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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
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43 オル・オウルクス

 「さ、ここからよ。この樹海のど真ん中にオル・オウルクスがあるわ。この樹海のおかげで、エルフは外からの干渉を受けずに引きこもっていられたのよ」

「確かに、こんなとこに不用意に踏み込もうなんて誰も思わないよね……」


 アレシャがそう言って目の前にそびえる巨大な木々を見上げる。どの樹木も、何十人もの人間が肩車してようやく届くほどの高さだった。樹齢にしたら軽く千年以上立っていると思われる。エルフの寿命が千年程度なのだから、それくらいあっても何もおかしくない。


「よし。それではペトラ、案内を頼む」


 セイフに頼まれペトラは元気よく頷いた。そして先頭に立って樹海の中へずんずんと歩いて行き、その後ろについて一行も樹海へと入っていった。

 はるか頭上の林冠から僅かに陽光が差し込み、辺りからは小鳥のさえずる声が聞こえる。圧倒的大自然である。この樹海はラインデルク帝国の北方、ロマノフ王国との国境付近にだだっぴろく広がっている。かなり緯度が高いので当然かなり冷え込んでいた。


「……うへえー。すごいなぁー。なんか、ずっと見ていられる気がするよ」


 アレシャはそんな寒さも気にならないほどに、ひたすら自然を見上げていた。他では見られない幻想的な光景である。見とれてしまうのも当然だ。ヴェロニカもアレシャと同じく、ほれぼれするように景色を眺めていた。そんな中、ブケファロスがペトラへ向けて声をかける。

 

「オル・オウルクスまではどれくらいかかるんだ?一応準備はあるが野営は必要になりそうか?」

「そうね……。今日中につくかどうかは怪しいわね。無理する必要はないし、どこかで休んだ方がいいと思うわ」


 ペトラがそう答えると、ぼんやりしているアレシャに代わってセイフが了解した。するとその時、近くの茂みからガサガサという音が聞こえた。何かがいる。魔物かと思ったセイフとブケファロスが構えるが、ペトラは心配ないと告げる。


「この樹海に魔物はいないわよ。多分あれも、なんてこと無い野生動物だと思うわ」

「私の魔力感知にもサッパリ引っかかってないですし、間違いないですよ」


 ペトラに続いてメリッサが答えると、その通りに茂みから一頭の狐が飛び出した。そして一行の姿に気づくと、すぐさま踵を返してそそくさと逃げていった。セイフとブケファロスの二人も警戒を解く。


「それならよかったが、何故魔物がいないんだ?」


 セイフが尋ねるとペトラは、それはこの樹海を形成している木々の持つ特殊な性質によるものであると言う。


「この木は常に魔力の波動を妨害するような微弱な波動を発し続けているのよ。普通の動物よりも体内に多くの魔力を持つ魔物は、それを嫌がって近づかないのよね」

『そうなのか。しかし、それなら人間にも影響があるのではないのか?』


 ペトラの説明を聞いたダレイオスが自然な疑問を持つ。それに答えるのはアレシャだ。


「微弱っていっても本当に弱いものだからね。魔力というものを理解して、ある程度コントロールできる人間はそれくらいじゃ影響されないんだよ。あくまで、魔物への嫌がらせ」


 さすが無駄に知識のあるアレシャだった。その説明でダレイオスは納得し、その木々へ魔力感知の意識を向けてみる。するとその通り、僅かに押し返されるような感覚を得た。アレシャの言うようにさして問題のないものだったが、これもエルフがずっとこの樹海の中で安全に生きてこれた大きな理由であるのだろう。


『この樹海は私の時代からあったはずだが、こうやって足を踏み入れたのは初めてだ。王になる前に旅をしていたときも、ここには近づかなかったからな。閉鎖的なエルフの集落に無遠慮に踏み居るようなまねをする気はないからな』

「そうなんだ……。でも今は交流があると言っても来るのが面倒なのは変わらないし、結局オル・オウルクスに人が来ることはあんまりないんだよね」


 アレシャの呟きに、他の仲間達も同意する。ペトラ以外の全員、オル・オウルクスを訪れるのは初めてだった。言葉に出さなくとも、皆少しだけオル・オウルクスを訪れることにワクワクしていた。

 しかし、それならオル・オウルクスが新たな国交を結びたいと考えるのも当然だ。セイフはそう考えた。


「里を出たり、そもそも里の外で生まれたエルフ何てヤツも今では珍しくないが……肝心のオル・オウルクス自体との交流はほとんどない。だがそれも大国であるデカン帝国と国交を結べば、デカン帝国を通して盛んになるかもしれない」

「そうですねえ。折角仲良くしようとしてくれてるのに、ほとんど来てくれないんじゃ寂しいですもんね」


 メリッサがセイフに同意するように呟く。それは誰もが思うところだが、よりによって国交を結ぼうとしているのがデカン帝国というところが、何とも複雑なところである。エルフとの交流が増えるのは喜ばしいことだが、デカン帝国は真偽は定かではないが極めて怪しい国だ。オル・オウルクスへ何らかの影響が無いとも限らない。


「そういえば、デカン帝国側は何故オル・オウルクスと関係を持とうと思ったのかしらね。向こうにはそれほどメリットがあるようには思えないのだけれど……」

「確かにね。この樹海で手に入る資源も大したものではないし、他の目的があるような気はするわ」


 ヴェロニカとペトラが歩きながら思考を巡らせるが、国交を結ぶ上でそのような条件があるならばオル・オウルクスに既に話は通っているだろう。街についてから話を聞けば済む話だった。なので一行は心持ち歩みを早めながら、しかしそれでも美しい自然に見とれながら、オル・オウルクスへ向けて歩みを進めていった。


 しかし、深い深い樹海はどこまでも樹海で、その景色が変化を見せることはなかった。


「……まだ、つかないのかな。どこまでいっても木しかないんだけど」

『さっきずっと見ていられるって言ってたのはどこのどいつだ……』


 しかし、アレシャが飽き始めているのも仕方が無いのかもしれない。魔物が現れることもないので、本当にただただ安全なピクニック状態であるのだから。更に全く同じ景色で方角すら分からないので一人彷徨くワケにもいかず、ただペトラについていくしかないのだ。誰でも嫌になる。事実アレシャ以外のメンバーも同じだったようで、野営中も特にすることもなく皆適当な食事を済ませて皆そそくさと眠りについていった。


 しかし彼らにとっては幸運か、その旅もそれほど長く続かなかった。旅の二日目、相変わらず先頭を歩いていたペトラが立ち止まってクルリと振り返る。


「近くにいる精霊が、もうすぐだって言ってるわ!もう一時間くらいだって!」


 ペトラの言葉でようやく終わりが見え、全員の顔に僅かに光が戻った。アレシャがペトラへ向けてぐっと親指を突き出す。


「ご苦労!そのまま案内してくれたまえ!」

「はいはい。それじゃあえっと……こっちよ」


 再び歩き出した一行は、精霊の言葉通り一時間ほどで視界に久方ぶりの変化を見つけることが出来た。少し先に一際巨大な樹木が見えたのだ。メリッサがそれを指さして驚きの声をあげる。


「おおー!あれ、何ですか?もしかして、あれがオル・オウルクスですか!」

「勿論、そうよ。……ほら、見えてきた。あそこが入り口よ」


 ペトラが示した先には、木で作られた簡素な小屋のようなものがあった。その近くには高い壁が作られ、その内側を見ることはできない。どうやら、あそこがオル・オウルクスへの入り口のようだ。先頭交代。アレシャが代表して、見張りと思われるエルフに話をしにいく。


「すいません。依頼を受けたギルドなのですが、入国の審査をお願いします」

「依頼ですか?申し訳ありませんが、入国許可証のご呈示をお願いできますか?」


 アレシャはリリから受け取った薄緑色の封筒を取り出し、背の高いエルフの男性に手渡した。それを確認した男性は少し驚きながら、その封筒を確認してアレシャへ返した。


「失礼いたしました。まさか、長様からのご依頼だとは……。はるばるご足労いただきましてありがとうございます。どうぞ、お入り下さい」


 エルフの男性が小屋の中にいるもう一人に手を振って合図をすると、その男は小屋の中にある滑車をぐるぐると回し始めた。太いロープが巻き上げられ、大きな扉がゆっくりと開いていく。


「さ、ようやく到着よ。ここがエルフの里『オル・オウルクス』。あたしも久しぶりだわ」

「おお、おお!おおおおおおお!」


 壁の向こうに広がっている景色に、アレシャは感激の声をあげた。そこにあったのは、これまで通ってきた景色なんかとは全く違う、活気に溢れた街並みであった。うっそうと茂っていた木々が消え、切り開かれた土地がだだっ広く広がっている。その規模は街、まして里と呼ぶにはあまりに巨大。国と名乗るのに十分すぎるほどだった。余程の高台へ上らないと、街の対岸を視界へ入れることすら難しい。

 目に映る建物は全て木造。中には木をくり抜いて建物として利用しているものもあった。それからも、エルフの自然と密接にある生活がうかがえる。しかし何よりも目を引くのは、街の中央に威風堂々とそびえ立つ大樹だった。林冠の高さは他の木々とそれほど大きくは変わらないが、その太さは数十倍ほどもあると思われる。まるで全て包み込むかのように大きく広がった葉は街の上空を覆い隠しており、これでは上空からでもオル・オウルクスの場所を知ることも叶わないだろう。徹底された隠れ里っぷりだとダレイオスは感心する。


「あの大樹が丸々建物になっていて、長様はそこにおられるのよ」

「予想はできけたけれど、やっぱりあそこにいらっしゃるのね。案内お願いするわ」


 ヴェロニカの頼みに了解し、ペトラが再び先頭で歩き始めるが、後方から彼らを呼び止める声がかかった。何者かと思い振り返ると、先ほど入り口で対応してくれたエルフの男性であった。


「どうかしたんですか?」

「先ほど中央へ連絡を入れさせていただいたのですが、中央から迎えの者をよこすとのことです。中央まで歩いて向かえばかなりのお時間がかかりますから、ぜひご利用下さい」


 中央というのはおそらくあの大樹のことだと思われるが、オル・オウルクスの街の規模からしても、そこまでたどり着くのは中々時間がかかりそうである。迎えが来るというのは非常に有り難いことであるので、アレシャはそれに甘えることにした。迎えは程なくしてくるとのことだったが、さすがに多少の時間はかかるので、一行はしばし街の見物へ向かい、アレシャはペトラとメリッサとともに、入り口付近の商店街を散策することにした。


「ほえー。凄いね。みんなエルフだ」

「そりゃそうでしょうよ。外の人間が訪れることも滅多にないし、結局大昔と変わらないエルフの里よ」

「だからですかね。何だか落ち着かないんですけど……」


 メリッサがそわそわと辺りを見回す。アレシャもつられて周囲に意識をやると、アレシャたちは道行く人々の視線を一身に集めていた。それに気づいてしまうと、アレシャも思わずそわそわとし始めてしまう。


「外に出ない人からすれば珍しいんでしょうね。まあ、仕方が無いわよ。ここで生まれて育ったエルフの中で態々外に出て暮らそうって人は少なくは無いけど、少数派みたいだから」


 ペトラがそう言うも、やはり落ち着かないものは落ち着かない。が、そこでアレシャの頭に一つの考えがよぎる。


「……ふと思ったんだけど、今回の依頼でわたしたちが何らかの活躍をしたら、それは外の人間たちに対する印象アップになったりしないかな?」

『それは、無い話ではないと思うが』

「ならさ、わたしたちが活躍して、ここにいるエルフの人にも『外の世界との関わりをもっと持とう!』って思って貰えればエルフとの交流ももっと増えるきっかけになるかもしれないってことだよね!」

「そうかもしれないわね」


 ペトラが同意するとアレシャは満足げに頷き、突然拳を握りしめて高く突き上げた。


「よし!なら頑張るぞ!わたしたちが外とオル・オウルクスの関係を発展させる架け橋になるんだよ!」

「い、いきなりどうしたのよ」

「だってさ、こんないいところなのに外からほとんど人が来ないってもったいないじゃん。それに、エルフが閉鎖的な生活を変えなかったら、わたしとペトラは出会えなかったわけでしょ?他の人たちにも、そんな運命の出会いをして欲しいとわたしは思う」


 以外にも真面目な答えが返ってきた。ペトラは少しばかり驚くが、自分との出会いをアレシャがそれほどに大切にしてくれているのだと知り照れくさそうに笑う。


「そうね、もしそういうことができるならきっと素晴らしいわ。あたしもエルフの代表として協力するわよ」

「勿論、私もです!さすがアレシャちゃん、そんなことまで考えていただなんて……。感激しましたとも!」


 メリッサがアレシャの手を握ってぶんぶんと振り回す。アレシャもつられて笑顔になり、二人はその場でぴょんぴょんと跳び跳ね始めた。いきなり騒ぎ始めた外の人間達に、道行くエルフたちは先ほどとは違った不審な目を向け始める。


「ちょ、ちょっとやめてよメリッサ。恥ずかしいから……」

「なら私の高まったこの感情はどうすればいいのですか!」

「そんなもん、犬にでも食わしておきなさいよ」

「……何騒いでるんだよ」


 そこにセイフとヴェロニカとともに行動していたブケファロスが声をかけた。その表情から、できる限り関わりたくないオーラがにじみ出ている。彼の視線に気づいたメリッサは、露骨に顔をしかめた。


「なんですか。何か文句でもあるんですか」

「いや、あるから声かけたんだよ!迎えの人が来たんだよ!恥ずかしいからさっさと来い!」

「来いって何ですか!私に命令できるのはアレシャちゃんその他可愛い女の子だけです!」

「あれ、その理屈だとあたしは可愛くないってこと?なんでよ!一年経って大人の貫禄さえ纏い始めたあたしを見なさいよ!」


 いつもように言い合いを始めたメリッサとブケファロスに、ペトラまでもが参戦し始めてしまった。残された三人は今週一番の大きなため息をつき、無理だと分かっていても無関係を装いながらオル・オウルクスの入り口へと引き返す。


『なあ、アレシャ。さっきの話だが』

「ん、どうしたの?」

『いや、お前のことを一番近くで見ているつもりだが、お前もデカいことを言うようになったと思ってな。お前なら本当に何かデカいことをなし遂げることができる。最近そんな気がしてきたよ』

「お?期待されてる?なら、もっと頑張っちゃおうかな」


 少しばかりおどけてみせながら、アレシャは上機嫌に笑う。ダレイオスの言う通りデカいことを成し遂げられたなら、自分も父のような冒険者になれるだろうか。そんな未来を夢見ながら。「頑張るなら書類仕事もサボらずやってくれ」という、背後からのヴェロニカとセイフの視線にも気づかずに。

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