51 三手に別れて
翌日の会談は昼前から行われた。出席者は、オウ・オルウクス側はラース=オルフとバート、デカン帝国側は宰相クーと皇帝近衛師団の面々。そして表向きは中庸の立場である立会人、アレシャもといダレイオスだ。昨日と違うのは、そこにセイフが加わっていることと、エルフ側の表情が心なしか明るいところだろう。
「さて、それでは私が取り仕切らせて貰うがよろしいかな。昨日の会議では、国交の締結の取り決めまで話が決まった。今日よりは、より詳細な内容を詰めていくことになるだろう。私の隣に座るのは、私のギルドに所属するAランク冒険者『輝剣』のセイフだ。今日以降は彼にも参加してもらうつもりだ」
「セイフと申します。以後、よろしくお願いいたします」
セイフが頭を下げる。長は笑顔で頭を下げ、クーも了承の意味をこめて礼を返した。
セイフがここにいるのは、ダレイオスが自由に動けない状況で、会談の進行を知った上で動ける人間が必要だと思ったからだ。また、本来の会談の直前に決めた役割分担をそのまま流用できるからでもある。つまり、現在会談の裏で他の四人は絶賛諜報活動中というわけだ。
ダレイオスは席につき、長とバートの様子を観察する。昨夜、今日の予定を取り決めたときにペトラから一つ頼まれたのだ。
「ダレイオス、明日長様の様子をちゃんと見ておいてくれる?今日と明日で違いが無いかとか」
「それは別に構わないが、どうしてだ?」
「クーとかいう男は聞く話じゃ悪人じゃないっぽけど、もし悪人なら長様もそれに気づいてるはずよ。だから、何かしら対応も変わったりするんじゃないかと思って」
「……?ああ、そうか。そうだったな」
ペトラの言葉にダレイオスは少しばかり首を捻ったが、すぐに納得して手を叩いた。エルフは精霊を見ることができる。そして人のおおよその性質は、憑いている精霊で判断することができるのだ。もし、クーが腹に一物抱えている人間ならば、エルフにはそれが分かるはずなのだ。
昨日の会談の時点で長にはそれが判別できているはずだ。そして、それから一晩経った今日の会談ではどう対応すべきかの方策も立っているはず。長の対応に昨日のものと何かしらの変化があれば、クーは何かを企んでいる可能性があるというわけだ。
それだけでクーのことを決めつけることはできないが、これもまた可能性の話。一つの判断基準くらいにはなるだろうと、ダレイオスも快諾したのだ。しかし——
『何かあれだね。警戒心ゼロに見えるね、長さん』
「……ああ」
アレシャの言う通り長は昨日と変わりなく、寧ろ打ち解けているようにすら感じられた。それも変化と言われればそうなのだが、相手を警戒しているようには思えない。
なら自分たちにできるのはただ会談の行く末を見守ることしかできない、とダレイオスは思い、今調査をしている仲間たちに心の中でエールを送るのだった。
「それで、どうすんだ?」
「まずはルーグの遺体を確認できないかしら。花を手向けたいとでも言えば行けるかも。幸い、ウチの団長はルーグと面識があるわけだしね」
そして大樹内。小声で話しながら人気の無い通路を歩くのはヴェロニカとブケファロス。アレシャとセイフを除いた四人が調査に当たっているわけだが、さすがに四人揃ってぞろぞろと行動するわけにもいかないので、こうやって二人ずつに分かれたわけだ。ヴェロニカとブケファロスが大樹内の調査。ペトラとメリッサが事件現場の再調査の担当である。メリッサとブケファロスを同じ組にするわけにはいかないが故の組み分けだった。
そしてヴェロニカ組は、まずはルーグの死の真偽を確かめようという話になっていた。
「なら、いきなりデカン帝国の人間に話を聞きにいくワケにもいかねえし、まずはエルフに聞いてみるか」
「そうね。そうしましょう」
二人はそう決めて、自分たちの部屋のある方へ向かう。「用があればこいつにどうぞ」と言ってバートが置いていった遣いのエルフがいるので、彼に尋ねようと考えたのだ。
そのエルフは上司の命令に忠実に部屋近くの椅子に座っていた。忠実なのはいい。しかし、『アルケーソーン』の面々は皆出払ってしまっているというのにいつまでここに座っている気なのだろうか。ヴェロニカがそんなことを思いながら彼に歩み寄ると、彼の鼻からは見事な提灯が浮かんでいた。ブケファロスが反射的にその頭をどつく。
「ぁいっ!え、あ、ああ、『アルケーソーン』の方じゃないですか。どうかなされたんですか?」
「……少し尋ねたいことがあるのだけれど、今回の事件での被害者の遺体はどこへ運ばれたのかしら?私たちの団長はルーグ陛下と面識があってね。お花を手向けたいのだけれど」
「ああ、そうなのですか。ですが、残念ながらルーグ陛下のご遺体は昨日中にデカン帝国へお戻りになられました。もうオル・オウルクスにはおられないのですよ。近日中に葬儀が執り行われるそうなので、そちらならお花を手向けることができるかと思いますよ」
「そうか、助かった。……一つ言っておくと、もう会談は始まっていて俺たちはもう部屋にいないんだが、お前はここにいても大丈夫なのか?」
「ええ!?」
その言葉でエルフは勢いよく立ち上がり、一目散に駆け去って行った。どうやら別に与えられた仕事がちゃんとあったようだ。後でこってりと搾られることだろう。
しかし、そんなことはどうでもいい。ルーグの遺体は既にデカン帝国へ移送されてしまったというのだ。これではルーグの死の真偽を確かめるのは難しい。
「参ったな、どうするか」
「なら、もうデカン帝国の人間に直接探りをいれるしかないんじゃないかしら」
「まあ、そうなるよなあ……」
ブケファロスがため息をつく。調査というものは基本的に地道な作業であるのだが、ブケファロスにとっては基本的に向いていないものだった。と、いうわけで。
「ヴェロニカ、俺にいい案があるぜ。怪しまれずにデカン帝国の奴らの話を盗み聞く方法がな」
ニヤリと笑うブケファロスがヴェロニカにその策を耳打ちすると、ヴェロニカは笑顔で親指を突き出した。
一方そのころ。
バンダーラビットに跨がって樹海を駆けるペトラとメリッサは、無事に事件現場へと到着した。現場には断続的に音がなる仕組みが作られ、バンダーラビットの優れた聴覚を利用すれば深い樹海でも迷わず現場にたどり着くことが出来るようになっているのだ。エルフたちが樹海の移動にバンダーラビットを用いているのも納得である。
焼け跡近くに到着してペトラがウサギの背から下りたち、その隣でメリッサがウサギの背からべしゃりと落ちた。
「何やってるのよ……」
「いや、この揺れは、ちょっと無理、ぅぷ……」
メリッサの顔は真っ青だった。ペトラが呆れながらもその背をさすってやると多少はマシになったようで、何とか立ち上がり焼け跡へ視線を移す。
「ここが現場ですか……。何というか、悲惨ですね」
「起きた当時は悲惨なんてもんじゃなかったわよ。うっ、思い出したらまた気分が悪くなってきた……」
焼け跡の中に人間の残骸が転がる光景を思い出してペトラが顔をしかめ、メリッサがその背をさすってやる。それで多少はマシになったようで、ペトラは気を取り直して焼け跡に何か痕跡が残っていないかを確認し始める。
「既にオル・オウルクスの調査が入った後だから何も残っていないかも知れないけど、確かめてみないことには始まらないしね」
「それに、エルフたちでは気づけなかったけれど、私たちなら気づけるものがあるかもしれないですから」
そう考えながら二人は一つ一つに触れて調査を始めた。焼け跡から見つかるかもしれないと期待しているものは三つ。爆発を起こした者の痕跡、ルーグの死に関する痕跡、消えた『イナンナ』の痕跡だ。どれも見つかるかは望み薄だったが、万が一見逃してしまったときのことを考えると確認しなければ先へは進まないのだ。
「爆心がこのあたりですかね。爆炎が届いたのはおそらくあのあたりまで……。なら、一般的な炎弾に必要とする魔力量から見て、これだけの爆発を起こすには……」
「メリッサが真面目に仕事してる……。いや、あたしも頑張らないと」
ペトラはあくまで樹海内での道案内役としてついてきたわけで、魔術に関する知識がそれほど充実していない彼女に調べられることは限られている。それでも自分にできることを探して調査を始めた。
「と言っても、どれもこれも燃えかすしか残ってないわね……。ルーグの生死に関してはヴェロニカが大樹で調べてくれているだろうし、ここでしか調べらっれないのは、やっぱり爆発と『イナンナ』の痕跡か……」
『イナンナ』は爆発に乗じて姿をくらませたのだと見ているが、突如起きた爆発にタイミングを合わせて逃げることなどできるのだろうかとペトラは思った。皇帝近衛師団の副団長である『イナンナ』は当然、ルーグのすぐ近くにいたはずだ。爆発が起きてから逃げるにはあまりに爆心から近い位置にいたということになる。
「……となると、ダレイオスの言った通りデカン帝国が事件を起こしたとすると、『イナンナ』が爆発を起こしたってことなのかしら。なら一回メリッサの話を聞いておくべきね」
ペトラは、ある程度爆発跡の検分を終えたところのメリッサに歩み寄り、彼女の簡単な見解を聞いてみることにした。メリッサは腕を組んで思案しつつ答える。
「聞いた話と差異はないですね。大量の魔力が爆発してできた焼け跡です。自分の目で確認して分かりましたけど、周囲に察知されずにこの規模の魔術を打つなんてことできませんよ」
「となると、余計にデカン帝国が爆発を起こしたっていう線は強いように思えるわね」
そして『イナンナ』がその下手人であるという説も強く思える。副団長が突然魔法陣を展開し始めたとしても、不届き者を察知して反撃の体勢を取り始めたようにしか見えないからだ。証拠とは言えないが、考えるほどダレイオスの考えが実感を帯びてくる。
「なら、やっぱり『イナンナ』は生きてるって考えた方がいいですね。後は『イナンナ』がどうなったかということですか……」
「そうね。……ん?」
考え込んでいたペトラだったが何かに気づき顔を上げ、昨日アレシャから聞いた話を思い出す。確か会談の最中、クーは近衛師団の人間に命じて事件現場の調査と行方不明者の捜索へ向かわせたはずだ。しかし不思議なことに、この事件現場にはペトラたち以外に一切の人影も無いのだ。ペトラがそれを伝えると、メリッサも首をかしげた。
「確かにおかしいですね……。ちょっと周囲を探ってみます」
メリッサが魔力感知に集中し始めるが、やはり自分たち以外の気配を見つけることはできなかった。
「うーん、やっぱり駄目ですねえ。何も感じないです」
「でも、大樹内のデカン帝国内の人間の数は減っていたように見えたわよ。バンダーラビットの数も減っていたし」
「うーん、そうですね……なら、バンダーラビットを使って別のところへ行っているってことですかね」
その可能性はあるかもしれないが、ペトラはおかしいと思った。もしバンダーラビットを事件調査と別のことに使っているのだとしたら、クーは会談の場で長へ向けて思い切り嘘をついたことになる。何故、態々そんなことをする必要があるのか。
「何か後ろめたいことをしているってことですかね?だから嘘をついた」
「一概には言えないけど、その可能性はあるかもしれないわね。……あたしがいればある程度樹海を動き回れるし、ちょっと調べてみる?」
「そうですね。焼け跡から得られる情報もなさそうですし、行ってみましょうか。行って、みましょうか……」
またバンダーラビットに乗らなければならないと項垂れたメリッサの肩を叩いて励まし、二人はウサギの背に跨がる。そのとき、メリッサは首筋にピリリと何かを感じた。
「ん?」
「どうしたの?メリッサ」
「いや……少し……ちょっと、あっちに行ってみませんか?」
「あっち?別に構わないわよ」
メリッサの提案に反対する理由もないので、ペトラはそれに頷く。そしてそれの導くままに二人はウサギとともに駆けていった。




