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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
135/227

46 始まりの狼煙

 依頼契約が成ってから会談までの数日間、アレシャたちは極めて悠々自適な生活を送っていた。朝起きるとまず風呂に入る。それから用意して貰った朝食を食べ、街へ繰り出す。アレシャやペトラはオル・オウルクスの観光を楽しみ、メリッサはアレシャをストーキングし、ヴェロニカは自然の美しさを堪能し、セイフとブケファロスは何か珍しい武具はないかと店を覗いたりしていた。そして日が暮れた頃に大樹へと戻り、再び風呂に入ってから夕食を堪能して眠りにつく。そんな日々だった。勿論身体が鈍らないように稽古も欠かしていない。彼らの名誉のために言っておく。

 そんな街を彷徨くのもすっかり慣れてきたある日のこと。アレシャがとある商店でペトラと一緒に木彫りのアクセサリーを眺めていると、そこの店主がアレシャに声をかけてきた。


「お嬢ちゃん、ちょっといいかい。あんた、外の人間だろう?」

「え、はい。依頼を受けてやってきた冒険者です」

「そうか、やっぱりか」


 店主の男性エルフはそれから少し考える素振りを見せると、アレシャに問いかける。


「嬢ちゃん、デカン帝国って知ってるか?エルフがそこの国と国交を結ぶって話なんだが……」

「はい、知っていますよ。わたしはそれについての依頼でここまで来たんですよ」

「お、そうなのか。……で、聞きたいんだが、実際のところどうなんだ?この国交は俺たちにとって得なのか?」

「え、と、得ですか?」


 いきなり尋ねられ、アレシャは狼狽えてしまう。正直な話デカン帝国との国交は賛成できないが、それは元々デカン帝国への疑念があったからだ。それを抜きにして考えてみると、この国交も意外と悪くないと結論づいた。


「わたしはいいと思いますけど。デカン帝国は世界でもトップの勢いがある国ですし、オル・オウルクスが既に国交を結んでいるロマノフ王国の友好国でもありますし……」

「へえ、そんな凄いのか。そりゃ知らなかったな」


 これから仲良くしようとしている国だというのに、知らなくても大丈夫なのかとアレシャは思った。しかし、これがエルフにとっての外の世界への感心の程を表しているとうことなのだろう。店主は次にペトラの方へ視線を向ける。


「嬢ちゃんは外エルフだろう?実際、外の世界ともっと関わりを持つっていうのはいいことあるのか?」

「そうね……。あたしが言えるのは、外の世界にはここにはない出会いや経験が沢山あるということよ。それに魅力を感じるかは人それぞれじゃないかしら?」

「へえ、まあ興味はあるが……外で暮らすってのはなあ。うーん……」


 店主は腕を組んで考え込んでしまう。そんな彼を見ていてアレシャは疑問を持つ。


「あの、他のエルフの方もそういう感じなんですか?デカン帝国のことはあまりよく知らないっていう……」

「ん?まあ俺が政治とかに興味が無いっていうのもあるが、他にも同じようなヤツはいると思うぞ。なんせ、外との交流をしようってなったのは百年ちょっと前だ。それ以前の生活がそう簡単に抜けたりしねえからな」

「百年前の生活が抜けない……。ああ、そっか」


 店主の答えに、エルフの長い寿命というものがこの閉鎖的な社会を作っているのだとアレシャは実感した。エルフにとっての百年は、普通の人間にとっての十年ほどなのだ。そこそこ年を重ねたエルフに、新たな文化の流入が浸透しにくいのも頷ける。そして、店主の言う通り他のエルフも同じように思っているのか気になってしまう。ならば聞いてみよう、そう思った。アレシャは店主への愛想として小さな木彫りのブローチを購入すると、ペトラとともに聞き込みを開始した。

 そして結果は、店主の言った通りだった。勿論全員が全員ではなく、しっかりと考えて意見を持っている人もいるし、保守的な意見を持っている人もいた。だが、聞き込みをした半数ほどの人はデカン帝国がどんなものかも知らなかったのだ。これまで聞いたオル・オウルクスの情報から察せられていたが、直に話を聞いてアレシャはそれを実感し、ついついため息が漏れてしまった。


「まあ、こんなもんよ。百年そこらじゃ、エルフの長い歴史に裏付いた意識を変えるのは難しいわ」

「だよね……。エルフと外との交流を仲立ちになりたいと思ってたけど、簡単にはいかなさそうだね……」


 アレシャがため息をつく。長い間自分たちの里だけで完結していたのだから、そこに不必要な外界のものが入り込む余地など無かったのだ。ラース=オルフも苦労するわけである。外との交流が盛んになることが本当にエルフにとって良いことなのかどうかもよく分からなくなってしまうほどだった。


『何も悩むことはないと私は思うがな。自分が正しいと思うことをやるべきだ』

「まあくよくよ考えても仕方が無いっていうのは分かってるんだけどねぇ」

「そうよ。前も言ったでしょ。アレシャは考えすぎだって」


 そう言うペトラに、アレシャはとりあえず頷きを返す。しかし、アレシャの頭はぐちゃぐちゃのままだった。ラース=オルフの真摯な願いは叶えてあげたい。しかしそれはデカン帝国と手を組むことを容認することである。また、彼の願いにアレシャは賛同しているが、エルフという種族がそれを望んでいないのなら、それは叶えるべきことではないのではないのかもしれない。自分がどうすべきなのか定まらない。それこそダレイオスの言った通り、自分が正しいと思う道を行くべきなのだろうが、アレシャには“正しい”という言葉すら分からなくなってしまっていた。

 腕を組んで唸り続けるアレシャを隣で見守っていたペトラは、その頭を軽くこづいた。軽く呻いてアレシャはペトラの方を見やる。


「もう日も暮れてきたわ。そろそろ大樹に戻るわよ。ほら、さっさとする」

「う、うん。わかった」


 確かに、葉の間から差し込む光はほのかに赤みを帯び始めていた。アレシャはすたすたと歩くペトラの後を慌てて追いかける。

 これ以上考え込んでもアレシャに良い結果は生まないと思ったペトラは少々強引にそれを中断させたのだ。アレシャがどう考えていようと、これからの事態は放って置いても進んでいく。余計な思案で、仕事に対する意識が散漫になってしまうのが今一番あってはならないことである。それでも、アレシャの中で納得できる答えが見つからなければアレシャはいつまでも考え込んでしまうだろう。

 自分は、アレシャに対して何か手助けはできないのだろうか。一年以上アレシャから離れて、自分はどう変わっただろうか。ペトラは思考を巡らせるが、自分が得たものは戦いの知識ばかりだ。残念ながら、アレシャに与えられる明確な助言など持ち合わせていなかった。

 ため息がこぼれてしまう黄昏時を、二人の少女がとぼとぼ歩いて行った。


 時間というものは、気ままに過ごしているときほどあっという間に過ぎてしまう。とある日の夕食の席にて、長がアレシャたちへ告げる。


「先ほどデカン帝国から連絡をいただきました。先ほど出発し、明朝には樹海の入り口に到着することのことです」


 それを聞いたアレシャは突然湧いて出た緊張からゴクリと唾を飲み込み、長に了解を返す。ラース=オルフはそれから、「明日、警備の配置などについて伝えるので会議室に集まって欲しい」と連絡事項を伝えた。いよいよ来たか、とギルドメンバーたちの表情も引き締まる。

 そして夕食後、アレシャは仲間達を自分の部屋へと集めた。デカン帝国が来てからの行動についての相談をするためだ。


「さっき長殿に確認したが、ルーグの護衛には一般兵の他に近衛師団がついてきているようだ。そして、それを率いているのは副団長の『イナンナ』であると」

「それは嬉しい話ね。近衛師団の情報を手に入れられればいいと思っていたけど、目的の副団長様まで出てくるなんて」


 ヴェロニカがニヤリと笑う。彼女の言葉に皆同意するが、その調査担当を誰にするかだ。調査といってもそれほど大きな探りを入れる気はなく、シバの持ってきた情報の真偽を確かめることと、近衛師団と『イナンナ』の実体を正確に掴むことである。あわよくばルーグについての情報も得たいが、そこまでは望まない。なので、上手くいけばデカン帝国関係者との雑談で目的を達成できる可能性すらある。


「基本的には会談中も自由に動き回れる警備担当の四人ってことになりますよね?じゃあアレシャちゃんは除外ってことになりますけど」

「あたしはそれに賛成。今のアレシャは何かミスとかしそうだし」

「め、面目ない……」


 アレシャが項垂れ、慰めようとしたメリッサの胸に抱きしめられる。アレシャは未だ色々と考え込んでしまっている。それでは警備の仕事も疎かになってしまうだろうが、調査の仕事を任せるよりはマシだ。ペトラはそう思い、同じようにアレシャが時折上の空になっていると感じていたセイフも賛同した。


「なら、俺がアレシャちゃんと一緒にいることにしよう。十一階の警備には二人必要という話だったからな。こういうときは年長者に任せてくれ」

「それがいいだろうな。頼んだよ、セイフさん」


 となると、調査を担当するのはペトラ、ヴェロニカ、メリッサ、ブケファロスの四人だ。エルフ故に怪しまれにくいペトラ、何故とは言わないが男性に対して強いヴェロニカ、魔力感知に長けたメリッサ。調べごとをするのに丁度いいメンバーだった。ブケファロスはどっちでもいい。誰も異存ないようでメンバーはそれに決まった。警備の配置は明日伝えられるので、調査の手法は四人それぞれに任せることになった。


「最優先事項は、怪しまれないことだ。オル・オウルクスが招き入れた我々にそのような目が向けば、エルフたちに迷惑がかかる。会談に影響しないとも言い切れない」

「そうだね。それに、長さんから受けた依頼も完遂する。警備も疎かにしないようにお願い。わ、わたしも頑張るから。考え事しないように」

『いざというときは私がいる。心配することはない』


 ダレイオスに頼り切りになるのは忍びなかったが、アレシャは厚意を素直に受けとった。大まかな方針が決まったところで、これ以上の相談はデカン帝国が到着してからでも問題ないだろうということになった。ただ、人の目があるところでは、この類いの話は避けるようにとセイフが念押しする。なので、相談ごとがあるときはアレシャの部屋に集まるようにと取り決めた。

 ついにそのときが迫りつつある。アレシャは深呼吸し、心を落ち着けた集中する。自分は団長なのだ。生半可な気持ちでよいわけがないのだから。


「アレシャ、貧乏揺すりはやめたほうがいいわよ」

「ご、ごめん……」


 そう簡単に集中できれば、よかったのだが。



 そして明日の昼頃。昨夜聞いた通り、デカン帝国は樹海の入り口に到着。迎えのエルフによってオル・オウルクスまで案内されているそうだ。


「樹海内の警備は大丈夫なのですか?」

「例えエルフでも樹海内を自由に動き回ることはできないのですよ。精霊が教えてくれるのは里への道と外への道だけですから。樹海内にいる人物がどこにいるのかを知るのは不可能でしょう」


 その話を聞いてアレシャは身震いする。それはつまり、エルフの案内がない状況で遭難してしまった場合、救助は絶望的だということだ。幸い魔物はおらず、食糧になる野生動物は豊富にいるので生きながらえることはできるだろうが、樹海から出るのにどれだけの時間がかかるだろうか。外に出るときはペトラから絶対に離れないようにしようとアレシャは固く誓った。

 それはともかく、それならば樹海内で保守過激派の襲撃はないと見て間違いない。警備は里に入ってからで問題ないということだ。長もそのように言う。


「『アルケーソーン』の皆様にはオル・オウルクス入り口の警備にあたっていただきたいと思っています。デカン帝国のご一行が到着されたら、そのまま中央までの護衛をお願いします。どうしても町中を通ることになるので、格好の襲撃の機会となってしまいますから」

「分かりました。到着の予定はいつごろですか?」

「今日の日暮れ、あるいは明日の朝ごろかと思われます。なので急ぐ必要はありませんので、明日の昼頃から待機していただけたらと。デカン帝国ご一行をご案内している者から逐一連絡が来る手はずになっているので、予定が前後してもその都度お伝えいたします」


 本来なら、木々が魔術を妨害する波動を放っている樹海で魔術での通信は行えないのだが、エルフの用いる精霊魔術での通信ならばそれも行えるらしい。ダレイオスは感心しつつその話を聞き、アレシャは長の話をメモを取りながら聞いて今後の予定をしっかりと頭に叩き込む。そしてこれを踏まえた上でデカン帝国到着前の最後の相談をするべきかと考える。皆、これまでの自由時間でオル・オウルクスの様々な場所を歩き回りある程度地理に明るくなった。どの場所が襲撃されやすそうだろうかといった意見交換をしたいのだ。そのためにはデカン帝国が街の入り口から大樹まで、どのようなルートを通るのか知っておきたい。アレシャは早速、長に尋ねることにした。

 そのとき、遠方から聞こえる鈍い音が彼らの耳に飛び込んできた。それが何かは正確には分からない。しかし、かなり遠くから聞こえていると思われるにも関わらず、その音は腹の内に低く響いた。会議室にいた全員が一様に音の来た方向へ視線を向ける。幸運にも会議室のその方角の壁には窓があり、そこから外の様子を窺うことができる。

 そして、誰もがその窓の外から見えるものに意識を奪われてしまった。それは、遠く樹海の中から高く、高く上る黒煙だった。

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