表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
133/227

44 ザ・到着

 戻ってきたオル・オウルクスの入り口には一台の馬車が止まっていた。当然木で作られたものだったが、ヴェロニカはその馬車が木材を組み立てたものではなく、一つの材木を彫って作られたものだと気づいた。匠による美しき芸術作品だと言っても過言では無い。それに感激したのか何なのか、ヴェロニカは突然駆け出し、馬車の前に立っている迎えのエルフを無視して馬車にへばりついた。そのエルフの男性はぎょっとした顔でヴェロニカのことを見る。


「そいつは気にしないでくれ。害は無い」

「そ、そうですか。この馬車がお気に召したのなら幸いでございます」


 戸惑いながらも男性はセイフへ言葉を返す。アレシャがヴェロニカをベリッと引きはがしたとき、丁度後方から置いてきた三人が歩いてきているのが見えた。とりあえずこれで全員揃ったのでアレシャはエルフの男性へそれを伝えると、彼は馬車の中へ乗るように促す。馬車は大きく十人ほどなら難なく乗れるほどの余裕があり、アレシャたちは次々と乗り込んでいく。しかし、アレシャが中に入ったとき、既に馬車の中に座っている先客の姿を見つけた。


「お待ちしておりました。私、エルフの長の遣いで参りました、バートと申します。中央の大樹までお送りいたします」


 中に誰か乗っていると思っていなかったアレシャは少しばかり驚きつつ、ぺこりと会釈を返した。全員がバートへ挨拶をしつつ馬車に乗り込むと、馬はいななきをあげてゆっくりと走り始めた。車窓には、自然と調和したオル・オウルクスの街の風景が絶えず流れていく。アレシャはその景色が気になって仕方が無かったが、団長としてバートとの交流を深めることにした。


「えっと、バートさんも外交官をやっているんですか?」

「私は総合管理職を任されております。これでもそれなりに古参のエルフですから」


 古参、という言葉の意味がアレシャは最初はよく分からなかった。なぜなら、目の前の黒い長髪の男性はどう見ても三十そこらの年齢にしか見えなかったからだ。寧ろ若手だと言われた方が納得できるほどである。アレシャは思い切って聞いてみることにした。


「あの、失礼で無ければお年をお尋ねしても?」

「正確な年齢は覚えておりませんが、今は八百足らずだったかと思います。オル・オウルクスの中枢の人間は、皆大体八百歳前後ですよ」


 余りにスケールの大きな話にアレシャは僅かな目眩を覚える。エルフ、恐るべし。隣に座るペトラもいつかこんな感じになるのかと思い、アレシャはペトラの顔をじっと見つめる。


「ロリばばあ……」

「誰がよ!」


 ペトラがアレシャの額を強めに小突いた。呻きながら頭を抑えるアレシャに苦笑しつつ、今度はバートがアレシャに尋ねる。


「そう言えば、先ほど“も”とおっしゃいましたが、ご存じの外交官とはリリのことでしょうか?」

「……はい、そうですよ。親しく、はないけれど前にお世話になったことがあって。そういえば、リリさんも中央にいるんですか?」

「それが、まだオル・オウルクスへ帰ってきていないんですよ。どこにいるのかご存じないですか?」


 バートの言葉にアレシャは驚いてみせる。リリと別れたのは、もう一月以上前の話だ。オル・オウルクスまで戻るのにそんなに時間がかかるわけがない。


「それ、ちょっと心配ですね。どこにいるんでしょうか……」

「ああ、いや。心配はしていないんですよ。以前にもこういうことがありましてね。そのときは別の街で油を売っていましたよ。どうにも冒険者のときの習性が抜けていないようでしてね。さすがに一ヶ月も戻っていないなんてことはありませんでしたが……。彼女が粗相などはしなかったですか?」


 粗相は無いわけでは無かったが、アレシャは問題ないと頷き、バートは少しほっとした様子で息をついた。彼女は、上司にそんな心配をかけるほど信用されていないようだ。


「……そんな感じなのに外交担当なんて任せてていいのかしら。何か同じエルフとして心配になってきたわ」


 ペトラの言葉は全くもって正論だった。アレシャたちの方が先にオル・オウルクスへ到着していたらどうするつもりだったのだろうか。冒険者に向いていないと彼女は言っていたが、雇われるほうが向いていない気すらしてくる。バートはそれを聞きながら、手帳に何やら書き込んでいた。チラリと見えた「減給」の文字は気のせいだということにしておこうとペトラは思った。


「アレシャちゃん、見て下さい!大分近くなってきましたよ!」


 そこで半ば乗り出すようにして外を見ていたメリッサがアレシャを呼び、窓の外を指さした。そこに見えるのは、オル・オウルクスの中枢組織がある大樹だった。街の入り口ではぼんやりとしか見えていなかった輪郭もハッキリとして、その存在感を更に強めている。ペトラを除いた五人全員が、その大樹に視線を釘付けにされていた。


「いかがですか?我らが守り神の姿は。本来の木の持つ寿命を遥かに超え今もなお生き続けている、まさに伝説そのものです。この世界の始まりの時から、この場に立ち続けているとも言われています」

「へえええええ。話の規模が大きすぎてよく分からないけど、凄いなあ」


 アレシャがしみじみと呟く。ヴェロニカもそのスケールの大きさに呆気にとられながら大樹を眺めていたが、馬車が大きな通りへ入ったとき、ふとその視界に多数の赤い何かが映った。自然の緑を基調とした美しい風景にそぐわぬ色に顔をしかめながら、ヴェロニカはそれが何なのかと注視してみる。すると、それらは何やら文字が書き殴られた貼り紙だった。


「バートさん、あれは何なのかしら。街のそこら中に張ってあるようだけれど……」


 ヴェロニカがそう尋ねると、バートは苦々しい表情を見せる。


「あれは、エルフの里が外に開かれることを善しと思っていない者たちの仕業ですよ。エルフの閉鎖的な社会形態は伝統である、それを壊すなど持ってのほかだ、という主張です」


 バートの言葉を聞き、アレシャたちは貼り紙に目をこらしてみると、確かにそのような旨の主張が口汚く書かれていた。オル・オウルクスの中央付近の人気の多い場所には、このような張り紙が大量に貼られているらしい。しかし、これはまだマシな方だと彼は言う。


「こういった人々は所謂保守派というものに分類されますが、その中には過激な思想を持つ人々もいるようなのです。ロマノフ王国と国交を結んだことをきっかけに過激派の数も少しずつ増え、先月には自分たちが本気であると示すためか、大樹に火を放とうとした輩までいまして……」

「あの大樹はエルフたちにとっての守り神なんだろう?エルフの伝統を主張しながら、それを傷つけようとするなど、本末転倒もいいところだな」


 セイフが肩をすくめる。バートもその通りだと頷くが、悲しいことにそれが今のオル・オウルクスの現状である。他の国とは比にならない程の長い歴史を持つからこその問題というわけだ。


「けど、これなら確かに会談の警護を依頼するのも頷けるな。これじゃあ何が起こってもおかしくない」

「ええ、その通りです。皆様方に圧をかけるつもりではないのですが、どうかよろしくお願いします」


 バートは深々と頭を下げる。彼は自分の信じる道で、エルフたちの繁栄のために行動している。その純粋な思いを支えることこそ、アレシャの信じる冒険者の姿。アレシャは力強く頷いた。


「お待たせいたしました。もうじき到着ですよ」


 馬車の御者席から呼びかける声が聞こえた。馬車はいつの間にか市街地を抜け、草木の生い茂る静かな道を駆け抜けていた。そして程なくして視界が開けると、眼前に見上げきることもできない超巨大な幹が姿を現した。無事、目的地に到着だ。

 停車した馬車の扉が開かれ、促されるままに一行は降り立つ。アレシャは目の前の大樹をしげしげと観察する。この木もまた、街の建物と同じく幹を彫りくり抜いて、そのまま建物として利用しているようだ。しかしその巨大さ故か、その程度では大樹が生きるのに全く影響はないように見える。間近で感じるその迫力に見とれていると、大樹の入り口の大きな扉から何人かのエルフが姿を現した。彼らの中央に立っているエルフは、白銀の髪と足元まであろうかという長い髭を蓄えた威厳のある老人であった。どこからどうみても、彼がエルフの長に違いなかった。

 しかし、「え、あなたじゃなくてこっちの方が長老だったんですか!びっくり!」という展開はお決まりであると思っていたアレシャは、その隣に立っている妙齢っぽい女性が長老ではないかと狙いをつける。


「お初にお目にかかります。私がエルフの長を務めております、ラース=オルフと申します。長い名ですから、長とでもお呼び下さい。いやはや、このじじいのために遠路はるばるお越し頂きまして、感謝いたします」


 やっぱり老人が長老だった。そんなお決まりなどなかった。アレシャは自分の予想が外れた落胆が表情に出ないように注意しつつ、長へ自己紹介する。


「ご丁寧にありがとうございます。わたしが『アルケーソーン』の団長、『魔導姫』のアレシャです。後ろの五人が、今回のご依頼を共に担当するギルドメンバーです」


 その紹介にのって、ヴェロニカたちは頭を下げる。長はそれに柔和な笑みを見せると、一行を大樹の中へと招き入れた。

 大樹の中は、アレシャが想像していたより大分手を入れられており、木材を使って一から建てたのだと言われても納得できるほどに立派に建物として機能していた。それと同時に、生きている木にこれだけ傷をつけても大丈夫なのか、と大きな螺旋階段を上りながらアレシャは思った。アレシャがそうペトラに伝えるが、ペトラは心配いらないと言う。


「大樹は幹の芯さえ傷つかず残っていれば基本的には問題ないそうよ。大樹の生命エネルギーはそこを通っているらしいわ」

「へえー。さすが守り神というだけはあるんだね。なんという生命力……」


 聞き様によっては失礼な物言いだったが、長はその言葉を好意的に受け取ってくれたようで、アレシャへ向けて笑顔を見せる。


「その生命力が我々に与えた恩恵はとても大きいのですよ。生命エネルギーは根から里内の土壌へ染み渡り、オル・オウルクスの作物を旨味と栄養のつまった上質なものに育て上げるのです。今後、それを我が国の名産として広めていこうと計画しているのですよ。夕刻の食事の際に振る舞わせていただきます」


 大樹のエネルギーで育った作物。明らかに美味そうである。アレシャはそんな夕食に心躍らせながら階段を軽やかに上っていき、とある一画へ案内された。


「今日は長旅でお疲れでしょうから、依頼についての詳細なお話は明日にいたしましょう。こちらに部屋を用意させて頂きました」

「ご丁寧に、ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」


 アレシャがそう答えると、長は最後にもう一度笑顔で礼をしてから部下のエルフを伴って仕事に戻っていった。全身から溢れる良い人オーラをまき散らして。


「噂通り、長様についてる精霊はみんな善良な性格のものばっかりだったわよ」

「そうだろうね……。精霊見えなくても分かるもん」


 アレシャがしみじみと答える。不思議なことに、ああいった人間の頼みなら精一杯力を尽くそうと思ってしまう。人望だけで人の心を動かせる人間はそうはいないだろう。歴史ある種族の長となったのも頷ける。


「じゃあ、今日のところは解散ってことで。なんと一人一部屋用意されているみたいだし」

「そうだな。順調に到着できたおかげで会談の日まで時間はたっぷりある。今は英気を養うとしよう」


 セイフの言葉に誰も反対するわけがなく、それぞれ自分の部屋を決めていく。


「何か用があったらわたしの部屋に来て。正直、大樹中をウロウロしたいけど、今日は部屋で大人しくしてることにさせられたから。ダレイオスさんに」

『私が釘をささなきゃ絶対に腰を落ち着けていないだろうからな』


 アレシャの言葉に苦笑しつつ、「また後で」と言葉を残して皆部屋の中へと引っ込んでいった。アレシャも自分に割り当てられた部屋のドアを開く。中は当然ながら家具から全て木でできており、魔力灯のオレンジの明かりが穏やかな暖かさを持たせていた。住み心地は中々に良さそうだ。


「こういう、いつもと違う空間で寝泊まりするっていうのが旅の醍醐味だよねぇ。何かわくわくする」

「分かります!私もいつもと違うアレシャちゃんとの一夜にわくわくしています!」


 アレシャが振り向くと、そこに枕を持ったメリッサが立っていた。枕は持参なのか。いや、問題はそこじゃなかった。


「……何で居るのさ」

「だって用があったら部屋に来てっていったじゃないですか。だから、今夜はご一緒しようと思って。今夜は眠らせ——」


 誰もいない廊下に、人が一人投げ飛ばされる乾いた音が響いた。

無事明けましたのでおめでとうございます!

完結目指して今年も頑張らせていただく所存でございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ