11 討伐
「ペトラ……。お前、なんでここにいる?」
「なんでって、あなた拠点の入り口開けずに行っちゃったじゃない!だから仕方なく追いかけてきたのよ!ほんとはずっと隠れているつもりだったのに、あなた勝手にピンチなっちゃうし!」
ペトラはそう言って怒りを露わにする。彼女はダレイオスを助けようと転がり込んできたのだ。自分では間違いなく敵わない凶悪な魔物の前に飛び出すのは相当勇気が必要だっただろう。だからなのか、ペトラは少し涙目だった。
突如現れた人間に獲物を奪われた『七色の魔物』はペトラに怒りの眼差しを向ける。そして、いっそ二人まとめて食らってやろうとばかりに飛びついてきた。
「え、ちょっ!まずいって!」
「どいて!爆風!」
ヴェロニカが二人を庇うように飛び込み、魔術で火球を放つ。それは魔物の腹に着弾し、大きな爆発と共に魔物を遠くへ吹き飛ばした。
「やっぱりダメージは大したことないんでしょうね……。あなた、急いでさっきの障壁の解除を私に教えて!あなたが動けないなら私がやるしかないわ!」
「それは、無理だな。あれは古代魔術を用いている。お前には扱えないだろう」
ヴェロニカとペトラは古代魔術というワードにかなり驚いたが、ダレイオスにしかできないと知って渋い顔をする。
「なら、しょうがないわね。応援がくるまで私が相手をするわ。エルフのあなたにはこの子のサポートを頼めるかしら」
「当たり前よ。あまりあたしを舐めないでよね!」
「いや、舐めてないわよ……」
なぜかペトラにきつめの返しをされたヴェロニカは首をかしげながらも魔法陣を展開し、ペトラはアレシャに肩をかすようにして魔物の飛んでいった方へ警戒を向ける。
そして地響きがすると、巨体が木の陰から飛び出し突進してきた。三人はすんでのところでそれをよける。ダレイオスは足下がふらついているが、ペトラの力を借りてなんとか回避できたようだ。だが、そう何度もよけられるとは思えない。アレシャがダレイオスへ向けて心配する言葉を投げる。
『ダレイオスさん、わたしと変わった方が良いんじゃない?かなりつらそうだけど……』
「変わったところで苦しい思いをするのがお前に変わるだけだ」
ダレイオスがそう言うも、アレシャは交代するべきだと主張する。
『多分、後でダレイオスさんの力が必要になる場面があると思う。ヴェロニカさんはAランクの中でも戦闘能力に長けた人なの。そんな人でもあの調子なのなら、応援が来ても倒せるか怪しいよ。だから、攻撃のチャンスが来るまで少しでも休んでいて。大丈夫、ペトラのサポートもあるし、わたしは何とかできるから!』
「しかし、」
『わたし、最近になって自分にもできることがあるんだって分かったの。大した力がなくても、私なりにできることがあるんだって。だから、やらせて!』
アレシャの意志は固い。もう、そうすると決めたようだ。アレシャが勇気を出して決めたこの判断をダレイオスは尊重してやりたいと思う。
「……わかった。ここはお前に頼らせてもらおう。気をつけろよ!」
『おう!』
ダレイオスが引っ込み、アレシャは体の感覚が戻るのを感じる。そして魔力切れの強い疲労感を覚悟する……が、それはいつまでたってもやってこなかった。アレシャは首をかしげ、ダレイオスも不思議そうに唸る。
「あれ、なんで?全然いつも通りなんだけど?」
『……なんでだ?この肉体にほとんど魔力は残っていないはずだが……。いや、考えるのは後だ。くるぞ!』
魔術で応戦していたヴェロニカの攻撃を振り切った魔物がアレシャへ向かって突っ込んできた。さっきまでとは打って変わって、アレシャは軽快な動きで攻撃を避ける。いきなり動きが良くなったアレシャにペトラとヴェロニカは驚くが、これなら何とかなりそうだと思った。
しかし、相変わらず攻め手は欠けていた。ペトラとアレシャは近接攻撃以外に攻撃方法がないので当然だが、ヴェロニカの放つ魔術もやはり通用していない。多少は魔物の体力も消耗しているようだったが、それ以上にヴェロニカの消耗の方が大きかった。もはや三人にはただ魔物の攻撃をかわしつづけることしかできなかった。
残された希望は、ダレイオスの回復にしかない。
魔物の振り下ろした前足をよけたアレシャが大きく距離を取ってからダレイオスへ声をかける。
「はぁっ、はぁっ、ダレイオスさん、魔術を使えるようになるまで、回復できる?」
『少しずつだが、回復してきている。あと十五分、いや十分あれば、渾身の一撃をお見舞いできる』
「じ、十分!?わ、わかった!頑張る!」
アレシャはそうは答えるものの、彼女とペトラの疲労はかなり蓄積していた。ヴェロニカの魔力もまた、底をつきつつあった。このまま相手をし続けて十分持つかどうかは、かなり怪しい。万事休す。
その現状を打ち破ったのは一つの号令だ。
「目標を補足!かかれえええ!」
号令に合わせて、武器を持った人間たちが雄叫びを上げながら一斉に魔物に飛びかかった。その後方からは弓や魔術の援護攻撃が飛ぶ。魔物はその急襲に反応できず、全ての攻撃をその身に受けた。
先ほど号令をかけたベテランの風格漂う一人の男がヴェロニカに駆けよる。彼がどうやらリーダーを務めているようだ。
「ヴェロニカ!大丈夫か!」
「ええ、怪我はほとんどないわ。魔力を使いすぎただけ」
「よかった。後は休んでいてくれ。俺たちがなんとかしよう」
到着した応援はおよそ三十人。試験官全員と近場にいた冒険者をかき集めたのだろう。その全てがCランク以上だ。Aランクの魔物でとでも十分に渡り合える戦力である。
しかし、今回の魔物はランクでは量れないイレギュラーな存在である。魔物の方から応援の冒険者達の悲鳴が聞こえた。それへ注意を向けると、魔物は足を身体を振り乱して冒険者たちをなぎ払っていた。それを見たリーダーの男は目を見開く。
「な、なんだこいつ、今ので倒せないのか!?」
「ああ、やっぱり駄目か……」
アレシャは自分の予想通りの展開となり、落胆する。応援には期待できない。となれば、『七色の魔物』を倒せる可能性はもはやダレイオスの回復にしかない。
アレシャはリーダーの男へ向けて呼びかける。
「すいません、冒険者さん!あと十分だけ時間を稼いでくれませんか!そしたら何とかできるかもしれないんです!」
「君は、試験の受験者か?なぜこんなところにいるんだ」
リーダーの男は戸惑いをみせるが、ヴェロニカはそれに頷いて了解を示す。男はそれにどういうことかと質問を投げかけようとするが、ヴェロニカの一点の疑いもない顔を見て、今自分が何をすべきか察する。
リーダーの男は冒険者たちに連携の指示を出すと、冒険者たちがその通りに行動を開始した。前衛職の冒険者が三人一組で魔物の注意を引き、後衛は前衛の援護をしつつ、疲労のたまったアレシャたちを守る。
彼らは何年も冒険者をやってきた者ばかりだった。飛んできた指示をすぐさま把握し、的確に仕事をこなす。
「ヴオオオオオオオ!」
魔物の咆哮を皮切りに、戦いが再開する。
魔物と冒険者達の力には確かな差があったが、複数人が連携することで上手く立ち回っていた。魔物は四方を囲む人間たちに注意を散らされつづけ、上手く狙いを定めることができない。
しかし、盾役となっていた男が攻撃を防ぎきれずに倒れたことで崩れ始めた。動きに自信のある者は上手く攻撃をかわしていたが、そうでない者は直撃を受け戦闘不能に陥る。
そして邪魔な人間たちが倒れたところをまとめて吹き飛ばそうと、魔物が大きく息を吸い込んだ。冒険者達は構える防御の姿勢をとるが、放たれるのは物理的な攻撃ではない。残った前衛と後衛をまとめて焼き尽くすほどの強力な火炎が吐き出された。
それを見て駆けだしたのは以外にもペトラだった。手を自分の胸にかざし、祈る。
「お願い、精霊たち!力を貸して!」
炎の前に飛び出したペトラが両手を突き出すと、彼女の目の前に巨大な魔法陣が出現した。淡い緑に光るそれは燃えさかる火炎にもゆらぐことなく、炎を見事にせき止めた。魔法陣が消えると、ペトラは糸が切れたようにその場にへたり込んでしまった。
魔物はその程度では止まらず、次の攻撃へと移る。大きく口を開けて低い姿勢をとった。得意の咆哮を放とうとしている。倒れる冒険者たちの前にヴェロニカが堂々と立つ。
「あんな美しい魔法陣をみせられちゃ、私も黙ってるわけにはいかないわね!くらいなさい!『赤光』!」
重ねて突きだした両手に五重に展開した魔法陣から、思わず目をそばめるほどの光を纏う熱戦が放たれた。今のヴェロニカが持てる全ての魔力がこめられた一撃は魔物の障壁と拮抗する。そしてメリメリと軋むような音がすると障壁に僅かに穴が開き、ヴェロニカの熱線が魔物の鱗を貫いた。それほど深い傷ではなかったが、初めて与えた確かな傷だ。
しかし魔力が切れてしまったことでヴェロニカはその場に崩れ落ちる。先ほどから一緒に戦っていた二人が倒れ、アレシャは悔しさに歯がみする。
「ダレイオスさん、わたしにも何かできることが……」
『……すまない、今は耐えていてくれ。もう少し……もう少しだ』
ダレイオスが諭すようにそう言う。
魔物は既に身体を起こして体勢を立て直していた。再び前足を振るい、目の前の冒険者をなぎ払う。武器を構えてそれに刃向かうが、抵抗空しく彼らは次々と地に伏していった。
すでに前衛で残っているのは先ほどのリーダーの男だけだ。両手に携えた剣を振るい、勇敢に戦う。リーダーを任されるのも納得である強さを見せつけ、魔物の攻撃を次々と打ち払っていく。だが、一人では防ぎきれない。
魔物の咆哮や火炎はやがて後衛にもおよび始めた。魔術でそれに対抗するものの、Aランクのヴェロニカでさえ満足なダメージを与えられなかったのだ。なすすべもなく倒れていく。もはや立っている人の数の方が少なくなりつつあった。
そのとき待ちわびた声がアレシャの頭に響く。
『よし、いけるぞ!交代しろ、アレシャ!』
「きききた!お願いします!」
少女の顔つきが勇ましいものに変わる。『魔王』の登場だ。
身体の感覚を確かめていると、アレシャが問いかける。
『それで、どうするの?また障壁の解除?』
ダレイオスはそれに否定を返した。
「今の魔力量や戦況から考えて不可能だろうな。だから、小細工は無しだ。正面からぶちかましてやる」
『いや、でも障壁が……』
「それだが、こいつの障壁は千九百年前のヤツより数段劣った強度や構造をしているようでな。障壁の解除も、前はこんな簡単にはいかなかった。ならば、こんな障壁の三つなど吹き飛ばしてみせる」
力強く宣言するが、これまで『七色の魔物』の強さを目の当たりにしてきたアレシャは不安をぬぐえない。
『それでもし倒せなかったら……?』
「だったらそれまでだな。どうせ方法はこれ以外にないんだ。いくぞ!」
そしてダレイオスは走り出した。アレシャもダレイオスが何とかしてくれる以外に望みはない。全てをダレイオスにゆだねる。
ダレイオスは倒れる人たちの間を駆け抜け、魔物へと突き進む。そして、その勢いを乗せた上段蹴りを放った。残った障壁の強度を確かめるための牽制の一発だ。ダレイオスの蹴りが魔物とぶつかると、ミシミシという音がする。しかし、障壁を壊すには至らず、ダレイオスははじき返される。だが、ダレイオスは笑みを浮かべていた。どうやら勝算ありのようだ。地を蹴って大きく距離をとり、かざしたその手にヴェロニカと同じように魔法陣を重ねて展開する。放つ光の色は紅蓮の赤だ。魔力を景気よく魔法陣に注ぎ込んでいくダレイオスだったが、彼の顔が次第に曇っていく。
「……いや、これは少し、あとちょっとだけ魔力が足りないかもしれない、マズいかもしれない」
『ええっ!ちょっと!今そういうこと言われても困るんだけど!』
「いや、今そういうこと言われても困るんだが……、うぬぅっ」
アレシャが騒ぎたてるが現状は変わらない。ダレイオスの頬を汗が伝い、足が僅かに震え始める。持てる力を振り絞って魔法陣を展開するが限界は近かった。
『えっ、えっ、どうすれば、何かわたしにできること……あ!そうだ!ダレイオスさん、腰の袋確認してみて!』
「いや、今は女の体なのだから、そういうのは付いてないんだが……」
『この場で下ネタとかあんた正気か!?巾着のことだって!昨日採った薬草が魔力の回復に効果があったはず!』
それを聞いたダレイオスは「ああ」と納得したように頷き、そこから草を取りだして食む。そして、絶対に舌と邂逅させてはいけないような苦味がダレイオスを襲った。声にならぬ苦しみがダレイオスを支配していくが、良薬は口に苦し。効果は覿面だった。
ダレイオスの身体に足りていなかった魔力は即座に補充され、魔法陣へと送られていく。
いける。ダレイオスはそう確信し、高らかに叫ぶ。
「『七色の魔物』よ!この『魔王』にはむかったこと、地獄で悔いるといい!怒りの業火よ、我が目に映る全てを穿て!『パスパタ』!」
魔法陣から出現したのは燃えさかる槍。神速で魔物へと迫る。
『七色の魔物』はそれに対抗して咆哮を放つ。しかし、槍の纏う猛々しい炎はその程度で揺らぐことはなかった。なおも勢いを緩めることなく、魔物へ飛来する。その先端が魔物の体表に接触すると同時に、魔物の身体を守る三つの障壁がそれを阻んだ。
だが、拮抗したのは一瞬。障壁全体に亀裂が入ると、その三つ全てが一瞬で粉微塵と化した。
もう魔物を守るものは何も無い。槍は魔物の体に突き刺さる。丁度、先ほどヴェロニカが負わせた傷と同じ場所だった。激しい熱を帯びた槍はその傷をさらに深く深くえぐり、火炎が魔物の全身を浸食していく。一点に集中した破壊の力は魔物の巨体を宙に浮かせ、木々をなぎ倒しながらそのまま後方へと吹き飛ばした。
そして、激しい閃光が辺りを照らし爆発音が轟いた。
以前見たものにも劣らない圧倒的な威力を誇る魔術にアレシャはただただ驚くしか無かった。
これで、伝承に語られる『七色の魔物』の討伐は完了である。しかし、ダレイオスの意識はそこで途切れた。
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