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魔王と少女のヒロイック  作者: 瀬戸湊
第二部
126/227

37 久しぶり

「全く、どこまで登るんだ……。心なしか気温も下がってきたぞ」

「私も分からないわ。どうなの、アレシャちゃん」

「いや、私もさっぱり……。とにかく山頂だとしか……」


 ヴェロニカの問いにアレシャは曖昧に答え、もう一度ランドルフから受け取った手紙を取り出して確認する。が、そこには目的の場所と最低限の情報が簡潔に書かれているだけだった。

 アレシャたちは木々がうっそうと茂る山中をとぼとぼと歩いていた。彼らが向かっているのは、『剣帝ネルウァ』が師範を務める道場だ。「オル・オウルクスからの返事が来るまでまだ時間があるから、今のうちに行ってくるといい」というランドルフの提案に乗っかったのだ。同行メンバーはヴェロニカ、ヘルマンと剣帝の道場に興味があるというブケファロスを加えた三人である。

 しかし、険しい山道を登れど登れど、それらしいものは一向に見えてこなかった。


「こんな息もしづらいところに道場構えてるのか?『剣帝』は考えることが違うな」

『武の道とはそういうものなのだ。お前のような若造には理解しがたいやもしれぬがな』


 ぼそりと呟くブケファロスに返事をしたのは、彼が携える大剣リットゥの声だ。彼の持つ剣は『英雄』アレクサンドロスの宝剣。そして何故か自律した意志を持っているのだ。

 だが、それを知らされたとき、アレシャたちは勿論、ダレイオスまで驚いていたので、アレクサンドロスが持っていたときは喋ったりすることは無かったようだ。


「毎度思うんだけどさ。その剣ってなんで喋るのさ」

「……毎度言っている気がするが、んなもん俺が知るか」

『済まぬな。儂も記憶がはっきりせんのだ』

「ああ、いえ、そんな。お気になさらず」


 リットゥに謝罪され、アレシャは畏まってしまう。剣に対してペコペコするこの状況は中々奇怪であるが、気にしては負けだった。


「お前がもう少し素直に話してくれれば推理のしようもあるんだがな」


 ブケファロスへ向けてヘルマンがそのように言うと、ブケファロスは痛いところを突かれたようで言葉につまってしまう。


「仕方ねえだろ。こっちにも順序とか機会とか都合とか色々あるんだ。いつかは話してやるよ」


 ブケファロスは少しふてくされながら口を尖らせる。彼は自分が『英雄』の末裔であるとか色々と重要な話をしてくれてはいたが、未だ自分がムセイオンに侵入した理由については話してくれてはいなかった。それが原因で自分が信用されていないと彼は思ったのだ。アレシャたちにそんな気持ちはなかったが、確かにブケファロスが隠していることが気になりはする。とはいえ彼は、いつかは話すと約束してくれたのだから、今はそれを黙って待つことにした。四人は再び面白みの無い登山に戻る。


『しかし、何故態々呼びつけるようなことをしたんだ?ランドルフの口ぶりではオル・オウルクスまでの道案内をしてくれるようだが、それなら向こうが山を下りてくればいいだろうに』

「ああ、言っちゃったか……」


 そう思ってしまうと途端に登る気が失せるので考えないようにしていたことをダレイオスがスッパリと口にした。しかし、ダレイオスの言うことは最もである。どうせまた下るんだから、そっちが下りてこいということだ。


「たぶん、何か事情があるんだと思うけどね。ともかく会ってみれば分かるよ」


 アレシャは自分でそう言いながら少しずつ緊張し始めているのを感じていた。もう一年以上会っていない。期間にしてはそれほど長くないが、その一年の間に色々ありすぎたせいで、もの凄く久々に会うような感覚に陥っていた。会ったときにどんな顔をしようか、何から話そうか、山道を歩きながら色々と考えてしまう。そんな心配は必要ないだろうとダレイオスは思っていたが、好きにさせておくことにした。その方が騒がれるより静かでいい。


「でも、本当にまだつかないのかしら。少し霧も出てきてしまったけど……」

「日暮れまでにつかないとマズいですね。野営の予定はなかったから禄に準備ができていない」


 ヴェロニカとヘルマンが心配の言葉をこぼす。全く見知らぬ地で霧に囲まれてしまっては不安になるのも仕方のないことである。この山に入ってから魔物と全く遭遇していないのがせめてもの救いだった。


「ん、何か感じないか」


 そのとき、ブケファロスがふと立ち止まり、反射的にリットゥの柄へ手をやる。ヴェロニカはその様子を見て周囲に魔力感知を張ってみる。


「確かに、何か反応があるわね。……こっちに近づいてくる」

「え、何?魔物?」


 アレシャの問いをヴェロニカは首を振って否定した。


「意図的に気配を抑えているようにみえるわ。魔物はそんなことしない」

「では、近づいてくるのは……」


 次の瞬間、四人の正面の霧の中から二つの影が飛び出した。素早い動きで駆けるそれは、間違いなく人間だ。すでに剣の柄を握っていたブケファロスはカウンターの要領で、そのまま大剣を振り抜く。その剣の大きさにそぐわない素早い太刀筋だったが、二つの人影は屈むようにしてそれをかわした。人影の内の一人がそのまま勢いをゆるめることなくブケファロスへ肉薄する。その手に握られた短剣がブケファロスへ突き立てられた。


『甘いぞ』


 低く静かな声が聞こえると、ブケファロスの振り抜かれていた大剣はひとりでにグルリと回転し、敵の短剣を上へ弾いた。得物の重量の差は大きく、敵はその衝撃で後ろにのけぞってしまう。ブケファロスはリットゥを握り直し、追い打ちを加えようとするが、そこへもう一つの人影が飛び込んできた。同じく短剣を持っていたその人物はブケファロスの頭を突き割ろうとする。が、そこへヴェロニカが炎弾を放った。敵はそれを咄嗟に短剣で弾いた。


「それで終わりとは思ってないでしょうね」


 ヴェロニカの冷淡な声が響くと、いつの間にか敵の周囲には多数の炎弾が浮かんでいた。人影は突然のことに身動きがとれなくなってしまう。その間にブケファロスはもう一人の目の前にまで接近していた。相手は体勢を持ち直していたが、もう遅い。ブケファロスの剣が敵の身をを断ち切らんとし、ヴェロニカの炎弾が敵を焼き尽くそうとする。

 しかし殺してはマズい、そう思ったアレシャは二人に加減するよう呼びかけようとする。が、その必要もなかった。


「ストップだ。剣を収めてくれ」


 その存在感のある声と共に、周囲に突風が巻き起こった。濃い霧をも吹き飛ばす逆巻く風にブケファロスとヴェロニカは動きを止める。すると、謎の人物二人は素早く得物を収めてその場に膝をついた。突然の自体であるが、アレシャたちの戸惑いは薄かった。先ほど聞こえた声に四人は聞き覚えがあったからだ。


「いや、驚いた。まさかここまで簡単に勝負がつくとは。正直、止まってくれなかったらどうしようかと思ったぞ」


 晴れた霧の裏から姿を表したのは、両手に短剣を握った初老の、しかし年齢ほどの衰えを感じさせない男だった。彼の姿を見て、アレシャはペコリと頭を下げる。


「オズワルドさん!お久しぶりです!」

「よく来てくれたな。待ちわびたぞ」


 腕を組み、カッカッカと笑う彼こそ、向かっていた道場の師範。『剣帝ネルウァ』ことオズワルドである。オズワルドは襲ってきた二人組に視線をやると、その頭をポカリと軽く叩いた。


「もう少し善戦せんか。また鍛え直しだな」

「す、すいません、先生」


 先生。大方予想はついていたが、どうやらその通りだったようだ。襲撃犯二人はオズワルドの差し金だったのだ。アレシャたち四人がオズワルドへ非難するような視線を向けると、彼はたじろぎながら弁明し始める。


「いや、折角儂の道場に実力のある客人が訪れるというのだから、この機会を利用しない手はないだろう。それに、お前達も悪天候の中での不意打ちに対する実戦経験ができたじゃないか」

「馬鹿言ってないで早く案内して貰えませんか」


 アレシャがひどく冷静にそう告げた。全くもって目上の者へ対するの言葉ではなかったが、非はオズワルドにしかないため彼は黙って回れ右した。


「ついてこい。もうすぐそこだ」


 四人は色々言いたいことを飲み込んで彼の言う通りにする。オズワルドとその弟子に連れられ歩くこと数分。濃い霧が少しずつ晴れていく中から姿を現したのは、木造の大きな家屋だった。大きな岩がそこら中に転がり、明らかに建築に適していない場所にもかかわらず、柱は地に深く強く突き刺さり、堂々と建っていた。築何年かも分からぬ、珍しい平屋建てのその建物からはずっしりとした歴史の重みが感じ取れる。


「ここが儂の道場。代々『剣帝ネルウァ』に教えを請う者たちが集う場所だ」


 四人がぽかんと口を開けてそれを見つめている中、オズワルドは入り口の扉を大きく開け放った。そこは広い板張りの空間になっており、オズワルドの門弟と思われる人たちが稽古用の木剣を手にそれぞれの技を磨いてる。彼らはオズワルドが入ってきたことに気づくと剣を止め最敬礼を向けた。


「「「「「お疲れ様です、先生!」」」」」

「ご苦労。稽古に戻ってくれ」


 オズワルドがそう言うと、弟子達は大きな声で返事をしてから再び木剣を握りなおしていった。弟子の数はざっと二十人ほど。別段多いというわけではないが、これだけの人物に頭を下げられるオズワルドがなんだかとても偉い人物にアレシャには見えてしまった。いや、実際偉いのだが。

 そこに一人の男性がオズワルドの元へ近づいてくる。


「先生、お早いお戻りで」

「ああ。こいつらを向かえにいっていただけだからな」


 オズワルドがアレシャたち四人を手で示すと、その男は礼儀正しく頭を下げた。


「遠路はるばる、よくお越しくださいました。私はエドマンド。先生の門弟の一人です」

「一応こいつが一番弟子だ。今のところこいつが『剣帝ネルウァ』を継ぐことになるだろう。ま、こいつが儂に勝てるようになるまではそんな気はさらさらないがな」

「なるほど……。えっと、『魔導姫』のアレシャです。『アルケーソーン』の団長をやってます。後ろの三人が、『魔劇』のヴェロニカ、『覇撃』のブケファロス、あとヘルマンです」

「ええ、存じ上げております。先生からよくお話を聞かせていだたいていますから」


 ぺこりと頭を下げたアレシャにエドマンドは柔和な笑みを見せた。正直な感想を言えば、エドマンドは糸目の人の良さそうな優男という容姿で、腕のいい剣士にはとても見えなかった。が、見た目で判断すべきではないというのは重々承知しているアレシャはその思いを振り払い、ここへやってきた本題へ入ることにした。


「それで、彼女は今どこにいるんですか?」

「あいつなら今、奥の訓練場にいます。他の門下生と稽古をしている途中ですよ」

「あ、そ、そうなんですか」


 自分から聞いておきながらアレシャは一人で戸惑ってしまう。ご対面のときが迫り、緊張が静かに高まりつつあるのだ。しかし、いよいよだというのにマゴマゴしている場合では無い。いつまでも変わらないのもアレシャらしいと言えるが、しっかりするべきときにはしっかり決めて欲しいものだ。そう思った仲間を代表してヴェロニカがアレシャの背中をパシンと叩いた。


「友だちに会うだけなのにそんな顔する理由がどこにあるのよ?そんな気負うような関係じゃなかったでしょ?」

「……それは、そうか。そうだね。そりゃそうだ」

「準備はできたのか?」


 オズワルドが尋ねると、アレシャはコクリと頷いた。心の準備がはできたようだ。オズワルドとエドマンドについて、四人は道場を歩いて行く。門下生から元気の良い挨拶を受けながら建物の中を抜けて案内されたのは、屋外に作られた訓練場。円形に並んだ大きな岩によって形作られ、その岩たちには剣によってつけられたと思われる深い傷が幾つも残っている。それどころか半ばで真っ二つになっている岩も数多く見受けられた。

 そして、その実戦場の中央。剣を構えた人間達が激しい剣戟を繰り広げている。だが、よく見てみると、しっかりと鍛えられた体格の男たちが一人の少女に飛びかかっていた。その髪の長い少女は冷静にその太刀筋を見極め、最小限の動きで攻撃を避け続ける。避けきれない箇所への攻撃も、短剣で器用に軌道をそらす。しかし、全神経をフル動員させるような集中力がいつまでも続くことは無く、男の一人の剣が少女の喉元へ突き立てられ寸前で止まった。


「今ので大体三十分というところか。上出来だな」

「ありがとうございます」


 男達が剣を収めると、だくだくと汗を流しながら少女は深々と頭を下げた。結果だけをみれば少女の負けになるのだろうが、彼ら一人一人と比べれば少女の方が力量が上だというのは簡単に見て取れた。剣の腕には自信のあるブケファロスも、思わず舌を巻く。

 長い金髪を払い、少女は袖で乱暴に汗を拭う。そしてようやく、訓練場に誰かが訪れているのに気がついた。それがオズワルドだと察した少女は反射的に頭を下げる。


「お疲れ様です、先生!」

「ああ、お疲れ。動きも随分洗練されてきたな。さすがだ」

「ありがとうございます!」


 少女は頭を下げたままそう答える。髪の間から除く長い耳に嫌でも目がいってしまう。


「お前に客を連れてきた。言わなくても誰だか分かるだろ?」

「客……?ってまさか!」


 少女がバッと顔を上げる。驚きに満ちたその顔は一回り大人になったような印象を受けたが、相変わらず年相応に幼く、そしてよく知っている顔だった。アレシャはその顔を見つめながら、微笑む。


「久しぶり、ペトラ!」

「アレシャ……。うん、久しぶり!」


 互いに顔を合わせれば、二人は自然と笑みがこぼれてしまう。離れていた時間など、二人の関係に何の影響も及ぼさなかった。本当の友だちというのは、そういうものなのだから。やっぱり余計な心配などいらなかったではないかと、ダレイオスは内心ため息をついていたが。

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