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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
127/227

38 確かめたい

 アレシャはとてとてとペトラに駆けよると、親友の身体に正面からぎゅっと抱きついた。


「ほんと久しぶり!すごい髪伸びたんだね!あはは、お揃いだ!」

「そうね、気づいたら凄く伸びちゃってて。でもお揃いならこのままにしておこうかな?」

「そうだね、それがいいよ!」


 二人はぴょんぴょんと跳びはねながら、全身で喜びを表す。何も変わらぬその関係。それを見たヴェロニカとヘルマンは少しほっとしつつも、微笑ましく二人の再会の場を見守っていた。


「ん、ペトラ。なんか汗臭いよ?」

「そりゃそうでしょ!今稽古つけてもらってたの見たでしょ!?だったら離れなさいよ!」

「ええ?いや、もうちょっと。あはは、髪は伸びてるのに背は全然伸びてないね!すっぽり収まるサイズ!」

「エルフはそんな急に成長しないのよ!いいから、離れなさいぃ!」


 あまり微笑ましくはなかった。一年前と全く何も変わらない平常通りのやりとりに寧ろため息がこぼれる。とりあえず放っておいては何も進まないのでヴェロニカが呼びかける。


「二人とも、その辺にしときなさい。色々積もる話があるのは分かるけど、ちゃんとゆっくりと話しましょう」


 ヴェロニカの姿を見てペトラは少し懐かしむ顔をするが、何故自分まで怒られなきゃならんのかという不満のままにアレシャを蹴り飛ばした。


「とりあえずお前は水浴びでもしてこい。儂らは先に客間にいるからな」

「分かりました、先生」


 オズワルドの言葉に返事をしてから、ペトラは実戦場の端にある細道へと歩いて行った。アレシャはよろよろと立ち上がってオズワルドへついていこうとするが、オズワルドはそれを制止する。


「ペトラと話がしたいなら別に遠慮する必要はないぞ。行ってくるといい。少し下ったところに小さな滝があるんだが、ペトラはそこで水浴びしてるはずだ」

「そうだな。どうせ皆集まったら真面目な話になるだろうし、行ってきたらどうだ?」


 ヘルマンもアレシャにそう勧める。だったらぜひ、その厚意に甘えさせてもらうおう。そう思ったアレシャは元気よく礼を言い、ペトラの後を追っていった。


 オズワルドの言った通り、切り立った山道を少し行けば穏やかに水が流れ落ちる滝を見つけた。滝の水がたまった泉の真ん中で、ペトラは長い髪をとかしていた。ずっとショートヘアだったせいか、その手つきはたどたどしい。


「ペトラ!」


 そこにアレシャが呼びかける。ペトラはその声に振り返るが、アレシャはその時しまったと思った。今、ペトラは裸である。そしてアレシャの中にはダレイオスというおっさんが住んでいるのだ。即ち、おっさんに裸を見られているという状況である。以前、それが原因でアレシャとペトラは少しの間仲違いをしてしまったことがある。またペトラを怒らせてしまう、アレシャはそう思った。だからそれより先に頭を下げることにした。先手必勝である。


「ごめん、あっち向いてるから!」

「え?ああ、ダレイオスのことを気にしてるんでしょ?もういいわよ、どうでも」


 意外にも寛容な答えが返ってきた。アレシャは少し驚きを見せる。


「え、そうなの?前はあんなに怒ってたのに」

「ここの道場は男も女も関係ないから。ここで修行している内に、なんかどうでもよくなったって感じね」

「へぇー。そんなもんなんだね」

『環境は人を変えるものだな。まあ、心配しなくとも私は小さい乳に然程興味は無い』


 寧ろ全く安心できないダレイオスの言葉をスルーし、アレシャはペトラと話をしようと思ったが、自分だけ裸なのは何だか恥ずかしいとペトラが言うのでアレシャも水浴びをしながら話すことにした。正直ものすごく寒かったが、我慢である。


「手紙でやりとりはしてたけれど、やっぱりこうやって直接会うと久しぶりって感じがするわね」


 適当な岩に腰掛けペトラが呟くと、水面でぷかぷかと浮いていたアレシャは同意を返した。


「正直、変わってなくて安心した。前みたいに話せるかちょっと心配だったんだよ」

「そういう変なとこで不安になるのよね、アレシャは」

「やっぱそうなのかなぁ」


 ペトラはクスクスと笑い、アレシャは腕を組んで頭を悩ませる。しかし、これもまた余計なことを考えているのだとアレシャは気づき話題を変えることにした。


「ギルドだけど、結構順調だよ。メンバーかどうか怪しい子もいるけど、今はわたしを入れて十一人。人手が足りないくらいには依頼も入ってきてるしね」

「『アルケーソーン』の名前はあたしでも最近耳にするくらいだもの。ていうか“死人”の話にしても、あたしがいない間に色々あったのね、ホントに」

「そうだね。ペトラがいればもっと楽に解決できたかも?」

「それ本気で思ってる?」

「いや、別に」


 ケロリと答えるアレシャにペトラが飛びかかった。ザブンと水しぶきを上げて二人は泉の中に倒れ込む。


「ぶはっ!やったな!」

「うわっ、冷たい!」


 アレシャがペトラへ向けて水をかけ、ペトラがそれをやり返す。それからしばし、泉の真ん中で二人はバシャバシャとはしゃぎまわっていた。子どもらしい、和やかな光景だ。そのとき、アレシャはふとあることに気づく。服の上からは分からなかったが、ペトラの身体には幾つもの傷が残っていたのだ。


「その傷、どうしたの?」

「これ?ただの稽古中についた傷よ。今はそんなヘマしないけど、前はしょっちゅう切り刻まれてたから」


 ペトラは笑顔のままそう答えるが、彼女がどれほど必死に自分を鍛えていたのか、その傷跡たちが強く物語っていた。ペトラの「強くなりたい」という思いをアレシャは再確認し、自分は彼女の思いに応えられるほどに強くなれたのだろうかと考え込んでしまう。


「ほら、また何か考えてる。別にあたしが好きでやってるんだから、アレシャがどうこう思う必要はないのよ?」


 ペトラはそう言ってくれるが、そういう訳にはいかない。アレシャもこれまで毎日かかさず鍛錬を詰んできた。ダレイオスの指導を受けながら格闘術の動きを磨き、魔術の構築技術を高めていっていた。これまでのその努力は、果たしてどれほどの実を結んだのか、アレシャ自身も気になっていた。だから、アレシャはペトラに一つ提案することにした。


「ペトラ、わたし一つお願いしたいことがあるんだけど……」

「奇遇ね、あたしも。というか、そのお願いを聞いて貰うために態々ここまで来て貰ったのよ」


 ペトラの目はお願いという柔らかい言葉と裏腹に、アレシャを射貫くような鋭さを持っていた。その目に強い意志を見たアレシャはしかと了承の頷きを返す。


「分かった。それじゃあ、後で聞くよ。こんな素っ裸で話すようなことじゃあさそうだし」

「……そうね。あんまり遅くなってもいけないし、そろそろ戻ったほうがよさそうね」


 そして二人は同時にくしゃみをした。さすがに冷えてしまったらしい。鼻水を垂らしながら二人は笑いあうと、魔術で適当に身体を乾かして服を着込み、オズワルドの道場への道を引き返していった。


 ペトラの案内にそってアレシャが通されたのは落ち着いた内装の部屋だった。壁や床も全て板張りになっており、中央に客人用のソファとテーブルが用意されていた。こういう静かな部屋を極東では「ワビ・トゥ・サビ」と言うのだと、以前ヴェロニカが教えてくれたのをアレシャは思い出す。本当かどうか定かでは無いが。


「帰ってきたな。掛けてくれ」


 オズワルドが促す。アレシャはブケファロスの姿が見えないのが気になったが、促されるままにヘルマンの隣へ腰掛けた。一応招いた側であるペトラは椅子に座らず壁際に立つ。席についたアレシャへ、ヘルマンが今の状況の簡単な説明をしてくれた。


「ブケファロスなら、エドマンドさんに案内されて道場を見学している。あと、お前が来るまでの間にオズワルドさんと互いの状況理解の確認をした。オズワルドさんもランドルフさんから粗方の話は聞いているようだ」

「だが、肝心のペトラにはまだ話をしていないんでな。アレシャちゃんもまだ話していないんだろう?」

「はい。まだ何も」


 アレシャがオズワルドにそう答えると、ペトラは小首をかしげる。アレシャたちが訪ねてきたのは自分が手紙を書いたからであって、また別に理由があると知らなかったようだ。少し長い話になるので、オズワルドはペトラに椅子に座るように言ってから説明を始めた。

 具体的には、デカン帝国への疑念とその根拠。そして今回のオル・オウルクスからの依頼についてだ。ペトラは驚きを見せながらも話をしっかりと理解しようと耳を傾けていた。


「——と、いうわけで、エルフであるお前の助力が必要になるというわけだ」

「なるほど、大体は理解できました。でも、ホントあたしがいない間にものすごい大きなことに首を突っ込んでたわね。びっくりしたわよ」

「あはは……。でも、“死人”の事件を思い出してみても、そんな連中をほっとくわけにはいかないから」


 アレシャは力強く答える。皆まで言わずとも、アレシャがそういう人間であることはペトラも分かっていた。それに、彼女もそこまで分かっていてみすみす見逃す気にはなれない。放っておけば、近い将来、多くの人間が巻き込まれるような事件が起きてしまう可能性は十二分にあるからだ。


「どうかしら、協力してくれる?」


 ヴェロニカがペトラへ問いかける。ペトラは、そんなこと聞かれるまでも無いという顔だった。


「勿論。あたしで役に立てるなら喜んでついていくわ」


 ペトラがそう答えると、ヴェロニカとヘルマンは喜びの笑みを浮かべた。


「それじゃあ、ペトラちゃんもギルドに加わってくれるってことよね?」

「……いや、それはまだ分からないわ」

「なに?」


 ヘルマンがつい驚きの声を漏らす。ヴェロニカも何を言っているのか理解できないという表情であった。アレシャは一人、そんなペトラの顔をじっと見つめる。その目には、さっき見たのと同じ鋭い光が宿っていた。それでアレシャは悟った。ペトラもまた、自分と同じことを考えているのだと。


「ペトラ、それってもしかしてさっき言ってた……」

「そう。あたしがアレシャをここに呼び出した理由」


 ペトラは椅子から立ち上がる。そして、アレシャの姿を正面から見据えた。


「アレシャ。あたしと戦って欲しい」


 ペトラが静かにそう告げる。その場にいる者たちは驚愕を露わにするが、当のアレシャだけは落ち着いてペトラの目を見つめ返していた。


「うん、いいよ。わたしもそうしたいと思ってた」


 アレシャが淀みなく答える。しかし、そこへヴェロニカが割って入ってきた。


「ちょっと待って!戦いたいってどういうことよ?説明して欲しいのだけれど……」


 ヘルマンもヴェロニカに同意するように頷く。オズワルドは、驚きはしたが二人が何を考えているのか大方の察しはついているようだ。面白そうな顔でその経過を見守っている。その視線を受ける中、ヴェロニカの問いに答えたのはペトラだった。


「あたしが先生の門下生になって教えを請うたのは、強くなるため。ヴェロニカやアレシャの横に立って対等に戦えるようになるためよ。結果、あたしは強くなったと思う。でも、その強さは道場の中での仕合でしか実感できない物。単純な剣と剣の強さでしかない。だから、あたしが本当にアレシャと対等にいられるようになったのか確かめたいの。……もし、あたしがあたし自身の強さに納得できなかったときは、戻る気はないわ」


 誰にも文句は言わせない。その意志を感じさせる芯の通った言葉だった。ヴェロニカが言葉をかける隙は無い。こっちに話は通じなさそうだと思ったヴェロニカは、今度はアレシャの方へ視線を移す。


「わたしは、ペトラがそれほどの覚悟を持って修行に励んでいたっていうのをさっき実感した。だから、わたし自身もペトラの覚悟に見合うだけの冒険者になれたのか。ギルドの団長として胸を張れるのか。それを確かめたい。だから、わたしもペトラと戦いたい」


 アレシャもヴェロニカの言葉を聞くまでもなくそう答えた。要は二人とも、余計な口を挟むんじゃねえと言いたいわけだ。ヴェロニカは額に手をやり、やれやれとため息をつく。


「分かったわ、存分に戦いなさい。でも、大きな怪我をしそうだったら止めに入るわよ?」

『そのときは私がアレシャと交代しよう。そうすれば余計な怪我はあり得ない』


 ヴェロニカとついでにダレイオスの言葉にアレシャは了解し、ペトラもまた、それを承諾した。話がついたところで、事の成り行きを見ていたオズワルドが立ち上がる。


「なら、観客も入れて思い切りやるか。うちの弟子たちにも、世の冒険者の実力がどれほどのレベルなのか知って貰ういい機会だ」

「か、観客!?」


 さすがのアレシャも声をあげる。もっと静かな岩の上で二人決闘……!というのを想像していただけに、驚きを隠せない。しかし、ペトラは意外にも乗り気だった。彼女にとっては、自分の実力がいかほどか判断してくれる人間が多い方が、都合がいいのだろう。なら、アレシャも気合いを入れて挑むしか無い。アレシャとペトラは互いに視線を交差させ、揃って部屋を出て行った。ヴェロニカとヘルマンはこの展開に置いて行かれないよう、二人の後を追っていった。

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