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翌日、道場の前でペトラはオズワルドたちからの見送りを受けていた。一年という長くも短い時間だったが、ペトラはここで多くの同門の仲間たちと過ごした。ペトラも当然名残惜しいものがある。
アレシャたちが少し遠くから見守る中、オズワルドが手を差し出した。
「免許皆伝、というわけにはいかん。お前の剣術はまだまだだ。だから、これは言わば修行の一環だと思え。外でこそ得られる戦いの技術は数多くあるはずだ。それを学んでこい」
「はい、先生」
ペトラは真面目な顔のままそう答える。しかし、オズワルドはなぜか少し不満そうだった。そして彼はペトラの顔に手を伸ばすと、その頬をわしっと掴んでぐいぐいと引っ張った。
「いひゃ、いひゃひぃ!へんへい!いひゃいへふぅ!」
「ああ、そうだ。そんな感じの顔がいい。折角念願の仲間の元へ戻ることができるんだ。そんな固い顔じゃ損だぞ」
一転満足げな顔になったオズワルドがその手を離す。真面目な事を言って送り出そうとしたのはどっちだ。ペトラはそう思うも口にすることはできず、とりあえず笑顔を浮かべることにした。
「ペトラ、頑張れよ!」
「たまには帰ってくるんだぞ」
「またお土産話をきかせてね!」
老若男女様々な弟子たちからペトラへ激励の言葉が投げかけられる。ペトラと同じように、彼らもまたペトラとの別れを惜しんでいた。
「ありがとう、言われなくても頑張るけどね」
笑顔を見せながら軽口を叩くペトラに、最後にオズワルドがもう一度言葉をかける。
「儂も、そろそろ歴史学者としての仕事に戻ろうかと思っている。近いうちにセインツ・シルヴィアへ行く事になるだろう。もしかしたら、またどこかで会うかもしれんな」
「先生の留守中は私に任されていますので、何かあれば私に連絡を」
「わかりました」
エドマンドに了解を返したペトラは、最後に道場の全員を見渡してから、ぺこりと頭を下げた。
「それでは、お世話になりました!」
アレシャの元から離れ、新たに獲得した居場所と仲間たち。彼らへ向けて心からの感謝の気持ちを言葉にしたペトラは回れ右してアレシャたちの元へ駆け寄っていった。
「もういいの?」
「うん。別に今生の別れでもないし、しんみりさせる必要もないもの」
「そっか。じゃあ、行こう!」
アレシャは振り返ってオズワルドたちへブンブンと手を振ると、元気の良い号令とともに、一行は長い長い山道を再び下り始めた。またぼんやりと霧が出始めたが、アレシャはそんな中、ひょこひょこと揺れるペトラの髪が目に留まる。
「そういえば髪の毛、三つ編みにしたままなんだね。お揃いって言ってなかったっけ」
「よく考えたら何かアレシャと同じって癪だったから。このままにすることにしたわ」
「え、何それ!」
アレシャが目をキッとつり上げると、ペトラは逃げるように山道を駆け下り、アレシャもそれを追いかけていった。
バタバタと走り回る二人を見てヴェロニカは「また騒がしくなりそうだ」と思い、ため息をつく。しかし彼女はそれを見守るのが懐かしくて、つい笑みをこぼしてしまうのだった。
上りが大変ならその分、下りは非常に楽なものになるのが世の理である。日が真上に来る頃には一行は既に山の麓へたどり着いていた。転移魔法陣が近くにあるのでそれを活用し、程なくして彼らは『アルケーソーン』の事務所に帰りついた。丘の上に佇む閑静なお屋敷。それが事務所だと言われてペトラは驚きを露わにするが、アレシャは気にせずにその手を引いて事務所へ向かう。
「ただいまー」
アレシャがドアを開けて玄関ホールに入ると、そこで掃き掃除をしていたライラが気づいて頭を下げた。
「お帰りなさいませ、アレシャ様。……おや、もしかしてそちらの方が」
「あ、え、はい。ペ、ペトラです、よろしくお願いします」
ペトラが戸惑いながらもライラへペコリと頭を下げた。なぜ事務所にメイドがいるのか。そう言いたげな視線をアレシャへ送ると、アレシャは「そういえば、ライラの話はまだ手紙に書いていなかった」と思い出した。
「まあ、後で改めて紹介するから。とりあえずこっち来て。ライラさんも」
「う、うん。分かったわ」
「かしこまりました」
アレシャは階段を上って執務室に向かい、それについていくペトラはキョロキョロと建物の中を見回していた。アレシャから「良いところに引っ越した」という話は聞いていたが、事務所がこんなに大きな場所だとは思っていなかったのだ。しかもメイドまでいたのだから、どこの貴族の別宅だと思うしかない。ほんの一年離れていただけなのに自分の知らないことが沢山あって、ペトラは少しだけ疎外感に近いものを覚えた。後ろから彼女の様子を見ていたヴェロニカはペトラが何を思っているのか察し、その背をぽんと叩いた。
「たった一年でしょ?これからの付き合いの方がずっとずっと長いんだから。そう暗くならないの」
「え、何で考えてること……。まあ、でもヴェロニカの言う通りよね。ごめん、なんか」
「いいのよ。お姉さんに何でも頼るといいわ」
ヴェロニカが胸を張ると、ぶるんと揺れた。ぷるんではなく、ぶるんである。みるみる内に自分の目が腐っていくのを感じたペトラは自分の頬を叩いてアレシャの後を追う足を速めた。励ましてくれたヴェロニカを忌々しい目で見てしまうのが忍びなかった彼女の精一杯の抵抗だった。ワケが分からなかったヴェロニカだったが、「女の子には色々あるものね」というよく分からない納得をして執務室へと向かう。
「ただいま−!元気でやってるかね!」
アレシャが執務室のドアを開け放つと、その中ではヤスケが一人で書き仕事をしていた。かかった経費などを帳簿にまとめているらしい。近くのソファではクリームヒルデが紅茶を飲み、サーラがその隣で以前アレシャが渡した本を真剣な表情で読んでいた。
『ヤスケはともかく、クリームヒルデはなぜここで寛いでいるんだ。ここは団長の執務室だろう』
「うう、団長の威厳が……」
アレシャが項垂れていると、部屋の中の三人はアレシャたちへ視線を移す。
「あら、アレシャ。お疲れ様ですわ」
「あ、うん、ただいま。じゃなくて!ヒルデには自室があるじゃん!何でここでリラックスしてるのさ!」
「私も先ほどまでヤスケさんのお手伝いをしていたのですよ。今はライラさんの代わりにサーラさんを見ているのです」
「あ、そうなんだ……」
いや、それでもあんまりここで寛ぐのはどうかと思うし、それなら手伝いが終われば自室に戻ればいいのにとアレシャは思ったが、もう面倒なので黙ってることにした。だから威厳がないのだろうとダレイオスは思ったが、どうしてもアレシャが威厳を持つことなどあり得ないので何も言わなかった。それよりも今はペトラの紹介だ。サーラは座ったままでだが四人に一列に並んでもらい、ペトラと対面させる。
「えっと、まずヤスケさん。経営とかを担当してもらってて、今はCランク冒険者。あれ、Bになったんだっけ?まあともかく、ペトラもこの人のこと覚えてるよね?」
「勿論。あたしとしてもお世話になった人だから」
「俺もよく覚えている。納得いくだけの実力は身についたようだな?」
「うん!」
ペトラとヤスケが二人だけの間で分かる会話をし始めてしまったので、アレシャは咳払いをして次を紹介する。
「この全体的に黒いのが、クリームヒルデ。Aランク冒険者で、二つ名は『黒蛇』だね。何か色々なことに役に立つ能力を持ってて、ランドルフおじさんの娘みたいな感じ?」
「クリームヒルデです。アレシャからお話は伺っておりますわ。これからよろしくお願いいたしますね」
アレシャのふんわりとした紹介に動じることも無く、クリームヒルデはいつもの優雅な礼をペトラへ向けた。ペトラはそれに少しだけたじろいでしまう。
「ど、どうも、ペトラよ。……なんか、どこかのお嬢様だったり?」
「確か商人の娘だったと思うよ」
アレシャがそう言うとどこか拍子抜けした様子で、ペトラは「そう」と呟いた。別に商人の娘が悪いわけではないが、だったら何故クリームヒルデはこんな高貴風な振る舞いをするのか不思議に思う。それでも他人の趣味嗜好についてとやかく言うつもりもない。年も近い女の子ということで仲良くやっていきたいとペトラは思いつつ、後の二人へ視線を移した。
「こっちの女の子がサーラちゃんで、メイドがライラさん。ライラさんはCランク冒険者だよ。詳しいことはまた後で話すけど、サーラちゃんはヘルマンさんの妹」
「ライラと申します。よろしくお願いいたします」
「はじめまして、サーラです。よろしくお願いいたします、ペトラお姉様」
ライラが畏まって頭を下げ、サーラは座りながらであるが、お嬢様然とした礼儀正しい挨拶をした。ペトラは、明らかに自分より年上に見えるサーラにお姉様と呼ばれて戸惑うが、それ以上にサーラの隣に立つクリームヒルデのことが気になった。彼女はサーラのことをどす黒いオーラを放ちながら、じっと見つめていた。どこか敵対視しているようにすら見える。というか、そうにしか見えない。アレシャを肘で小突いてペトラは小声で尋ねる。
「クリームヒルデちゃん、何か凄い目してるんだけど。何で?」
「ああ、あれ?何か分かんないけど、お嬢様キャラのヒルデからしたら本物のお嬢様のサーラちゃんの存在が目に余るらしいよ。キャラが被るとか何とか」
アレシャがそう言うとどこか呆れた様子で、ペトラは「そう」と呟いた。別にクリームヒルデが本当のお嬢様でなくても全く問題はないが、そのような視線を向けるのはいかがなものかと思った。対するサーラがその視線を気にしていない、というかそれに気づいていないのが余計に悲しく見える。ともかくその理由が分かったペトラはクリームヒルデを無視して二人へ名乗り挨拶した。
「よし、とりあえず紹介は終わったね。それじゃあ、解散!戻っていいよ」
その解散宣言で紹介された四人はペトラにもう一声ずつかけてから、先ほどまでやっていたことへの続きへ戻る。
「いや、ヒルデは自室に戻ってよね」
「ここのソファの方が上質なのですが……」
「そりゃヒルデが座ってるの来客用のだからね。そりゃふかふかだよね。はい、戻れ!」
アレシャがそう言うとクリームヒルデは仕方ないと紅茶を持って立ち上がった。その近くの椅子に座っていたサーラも、自分も戻った方がいいのかとオロオロし始めたが、アレシャが別に気にしなくていいと言ったので「ありがとうございます!」と笑顔で礼を言ってから読書に戻った。クリームヒルデがアレシャの方を恨めしい目つきでじっと見ていたが、アレシャはそれに気づいていないし、見えていない。ないったらない。
「アレシャ、お前の仕事も溜まりつつあるぞ。片付けた方がいいんじゃないか?」
「あ、うん。そうだね。……そうだね」
既に仕事モードのヤスケにそう告げられ、アレシャの顔に影が差す。もう書類と格闘するのはごめんである。やらねばならぬこととはいえ、嫌なものは嫌だった。なのでアレシャは、ペトラに部屋を用意すると言って部屋から出て行ってしまった。これも必要なことである。別に口実にして逃げたとかではない。ないったらない。
ヤスケはため息をつきつつ、残されたヴェロニカたちに声をかける。
「なら三人とも代わりに手伝ってくれ。あっちに詰んである書類を提出先ごとに分けてチェックと署名。あと、依頼の受領書をまとめて欲しい。頼んだ。ほれ」
彼らはため息をつきつつ一人ずつヤスケから手渡される書類を受け取り、席についてペンを手に取った。
一方、アレシャは言った通り館内の空き部屋にペトラを案内していた。最初は持てあますと思っていた屋敷の部屋の数も、いつの間にか大分埋まっていた。それが少しだけ嬉しくてアレシャはニコニコしてしまい、ペトラはそれを不思議に思いつつヒョコヒョコとその後ろについていく。
その途中で玄関ホールに通りかかったとき、玄関がノックされる音が聞こえた。先ほどと同じように掃除をしていたライラもそれに気づき、玄関扉を開ける。
「どちらさまでしょうか」
「メ、メイド!?え、えっと、ここが『アルケーソーン』の事務所でいいんですか?あの、オル・オウルクスの遣いで来たんですけど……」
扉の向こうから顔を出したのは、おどおどした様子の栗色の髪をしたエルフの女性だった。パッとは思い出せない。しかし、アレシャはその女性をどこかで見たことがある気がしていた。ペトラに視線をやるが、彼女はサッパリ知らない様子だ。だったらペトラと別れた後に出会った人物ということだが、やはり思い出せなかった。




