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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
137/227

48 何が何だか

 樹海でのデカン帝国一行襲撃事件から四日が過ぎた。

 怪我人を安静にしたままオル・オウルクスまで運び、受け入れの準備や治療を施したりしている内に、いつの間にかそれだけの日数が経ってしまっていた。目の回る慌ただしさがようやく一段落して、アレシャは大樹内の自室のベッドにボスッと倒れる。


「何か、もう、ワケ分かんない。今度こそ本当にワケ分かんない……」

「今回ばかりはアレシャちゃんに同感だわ。私も何が何だかサッパリよ」


 部屋の壁にもたれかかっていたヴェロニカがため息をつく。彼女以外のメンバーたちも全員アレシャの部屋に集まっていたが、皆一様に浮かない顔だ。


「結局生き残ったのは、爆心から離れていたデカン帝国の兵士たちと近衛師団数人、あと護衛に守られていた文官が一人。重傷者を合わせればもう少しいるが、それは何とも言えんな」


 セイフが今回の被害状況を簡潔にまとめる。それを聞くと、生き残った文官と同じように護衛に守られていたはずのルーグがなぜ死亡したのか、という疑問を抱くはずだ。それに関しては、生き残った近衛師団員から話を聞くことができた。ルーグは爆発が起きたそのとき、咄嗟に団員達の前に出て彼らを庇ったのだそうだ。結果、正面から爆風を受けることとなり、彼は息絶えた。その話を聞いたときのアレシャたちの感想はいたってシンプルだった。


「信じられないよね……。あれだけ怪しいと思ってたルーグが部下を庇って死ぬなんてさ……」


 アレシャがぼんやりと呟くと、誰もがそれに同意を返す。今思い返してみても、あり得ないという感想しか浮かんでこない。彼は力を得るために様々な策謀を巡らせてきた。そんな彼が自らを犠牲にして部下を庇うことなどあり得るのだろうか。


「実は近衛師団の連中が皇帝を身代わりにしてて、それを誤魔化す言い訳でもしてるんじゃねえのか?」

「あの人たちの様子を見てもそうは思えないわ。ルーグを死なせてしまった罪悪感でふさぎ込んでしまって、まともにご飯も食べていないって話だし」

「うーん、なら違うか……」


 ペトラの言葉を聞いて、ブケファロスは黙り込む。だったらもう考えられることは一つしかない。


「では、実はルーグはいい人で、これまでのデカン帝国への疑念は全部間違いだったってこと、ですか?」


 誰も口にしようとしなかったことをメリッサが恐る恐るではあるが言葉にする。これまで得た情報は、明確な証拠こそなくとも偶然にしては出来過ぎなほどにデカン帝国の闇を示していた。しかし、それが結局ただの偶然であったとメリッサは言うのだ。彼女に言われなくとも皆考えていた可能性であり、それを聞いて大きくため息をこぼしてしまう。しかし、アレシャはそこに異を唱えた。


「ルーグが黒かどうかってのはともかく、デカン帝国が怪しいってのは間違いないよ。ちゃんと確証もある」


 その言葉に全員目を丸くする。全くもって初耳であったからだ。どういうことかとブケファロスが詰め寄ったが、アレシャは手でそれを制す。


「確証はあるんだけど、まだ詳しいことは知らないっていうか……」

「はあ?なんだそりゃ?」

「ともかく、また後でちゃんと話すけどデカン帝国の人間が何かしようとしているのは間違いないって」

「……分かったよ。後でちゃんと話せよ」


 確信を得ない言葉だったが、アレシャが強く断定するのでブケファロスはしぶしぶ引き下がった。

 ただ、そうなると話は変わってくる。


「ルーグが怪しい人間かどうかは疑問符をつけざるをえなくなったが、デカン帝国には何かあるのは間違いない、ということか。なら調べるべき人物は一人に絞られるな」


 セイフが言うその人物。それは、ルーグとともに目をつけていたもう一人の人間、皇帝近衛師団副団長『イナンナ』だ。彼女は今回のデカン帝国一団にも参加しているという情報が入ってきていたはずだ。しかし、しっかりと確認してはいないものの、今のところそれらしい人物を目にしていない。

 そこでヴェロニカが挙手して発言する。


「それについて丁度報告しようと思っていたところよ。さっきまでデカン帝国兵の治療のお手伝いをしていたのだけれど、その途中でそれとなく聞いてみたのよ。近衛師団の副団長を見ていないかってね。そしたら、彼らも『イナンナ』のことをよくは知らなかったみたいだけれど、『副団長が行方不明だ』という話を近衛師団員がしているのを聞いたらしいわ」

「行方不明……。それは、うーん」


 アレシャが腕を組んで難しい顔をする。行方不明というのが何ともフワっとした言葉であったからだ。そこから思い浮かぶ可能性は二つ。

 一つは、爆発で跡形も無くバラバラになったということ。実際、デカン帝国の人間から聞いた一団の構成人数と、死者と生存者合わせた人数にはそこそこの差が出来てしまっていた。人として認識できないまでにバラバラになったか、あるいは火災で焼けてしまったかというところだろう。その可能性は十分にありえる。

 二つ目は、『イナンナ』が意図的に姿をくらませているということ。『イナンナ』が臭いと考えているからこそ思い浮かぶ可能性だが、何を目的としているかは、今回の事件に関する調査が十分に行われていない現状では推測のしようもない。難癖と言われればそれまでだが、考えられない話ではないと言える。

 アレシャ以外の面々も同じように二つの可能性を考えていたようだが、当然明確な結論を得ることは叶わなかった。


「とりあえず、死んだと高をくくって楽観視しなければ問題ないわよ。元々実体すらまともに掴んでいない相手だったんだし。やることは何も変わらないわ」


 ペトラの言う通りであった。『イナンナ』の行方が分からないといえど、しっかりと警戒していれば問題は無い。これまで通りその尻尾を掴むための調査を行うだけだ。その方針に誰も異論はなく、気を取り直して今後の予定について話し合うことにした。


「とりあえず事後処理も一段落したわけであるし、最優先にすべきは事件についての調査だ。この事件には分からないことが多すぎる」

「そうね。分かっていないことと言えば……」


 セイフに同意しつつ、ヴェロニカは取り出した手帳にリストアップしてみる。


「最初に上がるのはやっぱり、襲撃犯が何者かということね。長さんが言っていたとおり、樹海で特定の人物の居場所を知ることは不可能なはずよ。にもかかわらず、犯人はデカン帝国一団のいる場所を狙って攻撃を加えた」

「謎ですねー。何でそんなことができたんでしょう?」

「謎、というほどでもないんじゃないか?考えれば単純な事だろ」


 メリッサが鋭利な視線をドスドスと突き刺すのも気に留めず、ブケファロスはそう口にする。


「どういうこと?」


 すかさずアレシャが尋ねると、彼はケロリと答えた。


「樹海に入ると居場所が分からなくなってしまうなら、樹海に入る前から一緒にいればいい。襲撃犯はデカン帝国の一団をずっとつけていたんだよ。で、頃合いをみて襲撃した」

「ああー、なるほどー」


 アレシャが感心して頷く。ブケファロスが得意げな顔を見せると、メリッサが露骨に舌打ちをした。しかし、セイフが口を挟んだ。


「エルフたちから聞いたんだが、彼らもその可能性については十分に警戒していたらしい。魔力感知に長けたエルフが何人かで周囲を見はっていたそうだ。だから、尾行がついていた可能性は無いとみていいと思う」

「そ、そうか……」

「ハンッ!」


 メリッサが大きく鼻で笑い、ブケファロスが視線で噛みつく。しかし、リットゥに『女子にあまり強くあたるというのは感心せんな』と諭されて牙を引っ込めた。剣に説教されるというのも中々レアな光景だと思いつつ、アレシャはセイフに問う。


「なら、襲撃犯はどうやってデカン帝国の居場所を知ったの?」

「俺が思うに、襲撃犯はずっとデカン帝国の一団と行動をともにしていたのだろう。襲撃犯が想定通り保守派のエルフの仕業であるなら、おそらくオル・オウルクスの遣いを装っていたんだ。……いや、本当にオル・オウルクスの遣いであるが、保守派であることを隠していた、と考える方が無難だな」


 セイフの推理は的を射ているようにアレシャには思えた。更に感心した様子でアレシャは何度も頷き、皆でその推理を吟味してみる。

 もし今回の襲撃が、単純な外部からの攻撃だったらどうか。圧倒的な強さを誇るという近衛師師団がついているにもかかわらず、その攻撃をみすみすくらってしまうとは考えにくい。それに先ほどセイフが言った通り、周囲を警戒している別のエルフたちがいた。怪しい人物がいて誰も気がつかないというのもおかしい。

 それがセイフの言う通りデカン帝国の一団に潜り込んでいる者の攻撃であったならどうか。警戒していない人間からの不意の攻撃を避けることは、手練れであっても難しい。その襲撃が成功する確率は前者と比べて格段に高いだろう。


「しかも、あの爆発の規模から考えても、襲撃者も無事ではないだろう。おそらくバラバラに吹き飛んでいるはずだ」

「それって、自爆ってこと!?」


 驚くペトラにセイフが肯定を返す。最も効率的に被害を与え、襲撃の実行犯という一番の証拠を消し去ることが出来る方策が自爆であると彼は言う。それはその通りなのかもしれないが、ペトラも、そしてアレシャも到底理解できなかった。


「保守派の人たちにとって、エルフの閉鎖的な伝統っていうのはそれほどに大きいものだったってこと……?街で聞き込みをしたときは、そこまでの風潮は感じなかったのに……」

「その思想を持っているのが保守派の、それも一部の過激派に限った話だからじゃないかしら。街でそのように感じなかったのも当然だと思うわ。今ある情報から推理するなら、一番自然な考えだと私は思うけど」

「うーん……でも……」


 ヴェロニカの言葉にアレシャはイマイチ納得しきれてはいない。長から聞いた保守派の話は、あくまで保守派が襲撃を考える可能性がある程度の内容だったからだ。オル・オウルクスの政府側としては過激派の実体を、しかと掴んでいるわけではないのだ。

 しかし、今回の襲撃はかなり手の込んだものである。しかも保守過激派がオル・オウルクスの遣いに抜擢されるなど、ある程度前から計画して手を回していなければできることではない。それを成すには過激派組織にはある程度の規模があると考えるのが当然であり、それをラース=オルフたちが認知できていなかったというのはどうにもおかしい。彼らが無能で、過激派組織一つ見つけることができないというなら話は別だが。

 アレシャがその考えを話すと、部屋中に「きょとん」という擬音が響いた。


「アレシャがそんな頭の良さげなことを言うなんて……」

「アレシャちゃんも成長したのね……」

『ああ、全くだ』

「おい、拗ねるぞ」


 仲間のあんまりな反応に、アレシャは不機嫌になってむくれてしまった。メリッサがその膨れた頬をつつく中、ダレイオスはアレシャの考えに自分の所見を付け加える。


『一応魔術のプロフェッショナルとして言わせて貰うと、あの爆発を起こした魔術は並大抵のものじゃないぞ。冒険者で言うなら、Aランク以上の実力は必要だろう。同じように炎魔術をよく扱うヴェロニカなら分かってくれると思うが』


 アレシャがそれを代弁すると、ヴェロニカは大いに同意した。


「私も言おうと思ってたのよ。あの規模の爆発は私でも起こせなくはないけど、それ相応の下準備が必要になるわ。魔法陣を展開したり、魔力を注ぎ込んだりね。でも……」

「いきなりそんなことをし始めたやつがいたら、一瞬で取り押さえられるな。不意打ちはおろか、襲撃すら成功しねえか」


 ブケファロスが椅子にドサリと腰掛けて呟いた。その言葉に誰もが一瞬思考が止まる。あまりにも初歩であるが故に見逃していたが、そもそも魔術を発動するには魔法陣が必要だった。しかし状況から考えて魔法陣を展開できたはずがないのだ。


「となると、俺の推理が破綻するんだが……」

「そうなるわね。……もうホント、何がなんだか……」


 ペトラがついに諸手を挙げて降参してしまった。ここまで考えて結局推理は振り出しに戻ってしまったのだ。魔術に堪能でないブケファロスが、妙案を思いついたとばかりに「魔法陣無しで魔術を使ったんだろ!」なぞと言い放ったが、それはメリッサによって一瞬で切り捨てられた。あれは小規模の魔術でこそできることであり、あの爆発レベルの魔術を魔法陣無しで操るには化け物レベルの魔力と技術が必要なのだ、と一刀両断だ。ギリリと歯がみするブケファロスに、メリッサは渾身のドヤ顔を返す。

 二人がまた口論を始めそうな気配がしたので、アレシャはそれよりも先に手を大きく叩いた。


「何にしても、今は情報がないよ。明日以降、しっかりと調べることにしよう。それでいいんじゃない?」

「……そうね。アレシャの言う通りだわ。今回はここまでにしておきましょう」


 二人の提案に全員頷きを返し、ぞろぞろとそれぞれの部屋へと戻っていった。メリッサは中々部屋へ戻ろうとせずにぐずぐずしていたので、アレシャが蹴り飛ばした。

 いつもと何も変わらない仲間内の相談の場だったが、その間ずっとアレシャの心には不安が絡みついていた。事件の真相がどうであれ、オル・オウルクスは自国に招いた大国の皇帝を死なせてしまったのだ。それも国民から崇拝されるような皇帝を、である。オル・オウルクスとデカン帝国の間に深い軋轢が生まれるのは避けられないだろう。ようやく事件の後処理が済んだ明日以降、オル・オウルクスはその現実と向き合わなくてはならない。

 アレシャがこの相談の場でそれを言葉にしなかったのは、仲間も同じように抱えているであろう不安を煽るようなことをしたくなかったからか、それともエルフの長の願いを叶えられなかったことに責任を感じているからか。自分の中でその思いが明確になるよりも先に、アレシャはベッドに潜り込む。それは、ただ自分が現実から目を背けているだけだと知りたくなかった、彼女自身の防衛機制であったのかもしれない。

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