49 手打ちの会談
「デカン帝国より、宰相閣下が到着されました!」
「り、了解しました!」
大樹内の一室で待機していたアレシャたちに一人のエルフが声をかけ、皆席から立ち上がる。そして案内されるままに大樹の入り口へと向かった。
事件から数日が経った今日、デカン帝国の宰相がオル・オウルクスへやってきたのだ。勿論、今回の事件についての手打ちのためである。事の次第によっては手打ちとならない可能性すらあるが。
アレシャたちはその宰相の出迎えの場に居て欲しいと長から頼まれていた。勿論彼らがそれをこともなく、快諾した。今回の事件で『アルケーソーン』の面々は確かな責任を感じていた。アレシャたちに任されたのはオル・オウルクス内での警備だけであり、その外で起きたことについて責任を感じる必要もないのだが、自分たちのすぐ側でおきた悲惨な出来事に対して何も出来なかったという後悔がそれを生んでいるのだろう。
「ダレイオスさん、どうなると思う?」
『……そうだな。オル・オウルクスはデカン帝国が出してきた要求は全て飲むししかないだろうな。たとえ、デカン帝国の属国になって支配されるようなことであってもだ。戦になるよりはよっぽどましだからな。エルフたちの失態はそれだけのものだ』
「そうだよね……。ああ、お腹痛くなってきた……」
浮かない顔の一行が大樹の外へ出ると、そこには獅子の紋章をひっさげた煌びやかな馬車と数多くの兵士が構えていた。エルフたちがそれを出迎える中、長が馬車の方へ歩み寄ると、馬車から一人の男が降りてくる。長い長髪、しかし額が禿げ上がった中年の男。馬車以上に煌びやかなその黒の衣装は、彼が大きな力を持っていることを雄弁に物語っていた。男はデカン帝国兵が整列する間を歩いて長の正面に立ち、スッと手を差し出した。
「お初にお目にかかります。私はデカン帝国の宰相を務めております、クーと申します。あなたがエルフの長、ラース=オルフ殿でありますな?」
「ええ、私が長でございます。今回は遠方からはるばるお越し頂きまして、心より感謝いたします」
ラース=オルフが深々と頭を下げるが、クーは笑顔で首を振る。
「お気になさらず。我々としても例の事件現場の調査をしておきたかったので、大した手間にも思っておりませんよ」
「暖かいお言葉に感謝いたします。……さあ、こちらへ」
長が案内し、クーがそれについて歩き始める。緑のマントの皇帝近衛師団もそれに続いた。その他兵士たちはそんなにぞろぞろとついていくわけにもいかないので、大樹の周囲を見張るようにして待機する。アレシャたちは事態を見逃さないよう、長たちの後についていった。
「さて、申し訳ないですが、もてなして頂くような余裕もございません。早速お話の場を設けて頂きたいのですが、よろしいですかな?」
「もちろんですとも。上階の大会議室に場所を用意させて頂いております」
大会議室は、当初の予定ではルーグと会談をするはずだった部屋だ。アレシャたちも同じく大会議室へ同行する。昨日、アレシャは長からデカン帝国宰相との会談に参加して欲しいと頼まれていたのだ。外部の者であり、事件の目撃者であるアレシャに、オル・オウルクス側の伝える事件の調査報告と顚末に偽りがないと証言してもらいたいらしい。デカン帝国側から「嘘をつけ!お前達が私たちの皇帝を殺したのだろう!」などと難癖をつけられても大丈夫なようにするためである。立場の悪いものの弱みにつけこむ、ということは考えられない話ではない。さすがに無いとは思うが、念のためである。
ただ、参加するのはアレシャ一人だけだった。あくまで国同士の会談なので、あまり部外者を立ち入らせるわけにもいかないのだ。なので大会議室の一つ下の階まで来たところで、『アルケーソーン』の仲間達とアレシャは一旦別れるが、その去り際にヴェロニカがアレシャに釘を刺す。
「いい?落ち着いて、余計なことを話さないように」
「だ、大丈夫だって。……ダレイオスさんに頼むから」
『おい』
ダレイオスがつい突っ込むが、こういう固い会議の場は元王様であるダレイオスに任せるのが賢明であるのも事実だった。ダレイオスは仕方ないとため息をつきつつ、アレシャと交代する。
「私に任せてくれれば心配ない。皆は部屋で待っててくれ」
「分かったわ。それじゃあ、しっかりね」
ヴェロニカが手を振りつつ階段を下りていくのを見送ってから、ダレイオスは大会議室へ向かった。扉の前ではバートが待っており、彼と一緒にダレイオスは会議室へ足を踏み入れる。
「クー殿。こちらが『アルケーソーン』の団長、『魔導姫』のアレシャ殿です。この事件の目撃者であり、この会談の見届け人を請け負って下さいました」
「アレシャだ。失礼する」
ダレイオスは怯むこと無く、堂々と席につく。その不遜ともいえる振る舞いにもクーは笑みを崩すこと無く、礼儀正しく頭を下げる。
「私が、デカン帝国宰相のクーでございます。見届け人ということは、オル・オウルクスの方々の証言の裏付けをして下さる、ということでしょうか」
「ああ、そのつもりだ」
「でしたら、私に異存はございません。『魔導姫』のアレシャと言えば、例の“死人”の事件を解決した方でしょう?そんな高名な冒険者が立ち会ってくださるのなら、私としても安心です」
「感謝いたいます。……それでは、初めてもよろしいでしょうか」
長が会議室内にいる人間を見渡す。自分のすぐ後ろに控えるバート、自分からみて右側の席に座る宰相クー、その後ろに控える緑マントの集団、皇帝近衛師団。そして、左側に座るAランク冒険者アレシャ。席についている二人がコクリと頷いたのを確認してから、長は話し始めた。
「では、今回の事件の概要と、我々の調査結果をお話しさせて頂きたいと思います」
バートがダレイオスとクーに書類の束を配り、二人はそれに目を通していく。ダレイオスは事前に長から調査結果については聞いていたので既に知っている内容だったが、確認の意味をこめて長の話を聞く。
「今日より六日前。オル・オウルクス近郊の樹海内において、デカン帝国皇帝ルーグ陛下率いる一団が襲撃を受けました。大規模な爆発により、数多くの方が重軽傷者を負われました。デカン帝国軍の隊長殿のお話を基に、被害者のリストを作らせていただきました。ご覧下さい」
クーとダレイオスがペラリと書類をめくると、そこには人の名前がずらりと整列していた。そして人名の横に簡潔な怪我の内容、あるいは死因が書かれていた。しかし、リストが進むにあたってその記述も少なくなっていく。
「右側に何も書かれていない人物は、行方不明者ということでしょうか?」
「左様でございます。死体が確認できなかった方、あるいは事件現場から逃げ去り遭難してしまった方と思われます。後者の方を見つけ出すための捜索隊も結成し、現在も捜索中です」
「それは有り難いお話です。この行方不明者の中には、近衛師団の副団長の名もあります。生憎、私は彼女のことをよく知らないのですが、皇帝陛下が目をかけておられた者ですので、見つかることを祈っています」
『へー、『イナンナ』はルーグのお気に入りだったんだ……』
『イナンナ』は短い時間で副団長にまで上り詰めた人物と聞いている。どうやらそれもルーグが彼女のことを可愛がっていたからのようだ。二人の間には、単なる主従関係以上のものがあったと考えられる。面白い証言が手に入ったと思いつつ、ダレイオスは何か情報を逃さないよう、聞きに徹する。
「このリストは後ほど私どもで照合させていただきます。疑っているわけではありませんが、念のためです」
「いえいえ、私としても納得して頂いた状態で話を進められるのが何よりですから。では、次に事件が起きたときの詳細な状況をご説明いたします。目撃者の証言から、一団を襲った爆発は団のおおよそ中央から起きたと思われます。それは、ルーグ陛下の歩くすぐ前方でした」
「陛下はまた馬車にお乗りにならなかったのですか。あの方は馬車で運ばれるということがお嫌いでしたから。それで、その爆発を起こした者は?」
「我が国の国民、外との交流を深めることを嫌う保守派の者であると推測しています。爆心には我々が手配した遣いのエルフが位置していたと聞いておりますので、彼が襲撃犯であったと思われます。その者が保守派、それも過激な思想を持つものであると気づくことが出来なかった、我々の不徳の致すところでございます。心から謝罪申し上げます」
長とバートが深々と頭を下げた。クーは瞑目してそれに答えることもなく、ダレイオスへと視線を移した。
「長殿の言うことに偽りはないのでしょうか」
「私の持つ情報と相違ない。現状の情報を整理した場合、ラース=オルフ殿の推測が可能性として最も高いだろう」
ダレイオスは、長が偽りを主張すれば容赦なく指摘する気でいたが、彼は素直に真実を述べていたのでそれも必要なさそうである。クーはダレイオスの言葉を吟味するように顎に手を当てると納得して頷き、長に再び視線を戻した。
「承知しました。それで、その襲撃者と思しき者から過激派なる者たちの居場所を掴むことはできたのでしょうか」
「持てる力を注いで調査を行っておりますが、未だ実体を掴むまでには至っておりません。その爆心にいたエルフの身辺調査も徹底して行いましたが、保守的な思想を持っているという確証も得ることはできませんでした。我が国はそれほど大きなものでもありませんから、手がかりを一つ掴むことができないというもの不可解なところではあります」
「なるほど……」
クーはまた考え込む素振りを見せる。そして控えていた近衛師団員を数人呼びつけた。
「この者に誰かエルフの者を一人つけていただけないでしょうか。事件現場の調査と行方不明者の捜索、それとその保守派の捜索にも我々から人手をお出ししようと思いましてな。これからのために、今回の事件によって浮かび上がった危険性は綺麗に清算しておきたいのですよ」
「……ご協力いただけるならこちらも喜んで、人手をお出しします」
長がバートに言いつけ、近衛師団員とともに会議室を出て行った。その対応は落ち着いたものだったが、彼もそしてダレイオスも、クーの言葉に理解できなかい部分があった。それに対する回答を得るよりも先にクーは「しまった」という顔を見せてから話を続ける。
「いや、失敬。先を急ぎすぎましたな。……ですが、先に我々の意志をお伝えしておきましょうか。我々がこの会談でオル・オウルクスの皆様に望むことです」
「望むこと、でございますか」
ついに来たか。長もダレイオスもそう思う。この会談は、オル・オウルクスとデカン帝国の手打ちの場である。しかし、事が大きいだけに手打ちにならない可能性もある。どちらにせよオル・オウルクスは多大な損失を被ることになるだろう。デカン帝国という高い軍事力を持つ国を正面から敵に回すことになるくらいなら、大抵のものは差し出せる。ラース=オルフはその覚悟でこの会談に臨んでいた。
二人が息を飲む中、クーが口を開く。
「私は宰相。我らが皇帝、ルーグ陛下のお望みを叶えることが使命であります。そして陛下の願い、それはオル・オウルクスとの国交を成す事に他なりません」
「……な、なんと……!」
さすがのラース=オルフも目を丸くする。それはダレイオスも、その内にいるアレシャも同じだった。自国の皇帝を殺したともいえる国と国交を締結しようとする。それは彼らの予想の遥か斜め上を行くものであった。




