表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
131/227

42 事前会議

 その遣いの女性を応接間に通しつつ、アレシャは何とかその女性の事を思い出そうとしていた。が、やっぱり思い出せない。


「ダレイオスさんも思い出せない?」

『顔に見覚えはあるがな……。だが、中身には生憎と覚えがない』

「……?まあ、覚えてないならしょうがないか」


 もう思い出せないなら本人に聞けばいいやとアレシャは思い、ソファに腰掛けて貰う。折角なので一緒にいたペトラにも同席してもらった。


「とりあえず、わたしってあなたにお会いしたことあります?」

「あ、はい!それはもう何か凄いことに巻き込んでいただいたことがあります。えっと、リリって言えば思い出していただけますかね……?」


 恐る恐る彼女が尋ねるとアレシャはこくこくと頷き始めた。


「ああ、ああ、ああ。うん、リリさんだよね、うん。覚えてる覚えてる。覚えてるよ」


 どこかの伝統工芸のようにただ頷き続けるアレシャを見て、リリは悟った。この少女は自分のことを綺麗さっぱり忘れているのだと。記憶に残るほど長い時間接していたわけでもないし、何か衝撃的な出来事を共有したわけでもないので仕方が無いのだろうが、少しばかり落ち込んでしまうのは無理からぬことだ。項垂れてしまったリリだったが、じっと思い出そうとしていたダレイオスがそこでようやく記憶を手にした。


『この女性、ドゥルジの街で“死人”探しのために協力を取り付けたエルフだ。商会内で眠っていたところを起こして、覚えてないか?』

「あぁ、ああ!ああ!思い出しました!あのとき一緒に街を駆け回って“死人”を探してくれたんですよね!いやあ、ようやく思い出せた」


 さっきまでは全く覚えていなかったことを自白しているアレシャはともかく、そんな懐かしい人物がオル・オウルクスの遣いでやってくるとは、奇妙な巡り合わせだとダレイオスは思った。ただ一人ペトラだけは状況を理解できていなかったが、特に知らなくても問題ないほどの他愛ない話なのでアレシャが「気にしなくていい」と言うと、ペトラも素直に頷いた。


「……で、リリさんって冒険者でしたよね?何でエルフの里からの遣いなんですか?」

「実は、もう冒険者はやめてしまったんです。あのとき、アレシャさんたちのお手伝いで探していた人たちが“死人”だったのだと、後の新聞を読んで気づきました。そんなヤバいことに関わっていたのだと知って、お恥ずかしながら怖くなってしまってですね……。今は冒険者時代の経験を活かして、オル・オウルクスの外交官の使いっ走りをやっています」


 リリはそう語ったが、それはもしかしなくてもアレシャが仕事を頼んだせいで冒険者を辞めたということである。アレシャは申し訳なく思い頭を下げるが、リリは慌ててそれを制した。アレシャと出会ったとき彼女は既に冒険者をこのまま続けていくべきかと悩んでおり、アレシャに会わなくてもどのみち辞めていただろうと彼女は言う。


「それに故郷のために働いている今の仕事の方が私には向いているみたいですから、寧ろ転職の機会を与えて貰って感謝していますよ」

「そう言うなら、もう気にしないことにします。じゃあ、早速用件を聞いてもいいですか?」


 アレシャの問いかけにリリは頷き、荷物から封筒を取り出した。以前ランドルフが持ってきたものと同じ、綺麗な薄緑色をしている。きっとこの色がオル・オウルクスの象徴としている色なのだろう。リリがその中からいくつかの紙を引っ張り出した。


「えっとですね。まずオル・オウルクスの長様からのお言葉ですが、『依頼を引き受けて頂いたこと、心から感謝申し上げます。まさか、高名なギルドが助力してくれるなど思ってもおりませんでした。こちらとしても持てる限りの誠意を持ってお迎えしたい所存であります。お会いできる日を首を長くしてお待ちしております』とのことです」

「なんか、随分とご丁寧に……どうも」


 リリの読み上げた畏まった文面にアレシャもつい頭を下げてしまう。


「今のエルフの長様こそ、エルフと外の人々との交流を生み出した方なのよ。あたしは直接お会いしたことは無いけど、長様についている精霊はみんな善良な性格な子ばかりらしいわよ」

『それは凄いな。まさに聖人君子というやつか』


 ダレイオスが感心するように呟く。エルフの長は、つまるところの国王である。その人物から非常に好意的な返事をいただけたのは、何よりのことであった。依頼契約は無事成ったようだ。となると、次は詳しい日取りについて知りたいところだ。アレシャがリリにそう話すと、彼女は次の紙に視線を移す。


「デカン帝国とオル・オウルクスの会談は今から一月半後くらいになります。『アルケーソーン』の皆さんは、その一週前にはオル・オウルクスに到着しているようにお願いします」

「分かりました。なら、出発まではまだ一月くらいあるのか……」

『一月あれば今仕事で出ている連中も帰ってくるはずだ。参加メンバーも自由に決められそうだ』


 ダレイオスの言葉にアレシャは小さく返事する。今回の仕事は警護依頼も勿論大事だが、本当の目的はデカン帝国との接触だ。アレシャたちとしても、何があってもいいように万全のメンバーで望みたい。そのための猶予があるのは嬉しい話だ。

 リリはそこで更にもう一つの紙を手渡す。アレシャがそれを受け取って読んでみると、どうやらオル・オウルクスへの入国許可証のようだ。


「街の入り口でそれを見せれば、問題なく入れるはずです。その街の入り口まではエルフなしではたどり着けないのですが……」


 リリがそこでペトラに視線を移した。ペトラは頷いてそれに答える。


「あたしが案内します。問題ないです」

「分かりました。なら、私が道案内を請け負う必要はなさそうですね。エルフのお仲間がいるとは知りませんでしたけど、なんか私より凄く頼りになりそうな方ですし……」


 何故そこで卑屈になるのか。アレシャはそう思ったが、元々こういう性格ならとやかく言うだけ無駄だろう。気にせず、アレシャは話を続ける。


「必要な話は一通り聞いた気がするんですけど、他に何かありますか?」


 アレシャに問われてリリは封筒の中と自分の荷物を確認してから、しかと頷いた。


「はい、これで全部のはずです!お疲れ様でした!」


 自分が伝えに来た内容くらい把握しておけとペトラは思ったが、黙っていた。しかし、転職してもこれでは先が思いやられるというものだ。黙っていたが。


「では私は早速報告に戻ることにします。お邪魔しました」

「え、もう帰るんですか?」

「はい。一月半後なんてあっという間ですから。時間を詰めて悪いことはないです」


 リリの言うことも最もだと思い、アレシャは最後に自分の淹れた紅茶を振る舞ってからリリを見送ることにした。先ほどの話には参加していなかったヴェロニカたちも呼びつけ、リリを見送る。どうせなら話を聞くときに呼んでくれれればよかったのにとヴェロニカは言うが、アレシャは適当に誤魔化した。その間に自分の仕事を少しでも片付けてもらおうと思っていたとかそういうわけではない。と、思いたい。ヴェロニカはそんなアレシャを白い目で見ながら、リリへ声をかける。


「慌ただしくて申し訳ないわね。ドゥルジでの件についても大したお礼はできていないし、オル・オウルクスで会ったときにでも、また」

「は、はい。楽しみにしています。それでは、また」


 リリが頭を下げて事務所を後にし、アレシャは彼女を玄関の外まで送っていく。アレシャが見送りの言葉をかけようとしたとき、リリがくるりと振り返った。


「あ、そういえば一つだけ聞こうと思ってたことがあるんですけど」


 ふと思い出したようにリリがアレシャへ視線を向けると、アレシャは小さく首をかしげる。しかし、そこでダレイオスが突然アレシャと交代して代わりに受け答えを始めた。


「何ですか?」

「実は、この間変わった噂を聞いたことがあるんですよ。デカン帝国が何か怪しげなことをしているって。皇帝のルーグは、実は悪人だとか。一エルフとしてはやっぱり気になってしまうんですけど、何かご存じないですか?」

「いや、初耳ですね。デカン帝国は大国ですから、快く思っていない輩による嫌がらせのようなものじゃないんですか?一度ロマノフ王国でお会いした皇帝陛下はとてもそのような方には見えませんでした」


 普段とは違って敬語を使ってダレイオスが答えると、リリは少しだけ考える素振りを見せてから笑顔を見せた。


「ありがとうございます。デカン帝国との国交がちょっとだけ不安だったんですけど、少しだけすっきりしました。じゃあ、今度こそ失礼します」

「はい。またオル・オウルクスでお会いしましょう」


 再び頭を下げてから、リリは手を振りつつ『アルケーソーン』の事務所を後にした。それからダレイオスはアレシャに身体の主導権を返した。


「どうしたのダレイオスさんいきなり!びっくりするじゃん!」

『すまんな。まあ後で話すさ』


 ダレイオスがそう言うので、アレシャも一先ず了解して事務所の中へと戻る。仲間達はまだ玄関ホールにいたので、アレシャがとりあえずペトラの肩をポンと叩く。


「よし、それじゃあ改めて部屋に案内するよ」


 笑顔でそう口にしたアレシャの肩を、ブケファロスが叩いた。


「よし、それは必要ない。お前はこれから書類仕事だ馬鹿野郎!」

「えふっ」


 ブケファロスが腕を強く引いてアレシャを投げ飛ばすと、ヤスケがそれをしっかりとキャッチした。そしてそのままズルズルと引きずっていく。突然のことに抵抗すら忘れ、アレシャはただされるがままに退場していった。ヴェロニカは手を振ってそれを見送ると、代わってペトラの肩を叩く。


「それじゃあ私が代わりに案内するわね。こっちよ」

「ああ、うん。……そうね、よろしく」


 ペトラも頷き、何も見なかったことにしてヴェロニカについて歩いて行った。


 そして、それから一週間ほど経った頃。アレシャは、ギルドのメンバーを食堂に呼びつけた。本当は会議室とかに呼ぶべきなのだろうが、生憎と全員がまるっと集まれる部屋がここ以外になかった。大人数が座れる長机もあることだし、あくまで気分の問題で実用性には一切問題はないのだが。団長として上座に座っていたアレシャが、立ち上がる。


「それでは、会議を始める。いいかね、諸君」

「ああ、そういうのいいから。ほら、ケーキが焼けたわよ」


 作りたての威厳ある顔を浮かべたアレシャの背後のキッチンから、焼きたてのケーキを手にしたペトラがやってきた。香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。アレシャがペトラのことをじっとりとした目線で見つめるが、ペトラはそれを気にせずケーキを全員に配っていき、メンバーたちも皆ケーキに手をつけていった。一口食べたセイフが思わず唸る。


「ん、美味いな」

「道場で焼いたら結構好評だったのよ。沢山焼いたから、どんどん食べて良いわよ」


 ペトラがテーブルにケーキをどどんと置き、それから自分も席についた。自分なりに真面目に話を始めようとしていたアレシャはペトラに非難の言葉を向けようとしたが、ここは食堂だった。ペトラのやっていることは何一つ間違っていない。なのでアレシャもキッチンへ向かう。


「粗茶です」


 アレシャは全員の前に、淹れたての紅茶が入ったカップを置いていった。僅かにレモンの香りがするそれはペトラの焼いたケーキと良く合う。アレシャも自分で一口すすり、満足げに頷く。


「うん、よし」

『いや、『よし』ではなくてだな。……まあ、いい。そろそろ話を始めたらどうだ』


 ダレイオスに言われ、アレシャぶうたれながらも会議を始めることにする。人間一度折れると腰を上げるのが億劫になるのだ。仕方がない。アレシャは自分の手帳を取り出して、ケーキと紅茶を楽しむ一同に向けて話し始めた。


「えーっと、一応全員話は聞いてると思うけど、エルフの国、オル・オウルクスから依頼が来ています。今からだいたい一月後に、デカン帝国との会談の場での警護依頼です。かなり大口の依頼である上に、例のデカン帝国に近づく場であるということもあって、今回はギルドからも多めに人数を割きたいと思っています。はい、何か質問は?」


 アレシャがそう問いかけると、メリッサがバッと手を挙げた。


「はい、私、行きたいです!アレシャちゃんと一緒にイきたいです!」

「あ、うん。分かった。でも今はそういうことが聞きたかったんじゃないんだよね。他は?」


 特に誰も何も言わない。口にものが入っているせいかもしれないが、挙手もしないなら問題ないだろうと思い、アレシャは更に続ける。


「まあ、そういうわけで。こっちで参加メンバーを決めました。発表しまーす。はい、拍手」


 全員がお愛想の拍手をする中、メリッサとサーラだけが精一杯の拍手をしていた。僅かな暖かい声援に涙が出そうになりながら、アレシャは手帳に書いた名前を読み上げていった。


「まずはわたし、アレシャ。それから案内役として、ペトラ。それに、ヴェロニカさん、セイフさん、ブケファロスさん、メリッサさんを加えた六人で行こうと思っています」


 そう発表してから、アレシャは全員を見渡す。メリッサがガッツポーズしているのが見えたがそれは無視し、何か意見はないかという視線を送る。すると、セイフが手を挙げた。


「その選考の理由を聞いても良いか?」

「うん、勿論。まず、サーラちゃんは当然連れて行けません。で、それならライラさんもここに残るよね?」


 アレシャが尋ねると、ライラは頷いて肯定した。彼女がサーラから離れることはまずないだろう。彼女がギルドに所属しているのはサーラの側にいるためなのだから。


「ヘルマンさんも同じ理由で除外してあるよ。できる限りサーラちゃんと一緒にいてあげたほうがいいとは思うし」

「すまないな、気を使わせて」

「お兄様と一緒……。そうだ、お兄様!ご本を読んで下さい!今、アレシャお姉様から面白い本をお借りしているんですよ!」


 ヘルマンが一緒に居てくれるのだと知ったサーラは顔を輝かせ、ヘルマンも笑顔でそれに応える。これだけ喜んでくれるのなら、ヘルマンを残すのは良い選択だったと思いつつ、アレシャは手帳に視線を戻す。


「ヤスケさんは多分今のギルドの経営状態を一番知っている人なので、ヤスケさんがいれば多少人手が減っても大概なんとかなると思って残って貰うことにしました」

「……団長の発言としてはマズい気がするが、まあ頼られているのなら精一杯やらせてもらうさ」


 ヤスケは呆れつつも仕事を引き受けた。それからアレシャはアステリオスの方へ視線を向ける。


「アステリオスさんは、デカン帝国との会談の場ということでちょっとつれていけないんだよね。デカン帝国は一応アリア教国家だから、亜人だって知られたたもしかしたらややこしいことになるかもしれないし……」

「それはそうかもしれないな。それならわたしも留守番させてもらうか」


 アステリオスは静かに頷いた。アリア教徒は亜人のことを『魔王』の系譜の種族として忌み嫌っている。アステリオスには悪いが、余計なもめ事が起きる可能性は排除しておくに超したことは無い。そしてその理由はライラにも当てはまることである。ライラもそれを分かっているようで、アレシャへ向けて頷いてみせた。

 あとはクリームヒルデが除外されている理由だが、彼女だけは別の仕事が入っていて欠席だ。残念ながら今回の件には参加できない。


「まあそういうわけで、参加メンバーは消去法で消えた人たち以外全員というわけで」

『Aランク冒険者四人とBランク冒険者一人。ペトラもBからAランクほどの実力はあるだろう。戦力としては十分だな』


 ダレイオスの言葉にアレシャは同意し、ギルドのメンバーたちも同じようだった。誰からも異論は出ず、依頼への参加メンバーは固まった。


「それじゃあ、出発は三週間後。それまでに来た通常依頼は、できる限り参加メンバー以外で回すようにお願い。参加メンバーはそれまでに万全の準備を」

「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」


 アレシャの言葉に全員が声を返した。最終的には上手い具合に会議らしくなった。少し団長としての威厳が出てきた気がして、アレシャは少しばかり誇らしく思いつつ席を立つ。


「アレシャ。残り三週間できっちり仕事を終わらせていけよ。昨日も仕事をサボったの知ってるからな」


 ヤスケの鋭い言葉がアレシャの胸を貫き、アレシャは威厳とともに膝から崩れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ