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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
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53 邂逅の時

 ペトラとメリッサは樹海を駆ける。といっても、スピードを出すとメリッサが駄目になるので、それほど急ぐことなく移動する。今はメリッサの感覚に頼って移動しているので、メリッサの体調は大事にしなくてはならない。


「どう、感じる?」

「うーん、まだ何とも……。でも、木々が魔力を妨害する波動を出しているせいで、この樹海では魔力感知が効きにくいんですよ。にもかかわらずこれだけ反応を感じるって事は結構強い力を発しているなにかがあるってことだと思うんですけど……。ともかく近くまでいけば分かるはずです」


 メリッサの返事ははっきりしないものだったが、一先ずはそれを信じてみるしかない。ペトラはそう思い、更に走ること数分。メリッサがバンダーラビットの背を叩いて突然足を止めた。ペトラもそれに合わせて止まる。


「もしかして見つけた?」

「私が何かを感じたのはここで間違いないです。でも、うーん……」


 メリッサは周囲に視線をやりながら首を捻る。ペトラもつられて辺りをキョロキョロと見回してみるが、辺りは相変わらず木々が生い茂るばかりだ。これまでの景色と何も変化はない。が、それが変なのだ。


「何もないわね。反応があるのに」

「そうなんですよ。ずっとピリピリと何かを感じてるんですけど、何も見当たらないんですよね」


 二人揃って首を捻るが、そうやっていても何も進まない。ともかく手当たり次第に調べてみることにした。バンダーラビットに跨がったまま、近くの樹木に手を触れていく。しかし——


「何もない、わね」

「ないですね……」


 何もなかった。メリッサの首すじはずっとチリチリとしたままで、彼女の感覚は何かがあると訴え続けていたが、何もなかったのだ。ペトラは進展しない現状にため息をつきつつ、バンダーラビットの耳をピコピコといじる。


「……ん?」


 そこでペトラは一つ気づいた。バンダーラビットの背に乗って移動していると、その可愛らしい耳が常に一方向を向いているのだ。左へ移動すると耳は右に周り、右へ移動すると耳は左に回る。しばらくウロウロして、その耳がどの辺りに向いているのかある程度のあたりをつけてから、ペトラはメリッサを呼びつけた。


「どうしたんですか?見つけましたか?」

「ちょっと気づいたんだけど……」


 ペトラが先ほどの発見をメリッサへ伝えると、メリッサも同じようにウサギの耳をピコピコさせてそれを確かめる。そして思わず感心の声を漏らした。


「へええ、よく気づきましたね。でも、これくらいまで絞れれば何とか……」


 メリッサは目を閉じ、ウサギの耳の向いた方向へ向けて意識を集中させる。すると、ずっと纏わり付いていた朧気な感覚はようやくその姿を現し、メリッサに明確な答えを与えた。

 メリッサがカッと目を見開く。


「あの木です!あの木の下から強いエネルギーが漏れてきてるんです!」

「あそこね!」


 メリッサが指さす木の根元に二人が駆けよる。そして、その根元を見下ろす。そして、途方にくれる。

 木の下から反応があるのは分かった。分かったはいいが、木の下なんて場所から反応があったところで、どうすればいいのかはてんで分からなかった。


「どうします?とりあえず、掘ってみます?」

「いや無理でしょ。何かこう、仕掛けがあるとか……」


 ペトラは何気なくそう呟いて木の幹に手を触れる。するとそのとき、彼女が手を触れた場所がほのかに光を放ったのだ。ペトラは驚いて咄嗟に手を離す。


「な、なんですか今の!」

「これは多分、精霊魔術だわ。精霊魔術で張られた結界だと思う」


 ペトラが再び木に手を触れ、ぼんやりと浮かぶ光を検分する。メリッサも試しに触ってみると、同じように光りが浮かぶが、精霊魔術に関してメリッサは専門外だ。ここは精霊魔術を扱えるペトラに任せるしかない。


「よし、結界を解いてみるわ」


 ペトラがそう言って手に魔法陣を展開。精霊の力を借りて、その手に魔力が籠もる。そしてその手で、腰に差した短剣を抜いた。


「精霊魔術『カゼキリ』!そい!」


 ペトラが風を纏った短剣を結界へ突き立てた。金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響くが、それだけ。結界はびくともせず、相も変わらずそこに存在していた。


「うーん、やっぱり駄目ね」

「……うん。そうだと思いました」


 結界を解くにしても、ペトラがこれほど超物理的な手段に出るとはメリッサは思っていなかった。そんなことで解けたら苦労はしない。


「でも、これが精霊魔術で張られた結界ということは、これを張ったのはオル・オウルクスの人ってことですよね。じゃあ、勝手に破ったらまずいんじゃないですか?」

「……そうね。破れなくて幸いだったかも。それに結界が張られているこの先にデカン帝国の人間が入っていったとも思えないし。エルフにしか解けないんだから」


 ペトラの言葉にメリッサが同意する。これだけしっかりとした結界が張られているということは、この先にはエルフたちにとって何か大切なものが隠されているのだろう。近衛師団に同行しているエルフなら、もしかしたらこの結界を解くことができるのかもしれないが、よそ者であるデカン帝国の者をホイホイと中に入れるとは思えなかった。

 こういったものが樹海の中にあるという事実だけ心に留めておくことにして、二人はオル・オウルクスへ引き返すことにした。正確な時の頃は分からないが、会談が終わるまでには大樹に戻っておきたいと考えたのだ。

 しかし、バンダーラビットの背を軽く叩いて走るように促そうとしたその時、結界が張られていた木が強い緑色の閃光を放ったのだ。二人は思わず振り返る。


「な、なんですか!」

「なんでかは分からないけど、これって……」


 二人の視線を釘付けにする中、結界は上からどろどろと溶け始め、やがて跡形も無く消え去った。それどころか、木そのものが目の前から消えていた。木があったはずの場所には人が十分に通れるほどの穴がぽっかりと空いている。


「どうやら、木に結界が張ってあったんじゃ無くて木の見た目をした結界だった見たいですね。この深い樹海でこの結界を見つけるのは相当難しいですよ」

「かなり厳重に隠されてたってことよね。でも、なんでその結界が解けたのかしら」

「さっきのペトラちゃんの攻撃が後から効いてきたとか……」

「そんな遅効性の攻撃をした覚えはないわよ……」


 二人は呆然としつつバンダーラビットの背から下りる。自分たちの置かれた状況はさっぱり理解できないが、目の前に謎がゴロンと転がっているというのに放置するワケにもいかなかった。ダレイオスが言っていた『デカン帝国が欲しがっている何か』がこの先にあるように思えたからだ。もしそうなら、この先に近衛師団の人間が居るかもしれない。そこを押さえられれば、デカン帝国の疑惑の動かぬ証拠になるかもしれない。行く以外の選択肢など、二人の頭の中にはなかった。


「行くよ」

「はい」


 一言だけ言葉を交わし、二人は穴の中へと入っていく。

 穴の入り口からは下へ下へと階段が続いていた。当然人の手によって作られたものだが、石段にはほとんど劣化した様子がなかった。


「これは最近作られたものっていうより、ずっと封鎖されていたせいで風化のしようがないって感じですね。人が入ったのなんてほんの数回とかなんじゃないですか?」


 魔術で明かりを灯しながら先を行くメリッサがそれを見て呟く。エルフの長い歴史の中でこの穴がいつ作られたものなのかは分からないが、相当長い時間、人間が入っていないと思われる。


「あたしもこんなものがあるって話は聞いたこと無いわ。多分、あたしが外で生まれたエルフだからってわけじゃなくてオル・オウルクスのエルフも普通は知らないと思う」

「何にしても、言ってみれば分かりますよ。……お?」


 メリッサがふと足をとめる。ずっと狭い階段を照らしていた彼女の手に灯る明かりがフワリと広がった。どうやら階段を下りきり、広い空間に出たようだ。

明かりを右に左にやってその空間を見回してみると、それは奥へと続く大きな通路になっていた。その奥から僅かに生暖かい風が吹いているのを感じると同時に、ペトラはどこからか聞こえる透き通るような音の気づいた。


「この音は?」

「多分あれですね」


 メリッサが指さしたのは天井からぶら下がる一つの鈴だった。綺麗な音を奏でる鈴だとペトラはしみじみと思うが、先ほどバンダーラビットが反応していたのはこの鈴の音だと納得した。特徴的な音故に、優れた聴覚を持つ彼らが反応してしまうのも無理からぬことだろう。おそらくバンダーラビットの聴覚を利用しないと、この穴の場所を発見できないようになっているのだろう。

 しかしペトラが気になったのは、この広い空間へ出てから、メリッサが自分の身体を抱いて腕をさすっていることだ。寒さで凍えた身体を温めているように見えるが、ここは別にそこまで寒いなんてことはない。ペトラは彼女のその様子を不思議に思った。


「どうしたの、メリッサ」

「いや、ここに来てから鳥肌がぶわって出てきまして……。原因は分かってるんですけどね。この奥から、もの凄いエネルギーを感じるんですよ。それが私の魔力感知をガリガリに刺激してまして」


 どうやら、ずっとメリッサが感じとっていたのは、この奥から来るエネルギーだったようだ。メリッサ曰く、これほどのエネルギーを感じたことは今まで無かったらしい。それを聞いてペトラは嫌な予感を禁じ得ない。しかし、このまま引き下がる気も毛頭無かった。

 二人は意を決して、広い通路をゆっくりと歩き始める。メリッサは手の灯していた明かりを落とし、いつでも弓を構えられるようにしていた。ペトラもまた、腰の短剣に手をあてる。


「メリッサ、もし近衛師団の姿を見つけたらすぐに退くわよ。戦闘になっても敵の数次第では勝てないと思うし」

「そうですね。何か物的証拠を握れたらと思ってましたけど、あまり深追いしないほうがいいかもですね」


 そして二人は言葉を交わし、今後の対応を打ち合わせながら先へ進む。不測の事態を想定し、そのときの動きを頭の中でシミュレーションする。二人の思考は冷静で慎重だった。

 ただ、その冷静さがもう少し早く持てていれば、結果は少しでも違ったのかも知れない。

 先がまるで見えないことに二人が少しばかり不安になり始めたころ。暗い通路、その壁一面が緑色の光を放ち始めたのだ。通路はそれによって明るく照らされ、二人の影が色濃く落ちた。状況を把握するよりも先に二人はそれぞれの得物を手にして周囲を警戒する。

 その次の瞬間。鋭い閃光が二人めがけて飛来した。臨戦態勢に入っていたメリッサはそれめがけて素早く雷の矢を放つ。二つの光がかち合い、弾かれ合ったそれらは壁面をえぐるようにして突き刺さった。


「中々の反応速度だね。あの男の手下を務めるだけはあるということかな」


 コツコツと何者かが歩み寄る靴の音が通路内に反響する。ペトラとメリッサが通路の奥へ目をこらすと、そこから一人の人間が近づいてきていた。その者が纏っているのは、沈み込むような緑色のマント。皇帝近衛師団の人間に間違いなかった。

 ペトラは敵意をその近衛師団の人間へと向ける。短剣に精霊魔術で風を纏わせ、戦闘準備は万全だ。しかし、メリッサは違った。弓を構えてはいるが、先ほどのように身を抱え震えていた。


「ちょっと、メリッサ!」

「すいません……!でもあの人、普通じゃないです……」

「そうか、あの男の手下に良い魔力感知能力を持った人間がいるとは知っていたが、それがキミか」


 その声は女性のものだった。しかし淡々と語られるその言葉からは感情らしきものが感じられない。ただ事務的に発しているだけのようにペトラには思えた。

 その姿が近づくにつれ、相手の容貌がはっきりとしてくる。後ろで一つに束ねた、それほど長くない黒髪。そして美しい瑠璃色の瞳。その透明さはどこまでも落ちていく奈落のようであり、メリッサはその瞳に本能敵な不快感を覚えた。


「少し事情があってね。キミたちにこの場から逃げられると困るんだ。少し、相手をしてもらうよ」

「……頼み事があるなら、そっちから名乗ってくれてもいいんじゃない?」

「それもそうだ。なら、『イナンナ』と名乗っておこうかな。デカン帝国皇帝近衛師団。その副団長を務めている。そう言えば、キミたちなら分かるんじゃないか?」

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