35 それからギルド事務所
「アレシャお姉様!何かお手伝いすることはございませんか!」
「え、いや大丈夫だから。座ってて。というか、お願いだから座っていて」
拳を握りしめ、フンス!とやる気を出すサーラをアレシャが宥める。サーラは未だ車いす生活。杖を使えば一人で立つことも出来るが、まだリハビリ中である。そんな中で仕事を手伝ってもらうわけにはいかないのだ。しかも、サーラがやる気を出しているのが悪いことではないだけに、色々言いにくいというのもある。ライラがいれば上手いことやってくれるのだが、生憎彼女は事務所内の掃除をしてくれているので今はここにはいない。
「じゃあ、この本貸してあげるから読んでて。結構役に立つと思うよ」
「はい!」
アレシャが手渡したのは、元ムセイオン所長『蒼炎』のミネルヴァ著、『我が魔導研究』だ。かつて、アレシャがパーティのお金を使い込むという大罪を犯して、うっかり買ってしまった本である。サーラはそれを受け取ると、一心不乱にそれを読み始めた。サーラを大人しくさせるための策であったが、実際役に立つ本なので読んで損は無いだろう。アレシャは軽く一息吐くと、またデスクワークへと戻った。
一つことわっておくと、ここはダミアンの屋敷では無い。紛れもなく『アルケーソーン』の事務所である。ならなぜ、サーラやライラがいるのか。その理由は難しい話では無い。ヘルマンが事務所に帰ってきたとき、二人を一緒に連れてきたのだ。
「サーラには俺が必要だ。だが、俺はギルドを抜ける気はない。だから、一緒に来て貰った」
帰ってきたヘルマンがそう告げたとき、ギルドにいた全員は大いに驚いた。アレシャから一通りの話は聞いていて、ヘルマンがどんな風にケリをつけるのか気になっていたが、それでも予想していなかった解決の仕方だった。
ダミアンが亡くなったのは、アレシャが去ってから一月後のことだったそうだ。サーラが目覚めたことで心は健康を取り戻したが、やはり体調は悪化の一途を辿っていたのだ。亡くなる一週間前には、もう話すことすらままならなくなってしまっていたらしい。ただその死に顔は安らかであったと、ヘルマンは語ってくれた。
ダミアンが亡くなってから速やかに葬儀を執り行い、家督は予定通りアルノーへと引き継がれた。これからは彼が領主として領民を守っていくことになる。ダミアンの葬儀はそれほど大々的なものではなかったが、多くの領民が参列し、ダミアンの死に涙した。彼の人柄を考えれば、その人望も納得できるところであるとアレシャは思った。
そして一通りの手続き諸々が済み、家がようやく落ち着きを取り戻したころ、ヘルマンはギルドへ戻る決断をした。そして、サーラはそれを強く引き留めた。サーラはダミアンの死に嘆き悲しみ、夜な夜な泣き続けていたが、ふさぎ込んだりすることはなかった。アレシャの願いが届いたのか、なんとか父の死を受け入れることができたのだろう。しかし、ヘルマンまでもがいなくなってしまうことにサーラは耐えられなかった。ヘルマンが前にした、「寂しい思いをさせない」という約束を破るのかと詰め寄った。
だから、ヘルマンは「いっしょに来てくれないか」とサーラに提案したのだ。そしてそれへの返答は、
「はい!ご一緒させてください!お兄様のお仕事も気になりますし、アレシャお姉様にも会いたいですから!」
打って変わった満面の笑みでの返しだった。しかも、かなりの二つ返事だった。サーラにとってはこの家から離れることよりも、ヘルマンと一緒にいることの方が重要だったのだ。自惚れているわけではないが、ヘルマンもサーラならそう決断すると分かっていた。事前にダミアン、アルノー、リーンハルトの三人とも相談して、サーラならきっとそう言うだろうと判断していたのだ。だから、誰もヘルマンとサーラに反対することはなかった。なので、二人は揃って『アルケーソーン』事務所へ向かうことになったのだ。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!サーラ様が行かれるのなら、私もお供いたします!たとえ拒否されようともついていきますから!」
そこでそう進言したのは勿論、ライラだった。サーラのことを慕っているライラがそう言い出すのは容易に想像できた。なので、そのときすでにアルノーはライラの雇用契約を解除していた。それもどうかとヘルマンは思ったが、おかげでヘルマン、サーラ、ライラの三人は迅速に荷物を整え、結果アレシャが帰ってから二月後に『アルケーソーン』の事務所へやってきたわけだ。
ヘルマンはこれまでと何も変わることなく冒険者の仕事をこなしている。サーラはまだ満足に動けないので、事務所で暮らしている。ヘルマンにとっての唯一の懸念事項は、ヘルマンが依頼で遠出することを拒むのではないかということだった。サーラが自分に依存しているのではないか、そう思っていた。
しかし、意外にもそんなことはなかった。サーラは出かけていくヘルマンを快く送り出してくれた。それはつまり、ヘルマンを心から信頼しているということだ。ヘルマンは出る前に「ちゃんと帰ってくる」と約束した。それをサーラは疑わなかったのだ。依存なんてものではい、もっと美しく尊い関係が、二人の間にはあるというのことなのだろう。
そしてライラは折角なので冒険者になってみてはどうかというヘルマンの提案に乗り、無事Cランクの認定を受けてきていた。ヤスケのときと同じ、それ以上の実力の見込みはあるが規則でそれ以上のランクは与えられないというアレである。しかしライラは冒険者ではなく、あくまでもサーラを守るためにここにいるのだと言うので、依頼で外にでることはなく事務所内の雑務全般を担当して貰っている。もしかしたら、ヘルマンがいなくてもサーラが落ち着いているのは、ライラが常に事務所にいるという安心が理由であるのかもしれない。
ともかくそういうわけで、今事務所にいるのはアレシャ、サーラ、ライラの三人だけだ。他のメンバーは仕事で出払っている。
『さすがに退屈そうだな』
「まあね……。基本的に性に合ってないからね、こういうの」
アレシャが書類を手でひらつかせながらぼそりと愚痴をこぼす。しかし、ギルドのメンバーはいまや十人になった。少人数であることに変わりは無いが、人数が増えればそれだけ団長としての自覚と責任が求められるのだ。アレシャもそれは分かっているので、黙々と机に向かうのだ。ダリラと「立派な冒険者になる」と約束したのだから、頑張らねばならないのだ。手伝ってくれる人もおらず、結構面倒な量の書類がたまっているが、頑張らねばならないのだ。面倒だが。
ふと、サーラの方へ視線をやると、彼女は渡した本を真剣に読んでいた。そこに書かれている魔術を理解しようと頭を捻っていた。その健気に努力している姿を見ていると、アレシャも本当に頑張ろうと思えるから不思議だ。アレシャはぐっと伸びをしてから立ち上がる。気合いを入れる前に紅茶を淹れようと思ったのだ。
「アレシャ様、今、よろしいでしょうか」
部屋の扉をノックする音が聞こえた。ライラが何か用があるらしい。アレシャが「いいよ」と返事をすると、ライラが扉を開けて一礼した。相変わらずのメイド服で、相変わらずの恭しい振る舞いだ。ギルドに入る際、そんなことする必要ないとアレシャは言ったのだが、そうはいかないと頑なに譲らなかったので好きにさせることにしていた。ライラは頭を上げると、用件を話し始める。
「先ほど、セイフ様、メリッサ様、ヤスケ様のお三方がお戻りになられました。それとは別にお客様もお見えです」
「うん、分かった。ありがとう。応接間の方にお通しして貰える?」
「かしこまりました」
「いや、その必要はねえぞ」
ライラの後ろから一人の男が顔をのぞかせた。しまりのない顔のその男は、ハンター商会会長ランドルフであった。その更に後ろから、帰ってきたばかりのセイフたちがひょこっと顔をのぞかせる。
「ランドルフおじさん!いらっしゃい!」
「よう、まあぼちぼちの久しぶりだな」
「丁度帰ってきたところで、お会いしてな。そのままお連れした」
セイフが代表してそう言う。なるほどと思いながら、アレシャはソファへ座るよう促した。ランドルフという名でライラは察したらしく、ランドルフへ深々と頭を下げた。それを見たサーラも、このおじさまは偉い人なのだと悟り、同じように頭を下げた。ランドルフは一々そんな礼儀を気にする人物では無いので、手をひらひらと振って頭を上げるよう示してから、どかっとソファに腰掛けた。
「お、紅茶を淹れるのか。じゃあ俺にも淹れてくれ」
「言われなくてもそのつもり。あ、セイフさんたちは依頼どうだった?」
茶葉を準備しながらアレシャがセイフたちの方へ視線を向けると、目の真ん前にメリッサが立っていた。
「うあっと、な、なに……?」
アレシャが戸惑いつつ尋ねると、メリッサが無言で腕を大きく広げた。アレシャは「ああ」とため息をつくと、メリッサに抱きつく。
「めりっさおねえさま、おかえりなさいませえ」
「ただいまですよ!お姉様ですよお!」
メリッサがアレシャを強く抱きしめ、頭をよしよしと撫でる。突如始まった茶番にランドルフはぽかんとした表情を浮かべた。ただ、ギルドメンバーたちは呆れた様子ではあったが驚いてはいなかった。
以前、ダレイオスはメリッサに、事務所の留守を任せる代わりにアレシャを好きにして良いと約束していた。そしてメリッサが希望したのは、『事務所に帰ってきたときにアレシャがお姉様といって出迎える』というものだったのだ。変なことをされるよりもマシだと思ったアレシャはそれを了承したのだが、まさかの無期限。なので、それ以来アレシャはずっとこうして謎の儀式を繰り返しているのだ。
メリッサは一通り堪能したところでアレシャを離したが、話の腰は完全にへし折れた。セイフたちの話は後に回して、一先ずランドルフの話を聞くことにした。手早く紅茶を淹れてランドルフと向かい合うように座る。
「それで、今日はどうしたの?」
「前に言っただろ。引っ越ししたら挨拶に来るってよ。……ってのは冗談で、ダリラから聞いたぞ?また色々あったらしいな。その話を聞いておきたいと思ったのと、こっちも色々と話しておきたいことがあったんでお邪魔させてもらった」
ランドルフは一口紅茶をすすると、ライラとサーラの方へ視線を向ける。
「この二人が、ヘルマンの妹とメイドか。初めまして、商会長やってるランドルフってもんだ」
「はい、存じ上げております。お初にお目にかかります。ライラと申します」
「サーラと申します。よろしくお願いいたします、おじさま」
二人は礼儀正しく頭を下げる。ランドルフはその挨拶に「おう」と返し、二人にも話に加わって欲しいと告げた。ヘルマンは残念ながら留守だが、当事者からはできるかぎり話を聞いておきたいようだ。
「アレシャ、俺たちは一旦部屋に戻ってる。何かあったら読んでくれ」
ヤスケが一言断りアレシャが了解を返すと、帰ってきたばかりの三人はそれぞれの自室へと戻っていった。それを見送ってから、四人は話に入る。ランドルフはダリラから一通りの経緯と顚末を聞いていたが、念のためにアレシャたちにも同様の説明を求める。三人はそれに了解し、アレシャとライラの二人が話し始める。サーラも何か役に立とうとしていたが、残念ながら眠っていたので特に話せることはなかった。ランドルフは自分の手帳の記述と照らし合わせながら話を聞いていたが、特にそれと相違はなかったようだ。聞き終えて頷きながら手帳を閉じた。
「ありがとう、よくわかった。中々辛い目にあったんだな、お嬢ちゃん」
「いえ、ヘルマンお兄様も、ライラも、アレシャお姉様もいてくださったから大丈夫です!それに、私はその話を覚えていなくて、襲われた、というのもよく分からないと言いますか……」
「そうか、それはよかったな」
ランドルフが優しい声音でそう言うと、サーラは満面の笑みで「はい!」と応えた。そんなサーラを見たライラが手をわきわきとさせて抱きつく体勢に入っていたが、アレシャが自重させた。
「さて、問題はサーラちゃんを襲った人物だな。しかし、ルーグか……」
「うん。でも、おじさんもデカン帝国についての話があってきたんでしょ?丁度よかった」
「ああ、そうだな。で、だ」
ランドルフはサーラの方へ再び視線を向ける。サーラはきょとんと首をかしげるが、アレシャとライラは彼が何を言いたいのか察した。ライラが一つ頷くと立ち上がる。
「サーラ様。そういえばお伝えするのを忘れていましたが、先日街へいったときに良いサルビアの株を見つけたのです。丁度今日、お庭に植えようと思っていたのですが、サーラ様もご一緒されますか?」
「え、そうなんですか!?それはちょっと見てみたいですけど……」
サーラは自分がここを離れて良いのか、何か役に立てることはないのか気にしているようだ。なので、アレシャはサーラに向けて親指を立ててみせる。行ってよし!するとすぐさまサーラは顔を輝かせ、ライラに車いすを押されて部屋を出て行った。
「これでいいんでしょ?」
「そうだな。犯人にまつわる詳細な話を聞くことで、あの子のトラウマが蘇ってしまう可能性もある。念のため聞かせないでいたほうがいい」
ランドルフはそう口にしてから、懐から一枚の封書を取り出した。
「デカン帝国について調べさせているやつからの報告書だ。確信に迫ることはないが、中々面白いことが書いてあるぜ」
ランドルフはニヤリと笑い、アレシャはそれを受け取った。




