度の時間稼ぎは可能だろうが、逃走は難しいと言わざるを得ない。しかし、すでにあの球体は姿を消してしまっていて一体どのような結末を見たのかは分からなかった。
「いや、いかん。それを考えるのも後回しだ。バンダーラビットがいるのはどのあたりだったか」
「確か、あそこの大きな穴だな。樹海の調査へ行ったときはそこから飛び出していったはずだ」
「見張りは一、二……七人か。少し多めだな」
「私たちが逃走手段を欲しているのを分かっているんでしょうね。それでも七人なんて、Aランク冒険者を舐めないで欲しいわ」
ヴェロニカがセイフへ視線を送ると、彼は了解の意をこめて頷いた。そしてカタナに手を当てたまま真っ直ぐに駆け出す。見張りのエルフたちもそれに気づいて慌てて武器を構える。そこに飛来する一振りの大剣。一人のエルフが武器でそれを弾くが、その大剣は独りでに動き回り剣の腹でエルフを打ちのめした。
その奇怪な動きに気を取られている内に、セイフが他の見張りに肉薄する。そこから流水を彷彿とさせるような連撃。エルフたちの反撃は全てあらぬ方向へ流され、首や腹をカタナの峰で次々に打たれて地に伏せていった。
「さすがセイフさんだな。その剣術、今度教えてくださいよ」
「ブケファロスくんには向いてないだろう。剛剣とは真逆のものだ」
「まあまあ、何かの参考になるかもしれないですから」
ブケファロスは地面に刺さったリットゥを手にとって、倒れるエルフたちの頭をゴンゴンと叩いていく。他のエルフに連絡でもされては困るので意識を刈り取るのを忘れない。ダレイオスとヴェロニカも二人の元へ駆けよる。
上々の結果に満足して、ダレイオスは奥へと視線を向けた。結構な数が既に使われているが、まだまだ多くのバンダーラビットが部屋の隅でうずくまっていた。特にこちらを警戒しているような様子も無く、これなら問題なく乗りこなせそうだ。
「数はどうする?」
「とりあえず二頭だ。それでペトラとメリッサの乗っているバンダーラビットを合わせると四頭になる。一頭につき二人乗れば十分足りる」
「そうね。このウサギちゃんを沢山連れてたら目立っちゃうし」
納得したヴェロニカは一番近くで眠っている一頭を起こして頭を撫でると、その背に跨がった。
「私が樹海の事件現場へ向かうわ。あともう一人は誰が行く?」
「俺が行く。さっきまでと同じチーム分けの方がやりやすいだろ」
「分かった。頼んだ」
ヴェロニカの後ろにブケファロスが跨ってから、ヴェロニカはウサギの背を撫でて立ち上がるよう促した。ダレイオスとセイフも近くにいた一頭を選んでから、他のウサギを起こしていく。
「よし、行ってこい!」
そしてダレイオスはそのウサギたちの尻を強めに蹴り上げた。突然の痛みに驚いたバンダーラビットたちは興奮して一斉に穴から飛び出していく。そして街の方からは次第に、エルフやデカン帝国兵のものと思われる大きな声が上がり始めた。突然現れた大ウサギたちへの対応を呼びかける号令だろう。民間人の悲鳴も混じっているかもしれないが、この際気にしない。
「さ、陽動になっている内に行くぞ。セイフ、運転は頼んだ」
「了解だ」
「私たちも行くわよ。ブケファロスくんはしっかり捕まってるのよ」
「え、捕まる?え、良いのか?」
ヴェロニカの後ろに跨がるブケファロスは狼狽え始めたが、そんなことも気にかけている余裕もなく四人は穴から飛び出した。ブケファロスはとりあえずヴェロニカの背に抱きつくことにしたみたいだが、この光景をヘルマンに知られたら、殴られるんじゃないかとダレイオスは思った。
「そんなことを考えていられる内は、まだ余裕があるってことなのかもな」
ダレイオスは自分の思考に一人肩をすくめ、二頭のバンダーラビットはそれぞれの持ち場へ向けてオル・オウルクスの街を跳び抜ける。




