36 お仕事の話
その封書には『シバ』という差し出し人の名が書かれていた。どこかで聞いた名だとは思い、頭を捻る。
『確か、セインツ・シルヴィアの商会支部長の名ではなかったか?』
「あ、ああ!あの人!」
ダレイオスの言葉でアレシャも思い出せたようだ。シバは、ダレイオスが言った通り、商会の支部長を務める男だ。岩のような大男で、周囲からは寡黙な堅物と言われている。しかしその実は、単純に人とのコミュニケーションが苦手なだけであったりする。
「シバはあのナリで中々繊細な仕事を得意としているヤツでな。諜報においてあいつの右に出るやつはそうはいないだろうぜ。まだ中枢にまで探りを入れさせるのは止めさせているがな」
『まあ、そうだろうな。今はとにかくデカン帝国というものの実体についての情報が欲しい。確信を探るのはそれからでいい』
「そうだね。それじゃあ、拝見……」
アレシャが封筒を開けて中を見ると、中々に達筆の文字が並んでいた。アレシャはそれを黙って読み進めていく。そこに書かれていたのは、デカン帝国を構成している中枢組織のそれぞれについての詳しい調査結果だった。その組織の中心人物、主な活動実績などが事細かに記載されている。
「結構な数があるけど……。パッと見たところ、普通の国と変わらないね」
「ああ、簡単に調べてたところで怪しいところはサッパリ見つからなかった」
アレシャの感想にランドルフは当然のようにそう答える。アレシャもそうだろうなと思う。確かにこういった細かな情報は今後必要になるものだろうが、今求めているものではないし、このためにランドルフが態々やって来たとは考えにくい。まだ何かこの手紙から読み取れることがあるのだろう。アレシャは頭を捻って考える。
「うーん……。うん?ここ、変じゃない?」
『どこだ?』
ダレイオスに尋ねられ、アレシャはとある箇所を指さす。それは、ルーグ直属の近衛師団に関する記述だった。
『近衛師団というと、ダリラが言っていたやつだな。相当強い集団だとか何とか。それで、どこが気になるんだ?』
「ここだよ。各隊の隊長とか、組織内の主要人物について一通り書かれてるけど、副団長の記述が名前以外にないんだよ」
『ん、言われてみれば確かに』
アレシャの言う通り、副団長の項だけ『イナンナ』という名前以外に記述が無かった。他の人物については細かに記されているだけに、そこが目についてしまう。アレシャはランドルフにチラリと視線をやると、彼はその通りだと頷いた。
「俺もそれが気になってな。シバに聞いてみた。その『イナンナ』という人間に関する情報は他にないのかとな。だが、女性であるということと、あっという間に副団長まで上り詰めたこと以外に情報はないらしい」
「そうなんだ……。でも、いくら中枢にまで調べを入れていないといっても、副団長までの地位の人の情報が得られないっておかしくない?」
アレシャがそう疑問を持ち、ランドルフもダレイオスも同意する。
「俺がここへ来たのはその話をするためだ。そう疑問に思っていたところに、ダリラからルーグと近衛師団が怪しいという話を聞いたからな。これは何かあると思ったぜ」
『やはりそうなるな。ただでさえ怪しい近衛師団。その副団長の情報が意図的に隠されているようなのだから、何かあると考えるのが自然だ』
ダレイオスの言う通りだ。ルーグが怪しいと踏んでいたが、それと同じくらい臭い人物が現れたわけだ。が、ルーグにしても『イナンナ』にしても、あまりにも情報がない。アレシャは他に何か手がかりはないかとシバの報告書を穴が開くほどに見つめる。
「デカン帝国軍については……特に何も無いか。うわ、国自体も結構軍事的な組織が多いんだね」
『魔術研究に関しての機関もあるな。『精神生命体』の研究を行ってるとしたら、ここか』
「それは気になるね。あ、宰相だって!宰相ってことは皇帝の側近ってことでしょ?こいつ、怪しいんじゃないの?」
アレシャが期待する目でランドルフへ視線を向けるも、ランドルフは肩をすくめる。
「残念ながら、現在のデカン帝国はルーグのワンマン行政なんだよ。普通、宰相はナンバー2の地位と言えるが、デカン帝国に限ってはナンバー1もナンバー2もナンバー3もルーグなんだよ」
ランドルフがそう説明すると、ダレイオスは気にくわないというように鼻をならす。
『そんな国、結局はルーグという男の独裁国家でしかないじゃないか。そんなものがまかり通っているのか?』
ダレイオスのその言葉をアレシャはランドルフへ伝える。しかし、彼は「そう簡単な話では無い」と言う。
「ルーグが成した功績は大きい。今のデカン帝国があるのは紛れもなくルーグのおかげだ。はっきり言って、今と昔のデカン帝国の国力は比較にすらならないからな。だからルーグは国民から絶対的な指示を得ているんだよ。デカン帝国は一応アリア教国家だが、デカン帝国の国教は寧ろルーグ教と言ったほうが納得できるほどだ」
いわゆるカリスマというやつである。おそらく国民からしてみれば、信仰の対象とも言えるルーグが国民を導いてくれるというように考えているのだろう。国民でないアレシャとダレイオスにその心情を理解することはできないが、納得できなくもない。
しかし、ただでさえ強国であるデカン帝国の権力がルーグ一人に集中しているというのは中々の脅威である。一人に与えられた力の大きさという点で考えれば、世界で一番力を持った人物と言えるかもしれない。
『そうなると、ますますルーグが怪しくなるわけだが』
「だよねえ。どうしようか。シバさんに更に深いところまで調べて貰う?」
アレシャがランドルフに問いかける。ランドルフは腕を組み頭を悩ませるが、首を横に振った。
「やめた方がいいだろうな。シバを信用していないわけじゃ無いが、あまりにも敵の得体が知れない。直接的な探りは後に回すべきだな」
「んー、そっか。じゃあ、どうしようか。調べるなら近衛師団とダレイオスさんが言っていた研究機関だと思うんだけど」
今度はアレシャが腕を組んで思考を巡らせる。しかし、ランドルフには既に考えがあるようだった。彼はアレシャにシバからの報告書、その最後の一枚を見るように言う。アレシャは何だと思いながらも言われた通りに最後の一枚を手に取った。
「最後の部分に、今後のデカン帝国の外交予定について書かれているんだよ。それを見ると、近日中にとある国と国交を結ぼうとしていると記載されている」
「あ、ほんとだ!えっと、相手の国は……『オル・オウルクス』……。え、ここって!」
アレシャが驚きを露わにする。が、ダレイオスには当然ながらその国がいかなる国か、さっぱり分からなかった。自分だけ分かっていないのが気に食わないので、アレシャに説明するよう急かす。
「オル・オウルクスってのは、いわゆるエルフの里のこと。前はそんな名称は無かったんだけど、外界の人間たちと交流するようになってから一つの国として名乗るようになったんだよ」
『なるほど、そうだったのか。で、それはそれで何故そんなに驚いているんだ?』
それでもまだダレイオスは理解が及んでいない。なので、アレシャは順を追って説明することにした。
まず、昔のエルフの里はダレイオスの知っている通り、閉鎖的な場所であった。エルフたちは一生を里から出ることなく終えるのが普通だった。しかし、時代の流れに伴ってその考えも少しずつ代わり始め、二百年ほど前からエルフは里から出て生活するというのが当然のものとして受け入れられるようになったのだ。それと同時期に建国されたのがオル・オウルクスである。しかし、長い歴史の中でずっと閉鎖的な社会を形成していたエルフにとって、その社会形態は伝統とも呼べるものであった。故に、オル・オウルクスはこれまで他国と国交と呼べるものを結んだことがほとんどなかったのだ。
「いわゆる保守派っていうのかな?そういった人たちの声が強くて、国交があったのは隣国のロマノフ王国とだけなんだよ。それも、ロマノフ王の人柄があってこそだったらしいし、営利目的で国交を結んだことはないんだよね」
『理解した。確かにそれならデカン帝国と国交を結ぶというのは中々驚きの事実だな』
ダレイオスは今度こそ納得したようで、『なるほどなるほど』と何度も呟いていた。
で、それはそれとして。ランドルフがこの知らせから何を伝えたいのか、それがアレシャには分からない。ランドルフは続けて別の封書を懐から取り出した。アレシャはそれを手にして眺める。薄い緑色の美しい封筒に書かれていた差出人は、オル・オウルクスの執政であった。
「実は、そのデカン帝国との会談の場に警護役として冒険者を派遣して欲しいと商会本部に依頼が来てるんだよ。で、だ。会談に当然ルーグはやってくるだろう。そして、それには近衛師団もくっついてくるに違いない。ロマノフ王国の式典のときにも一緒にいたんだから間違いねえだろう。近衛師団ってのは基本的にルーグにつきっきり。普段は居城の警備をしているらしい。だから接触する機会はそうそうねえんだが、この会談の場ならば堂々と接触できる」
ランドルフはニヤリと笑う。それにつられてアレシャも口角を上げた。渡りに船とはまさにこの事である。これを利用しない手がどこにあるというのだろうか。しかも、これは有り難いことに国からの大口の依頼だ。報酬もがっぽりいただけるとみていいだろう。
「まだ会談に派遣する冒険者は決めてねえんだよなあ。どうだ、仕事受けてくれるか?」
「もっちろん!」
アレシャが親指を立ててランドルフへ突きだした。ダレイオスも『当然だ』と答える。ランドルフはその返答に満足すると、封書を開けて返送用の書類にアレシャたちの名前と『アルケーソーン』の名を記していく。
「返事はこっちから出しておく。直に向こうから返事が来るはずだ」
「オッケー」
「おう。……俺は、自分が結構な権力を持っていると自覚している。が、デカン帝国の高官に知り合いはいねえし、ルーグに手をだすことは難しい。だから、この仕事はまたとないチャンスだ。上手くやってくれ」
ランドルフの神妙な言葉にアレシャは黙って頷く。言われずとも、これが大きなチャンスだと理解している。ダレイオスにとっては、自分の仇と直接対峙する機会となるかもしれない。緊張はするが、それ以上に自分の心が高ぶっていくのをダレイオスは感じていた。
「あ、でもオル・オウルクスって行ったことないや。なんか簡単に行ける場所じゃないって聞いたんだけど大丈夫かな……」
「あそこは深い樹林丸々が一つの国になってる。何も知らずに踏み入りゃ、遭難するのが関の山だな」
「え、そんなに?じゃあどうするのさ」
「心配するな。最高のガイドを用意してある」
そしてランドルフが懐から取り出したるは、ついに三通目になった封書だ。アレシャは、今度は誰からだと思いつつそれを受け取り、差出人を確認する。すると、アレシャはそこに書かれた名を見た途端、その顔を常夏の太陽と良い勝負という程に輝かせた。
次回更新は少し空いて土曜日、12/17の予定です。




