50 可能性の話
長は声が震えるのを何とか押さえつけて言葉を選んでいく。
「我々としては、願ってもないことでございます。しかし、我々の犯した罪は到底赦される者ではないということも承知しております。ただ国交を結ぶだけというわけにもいかぬのではないでしょうか?」
「ルーグ陛下が望まれていたのは、あくまで対等の関係でございます。我々はただ、国交の締結以上に望みは致しません」
長はあくまで落ち着いた様子だったが、内心胸をなで下ろしていた。いくらかの犠牲は当然必要になるだろうと思っていたが、全く想像していなかったほどに丸く収まりそうなのだ。それも仕方がないことである。
ただ、ダレイオスは油断無くクーのことを見つめていた。こんな上手い話があるとは思えなかったのだ。アレシャでも分かる程に怪しい。元々選択権などないオル・オウルクスはこの話に飛びつくしかないが、あくまで外野のダレイオスたちはその話を冷静に吟味していた。
『うーん、ほんとにデカン帝国は何も要求してこないのかな。それがルーグの望みだったなら、それに従うのかも当然かも知れないけど。ルーグは強く信奉されていたみたいだし。あ、それならそれでルーグを殺したエルフたちと仲良くってのもおかしいのか……』
会議中なのでダレイオスは返事ができないが、彼も同じように考え、そして頭を悩ませる。もしオル・オウルクスとの国交が本当にルーグの願いであるのなら、何か裏がある、あるいはルーグが実は本当にいい人ということだろう。ルーグが死んだことで、クーがルーグの意志を無視して自分の思うままに政治を進めようとしているという可能性もある。何にせよ、今の段階では全く見当がつかなかった。なら今は余計なことをするでなく、この会議において不自然でない振る舞いをするべきだと考えた。
「国交を結ぶというのなら嬉しい限りだ。エルフと人の交流がより深まるのは私の望みでもある。私が見届けさせて頂こう」
ダレイオスが長へ視線を送ると彼は深く頭を下げて感謝の意を表し、口を開く。
「クー殿。その国交の締結、謹んでお受けいたします。オル・オウルクスとデカン帝国、ひいてはエルフと外界の人間の関係がより善きものとなることを願いまして」
「私、そしてルーグ陛下も、デカン帝国がその架け橋となれることを願っております。こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」
両国代表は互いの目をじっと見据える。長の目は温かい情愛に満ちているようにダレイオスには見えたが、クーの瞳の内をのぞき見ることは叶わなかった。
両者はそれ以上言葉を交わすことも無く、その日の会談は終わりを告げた。
夜。『アルケーソーン』の面々が再びアレシャの部屋に集まっていた。今日の会談の顚末を報告するためだ。アレシャの話を聞いた彼らは、一様に驚愕を露わにした。
「まあ、そういうわけなんだけど、皆の意見を聞かせて貰える?」
「いや、意見を、と言われてもな……」
セイフは壁にもたれかかったまま、頭を抱える。どうやら状況が理解できていないのは誰しも同じようだった。
「うーん、そうだよね。そんなすぐに言われても分からないよね、あはは」
「……それで、何であんたはそんなにご機嫌なのよ」
ペトラに指摘されたアレシャは虚を突かれた顔をする。しかし、アレシャの様子は誰の目に見ても上機嫌であった。
「大方、オル・オウルクスが無茶な要求を飲まされなくてホッとしてるんだろ。気持ちは分かるが、単純なヤツだ」
ブケファロスに言われ、アレシャは面目ないと頭を掻く。彼の言う通り、デカン帝国は表立ってオル・オウルクスに手出しすることはないと宣言したのだ。ずっと抱えていた心配事が一応だが晴れたのだ。機嫌が良くならないわけがない。
「けど、裏がある可能性は十分にあるわよ。そう気楽にしてもいられないんじゃないかしら」
「勿論分かってるよ。でも、デカン帝国が正面から要求を突きつけたら、それは国同士の問題でわたしたちにはどうしようもできないけど、裏で何かしようってんなら、わたしたちでもできることはあるでしょ?」
アレシャの言葉に今度は他のメンバーが虚を突かれたような顔をした。アレシャの言う通りだ。そういった事は、寧ろどこかの国に所属しているわけではないアレシャたちにしかできないことと言えた。
その言葉に感激したメリッサはアレシャの首をきめるように抱きしめる。というか、完全に決まっていた。だんだんとアレシャの顔が青くなっていく中、落ち着いて皆で得た情報を整理してみる。
「デカン帝国の話がアレシャの言ったことだけなら、特に何か含みがあるようなことは見られないわね」
「そうだな。……ただ、一つ気になったことはある」
セイフが呟くと、それに皆耳を傾けた。呼吸が厳しくなってきたアレシャを余所に、ダレイオスもその話に興味を向ける。
「今回の会談は、事件の手打ちのためのものだ。デカン帝国が何かしらの条件を提示して、それを飲むことで和解が成立する。しかし、デカン帝国は当初の予定通りの国交の締結のみを要求した。それは見方を変えれば、オル・オウルクスとデカン帝国の間で手打ちは成らなかったとも考えられる」
その理屈にペトラとブケファロスは首を捻るが、ヴェロニカは一理あるとも思った。
「手打ちにならなかったということは、オル・オウルクスはデカン帝国に厚い恩情を掛けられたということよね。それなら今後オル・オウルクスはデカン帝国に頭が上がらなくなってしまうということになるわ」
「ああ、なるほど。それはそうね。じゃあ、それが目的でデカン帝国は何もしてこないってこと?」
「勿論、本来の目的はそれじゃないと見るべきだ」
いい加減鬱陶しくなってきたメリッサを引きはがして床へ叩きつけてアレシャと交代したダレイオスが立ち上がってそう言う。誰もメリッサに目もくれず、ダレイオスの話へ意識を向ける。
「ヴェロニカの言うようになれば、今後表だってできない活動をする上で、多少のことはオル・オウルクスに目を瞑らせることができる。この上なく動きやすいだろうな」
「確かにそうだな。それに、『オル・オウルクスの蛮行を、温情を持って赦した』なんて評判が広まれば、デカン帝国のイメージアップになるなんてこともあるかもな」
考え始めてみれば、デカン帝国の行動の理由は色々と思い浮かぶものである。しかしそれでも、この国交の締結を納得しきることはできない。不可解なことが多すぎるのだ。
その中、ダレイオスが次の論題を提示する。
「結局、今回の事件のどこまでがデカン帝国の策によるものなのかということだな。ルーグが死んでからクーが考え実行したことなのか、ルーグが、自分が死んだときを考えて託していた考えなのか、それとも事件そのものが、デカン帝国が起こしたものであるのか」
「え、は?デカン帝国があの事件を起こしたってのか?」
「あくまで可能性の話だ。どう思う?」
ダレイオスに問い返され、皆突然のことながらも思考を巡らせる。ダレイオスの提示した内、最初の二つは理解できる。皇帝が死んだという不測の事態に対する対処策として、今回の不可解な国交締結が生まれたということだ。ただ、最後の『事件すらデカン帝国が仕組んでいた説』は考えにくかった。それは、デカン帝国がオル・オウルクスに対して優位に立つために皇帝の命を差し出したということだ。その二つが等価であるとは思えない。
「私はその中じゃ二番目の説が一番可能性が高い気がするけれど……さすがにその三つ目の説はないんじゃないかしら?」
「ルーグが死んだのなら、な。私はルーグが死んだことすら定かではないと思っている」
ダレイオスがまたしてもとんでもないことを口にし始めた。ダレイオスの言葉を理解しきる前に次の言葉が飛んでくるので、皆の思考が置いて行かれ始めてしまった。
「おい、ちょっと待て。順番に話してくれないか。おっさんには考えがついていかん」
「おっさんって……。お前の年齢は私とそんなに変わらないだろう」
自分もおっさんであるという自覚がないダレイオスだったが、セイフの要望通り、順に自分の考えを話すことにした。
「私はルーグの死体を直に目にした。が、その顔は焼けただれて、正直本人かどうかの判別はつかなかった。体格の似た人物ならば、多少顔をいじれば十分になり代わることが出来るだろう。事件の直前、もしかしたら最初からルーグは影武者と入れ替わっていたのかもしれない」
「いや、でもルーグが死んでないとしても自分の国の一団を襲撃させるなんてワケが分からないわよ」
「デカン帝国の本来の目的が分からない以上確かなことは言えないが、ルーグはオル・オウルクスの持つ何かを手に入れようとしているのだろう。それが表だって要求できないような何かだとしたら、こういった小癪な手を使う理由になるはずだ。それに“死人”やら『アンブラ』やらの元締めがデカン帝国なら、多少の兵を失うことなど何とも思っていないはずだ。それよりも残酷なことを幾らでもやっているのだからな」
元々、デカン帝国がオル・オウルクスと国交を結ぶとメリットが見当たらないという話だった。表向きは『エルフと外の人間の関係を良好にするため』だったが、それだけだ。ダレイオスの話が真だとしたら、そのメリットが生まれるのだ。
それに、もし襲撃がデカン帝国の仕業なのだとすれば、犯人だと言われているエルフを幾ら調べても怪しい痕跡が見つからない説明もつくのだ。
こうやって順を追って説明されると、その話が真実であるかのように思えてしまうが、ブケファロスが挙手して異議を唱えた。
「そんなこといっても、オル・オウルクスに本当にそんなものがあるかどうかも分からねえし、証拠も何もねえじゃねえか」
『そうだそうだ!』
「……だから最初に言っただろう。あくまで可能性の話だ。証拠は何も無い。だから見つける」
見つける。その言葉に『アルケーソーン』の面々は自然と背筋が伸びる。さすがに「どういう意味か」など聞くまでもなかった。
「調べるのね。オル・オウルクスとデカン帝国」
「ああ。具体的には、ルーグが本当に死んだのか、オル・オウルクスに何か隠されたものはないのか、ということだな」
「どちらも空を掴むような話だな。正直どう調べればいいのか見当もつかんが……」
セイフは肩をすくめながら愚痴るが、静かに頷いた。ダレイオスが仲間を見渡すと、皆セイフに続いて頷く。
「元々会談中に色々調べを入れようと思ってたんだし、文句もないわ」
「ダレイオスちゃんの言うことなら文句なんかないです!」
「そうか、恩に着る」
ダレイオスはそれに頷きつつも、内心驚いていた。自分から言い出したこととはいえ、こんな根拠のない推理を信用してもらって協力を取り付けるのは簡単にはいかないと思っていたのだ。
『ふふん。さすが我がギルドのメンバーだね。これもわたしの人望の成せる技かな!』
「お前が得意げなのは中々に腹が立つが、一概に嘘とも言えないのが余計腹立たしいな」
ダレイオスはため息をつきつつ、グッと伸びをした。そして、仲間達へ向き直る。
「私の説の真偽はともかく、デカン帝国が何かを画策している可能性は高いだろう。『イナンナ』の姿も未だ発見されていない。十分に気をつけて調査に当たってくれ」
「「「「「了解」」」」」
彼らの力強い強い声で、ダレイオスにもまた力がこもる。これからの動き次第で、デカン帝国、ひいては千九百年前の真相に近づくことが出来るのだ。頬を叩いて気合いを入れ直し、明日以降の行動に気持ちを向けた。
『あ、でもわたしたちは明日以降も会談に立ち会わなきゃいけないよね。調査には参加できないんじゃない?』
「…………そうだな」
ダレイオスが叩いた頬をポリポリと掻いた。




