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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
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45 歴史の重み

 翌日、ほくほく顔のアレシャは遣いのエルフに連れられてラース=オルフの元へ向かっていた。昨夜の夕食はオル・オウルクス原産の野菜がふんだんに用いられ、期待以上の美味しさだった。加えて、他では中々入れない木で作られた大浴場で心ゆくまでお湯を堪能した。そしてメリッサを追い出した趣のある部屋で心地よくベッドに沈み込んだ。最高のもてなしとはまさにこのことであった。アレシャ以外の六人の顔も待遇に大満足というようである。メリッサは少しばかり不服そうだったが、自業自得である。


「アレシャ様、こちらの会議室で長がお待ちです」

「あ、はい!ありがとうございます!」


 エルフに目的の部屋に通され、アレシャは気合いのこもった声を返す。昨日良い思いさせてもらったのだから、今度はアレシャたちが仕事をやり遂げる番だ。ふわふわしているわけにはいかないのだ。


「おはようございます。そちらにお掛けになってください」


 長机の上座に座る長に促され、アレシャは彼の対面の席に掛ける。それに続いて他のメンバーたちも思い思いの席に座っていった。全員が揃ったことを確認してから長はバートを呼びつけ、依頼の話を始める。


「大方の依頼内容は、事前にお伝えしている通りです。数日後に予定しているデカン帝国皇帝ルーグ殿との会談の場の警護をお頼みしたいと思っております」

「はい。それは承知しているのですが……やはり、保守派勢力から守るということなんでしょうか?」


 アレシャが率直に尋ねると、長は面目ないと頭を下げた。


「本来ならば自国の問題は自国の者で収めるべきなのでしょうが、今回の会談は我々としては何としても無事に終えたいのです。転ばぬ先の杖と申しましょうか、できることはしておきたいのです」

『それに、『あなた方のことを考えて我々はここまで手配しました』というアピールにもなるしな』


 ダレイオスが身も蓋もないことを口走った。ダレイオスの声が他人に聞こえなくて本当によかったとアレシャは思う。しかしそういうことなら、オル・オウルクスの現状について詳しく知っておきたいと思った。昨日バートから簡単には聞いたが、情報が多い方が警護もやりやすいというものだ。アレシャがそのように尋ねると、長は了承して順を追って話してくれた。


「バートがどこまでお話ししたかは分かりませんから、一からお話させていただきます。……エルフが外の世界との関係を持とうと考えたのは、今より二百年ほど前。当時の長も私だったのですがね」

「何故、そうしようと思ったんですか?」

「長として外界の情報収集はそれなりに行っていたのですが、当時の他国の技術力の進化や情勢の変化には目まぐるしいものがありました。一度得た情報が、次に情報収集を行ったときには全く使い物にならなくなっている、何てことも多くありました。それで私は、大昔とは違い我関せずを貫き通して何とかなる時代は終わったのだと思ったのです。放っておけば進歩を続ける外界の人々と比べ、エルフは文明的にも文化的にも大きく劣った種族となってしまう。それはいずれ、エルフという種族が他者に虐げられるきっかけとなるのではないかという危機感も抱きました」


 彼の話すことは突拍子のないものではなかった。エルフの里は大した資源こそないが、ここにしかないものも数多くある。エルフの力が外界の国と比べて弱くなってしまえば、エルフの里に価値を見出した者たちによって侵略されてしまう可能性は十分にあるのだ。長の判断は賢明であっただろう。しかし、それに反対する者もいたというわけだ。


「当時、反対の声は上がったりはしなかったのですか?」


 セイフが問うも、長は首を横に振った。


「人々の意見を私自ら集めたのですが、目立った反対意見はありませんでした。今になって思えば、それが自分たちの生活にどのような変化を及ぼすのか正しく理解できていなかったのでしょう。外に興味を持たなければ、外についての知識を得ることもありませんでしかたから」

「となると、保守勢力が現れたのはもっと後ということですか」


 セイフが続けて確認するように尋ねれば、長は今度は静かに頷き肯定した。


「彼らが大きく活動を始めたのは、我々が先々代ロマノフ国王と国交を結んだ百年ほど前のことです」


 そう話を聞き、アレシャたちはなるほどと納得する。国と国同士の明確な国交の締結は、それまでの「ただ外との行き来が楽になっただけです。外が嫌なら関わらなければいいだけ」というものとは違い、外の世界との交流を強制するものであると言えるからだ。事実、ロマノフ王国と国交を結んでから、それまでは皆無に等しかった里を訪れる外の人間が増え始めたという。それでもごく少ないものだと長は苦笑した。


「ただ、保守的な人々にとっては、それすらも耐えられなかったのでしょう。延々と続くエルフの歴史は、それだけ固く重いということです。しかし、その伝統に縛られつづけていては、エルフに未来などないのです」

『全く同感だ。伝統を守ることで種族が滅びる、なんてことに考えが行き着かないんだろう』


 ダレイオスが呆れ気味にそう呟くが、アレシャはそれも仕方の無いことであると思う。その“種族の危機”にまで考えが至るには外の世界についてある程度知っている必要がある。しかし、保守派の人々は外のことについて詳しく知ろうとすらしない。だから、そのことに気づきようがないのだ。分かって欲しいのに分かってもらえないもどかしさを長はずっと抱えているのだろう。彼の心中を察し、アレシャも頭が下がる。


「ともかく、これで保守派の人々についてはご理解いただけたかと思います」

「はい、お話いただきありがとうございます」


 警護の方針を定める上での手がかりは特になかったが、エルフの状況を知る上で非常に興味深い話であった。アレシャは礼を言ってペコリと頭を下げる。


「デカン帝国は軍事色の強い国家です。保守派の人々はそれを野蛮だとし、また、ルーグ殿一人が強い力を持っているデカン帝国の国家体制を一刻独裁であると強く非難しています。この中でルーグ殿がお越しになれば、もしかすると彼が過激的な思想を持つ者に狙われてしまうかもしれません」


 長はそう口にするが、アレシャは自分たちが警護につくまでもないのではないかと思った。彼にはきっと、名高い皇帝近衛師団の面々が警護につくことになるはずだ。ただの襲撃犯がその警護を抜けて皇帝を仕留めるというのは難しい話だろう。とはいえ、アレシャもそれを理由に仕事を蔑ろにする気は無い。アレシャはより仕事の内容について、より詳しい説明を長に求める。すると彼は隣に立っているバートに言いつけ、。アレシャたちの前に一枚の大きな紙を広げた。


「この大樹の見取り図です。そちらをご覧になりながら、説明をお聞き下さい。まず、今私たちがいるのが六階の会議室です」


 アレシャがその場所を紙面上で探すと、確かに六階にそれらしき部屋を見つけた。見てみると、大樹は全部で十二階建てになっているようだ。木の大きさの割りに以外と少ないのだなと思うが、その方が警備の仕事もしやすくていいだろうと思い、話に再び耳を傾ける。


「会談を行うのは、十一階にある大会議室です。この階へ至るための階段は三カ所。それと窓がいくつか。ここさえ注視しておけば、この階の侵入を防ぐことができるはずです」

「なるほど。では、私たちはそこの警備を担当すればよいということですか?」


 ヴェロニカがそう尋ねると、長は曖昧な肯定を返す。


「お二人ほどこの階の警備にあたっていただきたいですが、残りの方々は大樹内を巡回し、警備をしていただきたいのです。何やら怪しげなものを見つけ次第対処をお願いいたします」


 先日の大樹放火事件の際、犯人が火を放つまで怪しい人物がいることに気がつくことができなかった。なので今回は巨大な大樹の周囲にまで警戒が行き届くよう、持ち場を決めずに自由に動き回れる警備を用意しようと考えたのだそうだ。それをアレシャたちに担当して欲しいとうことらしい。アレシャとしても一所にじっとしているより、その方が退屈しなくて好都合だ。


「分かりました。では、その通りでいきたいと思います。担当はこちらで決めてよいですか?」

「ええ。ですが、アレシャ様には大会議室前の警備をお願いしたいと思っております。ルーグ殿にもご紹介せねばなりませんので」


 アレシャはそれを聞いて項垂れる。アレシャの担当は自由に動き回れない方だった。長はその反応に首をかしげるが、ペトラが気にしないように言って代わりに話を進める。


「では長様、あたしたちは会談の日まではどうしていればいいですか?」

「デカン帝国のご一行が樹海に到着される直前に、詳しい配置などをお話いたします。それまではご自由にお過ごし下さい。勿論、大樹内の施設もご自由にお使い頂いて結構ですよ」


 アレシャはそれを聞いてガバッと顔を上げる。それはつまり、昨日のような好待遇をこれからも受けられるということだからだ。すっかり気を持ち直したアレシャに長はどこかホッとした様子をみせる。

 長の説明はそれで一通りは終わり、アレシャたちに見取り図を持ち帰るように言いつつ説明はないかと尋ねる。そこにヴェロニカが挙手した。


「今回の警戒対象である保守的な思想を持つ人々、その内の過激派組織についての情報はないのですか?」

「過激派、とは申しましたが、残念ながら組織だった存在は確認できておりません。しかし、今回の会談を皮切りに活動を始めるという可能性も十分にあると見ております。先日の放火事件がその兆候だと」


 長はそこで一度言葉を区切る。そして席から立ち上がった。


「……そんなあるかも分からない存在相手に警備をしろと、『アルケーソーン』の皆様にご無理を言っているのは重々承知しております。しかし、今回の会談は我々エルフの今後を決める非常に重要なものなのです。デカン帝国との関係を通して、外の方々との交流を更に深めていくための大きな一歩なのです。『アルケーソーン』の皆様、どうか我々のためにご助力をよろしくお願いいたします」


 長はそう言って深々と頭を下げ、隣のバートもまた頭を下げた。アレシャたちの存在は言ってしまえば保険だ。にもかかわらず、長はアレシャたちへ向けてひたすらの誠意を見せてくれている。ただ、こんなことをしなくとも、アレシャの意志はとうに決まっていた。アレシャは椅子から立ち上がって歩み寄り、彼の手をしっかりと握る。


「お任せ下さい。わたしとしても、エルフの皆さんともっと交流を深めたいと思っていますから。精一杯努めさせて頂きます!」

「ありがとうございます。あなた方にご依頼して、本当によかった」


 アレシャの満面の笑みに、長もまた笑顔を見せて礼の言葉を述べた。


 それから両者は書面で正式な依頼契約を交わし、アレシャたちは長に挨拶してから会議室を後にした。ただ、彼らの心中はあまり穏やかではない。


「仕事は精一杯やろうと思っているけど、長さんの国への思いの強さを目の当たりにすると、どうしても、ねえ……」


 自室のある一画へ向かう廊下を歩きながらアレシャが呟くと、それに対してブケファロスが同意する。


「デカン帝国が本当にクロなら、外の世界との交流の仲立ちになってもらうという長の願いは叶わないだろうな。国交を結ぶ相手を変えるように助言したいが、当然そんなわけにもいかねえしなあ」

「なんか、やりきれないわね……」


 皆一様にため息がこぼれてしまうが、今はとにかく目の前の仕事に真っ直ぐに取り組むしかない。そして、デカン帝国に疑念への確証をさっさと手に入れて、これ以上こんな思いをしないように、させないようにしなくてはという意志を固くするのだった。

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