40 これからもよろしく
「いや、面白いものを見せて貰った。若者の発想力には時折目をみはるものがあるな」
「それは、何というか、有り難きお言葉」
再び戻ってきた客間で、アレシャはオズワルドからお褒めの言葉をいただいていた。だが、とオズワルドは続ける。
「儂の門弟に見せたのは間違いだったな。あんな戦い方をするのがAランク冒険者と思われては困る」
「いや、さすがにそんなことは……」
「いや、幼い頃から剣一筋の世間知らずもウチには数多くいる。その内の一人がさっき、『もしかして先生も飛ぶんですか?』と聞いてきた」
「それは、何というか、ごめんなさい……」
それは悪いのは自分ではなく、そいつの頭ではないのかとアレシャは思ったが、素直に謝った。
それはともかくとして、アレシャとペトラの勝負は無事に終わった。というわけで、ペトラに聞いておくことがあるわけだ。
「それで、アレシャちゃんと戦ってみてどうだった?」
「正直、悔しいわ。勝てそうだったのに……。でも、完敗よ」
ソファに座ったペトラが足をパタパタさせながらぼやくが、アレシャは首を横に振った。
「そんなことないよ。少しでも気を抜いていたら最初の一発でやられてたもん」
「俺も見ていてどっちが勝つかは分からなかった。それどころか、最初はペトラが勝つと予想していたくらいだ」
ヘルマンがそう言い、ブケファロスも頷いていた。お前はそもそも予想を放棄しただろう、とヴェロニカは言いたげだったが口にはせず、ヴェロニカは改めてペトラへ尋ねる。
「確かめられた?ペトラちゃん自身の強さは」
「そうね、本当なら勝って大手を振って戻りたかったところだけど……。アレシャに善戦できただけでも良しとするわ。それに自分よりも弱い団長のギルドに所属するってのも嫌だし」
「それじゃあ!」
アレシャが顔を輝かせ、ペトラが椅子から立ち上がる。そして、アレシャに向けて深く頭を下げた。
「Cランク冒険者、ペトラ!まだまだですけど、『魔導姫』のアレシャのギルド、アルケーソーンへの入団を希望します!よろしくお願いします!」
ペトラが請願とともに、バッと手を突き出した。そういえば、冒険者試験が終わった後にパーティを組もうとなったときも、ペトラはこうしてしっかりと自分の言葉を述べて筋を通そうとしていたと、アレシャは思い出す。畏まった態度を見せるペトラは、今回も筋を通そうとしている。アレシャもそれに応え、ペトラの手を再び握った。
「うん、よかろう!これからもよろしく!」
「……うん、これからもよろしく、団長さん」
ペトラが顔を上げ、アレシャと二人、笑顔を見せ合った。ペトラの判断を誰も咎めることは無い。ペトラの実力はCランク冒険者の域を遥かに超えたものだった。もしかすればAランクに食い込むこともできるかもしれない。
ペトラの本気の戦いを見ていたペトラの先輩たちも、その強さに驚いていた。ものの一年で、オズワルドの剣をここまでものにしていたペトラを賞賛し、対抗意識を強く燃やしていた。しかし、ペトラが自分の力に満足はしていないのを知っているオズワルドは、このことは言わないでおこうと思った。ペトラには伸び白がある。オズワルドはこの弟子の成長を心から楽しみにししつつ、それを阻害してしまうのなら、言わない方がいいと考えていた。
「儂としても文句は無い。ペトラの剣は実戦の中でこそ鍛えられるだろうからな。儂が教えた剣に『精霊魔術』を組み合わせた戦法。その進化を儂も楽しみにしている。これからも精進するんだぞ」
「はい、先生!」
ペトラの返事にオズワルドは満足し、椅子から立ち上がる。
「それじゃあ、これでここに来た目的は達成できたわけだな。まあ、とりあえず今日のところは泊まっていけ」
「あ、じゃあお言葉に甘えて。戻ってもオル・オウルクスからの連絡があるまで待たなきゃいけないし」
アレシャの言葉に皆同意し、オズワルドがエドマンドに部屋を用意させるよう言いつけた。しかし、ブケファロスがそこでエドマンドを引き留め、オズワルドの方を見やる。
「オズワルドさん、この機会に一つ頼んでもいいですか?」
「なんだ?言ってみてくれ」
オズワルドに許可を貰うと、ブケファロスはエドマンドに頭を下げた。
「エドマンドさん、どうか俺と一戦交えて貰えないでしょうか。俺がここについてきたのは、俺の剣がどれほどに通用するのか知りたかったからです。だから、『剣帝』の一番弟子のエドマンドさんと戦いたいんです」
ブケファロスは以前、“死人”に成りはてた元『剣帝』と剣を交えたことがある。そのときは、その圧倒的な強さと気迫に押し切られ、セイフの力なしでは全く敵わなかった。それから一年、更に剣を磨いた自分の今の実力を知りたいのだ。言ってしまえば、ペトラと同じ用件である。
ブケファロスの頼みを聞いたオズワルドは顎を撫でながら考える。
「まあ、いいだろう。エドマンド、相手をしてやれ」
それほど考えはしなかった。即答に近い早さでオズワルドが許可する。エドマンドも特に断る理由は無く、ブケファロスの挑戦を快く受けることにした。一段落したと思ったらまた荒事かとヴェロニカはため息をつく。剣を扱う人間とは、得てしてこういう性格なのかもしれない。
「それでは日も落ちていますし、屋内の稽古場でお相手しましょう」
「はい、お願いします」
一行はエドマンドについていき、ここに来て最初に目にした板張りの間へと向かう。すでに門弟たちは今日の稽古を終えて自室へと戻っており、そこには誰もいない。
「剣はどうなさいますか?そちらの剣をお使いに?」
エドマンドはブケファロスの背負う大剣、リットゥを指さすが、ブケファロスは首を横に振って否定した。
「俺が見て欲しいのはあくまで剣の腕。こいつを使うワケにはいきません」
そう言ってブケファロスはリットゥをアレシャの方へ突きだした。「ちょっと持っとけ」ということらしい。こいつは結婚したら亭主関白になりそうだな。アレシャはそう思いつつそれを受け取る。リットゥがアレシャに『すまんな』と謝罪の言葉を口にしたので、アレシャは「いえいえ」と返した。そして剣と普通に会話している自分にアレシャは首を捻る。
リットゥを使わないのであれば真剣を使う必要もないだろうということで、両者は訓練用の木剣を使って戦うことになった。この道場で主に教えているのは短剣を使った剣術だが、さすがに『剣帝』の道場というだけあって各種サイズの木剣が取りそろえられ、よりどりみどりであった。ブケファロスが選んだのは当然、リットゥと同じくらいの大きさの剣だ。エドマンドは日頃自分が訓練に用いている短剣を諸手に持った。稽古場の真ん中で二人は向かい合う。
「よし、じゃあウチの礼式通りやるか。両者、己の持てる最善を尽くせ!礼!」
ランドルフの号令が響くとエドマンドが頭を下げ、それに習ってブケファロスも頭を下げた。剣を交える前に礼を重んじる。面白い考えだな、とダレイオスは思った。頭を上げると、二人はそれぞれの剣を構える。
「さあ、どこからでも打ち込んできていいですよ」
「じゃあ、遠慮無く……!」
ブケファロスは剣を横に構えると、真っ直ぐに突進してきた。そしてエドマンドの一歩手前で強く踏み込み大きく跳躍すると、腕の筋肉を膨張させ渾身の一撃を放つ。それは落下の勢いと合わさり、木剣でありながら当たれば一溜まりもない威力を持った。努力して鍛えなければ、それほどのパワーを生み出すことはできないだろう。
エドマンドも感心したような視線を向けるが、その目には鋭い光がぎらついていた。ブケファロスの剣がエドマンドの頭のすぐ上にまで迫る。
そして、それは一瞬だった。ブケファロスが自分の置かれている状況を理解したとき、彼は既に地面に伏せていた。首の裏に固い感触。エドマンドの持つ木剣が突きつけられていた。
「え、一体、何が……」
「ブケファロス君。きっと君は日々鍛錬を詰んでいるのでしょう。あの剛剣は、並の冒険者では絶対に出せない威力です。正確無比な真っ直ぐな太刀筋。魔物相手には十分ですが、それは人間を相手にしたときに致命的な隙となります」
ブケファロスの実力を知っているアレシャは、彼があっという間に組み伏せられてしまったことに驚きを隠せない。ブケファロスの剣が当たる直前、エドマンドが手を動かしたところまでは見えていた。しかし、気づいたときにはブケファロスは地面に倒れ、その上にエドマンドがのしかかって剣を突きつけていた。ペトラですら、その動きを完全に見切ることはできなかった。
『いい腕だな。これが『剣帝』の一番弟子の実力か』
ダレイオスだけがエドマンドの剣を見切っていた。彼によると、攻撃が当たる瞬間、エドマンドの剣はブケファロスの剣の腹に沿うように添えられた。それによってブケファロスの剣は僅かに軌道を逸らされ、彼の渾身の一撃は勝手に外れてしまったのだ。あとはエドマンドがブケファロスを上から押さえつけ、地面に組み伏せただけだという。しかし、あれだけ得物の重量に差があるというのに攻撃を逸らすというのは普通のことではない。それを覆したのなら、その重さの差を補うだけの速度をエドマンドの剣が持っていたということだ。ようやく理解が追いついたアレシャはその腕前に舌を巻く。
「勝負あり!」
オズワルドの言葉でエドマンドがブケファロスの上からのき、手を差し出した。ブケファロスは未だ呆然としながらも、その手を握って立ち上がる。
「さっきも言ったけれど、君の腕は素晴らしい。例え真っ直ぐな剛剣だとしても、突き詰めれば素晴らしいものになるはずです。ですが、少しの柔軟さは必要だと私は思いますよ」
エドマンドの言葉を受け取り、ブケファロスは考える。思い出したのは、以前戦った元『剣帝』、マサカドのことだった。彼の剣はまさに究極の剛剣。しかしそれも、セイフの目覚めた新たな剣によって封じられてしまった。相性と言われればそれまでだが、相性を理由に負けてしまっては意味が無いのだ。ブケファロスはエドマンドの忠告を有り難く受け取り、これからの自分の剣の行く先に思いを巡らせた。それから二人は再び礼で仕合を閉め、見守っていたアレシャたちの元へ戻る。
「どうだ、儂の弟子は強いだろう」
「はい。ですが、おかげで少し先が見えたように思います」
ブケファロスはそう言いながら自分の手を見つめ、ぎゅっと握りしめた。それを見ていたアレシャは気になってしまう。何故、彼は強くなろうとしているのか。ブケファロスは、Aランク冒険者としては十分な実力がある。きっとこれからの依頼でも、もしかしたら戦うことになるかもしれないデカン帝国相手でも、彼は十分な戦力になってくれるだろう。確かに強くなりたいと思うのは当然のことであるが、彼は近頃急にその思いを強くさせているようにアレシャには見えたのだ。そして、そこに何か事情があるのだろうとも思った。それを問い詰めるのわけにもいかないので、アレシャは今はこれ以上気にしないことにした。彼が話してくれる時を待つしかない。
「よし、今度こそ真面目な話は終わったな。なら、飯にしよう!エドマンド、全員呼んでこい!今日くらいは羽目を外してもいいとな」
「わかりました、先生」
オズワルドに言われてエドマンドは門下生たちの部屋がある方へ歩き去って行った。それからオズワルドは自分の袖をまくり上げる。
「なら、儂は腕によりをかけるとするかな。ペトラ、手伝ってくれ!」
「はい、先生!」
元気に返事をしたペトラはオズワルドとともに厨房があると思われる方へ行ってしまった。オズワルドが料理を作るのか。弟子に任せるのでは無いのか。アレシャは驚くが、以前セインツ・シルヴィアでオズワルドに振る舞って貰った料理の味を思い出して破顔する。あのときの肉料理は荒削りではあったが、とても美味かったのだ。今度はどんなものが出てくるのかと心を躍らせながら、アレシャたちはしばしそのときを待つことにした。
しかし、ここは剣を学ぶものの修行の場。浮き世から離れ、純粋に剣を志す者たちが集う場である。そこに、俗世でとろとろに溶けた肉料理の準備など、全く無いとだけ言っておこう。




