55 賊
「——後は、少数ですが帝国兵を常駐させて頂きたい。勿論、保守勢力の捜索などにもお手をお貸し致しますゆえ」
「そういうことでしたら、一向に構いません。我々も歓迎いたします」
長が笑顔で答えると、クーも満足げに頷いた。
その話の様子を脇の席からダレイオスとセイフが見守る。
『やっぱりデカン帝国もそんなに要求はしてこないね。何か楽しそうに話してばかりでそんなに取り決めもないみたい』
アレシャが呟く。それは本来なら喜ばしいことなのかも知れないが、ダレイオスにはクーが会談の途中で雑談を挟むことで話し合いを間延びさせているように見えていた。本当にそうなのだとしたら、何かの時間稼ぎをしているのだろうか。ダレイオスはそんな風に思うも考えすぎか頭を振る。
ふと視線を窓の外へやると、日は既に高く上り終えて徐々に傾き始めていた。この日の会談もそろそろ終盤というところだろう。今日は何事もなく終わりそうだった。
『みんなは上手く情報をゲットできたかな。後で話を聞かないと』
アレシャの言葉にダレイオスは無言で頷く。会談が終わる頃には部屋に戻っているように頼んでおいたので、他の面々もそろそろ調査を終えようとしている頃のはずだ。
そう考えている内に会談は次の話題へと移っていた。内容はオル・オウルクス側からの要望についてだ。対等の国交と銘打っている以上、オル・オウルクスがデカン帝国へ意見を述べる権利はあるのだが、長は遠慮がちに口を開く。
「我々が今回の国交に求めるものは一つ。貴国には、外界の人々とエルフとの仲立ちをして頂きたいのです。保守派勢力の存在がある以上、先にそちらを対処してからお頼みすることになりますが」
「それに関しては勿論こちらも承知しております。それこそ、他でもないルーグ陛下の願いなのですから」
話は重要な局面となっていた。長にとっては本題であるが、デカン帝国がダレイオスの考えているような国であるならば、帝国にとってはどうでもよいことであるはずだ。しかし、クーは笑顔を崩すことなく長と話を進める。やはりクーに憑く精霊が見えているはずの長が怪しんでいない以上、クー自身は何も企んでいないと見てもよさそうだ。彼はただルーグの意志を継ごうとしているだけなのだろう。となるとやはり、この会談で何かが起こるということもなさそうだった。
故に、ダレイオスもセイフも少しばかり気が緩んでいたのかも知れない。ただ気を張っていたからといって、この後に起こる事態を回避することは難しかっただろう。それほどに事が起こったのは突然であった。
クーと長は次にデカン帝国とオル・オウルクスの間での物資の流通について話していた。デカン帝国は外界で手に入る鉱石などの資源を、オル・オウルクスは豊かな土壌を利用した作物を輸出するという事に決まり、第一回目の取引について話を詰めていく。互いに異存ないように話がまとまり、クーが長へ確認をする。
「では、そのように進めていってもよろしいですかな?」
「ええ。どうか、よろしくお願いい——」
長の言葉が途切れた。何の脈絡も無く、突然に。次いで、何か重い物が床へ落ちた音が部屋に響いた。長へ向けられていた視線の全てが凍りつく。
赤に染まる床に転がっていたのは、長の、ラース=オルフの首であった。椅子に腰掛けたままの長の身体は、突っ伏すようにテーブルへと倒れ込む。溢れる鮮血が白いテーブルクロスを穢していった。
その場にいる誰もが言葉を忘れてしまっている中、彼はニタリと笑った。
「術者は消えました。『魔王』様、あなたのお望み通りに」
血まみれの椅子のすぐ後ろに立つ男、バートが短剣を手に呟く。そして、その血走った視線は一直線にダレイオスの方を見据えていた。
『う、うわあああああああああ!!!』
アレシャの絶叫がダレイオスの脳内に響いたその瞬間、会議室の長机が高く蹴り上げられた。赤いテーブルクロスがフワリと舞い上がり全員の視界がそれに注がれている中、バートは飛びかかったダレイオスによって地面へ叩きつけられた。ダレイオスの腕がバートの首をキツく押さえつける。それを皮切りに他の者たちも我に返った。
「貴様……。今、何と言った。何故、長を殺した!」
「何を、とは、ご冗談を。あなたがご命令なさったのではないですか。『魔王』ダレイオス様」
「何だと……?」
ダレイオスは更なる追求の言葉をかけようとするが、バートの口の端から血が溢れ出した。ダレイオスが急いで立ち上がると、彼の腹部には彼の持つ短剣が深々と突き刺さり、腹を横に大きく引き裂いていた。おびただしい出血。助かる見込みはないように思えた。ダレイオスは薄笑いを浮かべた目の前のエルフの死体を見下ろし舌打ちする。その時だ。
「動くな!」
いつの間にか、クーの後ろに控えていた近衛師団員たちがそれぞれの得物を手にダレイオスとセイフを取り囲んでいた。セイフは腰のカタナに手を当てた状態で固まり、ダレイオスも棒立ちで身動きがとれなくなっていた。
次いで、会議室の扉を勢いよく開け放たれる。外で待機していたエルフたちが騒ぎを聞いて飛び込んできたのだ。彼らは目の前に倒れる二つの無残な死体を見て絶句し、困惑の視線を部屋に居る者へ向ける。そして、包囲されている二人を見て状況を察したようだ。武器を取り、ダレイオスへ突きつける。
「まさか、アレシャ殿。あなたがバートさんと、長様を……!」
「違う。長殿を殺害したのはバートだ。そしてバートは自ら腹を切って命を絶った」
ダレイオスは冷静に真実を話すが、それが簡単に受け入れられないものだというのは自覚していた。クーがそこに望まない証言を加えるからだ。
「この女の言う通りだ。しかしバート殿は死の間際に、その女の命令でやったことだと口走ったのだ。その女が、『魔王』ダレイオスであると!」
「何だと……!?」
その言葉にエルフたちは目を見開く。驚きと困惑が彼らの頭を駆け巡った。しかし状況の理解が追いついていないながらも、彼らはダレイオスが下手人であるとは理解できた。
一番先頭に立っているエルフがダレイオスへ向けて叫ぶ。
「何という外道か!しかも『魔王』ダレイオスだと……。自ら悪を語るとはふざけた真似を!貴様の目的は何だ!」
ダレイオスはそれに答えることができない。平然を装っては居るが、彼の頭はかつて無いほどに混乱していた。目的がなんだときかれても、それはダレイオスが知りたいことである。なぜバートが突然長を殺したのか。しかもその口から『魔王』ダレイオスの名が、そして罪をなすりつけるような言葉が出てきたのか。このほんの短い間の出来事の全てがダレイオスの頭へつめかけ、まともに処理することができない。
「だんまりというわけか……。とにかく、話は後でたっぷり聞かせて貰う。取り押さえろ!」
「近衛師団の者たちよ!この不届き者を捕らえろ!」
エルフとクーの号令が響き、一斉にダレイオスとセイフへ飛びかかる。迎え撃つしかないかとダレイオスが腰を落としたそのとき、大きな揺れが彼らを襲った。大樹ごと揺すっているかのような巨大な揺れだ。駆け出していたエルフと近衛師団員たちはバランスを崩し、よろけてしまうが、そこが格好の隙となった。
ダレイオスはさっき自分で蹴り飛ばした長机を片手で掴み、勢いよく振り回した。体勢が悪いせいでまともに武器を構えていられなかったエルフたちは、それで一斉に壁へ叩きつけられる。しかし、近衛師団にはその程度のことは通用しなかった。長机をかわし、ダレイオスへと斬りかかる。
「伏せろ!」
覇気の籠もった声が聞こえると同時。近衛師団たちの剣は何かにはじき飛ばされるようにしてダレイオスから逸れていった。
セイフの振り抜いた剣が近衛師団の攻撃の全てを受け流したのだ。さすがの剣技だが、近衛師団たちもそれで終わる輩ではない。すぐに体勢を取り直し、再び剣を構え直し始める。まともに相手をしていては手間取ってしまう。ならば——
「団長、逃げるぞ!今は何を言っても無駄だ!」
「ああ、了解だ」
会議室の入り口を塞ぐように立ちはだかる近衛師団の男をダレイオスが叩き伏せ、二人は部屋を飛び出した。敵の増援が来るのも時間の問題だろう。今はとにかくここから逃げ出さなければならない。
「まずは他の奴らと合流するべきだ。今置かれている状況すら分かっていないはずだからな」
「ああ。それに、さっきの揺れの原因も気になるところだ。これとは別に何か良くないことが起きている気がする」
それにセイフも同意した。まずは大樹内で調査を行っている仲間を探さなければならない。昨日、調査組の話を聞いた限りではヴェロニカとブケファロスがそれに当たっているはずだ。それを探さなければ。簡単に捕まるようなタマではないとは分かっているが、この混乱した状況では何が起こってもおかしくはない。合流するのが最優先だ。二人は階段を駆け下りようとするが、そこで再び大きな揺れが彼らを襲った。つい足が止まってしまう。
「くそ、さっきから一体何、なん、だ……」
悪態をつきつつセイフが顔を上げると、彼らの周囲は明らかな変貌を遂げていた。彼らの周囲の壁という壁、天井が緑色の光を放っていたのだ。自然の緑を彷彿とさせるようなこの明かりを幻想的だと言う者もいるだろう。しかし、二人には自身の視界を塗りつぶす光が不気味なものにしか見えなかった。
「全く、本当に何なんだ!急ぐぞ、セイフ!」
「ああ!」
二人は焦りを隠すことも無く階段を飛び降りるように駆け出す。ダレイオスはその中で先ほどから一言も言葉を発していないアレシャの事が気にかかっていたが、悪いと思いながらもそれを放って大樹内を走る。
「多分向こうも俺たちのことを探しているはずだ。俺たちが会議室にいたのは分かっているだろうし、すぐに会えるだろう」
「互いに何事もなければ、だがな」
前方に視線を向けながらダレイオスが呟く。その視線の先から駆け寄る多数の足音が聞こえていた。異常を察してか、既に達しがいったからか。大勢のエルフが鋭い殺気を纏いながら迫っていた。本来ならエルフたち相手に荒事にはしたくないのだが、そんな甘い事を言っていられる状況ではない。
「賊ども、観念しろ!」
「誰が賊だ!」
飛びかかってきたエルフたちを、ダレイオスが次々と捌いて壁に床に叩きつけていく。多少骨が折れてしまったかもしれないと心の中で謝罪するが、峰打ちという名目で鉄の棒で殴り続けるセイフよりはマシだろうと思い廊下を抜ける。
二人が先ほどまでいた大会議室は、大樹の最上階に位置していた。探している二人がどこにいるかは分からないが、一階ずつ順に下っていけばどこかで落ち合えるはずだ。そう希望を持って迫る敵を蹴散らし、なおも緑の光が照らす中、階下を目指す。エルフたちも突然の事に戸惑っているのか、しっかりとした統率もとれておらず、二人には大した障害にもならなかった。
しかし、予想だにしなかった障害が、彼らの目の前に姿を現すことになる。ひたすらに廊下を駆けるダレイオスが、突然何かに躓いたのだ。躓いたこと自体は何てことないが、何が原因なのか少しばかり気になったダレイオスは視線をチラリと足元へ向ける。すると、そこの床には大きな亀裂が走っていたのだ。
亀裂の一つくらいあってもおかしくない。気にせず駆け出そうとしたそのとき、ダレイオスの目に映る景色が変貌を始める。メキメキという軋む音があたりから一斉に聞こえ始めると、壁、天井、床。彼らの四方のいたるところに亀裂が走り、次いで黒く変色し始めたのだ。ここは大樹の内部。生気に満ちていたはずの周囲がどんどん萎れていく。彼らの周りが、この大樹そのものが力をどんどん失っているように感じられた。大樹を襲う揺れは先ほどよりも更に大きくなり、ダレイオスの勘は強く警鐘を鳴らし続ける。
「どうやら、嫌な予感がいよいよ形になり始めたようだな……。何が起こっているのか考えようとすると頭が痛くなる」
「ヴェロニカたちが何かしらの情報を持っていることを祈るばかりだな」
弱まるどころか更に強くなったように感じられる緑の光が照らす道を、二人の冒険者が真っ直ぐに駆け抜けていった。




